| 労務トピックス |
同僚に社内トイレで盗撮された女性社員が、会社の「事後対応」を理由にJR東日本を提訴(東京地裁・2026年9月18日) 加害者を懲戒解雇しても、会社の責任は終わらない――被害者の情報管理、異動、相談窓口で会社が誤らないための5つの点検項目 |
| 2026年11月2日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士) |
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おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。
社内で性犯罪が起き、加害者が逮捕された。会社は加害者を懲戒解雇した。経営者や人事担当者の多くは、ここで「会社としてやるべきことはやった」と考えるのではないでしょうか。2026年9月18日に東京地裁に起こされた訴訟は、その考えに、事件の後の対応という角度から疑問を投げかけるものです。
報道によれば、JR東日本の女性社員が、社内の女性用トイレで同僚の男性社員に盗撮された後、被害者であることが社内に伝わったこと、希望と大きく異なる異動先を示されたことなどの会社の対応が、労働契約法5条を根拠とする職場環境配慮義務に違反するとして、会社に816万9,360円の損害賠償を求めました。加害者は懲戒解雇され、刑事裁判で有罪判決を受けています。原告側が問題にしているのは、盗撮そのものではなく、被害が判明した後の会社の対応です。
訴訟は始まったばかりで、裁判所の判断は出ていません。JR東日本は「訴状が届いていない」としてコメントを控えています。本記事で紹介する会社の対応は、いずれも原告側の主張として報じられたもので、事実として確定したものではありません。そのうえで本記事は、同じような事態が自社で起きたときに会社がどこで誤りやすいかを、厚生労働省の指針と過去の裁判例から整理します。
会社が責任を問われやすいのは、事件を防げなかったことよりも、事件が分かった後の対応です。過去の裁判例も、その線で判断が分かれています。
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| 📌 この記事でわかること |
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✓ 2026年9月18日、JR東日本の女性社員が、社内の女性用トイレで同僚の男性社員に盗撮された後の会社の対応が職場環境配慮義務(労働契約法5条)に違反するとして、慰謝料400万円を含む816万9,360円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したと報じられたこと。会社は訴状が届いていないとしてコメントを控えており、裁判所の判断はまだ出ていないこと
✓ 原告側が義務違反として挙げるのは、被害者が誰かを社内に不必要に広めたこと、異動の希望を3か月放置したこと、証拠隠滅に動いた社員を処分しなかったこと、心ない発言をした社員を指導しなかったこと、事件の公表を拒んだことの5点で、いずれも事件後の対応であること
✓ 過去の裁判例では、女子更衣室のビデオ撮影に気付きながらカメラの向きを変えただけで再発を許した会社が債務不履行責任を負った一方(京都地裁平成9年4月17日判決)、発覚後に事情を聴いて映像を確認し、8日後に加害者を懲戒解雇した会社は責任を否定され、懲戒解雇を社内に公表しなかったことも違法ではないとされたこと(東京地裁平成25年9月25日判決)
✓ 厚生労働省のセクハラ指針は、事実関係の確認、被害者に対する配慮のための措置、行為者に対する措置、再発防止に加え、相談者・行為者等のプライバシーの保護を事業主に求めていること。被害者の情報の管理と配置の検討は、指針が求める措置そのものであること
✓ 会社が点検すべきは、被害者の氏名を知る人の範囲、社内への説明の内容、配置の検討の進め方、相談窓口の調査の手順、加害者に協力した社員や不用意な発言をした社員への対応の5つであること(当法人の整理)
加害者を懲戒解雇した日は、会社の対応の終わりではなく、被害者対応の始まりです。
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出典と本記事の位置づけ
本記事の事実関係は、AERA編集部の記事(Yahoo!ニュース掲載、2026年11月2日配信)、共同通信の記事(2026年9月18日配信)、NHKの報道(同日)、弁護士JPニュースの記事(同日)に基づいています。請求額の内訳、原告側が挙げる5つの義務違反の整理、会社側の説明とされる内容、加害者の懲戒解雇と有罪判決の時期、労災認定の時期は、弁護士JPニュースの記事によるもので、単一の報道に依拠しています。
本件は提訴の段階にあり、判決は出ていません。訴状の原文は確認できていません。本記事で紹介する会社の対応は、原告側が訴状や記者会見で主張した内容として報じられたもので、会社の反論はまだ明らかになっていません。会社側の説明として紹介する内容も、女性側の代理人や労働組合が明らかにした会社の説明として報じられたもので、会社自身の公式な説明ではありません。
報道の間には、被害届に関する記載など、整合しない点があります。その部分は、どの報道によるものかを示して記載します。被害者の健康状態は、本記事の論点に必要な範囲に限って記載します。
第3章から第5章の指針・裁判例の整理、第6章の点検項目、「当法人の見解」は当法人の整理であり、本件の結論を予測するものではありません。当法人は本件の当事者のいずれにも関与しておらず、報道にない事実を補ってはいません。
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| 1 報道された事案の概要――盗撮の発覚から提訴まで |
| 項目 |
内容 |
| 提訴日・裁判所 |
2026年(令和8年)9月18日 東京地方裁判所。同日、原告側が都内で記者会見 |
| 原告 |
JR東日本の女性社員(2025年1月から休職中) |
| 被告 |
東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本) |
| 請求 |
816万9,360円と年3%の遅延損害金。内訳は、慰謝料400万円、休職による賃金の減少分179万1,360円、賞与の減額分163万5,331円、弁護士費用74万2,669円(弁護士JPニュースによる) |
| 法的根拠 |
職場環境配慮義務(労働契約法5条)違反 |
| 会社のコメント |
「訴状が届いていないので、現時点でコメントは差し控えさせていただきます」(AERAの取材に対する回答) |
| 裁判の状況 |
第1回口頭弁論の期日、会社側の答弁の内容は確認できていません |
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| 出典:AERA(2026年11月2日配信)、共同通信(2026年9月18日配信)、弁護士JPニュース(同日)。 |
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報道された経過は、次のとおりです。
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| 時期 |
出来事 |
| 2024年8月5日 |
同じ職場の男性社員が、別の盗撮の疑いで逮捕される。警察が押収したスマートフォンを調べたところ、女性も社内の女性用トイレで盗撮されていたことが判明(AERA) |
| 2024年8月19日 |
女性が、同僚から知らされて、自分が被害に遭ったことを知る(AERA) |
| 2024年8月20日 |
女性が警察でデータを確認し、被害届を提出(AERA) |
| 逮捕後 |
加害者が勾留中に、別の社員を通じて、社内にあった証拠となる物を移動させようとする。弁護士JPニュースによれば、その社員は社内に立ち入ろうとして果たせなかった |
| 2024年9月 |
会社が加害者を懲戒解雇(弁護士JPニュース) |
| 2024年11月 |
加害者に執行猶予付きの有罪判決(AERAによれば刑期1年、執行猶予3年)。女性に対する盗撮を含む約10か月間の盗撮が認定され、罪名は性的姿態撮影等処罰法違反(罪名と認定内容はAERA、時期は弁護士JPニュース) |
| 時期は報じられていない |
女性は退職も考えたが、会社から「要望に合う異動先を探すので待ってほしい」と言われて思いとどまる。約3か月後に示された異動先は、女性の希望と異なるものだった(AERA) |
| 2025年1月 |
女性が休職(現在も休職中) |
| 2026年3月 |
労災認定(弁護士JPニュース。認定の対象となった傷病や認定の理由は報じられていません) |
| 2026年9月18日 |
東京地裁に提訴、記者会見 |
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| 出典:AERA(2026年11月2日配信)、弁護士JPニュース(2026年9月18日)。 |
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AERAによれば、女性は被害を知った直後から体調を崩して医師の診断を受け、異動先の提示の後に体調がさらに悪化し、2025年1月から休職しています。女性は被害当時、労働組合に加入しておらず、現在はJR東労組に加入して支援を受けていると報じられています。
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| 2 原告側が主張する5つの義務違反――問われているのは「事件の後」 |
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弁護士JPニュースによれば、原告側は次の5つを職場環境配慮義務違反として挙げています。いずれも、盗撮そのものではなく、被害が判明した後の会社の対応です。
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| 原告側の主張 |
報道された具体的な内容 |
会社側の説明として報じられた内容 |
| �@被害者が誰かを社内に不必要に広めた |
女性は、身の安全とプライバシーの保護のため、自分が被害者だと知られないよう配慮を求めていた。しかし、上司らを通じて職場の一部に伝わり、社員向けの説明会では、事件の現場や、女性が伝えないでほしいと求めていた手口まで説明され、被害者が特定されたとしている。女性を支える立場の同僚が、女性が取り乱していたことを理由に、被害者が誰かを別の社員に伝えたとの主張もある |
報じられていない |
| �A異動の希望を3か月放置した |
女性は、事件を思い出さないよう、女性比率が高く、被害時に着ていた制服や名札を着けなくてよい職場への異動を希望した。約3か月後に示されたのは、男性社員が9割以上を占め、通勤に往復2〜3時間かかり、制服も名札も被害時と同じ職場だったとしている |
異動は本人の希望に沿って進めていた |
| �B証拠隠滅に動いた社員を処分しなかった |
加害者が逮捕後に社員を通じて証拠となる物を移動させようとしたのに、関与した社員を処分しなかったとしている |
証拠隠滅は未遂で、処分の対象となる行為はなかった |
| �C心ない発言をした社員を指導しなかった |
興味本位の質問や性的な発言を受け、会社に行くことが怖くなったとしている。懇親会での軽率な発言、責任者や産業医の不適切な言動も挙げている |
報じられていない |
| �D事件の公表を拒んだ |
女性は、自分のプライバシーを守ったうえで事件を公表するよう求めていた。支社の管理者から「うちで盗撮はよくあること。過去の事件も公表していないから今回も行わない」と拒否されたほか、産業医とのカウンセリングで「実際にうちではよくあること。捕まっているだけいいほうだ」と告げられたとしている |
被害届を出さなかった理由として、警察が受理しない見解を示したと説明したとされる(女性側は、警察に確認したところそのような事実はなかったとしている) |
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| 出典:弁護士JPニュース(2026年9月18日)、AERA(2026年11月2日配信)。「会社側の説明」は、女性側の代理人や労働組合が明らかにした会社の説明として弁護士JPニュースが報じたもの。弁護士JPニュースは、主張�Dに被害届の提出を拒んだことも含めて報じていますが、AERAは女性が2024年8月20日に警察に被害届を提出したと報じており、ここでいう被害届が誰によるものを指すのかは、報道からは明らかではありません。 |
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原告側は、このほか、人事部などに相談しても「対応する」「確認する」と言うだけで具体的な対応がなかったこと、会社のコンプライアンス窓口に相談しても本人への聞き取りがないまま、「本件における会社の対応にコンプライアンス上の問題は確認されませんでした」とメールで回答されたことも主張していると報じられています(AERA)。会社の主張と反論は、今後の訴訟の中で明らかになります。
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| 3 法的な枠組み――職場環境配慮義務とセクハラ指針が会社に求めること |
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裁判例は、使用者が労働契約(雇用契約)に付随して、労働者の就業環境を整える義務(職場環境配慮義務、職場環境整備義務などと呼ばれます)を負うと判断してきました。労働契約法5条は、使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとすると定めており、本件の原告もこの規定を根拠に挙げています。義務違反があれば、会社は債務不履行(民法415条)として損害賠償責任を負います。報道によれば、本件の請求は被害後の会社の対応を理由とするもので、盗撮行為そのものについての使用者責任(民法715条)を問うものとは報じられていません。
職場のセクハラについては、男女雇用機会均等法11条が、事業主に雇用管理上必要な措置を講ずることを義務づけ、その内容を厚生労働省の指針(平成18年厚生労働省告示第615号。以下「セクハラ指針」)が定めています。指針は、「性的な行動」の例として、必要なく身体に触ること、わいせつな図画を配布すること等を挙げています。同じ職場の社員が社内のトイレで同僚を撮影する行為は、この例示に直接は書かれていませんが、職場で行われた性的な行動ですから、会社は職場のセクハラとして指針の措置を講じる場面と考えるべきです(当法人の見解)。また、こうした撮影は、性的姿態撮影等処罰法(令和5年法律第67号、令和5年7月13日施行)の撮影罪に当たり得る犯罪で、法定刑は3年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金です。
セクハラ指針が、セクハラの事実が分かった後に事業主に求めていることは、次のとおりです。
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セクハラ指針が求める事後の対応(指針の記載に基づく当法人の要約)
1 事実関係の迅速かつ正確な確認 指針は、相談窓口の担当者、人事部門又は専門の委員会等が、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認することを例として挙げています。
2 被害者に対する配慮のための措置 事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、管理監督者又は事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずることが例として挙げられています。
3 行為者に対する措置 就業規則等の規定に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずることです。
4 再発防止に向けた措置 セクハラを行ってはならない旨の方針の改めての周知や、研修の実施などです。
5 プライバシーの保護 相談への対応やセクハラに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に周知することが求められています。指針は、プライバシーの保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定めることを例として挙げています。
本件で原告側が挙げる5つの主張は、このうち被害者への配慮(配置)、プライバシーの保護、行為者・関係者への措置と再発防止に重なります。
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性犯罪の事案には、通常のハラスメントの相談とは違う特徴があります。指針の措置は、被害者からの相談を受けて始まることを想定していますが、盗撮のような事案では、会社が被害を知る経路は、警察の捜査や加害者の逮捕であることが多く、被害者本人がまだ被害を知らないこともあります。本件でも、女性は加害者の逮捕から2週間後に、同僚から知らされて被害を知ったと報じられています。会社がいつ被害者を把握したかは報じられていません。いずれにしても、被害者の意向を聴く前に社内で情報が動き始めやすいのが、この類型の難しさです。
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| 4 過去の裁判例が示す線引き――「防げなかった」ことより「分かった後」 |
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社内での盗撮をめぐり、会社の責任が争われた裁判例を2つ紹介します。いずれも地裁判決で、本件とは事案が異なります。
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| 項目 |
京都地裁平成9年4月17日判決 |
東京地裁平成25年9月25日判決 |
| 事件番号・出典 |
平成8年(ワ)992号。京都セクシュアルハラスメント(呉服販売)事件。労働判例716号49頁。一部認容(確定) |
平成24年(ワ)第6166号。労働経済判例速報2195号3頁。請求棄却 |
| 事案 |
女子更衣室にビデオカメラが設置され、従業員が密かに撮影されていた |
支店長が、女性社員の着替えを撮影する目的で、紙袋に隠したビデオカメラでロッカー室を撮影していた。女性社員がカメラを見つけて警察に届け出るとともに会社に報告 |
| 発覚後の会社の対応 |
撮影に気付いた後、カメラの向きを変えただけで、撤去後も何もせず、再び撮影が行われた |
支店長と女性社員から事情聴取を行い、映像を確認して裏付けをしたうえで、発覚の8日後に支店長を懲戒解雇 |
| 裁判所の判断 |
会社は、雇用契約に付随して、従業員のプライバシーが侵害されないよう職場環境を整える義務を負い、撮影に気付いた時点で撮影者などの真相を解明し再発を防ぐ義務があったとして、気付いた後に生じた損害について債務不履行責任を認めた |
盗撮は職務の範囲内の行為ではないとして使用者責任を否定。会社が盗撮を予測して防止する義務もないとした。発覚後の対応も適切とし、懲戒解雇を社内で公表しなかったことも違法にならないとした |
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| 出典:京都地裁判決は全国労働基準関係団体連合会「労働基準判例検索」の判決要旨、東京地裁判決は一般財団法人女性労働協会の判例紹介による。いずれも判決文の原文は確認していません。 |
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2つの判決を並べると、会社の責任を分けたのは、盗撮を防げたかどうかではなく、盗撮が分かった後に何をしたかであることが分かります。東京地裁平成25年判決は、会社が盗撮を予測して、女子更衣室を設けたり、ビデオカメラの保管を厳重にしたりする義務があるとはいえないとしました。社内の犯罪をすべて事前に防ぐことまでは求められていないということです。一方、京都地裁平成9年判決は、撮影に気付いた時点で真相の解明と再発の防止をする義務があったとし、それを怠った後の損害について会社の責任を認めました。
京都地裁平成9年判決には、もう1つ、本件に関係する判断があります。同判決は、取締役が原告の異性関係について他の社員の前で不用意な発言をし、原告が職場に居づらくなった点について、会社は従業員が意に反して退職することのないよう職場環境を整える義務を負い、謝罪や発言の撤回など、退職以外の選択肢を残す措置を取るべきだったとして、退職による損害についても会社の責任を認めています。被害者が周囲の言動で職場に居づらくなったときに、会社が何もしなければ、それ自体が義務違反になり得るということです。
東京地裁平成25年判決には、本件の主張�Dに関わる判断もあります。同判決は、懲戒解雇は会社と行為者との個別的な労使関係においてされる処分であるから、特段の事情がない限り社内に公表する必要はないとしました。会社に事件を公表する一般的な義務はないと読むのが自然で、当法人もそう考えます。ただし、本件で原告側が問題にしているのは、公表しなかったこと自体に加えて、その理由として「うちで盗撮はよくあること」と告げられたとされる点です。公表するかどうかは会社の判断でも、その判断の理由を被害者にどう伝えるかは、被害者への配慮の問題として別に問われ得ると当法人は考えます。
本件の会社も、報道によれば、刑事裁判の判決の前に加害者を懲戒解雇しています。加害者への処分という点では、東京地裁平成25年判決の会社と同じように速やかに対応したともいえます。原告側が問題にしているのは、その先の対応です。
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| 5 労災認定と損害賠償の関係――認定は会社の責任を直ちに決めないが、軽くもしない |
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報道によれば、女性は2026年3月に労災認定を受けています。労災認定は、労働基準監督署長が労災保険給付の支給の可否を判断するもので、会社の損害賠償責任を決めるものではありません。民事訴訟では、裁判所が、会社の義務違反の有無と、義務違反と損害との因果関係を改めて判断します。
ただし、精神障害の労災認定基準(令和5年9月1日基発0901第2号)の業務による心理的負荷評価表は、セクハラについて、会社に相談しても適切な対応がなく改善されなかった場合や、会社に相談した後に職場の人間関係が悪化した場合を、心理的負荷が「強」になる例として挙げ、会社が適切かつ迅速に対応し発病前に解決した場合を「中」になる例としています(新日本法規の解説記事による)。会社の事後の対応は、労災の判断でも評価の対象になるということです。本件の労災認定が、どの出来事をどう評価したものかは報じられていません。
また、労災保険給付は損害の一部を補うもので、慰謝料は給付の対象になりません。業務上の疾病の療養のために休業する期間とその後30日間は、労働基準法19条1項により解雇が禁じられています。休職期間の満了を理由に雇用を終了させる場面でも、疾病が業務上のものかどうかを確認し、この制限との関係を検討する必要があります。
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| 6 会社が点検すること――5つの点検項目 |
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原告側の主張と、セクハラ指針、裁判例から逆算すると、社内で性犯罪が発覚し、被害者が自社の社員だった場合に会社が点検すべきことは、次の5つに整理できます。いずれも当法人の整理であり、本件で会社の対応が義務違反に当たるかどうかを述べるものではありません。
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点検1 被害者の氏名を知る人を「知る必要のある人」に限り、名簿で管理する
本件で原告側が最初に挙げているのが、被害者が誰かを社内に不必要に広めたことです。被害者の氏名を知る必要があるのは、通常、人事担当者、配置や勤務の調整をする直属の上司、産業医など健康面の支援をする者、警察との窓口になる者に限られます。誰が知っているかを名簿にし、知った者には、被害者の氏名と事件の内容を他に漏らさないよう書面で指示し、違反は懲戒の対象になり得ることを伝えてください。被害者本人にも、誰が知っているかを伝えます。
情報は、悪意よりも善意の会話から漏れます。本件でも、女性を支える立場の同僚から伝わったと主張されています。支援の役割を与えた者にこそ、守秘の指示を書面で行う必要があります。
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点検2 社内への説明は再発防止に必要な範囲にとどめ、現場・手口・時期を語らない
社員への説明は、再発防止と職場の動揺を抑えるために必要な場合があります。しかし、事件の現場、手口、時期を具体的に説明すれば、職場の規模によっては被害者が推測されます。本件では、社員向けの説明会で、事件の現場や、女性が伝えないでほしいと求めていた手口まで説明されたと主張されています。説明の文案は事前に作り、被害者が推測される情報が含まれていないかを確認し、可能であれば被害者本人に内容を伝えてから行うことを勧めます。
東京地裁平成25年判決のとおり、行為者の懲戒処分を社内に公表する一般的な義務はありません。公表する場合も、被害者が推測されない形に限ります。被害者が社外への公表を求める場合は、公表するかどうかを決め、その理由を被害者に丁寧に説明してください。「よくあること」は、理由になりません。
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点検3 配置の検討は「希望の聴取、可否の説明、暫定措置」の順に、期限を決めて進める
会社には配置を決める人事権があり、被害者の希望をすべて実現する義務まではありません。それでも、希望を聴いたまま回答しない期間が続き、最後に希望と正反対に見える配置を示せば、配慮を欠いたと評価される危険が高まります。希望は書面で記録し、満たせる条件と満たせない条件、その理由を説明します。産業医の意見を聴く場合は、本人の同意を得てください。
異動先の確保に時間がかかる場合は、回答の期限を本人に伝え、その間は特別休暇、在宅勤務、一時的な応援勤務など、すぐにできる暫定措置を講じます。報道によれば、本件の女性は、被害時と同じ制服や名札を着けなくてよい職場を希望していました。制服や名札の扱いのように、異動を待たずに対応できる事項もあります。
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点検4 相談窓口は申告者本人から聴いたうえで結論を出し、何を確認したかを伝える
セクハラ指針は、事実関係の確認の例として、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認することを挙げています。本件では、コンプライアンス窓口が本人に聞き取りをしないまま、問題は確認されなかったと回答したと主張されています。
窓口の調査は、申告者本人からの聴取を出発点にし、誰から何を聴き、何を確認したかを記録し、結論を伝える際には確認した範囲を示してください。結論が「問題なし」であっても、理由が示されていれば、申告者が労働組合、弁護士、報道といった社外に向かう前に、対話の余地が残ります。
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点検5 加害者に協力した社員と不用意な発言をした社員への対応を、就業規則に照らして判断し、記録する
本件の会社は、証拠隠滅は未遂で処分の対象となる行為はなかったと説明したと報じられています。懲戒処分は就業規則に定めた懲戒事由に当たる場合に限られ、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を欠く処分は無効になります(労働契約法15条)。未遂の行為を処分できるかは、規程の文言次第です。自社の就業規則に、犯罪の証拠の隠滅への協力や会社の調査の妨害を懲戒事由として読める規定があるかを確認してください。懲戒処分に当たらない場合でも、指導や注意は懲戒とは別に行えます。
被害者に対する興味本位の質問や性的な発言、管理職や産業医による「よくあること」といった発言(本件では主張の段階です)は、それ自体が新たなセクハラや二次被害になり得ます。発言者を特定して指導し、その記録を残すことが、再発防止の措置を講じた証拠にもなります。産業医にも、会社の被害者対応の方針を事前に共有しておく必要があります。
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| 7 当法人の視点 |
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本件が会社に問いかけているのは、社内で性犯罪が起きたとき、会社が加害者の処分で対応を終えていないか、という点です。
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当法人の見解
当法人は、社内で性犯罪が起きた場合の会社のリスクは、加害者の処分を誤ることよりも、被害者への対応を通常の人事の手続として処理してしまうことにあると考えます。性犯罪の被害者は、自ら相談してきた申告者とは限りません。会社が被害を知る経路は警察の捜査や加害者の逮捕であることが多く、被害者の意向を聴く前に社内で情報が動き始めます。だからこそ、被害者の情報の管理、社内への説明、配置の検討を、事件が起きる前に手順として決めておくべきです。加害者を速やかに懲戒解雇しても、その後の対応で責任を問われる余地は残ります。京都地裁平成9年判決が示したのは、その構造です。
この見解には、根拠が十分でない前提があります。本件の会社の対応は原告側の主張として報じられたもので、会社の反論はまだ明らかになっていません。異動先の検討の経過、被害者の情報がどのように伝わったのか、発言の有無と文脈は、訴訟で争われる可能性があります。本件で裁判所がどのような判断を示すかは分かりません。また、引用した2つの裁判例はいずれも地裁判決で、事案も本件と異なります。
最も強い反論は、立場によって2つあります。使用者側からは、会社は加害者を判決前に懲戒解雇し、異動も本人の希望に沿って検討していた、大規模な組織で社員1人ひとりの発言まで統制することはできない、事件を公表する法的な義務はない、という反論があり得ます。このうち公表の点は、当法人も、会社に一般的な公表義務はないと考えます。労働者側からは、被害者が求めたのは特別な待遇ではなく、氏名と事件の内容を広めないことと、希望を聴いて回答することであり、指針が求める措置そのものだという反論があり得ます。配置が人事権の範囲内であっても、検討の経過と理由を記録し説明していなければ、会社が配慮を尽くしたことを示すのは難しくなると当法人は考えます。
当法人の提案が失敗する最大の要因は、手順書を作っても、情報が上司や同僚の善意の会話から漏れることです。手順書を配るだけでなく、事件が起きたその日に、被害者の氏名を知った者全員へ書面で守秘を指示する運用まで決めておく必要があります。
簡易な確かめ方を1つ挙げます。人事担当者に、「社内で盗撮が発覚し、被害者が社員だった場合、誰が被害者に知らせ、誰が被害者の氏名を知り、社員にどう説明するか」を聞いてください。3つとも即答できなければ、手順はまだありません。
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| まとめ |
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2026年9月18日、JR東日本の女性社員が、社内の女性用トイレで同僚に盗撮された後の会社の対応が職場環境配慮義務に違反するとして、816万9,360円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴しました。原告側が挙げるのは、被害者が誰かを社内に広めたこと、異動の希望を3か月放置したこと、証拠隠滅に関わった社員を処分しなかったこと、心ない発言をした社員を指導しなかったこと、公表を拒んだことという、事件後の対応です。会社はコメントを控えており、裁判所の判断はまだありません。過去の裁判例は、盗撮を防げなかったことについては会社の責任を否定する一方、気付いた後に真相の解明と再発の防止を怠った会社の責任を認めています。
当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。被害者の情報を知る人の範囲、社内への説明の文案、配置の検討の手順、相談窓口の調査の進め方、懲戒規定の点検。この5つを、事件が起きる前に、規程と運用の両面から経営者と一緒に整えてまいります。ハラスメント防止規程と懲戒規定の見直しについては就業規則作成・改訂、ハラスメントの申告や紛争への対応については労働紛争解決、休業・休職中の社員への対応については休職制度設計・支援、継続的なご相談については高難度業務対応型顧問のページもご覧ください。
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【根拠法令】
労働契約法5条(労働者の安全への配慮)、15条(懲戒)/民法415条(債務不履行による損害賠償)、715条(使用者等の責任)/雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律11条(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)/事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)/労働基準法19条1項(解雇制限)/性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律(令和5年法律第67号)2条1項/心理的負荷による精神障害の認定基準について(令和5年9月1日基発0901第2号)
【参考判例】
京都地方裁判所平成9年4月17日判決(平成8年(ワ)992号。京都セクシュアルハラスメント(呉服販売)事件。一部認容、確定)労働判例716号49頁、判例タイムズ951号214頁/東京地方裁判所平成25年9月25日判決(平成24年(ワ)第6166号。請求棄却)労働経済判例速報2195号3頁
【出典・参考資料】
AERA編集部・野村昌二「「会社は守ってくれなかった」 盗撮被害に遭った女性社員が、職場環境の改善を求めてJR東日本を提訴した理由」(Yahoo!ニュース、2026年11月2日配信)/共同通信「盗撮被害の女性社員、JR東提訴 職場の環境配慮義務怠ったと主張」(熊本日日新聞ウェブサイト掲載、2026年9月18日)/NHKニュース(2026年9月18日)/弁護士JPニュース編集部「JR東日本で盗撮被害「うちではよくある」と3か月放置…休職の女性社員が816万円の賠償求め提訴」(2026年9月18日)/全国労働基準関係団体連合会「労働基準判例検索」(京都地裁平成9年4月17日判決)/一般財団法人女性労働協会の判例紹介(東京地裁平成25年9月25日判決)/大西隆司「ハラスメントによる精神障害について労災認定される基準」(新日本法規、2024年11月8日)/衆議院ウェブサイト「制定法律情報」(令和5年法律第67号)
【免責事項】
本記事は2026年11月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。本件は提訴の段階にあり、本記事で紹介した会社の対応は原告側の主張として報じられたもので、裁判所が認定した事実ではありません。参考判例は判例データベース等の要旨によるもので、判決文の原文は確認していません。第3章から第6章の整理と「当法人の見解」は当法人の整理であり、本件の結論や、裁判所・行政機関の判断を予測するものではありません。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。事件後の被害者対応と社内の処分は会社自身が行うものであり、当法人は、ハラスメント防止規程と懲戒規定の点検と見直し、被害者の情報管理や社内への説明の手順の設計、相談窓口の調査手順の整理、休職・復職の手続を支援し、紛争に発展した場面では提携する弁護士と連携して対応いたします。刑事手続に関するご相談は、弁護士にご相談ください。
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| この記事を書いた人 |
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三重 英則(HIDENORI MIE)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)
法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。
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