| 労務トピックス |
「令和8年版 過労死等防止対策白書」が示した増加の理由 精神障害は「上司とのトラブル」、脳・心臓疾患は「月80時間未満」と「50歳以上」。10月9日閣議決定の白書を読み、中小企業が見直すべき4つの前提 |
| 2026年11月7日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士) |
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おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。
政府は2026年(令和8年)10月9日、「令和8年版 過労死等防止対策白書」を閣議決定し、厚生労働省が公表しました。過労死等防止対策推進法6条に基づいて毎年国会に報告される年次報告で、今回が11回目です。正式名称は「令和7年度 我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況」です。
当法人は10月9日の記事で11月の「過労死等防止啓発月間」と過重労働解消キャンペーンを取り上げ、その時点では令和8年版の白書の公表を確認できていないと書きました。白書は同じ日に公表されていましたので、本記事はその続報です。
最初にお断りしておくと、白書に載っている令和7年度の労災支給決定件数(精神障害1,082件、脳・心臓疾患217件)は、厚生労働省が7月15日に「過労死等の労災補償状況」として公表済みの数字です。白書で新しいのは件数そのものではなく、なぜ増えているのかを分析した部分です。本記事では、報道発表、白書の概要版、同日の大臣会見を確認したうえで、その分析が会社の過労死等防止対策のどの前提を揺さぶっているのかを整理します。
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| 📌 この記事でわかること |
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✓ 令和8年版白書は10月9日に閣議決定・公表された11回目の年次報告で、過労死等防止対策大綱(令和6年8月2日閣議決定)が重点業種等とする8分野の分析、建設業・自動車運転従事者・IT産業の労働者アンケート、労災請求件数の増加要因分析を柱としていること
✓ 大綱の数値目標は、週60時間以上の雇用者の割合(7.7%、目標5%)、年次有給休暇の取得率(66.9%、目標70%)、メンタルヘルス対策に取り組む事業所の割合(63.0%、目標80%)、50人未満の事業場のストレスチェック実施割合(32.5%、目標50%)のいずれも未達であること
✓ 脳・心臓疾患は、週60時間以上働く雇用者が減っているのに労災請求が増え、時間外労働「80時間未満」の支給決定が緩やかに増えており、白書は「50歳以上」の請求増加が主な原因と考えられるとしたこと
✓ 精神障害は、出来事の類型別で「対人関係」の伸びが最も大きく、なかでも「上司とのトラブル」の伸びが大きいこと。ただし白書は、それが請求増加の原因かは「なお分析の余地がある」としていること。業種別の請求は「医療、福祉」が最多で、医療の精神障害事案は平成24〜26年度の約3倍になったこと
✓ アンケートでは、うつ・不安障害の疑いがある人の割合が建設業の現場監督で46.3%、バスの運転者で42.5%に上り、バス・タクシーではカスタマーハラスメントの経験割合が高かったこと
白書の分析が示しているのは、「長時間労働を減らせば過労死等は防げる」という前提だけでは、もう足りないということです。
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出典について
本記事は、厚生労働省の報道発表「『令和8年版 過労死等防止対策白書』を公表します」(令和8年10月9日)、白書の掲載ページ、白書の概要版(PDF)、同日の上野厚生労働大臣の記者会見概要、令和8年7月15日の報道発表「令和7年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」に基づいています。白書の全体版(約20.8MB)と第1章の本文は確認していません。
概要版には、本文に数値が書かれず図だけで示されている値があります。本記事でそうした値を使う場合は、表の注記で「図から読み取った値」と示しています。白書本体で数値を確かめてからご利用ください。「当法人の見解」と記した部分は当法人の意見であり、行政の見解ではありません。
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| 1 白書の位置づけと構成――10月9日に閣議決定、今回で11回目 |
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過労死等防止対策白書は、過労死等防止対策推進法6条に基づき、政府が毎年国会に提出する年次報告です。同法2条は「過労死等」を、業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡、業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡、死亡には至らないこれらの脳血管疾患・心臓疾患・精神障害と定義しています。白書が扱う統計は、この定義に沿って脳・心臓疾患と精神障害の2つに分かれています。
令和8年版の構成は次のとおりです。
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| 章 |
主な内容 |
| 第1章 過労死等の概況 |
労働時間・メンタルヘルス対策等の状況、労災補償・公務災害の状況、調査研究(重点業種等の労災支給決定事案の分析、労働者アンケート、労災請求件数の増加要因分析)、まとめ |
| 第2章 過労死等の防止のための対策の実施状況 |
労働行政機関等における対策、調査研究、啓発、相談体制の整備、民間団体の活動への支援など、令和7年度に政府が講じた施策 |
| コラム |
企業・団体の働き方改革の取組事例、労使団体や家族の会の活動など17本 |
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報道発表は、今回の白書の内容として、過労死等防止対策大綱(令和6年8月2日閣議決定)に基づく調査分析(労災請求件数の増加要因、重点業種等の労災支給決定状況、建設業・自動車運転従事者・IT産業の労働者アンケートなど)、令和7年度の施策の状況、重点業種等の企業・団体の取組事例を紹介するコラムの3つを挙げています。重点業種等とされているのは、自動車運転従事者、教職員、IT産業、外食産業、医療、建設業、メディア業界、芸術・芸能分野の8分野です。
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| 2 数値目標との距離――週60時間以上は7.7%、勤務間インターバル導入は6.9% |
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大綱は、労働時間、休暇、メンタルヘルス対策について数値目標を定めています。概要版に示された最新値と目標を並べると次のとおりです。
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| 指標 |
最新値 |
前年からの変化 |
大綱の目標 |
| 週40時間以上働く雇用者のうち週60時間以上の者の割合 |
7.7%(令和7年) |
0.3ポイント減少 |
5% |
| 年次有給休暇の取得率 |
66.9%(令和6年) |
10年連続で増加 |
70% |
| 勤務間インターバル制度を導入している企業の割合 |
6.9%(※) |
1.2ポイント増加 |
15%(※) |
| 勤務間インターバル制度を知らない企業の割合 |
15.7%(※) |
1.0ポイント増加 |
5%(※) |
| メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合 |
63.0% |
0.2ポイント低下 |
80% |
| 労働者数50人未満の事業場のストレスチェック実施割合 |
32.5%(令和7年) |
― |
50% |
| 仕事や職業生活に関して強い不安、悩み、ストレスがあるとする労働者の割合 |
67.5% |
― |
― |
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| (※)は概要版の図から読み取った値で、本文には数値の記載がありません。「―」は概要版で前年比または目標が示されていない項目です。 |
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週60時間以上の雇用者の割合は長期的には減少傾向ですが、業種別では「生活関連サービス業、娯楽業」「複合サービス事業」「情報通信業」で前年より増えています。勤務間インターバル制度は、導入企業の割合が増えた一方で、制度を知らない企業の割合も増えました。目標15%に対して導入は6.9%、目標5%に対して「知らない」は15.7%で、表の中で目標との距離が最も大きい項目です。メンタルヘルス対策に取り組む事業所の割合は、前年からわずかに下がっています。
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| 3 令和7年度の労災補償――精神障害1,082件、脳・心臓疾患217件 |
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白書の概要版に掲載された令和7年度の労災支給決定件数は、7月15日の報道発表と同じです。報道発表で請求件数とあわせて確認すると、次のとおりです。
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| 区分 |
請求件数 |
支給決定件数 |
支給決定のうち死亡・自殺 |
| 脳・心臓疾患 |
1,254件(224件増加) |
217件(24件減少) |
死亡67件(前年度と同数) |
| 精神障害 |
4,958件(1,178件増加) |
1,082件(26件増加) |
自殺(未遂を含む)76件(12件減少) |
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| いずれも民間の労働者の業務災害の件数で、かっこ内は前年度比です。複数業務要因災害(労働者災害補償保険法7条1項2号)を含みません。複数業務要因災害の支給決定件数は、脳・心臓疾患7件、精神障害4件です。出典は令和8年7月15日の報道発表です。 |
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公務員については、令和7年度の認定件数が、国家公務員で脳・心臓疾患4件、精神疾患等14件、地方公務員で脳・心臓疾患11件、精神疾患等82件と示されています。
この表で目を引くのは、請求件数と支給決定件数の伸び方の差です。精神障害の請求は1年で1,178件増えたのに対し、支給決定の増加は26件です。脳・心臓疾患では、請求が224件増えた一方で支給決定は24件減りました。請求の増加がそのまま認定の増加になっているわけではありません。
もっとも、会社の側から見ると、この差は安心材料にはなりません。労災請求があれば、労働基準監督署は認定の可否を判断するために、事業主に勤務状況の資料の提出を求めたり、上司や同僚から話を聴いたりします。認定されるかどうかにかかわらず、請求件数の伸びは、会社がその調査に対応する場面が増えていることを意味します。10月9日の記事で取り上げたとおり、過労死等に係る労災請求が行われた事業場は、11月の過重労働解消キャンペーンの重点監督の対象にも挙げられています。
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| 4 白書の増加要因分析――労働時間だけでは説明できない |
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今回の白書の中心は、近年の労災請求件数の増加要因を分析した部分です。概要版の第1章「まとめ」の記述に沿って整理します。
(1) 脳・心臓疾患――「80時間未満」と「50歳以上」 白書は、「月末1週間の就業時間が週60時間以上の雇用者数が減少している一方、脳・心臓疾患の労災請求件数は増加傾向にある」としています。支給決定についても、時間外労働「80時間未満」の件数が緩やかな増加傾向にあるとしています。そのうえで、脳・心臓疾患の罹患率が他の年齢層より高い「50歳以上」の年齢層の労災請求件数の増加が、請求件数全体の増加の主な原因となっていると考えられると結論づけています。白書自身が「考えられる」という推定の形で書いている点には注意が必要です。
「80時間未満」の支給決定が増えている理由について、概要版は説明していません。ただ、令和3年9月に改正された脳・心臓疾患の労災認定基準は、時間外労働が月80時間などの水準に至らない場合でも、これに近い時間外労働に加えて、勤務間インターバルが短い勤務や身体的負荷を伴う業務などの労働時間以外の負荷要因が認められれば、業務と発症との関連が強いと評価できる考え方を示しています。白書の分析結果は、この考え方と方向が一致しています。ただし、両者の因果関係は当法人の推測であり、白書がそう述べているわけではありません。
(2) 精神障害――「対人関係」、とくに「上司とのトラブル」 精神障害の労災請求件数は増加しており、概要版の図の注記では、女性は4.19倍、男性は2.81倍に増えたとされています。女性の伸びが男性を上回っています。なお、この倍率が何年度と比べたものかは概要版の本文に明記されておらず、図の数値からは平成28年度との比較と読めますが、白書本体での確認が必要です。
白書は、出来事の類型別の労災決定件数の推移を見ると「対人関係」の伸びが最も大きく、その中でも特に「上司とのトラブル」の伸びが大きいとしています。都道府県労働局に寄せられた「いじめ・嫌がらせ」と「パワーハラスメント」に関する相談も増えています。そのうえで白書は、「上司とのトラブル等の対人関係により精神にトラブルを抱えている労働者が多数存在することは明らかと考えられるが、労災請求件数の増加の原因であるかについては、なお分析の余地がある」と、慎重な表現にとどめています。業種別では「医療、福祉」の請求が最も多く、中分類では「社会保険・社会福祉・介護事業」が最多です。「医療、福祉」の出来事別でも「対人関係」が最も多いとされています。
同じ10月9日の記者会見で、上野厚生労働大臣は、精神障害の労災請求件数と支給決定件数の増加について「主に上司とのトラブルなど対人関係に起因するものであると分析している」と述べ、医療分野での増加が顕著である一方、ほぼすべての業種で増加しているとも説明しました。大臣の発言が「起因する」と言い切っているのに対し、白書本文は原因かどうかに「なお分析の余地がある」としている点は、読み分けておくべきです。
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「上司とのトラブル」は、パワハラとは別の類型です
1 精神障害の労災認定基準では、令和2年6月にパワーハラスメントが独立した出来事の類型として明示されました。そのとき厚生労働省は、パワハラの評価の対象とならない対人関係のトラブルは、出来事の類型「対人関係」の各出来事で評価すると整理しています。現行の認定基準は令和5年9月に改正されたものです。
2 白書が伸びを指摘した「上司とのトラブル」は、この「対人関係」の類型に属する出来事です。白書は「対人関係」の伸びが最も大きく、その中で「上司とのトラブル」の伸びが大きいとしています。
3 したがって、増えているのは、パワハラと評価されるほどではない上司との摩擦や対立が、精神障害の発病に関与した出来事として扱われる事案だと読めます。この読み方は、白書の記述と認定基準の構造を重ねた当法人の解釈です。
パワハラ防止措置を整えただけでは、この領域はカバーできません。問われているのは、上司と部下の日常の関わり方そのものです。
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| 5 重点業種とアンケート――医療は約3倍、現場監督の46.3%にうつ・不安障害の疑い |
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(1) 重点業種等の労災支給決定事案 白書は、重点業種等の労災支給決定事案を3年度ごとの平均事案数で比べています。脳・心臓疾患では、自動車運転従事者は減少傾向ですが、依然として他の業種等より件数が多く、建設業は一旦減少したものの直近では再び増加しています。精神障害では、IT産業とメディア業界を除いて増加傾向にあり、医療は「令和3〜5年度」が「平成24〜26年度」の約3倍になりました。建設業と自動車運転従事者も大幅に増えています。
精神障害の発病に関与した出来事を業種等別に見ると(平成24年度から令和5年度までの合計、全業種で6,683件)、全業種で最も割合が高い「上司等からのパワーハラスメント」と、それに次ぐ「仕事内容・仕事量の大きな変化」で、業種による違いが表れています。
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| 出来事 |
割合が高い業種等(上位3つ) |
| 上司等からのパワーハラスメント |
教職員30.3%、メディア業界26.5%、外食産業23.6% |
| 仕事内容・仕事量の大きな変化 |
IT産業42.5%、メディア業界31.6%、教職員22.4% |
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(2) 建設業・自動車運転従事者・IT産業のアンケート 労働安全衛生総合研究所の「令和7年度過労死等に関する実態把握のための労働・社会面の調査研究」に基づく結果です。3業種とも、ハラスメントの経験はパワーハラスメント、カスタマーハラスメント、セクシュアルハラスメントの順に多く、自動車運転従事者ではパワハラとカスハラがほぼ同じ割合でした。
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| 業種 |
ハラスメントの経験 |
うつ・不安障害の疑い(全体) |
最も高い職種・業態 |
| 建設業 |
パワハラ19.2%、カスハラ10.6%、セクハラ6.9% |
31.9% |
技術職(現場監督)46.3% |
| 自動車運転従事者 |
パワハラ24.4%、カスハラ23.4%、セクハラ9.1%。カスハラの経験はバス36.7%、タクシー40.1% |
30.7% |
バス42.5% |
| IT産業 |
パワハラ14.1%、カスハラ6.9%、セクハラ3.6% |
24.9% |
専門的・技術的職業26.0% |
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| 数値は概要版の図表によります。「うつ・不安障害の疑い」は、K6という質問票で「重度のうつ・不安障害の疑い」と「うつ・不安障害の疑い」に該当した人の合計で、医師の診断ではありません。回答者数や調査時期などの調査方法の詳細は、概要版では確認できていません。 |
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建設業の現場監督では、半数近くがうつ・不安障害の疑いに該当しています。バスとタクシーの運転者は、顧客からの迷惑行為にさらされる割合が高く、バスの運転者はうつ・不安障害の疑いの割合も業態の中で最も高くなっています。白書の概要版は、職種ごとの差の理由までは分析していません。理由を推測で補うより、自社の該当する職種で同じ傾向がないかを確かめることが先だと当法人は考えます。
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| 6 中小企業が見直すべき4つの前提 |
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白書の分析を踏まえ、多くの会社が暗黙に置いている前提のうち、見直しが必要なものを当法人なりに4つ整理します。厚生労働省が点検項目として示したものではなく、一般的な整理です。
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前提1 「月80時間を超えなければ大丈夫」
白書は、80時間未満の支給決定の増加と、50歳以上の請求の増加を指摘しています。月80時間を超えた労働者への医師の面接指導(労働安全衛生法66条の8)は最低限の義務であって、それを満たせば足りるという線ではありません。まず自社の従業員の年齢構成を確認し、50歳以上の従業員について、健康診断で血圧・血糖・脂質などの所見があった人への医師の意見聴取(同法66条の4)と、意見を踏まえた就業上の措置(同法66条の5)が実際に行われているかを点検してください。あわせて、時間外労働が月80時間に届かなくても、深夜勤務や不規則な勤務、終業から翌日の始業までの間隔が短い勤務が重なっていないかを確認します。勤務間インターバルの確保は、労働時間等の設定の改善に関する特別措置法2条1項で事業主の努力義務とされています。時間数の管理から、時間数と健康状態を合わせた管理へ移ることが求められています。
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前提2 「パワハラ対策をしていれば足りる」
パワハラ防止の雇用管理上の措置(労働施策総合推進法30条の2)は、相談窓口の設置、方針の周知、事後の迅速な対応などを事業主に義務づけています。しかし第4章で見たとおり、白書が伸びを指摘した「上司とのトラブル」は、労災認定基準上、パワハラとは別の「対人関係」の類型に属する出来事です。点検してほしいのは、管理職が業務上の指導や注意をする場面の進め方です。指導の内容を記録に残しているか、ほかの社員の前での叱責になっていないか、指導の後に本人の受け止めを確認しているかを見直してください。あわせて、部下が直属の上司以外に相談できる経路があるかを確認します。相談窓口を設けていても、窓口の案内が「ハラスメントの相談」に限られていると、上司との関係の悩みは持ち込まれません。案内の文言に「上司との関係や業務の進め方の悩み」も含めるだけで、窓口の受け止める範囲は変わります。人事異動や業務量が大きく変わった後に面談を行う仕組みも、この領域の対策になります。
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前提3 「業種のリスクは長時間労働のリスク」
医療・介護、建設、運送の会社では、過労死等の対策が長時間労働の削減に集中しがちです。白書の数字は、それぞれの業種で長時間労働とは別の負荷があることを示しています。医療・介護では精神障害の請求が最も多く、出来事は「対人関係」が中心です。建設業では現場監督の46.3%がうつ・不安障害の疑いに該当しています。バス・タクシーではカスタマーハラスメントの経験割合が高く、2026年10月1日からは、顧客等の言動に起因する問題について事業主が雇用管理上の措置を講じることが義務になりました(労働施策総合推進法33条)。自社の業種で白書が示した負荷が、自社のどの職種に当てはまるかを特定し、その職種について、労働時間とは別に対策を立てることが必要です。
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前提4 「50人未満だからストレスチェックは先の話」
労働者数50人未満の事業場のストレスチェック実施割合は32.5%にとどまります。白書の第2章は、小規模事業場へのストレスチェックの義務化が令和10年4月1日に施行されることを踏まえた周知を挙げています(労働安全衛生法66条の10)。残りは約1年半です。実施者(医師、保健師等)を確保するか外部機関に委託するか、検査結果は本人の同意なく会社に提供されないこと(同条2項)を前提にした情報の取扱いの手順、高ストレスと判定された人の面接指導の流れを、今のうちに決めておくことをお勧めします。
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| 7 当法人の視点 |
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過労死等の防止は、これまで長時間労働の削減を中心に語られることが多くありました。今回の白書の数字を見ると、その前提が半分しか当てはまらなくなっていることが分かります。週60時間以上働く人は減っているのに、脳・心臓疾患の請求は増え、精神障害の請求の伸びは労働時間ではなく人間関係の側から分析されています。
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当法人の見解
当法人は、令和8年版白書が会社に求めているのは、過労死等の防止を「労働時間の管理」から「人の状態の管理」へ広げることだと考えます。脳・心臓疾患については、時間数が減っても、発症しやすい年齢層の従業員が増えれば請求は増えます。精神障害については、パワハラに至らない上司との摩擦が発病に関与する出来事として扱われています。どちらも、勤怠記録を見ているだけでは見つけられません。健康診断の結果を就業上の措置に結びつけること、管理職の指導の進め方を整えること、部下が上司以外に相談できる経路を開いておくことが、これからの過労死等防止対策の中心になると考えます。
この見解には、根拠が十分でない前提が2つあります。1つは、白書自身が、上司とのトラブルが請求件数の増加の原因であるかについて「なお分析の余地がある」としていることです。対人関係の出来事が増えているのは、職場の実態が変わったからなのか、労働者が労災を請求しやすくなったからなのか、白書の分析からは区別できません。もう1つは、50歳以上の請求増加が主な原因という結論も「考えられる」という推定であることです。当法人は白書の全体版を確認しておらず、これらの分析の手法までは検証できていません。
最も強い反論は、使用者側の立場から考えられます。上司とのトラブルが労災の原因として重く見られるようになると、管理職が必要な指導や注意を控えるようになり、職場の規律が保てなくなる、というものです。この懸念には理由があります。ただ、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラ防止指針(令和2年厚生労働省告示第5号)でもパワハラに当たらないとされています。問題になるのは指導をすることではなく、指導の進め方と、その後の放置です。指導を控えるのではなく、指導の記録と事後の確認を整えることが、管理職を守ることにもなると当法人は考えます。労働者側からは、対人関係の問題を管理職の指導方法の問題に置き換えると、人員不足や業務量の多さという構造的な原因が見えなくなる、という指摘が考えられます。医療の精神障害事案が約3倍になった背景には、人員配置の問題もある可能性があり、当法人はこの指摘にも理由があると考えます。指導方法の見直しは、業務量と人員の見直しの代わりにはなりません。
簡易な確かめ方を1つ挙げます。直近1年間に心身の不調を理由に休職または退職した従業員について、人事記録や面談記録から、きっかけとなった出来事を「長時間労働」「上司との関係」「顧客対応」「業務量や担当の大きな変化」の4つに分けて数えてください。あわせて、50歳以上の従業員のうち、直近の健康診断で所見があった人に対して医師の意見を聴いた記録があるかを確認してください。この2つの表で、白書の分析が自社にどの程度当てはまるかが見えます。作業は半日で終わります。
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| まとめ |
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令和8年版過労死等防止対策白書は、10月9日に閣議決定・公表された11回目の年次報告です。令和7年度の労災支給決定件数は、7月15日に公表済みのとおり精神障害1,082件(26件増加)、脳・心臓疾患217件(24件減少)でした。白書の増加要因分析は、脳・心臓疾患では週60時間以上の雇用者が減る中で請求が増え、80時間未満の支給決定が緩やかに増えていること、50歳以上の請求増加が主な原因と考えられることを示しました。精神障害では「対人関係」、とくに「上司とのトラブル」の伸びが大きく、業種別では「医療、福祉」の請求が最多で、医療の精神障害事案は約3倍になりました。ただし白書は、上司とのトラブルが請求増加の原因かについて「なお分析の余地がある」としています。大綱の数値目標は、いずれもまだ達成されていません。
当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。白書の数字を自社の数字に置き換え、健康診断の結果の生かし方、管理職の指導の進め方、相談の経路、業種ごとの負荷への対策を、経営者と一緒に整えてまいります。休職者が出た場合の対応や制度設計については休職制度設計・支援、ハラスメント防止規程や相談窓口を含む規程の整備については就業規則作成・改訂、継続的なご相談については高難度業務対応型顧問のページもご覧ください。
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白書の数字を、自社の数字に置き換えてみませんか
50歳以上の従業員の健康管理、管理職の指導の進め方と相談の経路、業種ごとのハラスメント対策、ストレスチェックの導入準備まで、 社会保険労務士法人T&M Nagoya がご相談をお受けします。
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【根拠法令】
過労死等防止対策推進法(平成26年法律第100号)2条(定義)、6条(年次報告)、7条(過労死等の防止のための対策に関する大綱)/労働者災害補償保険法7条1項(業務災害、複数業務要因災害)/労働安全衛生法66条の4(健康診断の結果についての医師等からの意見聴取)、66条の5(健康診断実施後の措置)、66条の8(面接指導)、66条の10(心理的な負担の程度を把握するための検査等)/労働時間等の設定の改善に関する特別措置法2条1項(事業主等の責務)/労働施策総合推進法30条の2(職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)、33条(顧客等の言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等。2026年10月1日施行)/過労死等の防止のための対策に関する大綱(令和6年8月2日閣議決定)/事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)/心理的負荷による精神障害の認定基準(令和5年9月改正)/血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準(令和3年9月改正)
【参考判例】
本記事は行政の公表資料の解説であり、裁判例は扱っていません。
【出典・参考資料】
厚生労働省「『令和8年版 過労死等防止対策白書』を公表します」(令和8年10月9日報道発表)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_76612.html/厚生労働省「令和8年版過労死等防止対策白書」https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/karoushi/26/index.html/同 概要版(PDF)https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001757395.pdf/厚生労働省「上野大臣会見概要」(令和8年10月9日)https://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000194708_00974.html/厚生労働省「令和7年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」(令和8年7月15日報道発表)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_74476.html/厚生労働省「精神障害の労災認定基準に『パワーハラスメント』を明示します」(令和2年6月)https://www.mhlw.go.jp/content/000637497.pdf
【免責事項】
本記事は2026年10月13日時点の公表資料に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。白書の全体版と第1章の本文は確認しておらず、概要版の図から読み取った値(勤務間インターバル制度の導入企業割合と認知度、その目標値)は白書本体で確認が必要です。精神障害の請求件数の男女別の倍率の起点年度、都道府県労働局の相談件数の具体的な値、50歳以上の請求件数の値、アンケートの回答者数と調査時期は、当法人が確認できていません。第6章の4つの前提は当法人の整理であり、厚生労働省が示したものではありません。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。労災請求があった場合の労働基準監督署への対応や社内の再発防止策は会社自身が行うものであり、当法人は健康診断後の措置と面接指導の仕組みの整備、ハラスメント防止規程と相談窓口の設計、休職規程の整備、ストレスチェックの導入準備を支援し、損害賠償請求など従業員との紛争に発展した場面では、提携する弁護士と連携して対応いたします。
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| この記事を書いた人 |
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三重 英則(HIDENORI MIE)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)
法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。
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