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「被保佐人になったから働けない」は憲法違反 最高裁判所大法廷 令和8年2月18日判決(令和5年(オ)第360号・地位確認等請求事件) 2026年8月20日|社会保険労務士法人T&M Nagoya |
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📌 この記事の要点 ・最高裁大法廷は令和8年2月18日、「被保佐人であること」を警備員の欠格事由としていた改正前警備業法の規定が、平成29年3月の時点で憲法22条1項(職業選択の自由)・14条1項(法の下の平等)に違反するに至っていたと判断しました。法令違憲の判断は報道によれば戦後14例目です。 |
はじめに ― 「法律が"働くな"と言っていた」時代の終わり
社会保険労務士が就業規則を点検するとき、ほとんど無条件に読み飛ばしてしまう条文があります。いわゆる欠格条項連動型の当然退職規定です。
| 「法令に定める資格の欠格事由に該当したときは、当然退職とする」 |
多くの就業規則に、この種の条文が何気なく置かれています。警備業、建設業、運送業、宅建業、士業など、業法上の欠格事由が定められている業種では、むしろ標準装備といってよいでしょう。
2026年(令和8年)2月18日、最高裁判所大法廷は、この「欠格条項」というしくみそのものに、憲法の側から重い判断を下しました。改正前の警備業法が「被保佐人であること」を警備員の欠格事由としていた規定について、憲法22条1項(職業選択の自由)および14条1項(法の下の平等)に違反すると判断したのです。法令違憲の判断は、報道によれば戦後14例目で、旧優生保護法の規定を違憲とした2024年7月の大法廷判決以来となります。
本記事では、この大法廷判決を、社労士の実務 ― とりわけ就業規則の当然退職条項の設計と障害のある労働者の雇用管理 ― という視点から掘り下げます。
1. 事案の背景 ― 交通誘導の仕事を、審判ひとつで失った
1-1. 当事者と経緯
原告となったのは、岐阜県の元警備員の男性です。軽度の知的障害があり、警備会社に約3年間雇用されて交通誘導警備の業務に従事していました。
ところがこの男性について、2017年(平成29年)3月、保佐開始の審判が確定します。保佐開始の審判は、判断能力が不十分な人の財産を守り、生活を支えるための制度です。本来、本人の保護のための制度であり、本人を不利益に扱うためのものではありません。
しかし、当時の警備業法は、この審判を受けたこと自体を「警備員として働けない理由」としていました。男性は被保佐人となり欠格事由に該当したことを理由に、退職を余儀なくされます。
つまり、この男性は、仕事の能力に変化があったから職を失ったのではありません。制度を利用したことそれ自体によって職を失ったのです。ここが本件の核心です。
1-2. 訴訟の経過
男性は、国会がこの欠格条項を長期間改廃しなかったこと(立法不作為)は違憲であるとして、国に対して国家賠償を請求しました(報道によれば提訴は2018年)。訴訟の経過は次のとおりです。
| 審級 | 判断の骨子 |
| 一審:岐阜地裁 令和3年10月1日判決 |
欠格条項は制定当時(昭和57年)から違憲と判断し、国家賠償請求を一部認容 |
| 二審:名古屋高裁 令和4年11月15日判決 (令和3年(ネ)第833号) |
一審同様、制定当時から違憲と判断。立法不作為の違法性は大きいとして、国に慰謝料50万円の支払いを命令 |
| 上告審:最高裁大法廷 令和8年2月18日判決 |
平成29年3月時点での違憲を認めつつ、国家賠償請求は棄却(破棄自判・詳細は後述) |
国側が上告し、最高裁は本件を大法廷で審理しました。大法廷に回付されるのは、法令の憲法適合性について新たな憲法判断等が必要な場合であり、この時点で重大な憲法判断が示されることが予想されていました。
2. 問題となった条文 ― 改正前警備業法14条・3条1号
争点となったのは、令和元年法律第37号による改正前の警備業法の次の構造です。
| 条文 | 内容 |
| 3条1号(改正前) | 警備業を営んではならない者として「成年被後見人若しくは被保佐人」等を列挙 |
| 14条 | 18歳未満の者または3条1号から7号までのいずれかに該当する者は、警備員となってはならない旨を規定 |
つまり、被保佐人であるという一事をもって、警備員という職業に就くこと自体を絶対的に禁じる構造でした。個々の人が実際に警備業務を適切に遂行できるかどうかを、個別に審査するしくみが存在しなかった点が決定的です。
これは、法律用語でいう絶対的欠格事由です。「原則は就けるが、事情によっては制限される」(相対的欠格事由)のではなく、「該当したら一律にアウト」という設計でした。なお、平成14年の警備業法改正では「精神病者」を絶対的欠格事由とする条項が相対的欠格事由(個別に判断能力を審査する方式)に改められていましたが、成年被後見人・被保佐人の欠格条項はその後も残り続けていました。
3. 争点
本件の争点は、大きく2つに整理できます。
| 争点@ 改正前警備業法14条・3条1号のうち被保佐人を警備員の欠格事由とする部分は、憲法22条1項・14条1項に違反するか 争点A 違反するとして、国会がこれを改廃しなかったこと(立法不作為)は、国家賠償法1条1項の適用上「違法」と評価されるか |
この2つは別の問題です。憲法違反であることと、国に金銭賠償の責任が生じることは、国家賠償法の解釈上、必ずしも一致しません。最高裁は従来から、立法不作為が国賠法上違法となるのは例外的な場合に限られるという厳格な枠組みを採用してきました。本判決でも、この二段構造が結論を分けることになります。
4. 大法廷の判断@ ― 「平成29年3月時点で、すでに違憲になっていた」
裁判所ウェブサイトに掲載された裁判要旨によれば、大法廷は次のように判断しました。
| 改正前の警備業法14条、3条1号の規定のうち被保佐人であることを警備員の欠格事由として定めた部分は、平成29年3月の時点において、憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていた。 |
注目すべきは、「違反するに至っていた」という言い回しです。制定当初から違憲だったと断じたのではなく、社会状況の変化によって、ある時点から違憲になったという時的な限定を伴う判断構造をとっています。一審・二審が「制定当時(昭和57年)から違憲」としていたのと対照的です。実際、報道によれば大法廷は、昭和57年の改正で欠格条項の前身となる規定が設けられた当時については相応の合理性があったと判断し、個別審査規定を導入した平成14年改正も合憲としています。
裁判要旨は、この「変化」の内容として、障害者権利条約の批准やこれに伴う国内法の整備等が積み重なり、労働者について障害を理由とする差別が禁止されるべきであるとする考え方が確立したこと等を挙げています。
判断枠組みとしては、本件規定が精神上の障害を理由として、狭義の職業選択の自由そのもの(=その職業に就くこと自体)に規制を課す強力な制限であることを重視し、規制の目的・必要性・内容と、制限される自由の性質・内容・程度を比較考量した上で、男性の退職時点においては立法府の判断が合理的裁量の範囲を逸脱していたと評価したものです。
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✅ 社労士として押さえるべき視点(当法人の見解) 違憲判断の核心は、「かわいそうだから」ではありません。個別審査のしくみを設けずに、属性だけで職業そのものを一律に閉ざす手法が、手段として過剰であると評価された ― という構造です。この評価軸は、業法の欠格条項に限らず、企業の内部規程の設計にも応用できる視点だと当法人は考えます(第8章で詳述します)。 |
5. 大法廷の判断A ― 違憲だが、国の賠償責任は認めない(破棄自判)
一方で最高裁は、国家賠償請求は認めませんでした。結果は「破棄自判」であり、名古屋高裁が命じた50万円の賠償は取り消されたことになります。
裁判要旨が挙げる理由は、要約すると次の3点です。
| ⑴ 障害を理由とする差別が禁止されるべきという考え方の確立は、社会や国民の意識の変化の積み重ねによるもので、外形的事実として観察することができず、容易に看取し得ない ⑵ 平成29年3月までに、欠格条項の見直しの必要性自体は指摘されていたものの、憲法上の問題を理由とするものではなく、違憲とする学説はほとんど存在せず、裁判所の違憲判断もなかった ⑶ 平成28年5月の成年後見制度利用促進法の施行後、170余の法律に設けられた欠格条項全てについて統一的な見直し方針が策定され、令和元年中にいずれも削除されており、本件規定のみ先行して見直すべき事情もうかがわれない |
平たくいえば、違憲状態が生じた時期と男性の退職時期とが近接しており、国会が「長期にわたって漫然と放置した」とは評価できない ― という論理です。
5-1. 5人の裁判官が反対 ― 「いつから違憲だったのか」が勝敗を分けた
この結論には、裁判官15人のうち5人が反対意見を述べました(多数意見は今崎幸彦長官ら10人)。判決文によれば、反対意見のほか、林道晴・岡正晶・石兼公博の各裁判官の補足意見、安浪亮介裁判官の意見も付されています。
反対意見の内訳として、報道は次のように伝えています。
| 裁判官 | 違憲が明白になったとする時期 |
| 三浦守・尾島明 両裁判官 | 2002年(平成14年)の警備業法改正の時点 |
| 宮川美津子・高須順一 両裁判官 | 障害者差別の禁止等を定めた障害者基本法(改正)が成立した2011年(平成23年)7月 |
| 沖野眞已 裁判官 | 成年後見制度利用者の選挙権を制限していた公職選挙法が改正された翌月の2013年(平成25年)6月 |
いずれも、男性の退職(2017年3月)よりかなり前の時期です。この立場に立てば、国会には十分な是正の時間があったことになり、立法不作為の違法性が肯定されます。
意見が10対5に割れたという事実は、「いつから違憲だったのか」という時点の認定が、この事件の実質的な勝敗を分けたことを示しています。なお、賠償を認めなかった多数意見の結論に対しては、弁護士会から批判する会長声明も出されています。
6. その後の立法 ― 令和元年の一括整備法で条項は削除済み
重要な前提として、問題となった欠格条項は、すでに法律上削除されています。
2019年(令和元年)6月に成立した、成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律(一括整備法・令和元年法律第37号)等により、成年被後見人・被保佐人であることを欠格事由とする規定は令和元年中にいずれも削除され、個別に能力を審査する方式へと切り替えられました。警備業法の本件規定もこの対象です。
| 改正前(令和元年改正まで) | 改正後(現行法) |
| 成年被後見人・被保佐人であること自体が欠格事由 =該当すれば一律に警備員になれない(絶対的欠格) |
成年後見制度の利用自体は欠格事由でない =心身の障害により業務を適正に行えない者かどうかを個別に審査する方式 |
つまり、本判決は現行法の効力を失わせるものではありません。すでに解消された過去の制度について、「あの時点で違憲だった」と確認した判決です。では実務的な意味はないのか ― そうではありません。むしろ社労士にとっての本丸は、ここから先にあります。
7. 本記事で確認できなかった点(正直に記します)
正確性の観点から、本記事執筆時点で一次情報により確認できなかった事項を明示します。
| ・事件名「地位確認等請求事件」の全容:本件には上告事件(令和5年(オ)第360号)のほか上告受理事件(令和5年(受)第445号)が併存しており、国家賠償以外の請求(地位確認等)が含まれていた可能性がありますが、その内容・帰趨は確認できませんでした。 ・一審の賠償額:岐阜地裁令和3年10月1日判決が違憲判断の上、国家賠償を一部認容したことは確認できましたが、認容額は情報源により記載が食い違うため、本記事では記載していません。 ・原告のその後:判決後、男性が警備業に復帰したか否か等は確認できませんでした。 |
8. 実務への示唆 ― 社労士が今すぐ点検すべき5点
8-1. 就業規則の「欠格事由=当然退職」条項を棚卸しする
冒頭に挙げた「法令に定める資格の欠格事由に該当したときは、当然退職とする」という条文自体が、本判決によって直ちに無効になるわけではありません。しかし本判決の論理 ― 属性だけで一律に職業を閉ざす手法は、手段として過剰でありうる ― は、私法上の規程解釈にも影響しうると当法人は考えます。
とくに注意すべきなのは、業法が個別審査方式に切り替わったにもかかわらず、就業規則の側が旧来の「該当=即退職」構造のまま残っているケースです。一括整備法の成立から7年が経過していますが、規程が追随していない例は少なくないと想定されます。
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✅ 点検の勘所 当然退職事由として掲げている欠格事由について、@現行の業法上も本当に欠格事由なのか、A相対的欠格事由(個別審査)に変わっていないか、を条文レベルで確認する。令和元年の一括整備法で削除された「成年被後見人・被保佐人」該当を退職事由に残していないかは、最優先のチェック項目です。 |
8-2. 「成年後見・保佐の利用」を不利益取扱いの理由にしない
本判決が最も強く否定したのは、権利擁護のための制度を利用したこと自体を理由とする排除です。社内制度で、成年後見制度の利用を休職・降格・配置転換・退職の直接の理由としている例があれば、直ちに見直すべきです。これは業法の有無にかかわらず妥当すると当法人は考えます。
なお、成年後見制度は、労働者本人だけでなく家族の介護等に関連して身近になる制度でもあります。人事担当者が制度自体に馴染みがなく過剰反応するリスクは、実務上小さくないと想定されます。
8-3. 「心身の故障により業務に堪えないとき」条項の運用を精緻化する
欠格条項と並んで問題になりやすいのが、「心身の故障により、業務に堪えないと会社が認めたとき」という退職・解雇事由の類型です。この条文は残しておいてよいものです。ただし本判決の視点を踏まえると、「会社が認めたとき」で終わらせず、判断のプロセスを規程・運用の両面で個別化しておくことが重要になります。
具体的には、@主治医・産業医の意見聴取、A現に従事している業務の遂行可能性の具体的検討、B配置転換・業務軽減等の代替手段の検討、C本人からの意見聴取 ― といった手順を踏むことです。「属性ではなく、実際の遂行可能性を個別に見る」という発想は、本判決の枠組みと同じ方向を向いています。休職・復職の制度設計とあわせた見直しは、当法人の休職制度設計・支援でもご相談いただけます。
8-4. 障害者雇用の「安全配慮」と「排除」を混同しない
安全配慮義務を理由に、障害のある労働者を危険性のある業務から外すこと自体は、正当な場合があります。しかし本判決は、抽象的な懸念だけで職業そのものを閉ざすことの過剰性を問題にしました。実務としては、リスクアセスメントを個別具体的に行い、その記録を残すことが防御になります。障害者雇用促進法上の合理的配慮の提供義務とも接続する論点です。
8-5. 採用時の欠格確認は「必要最小限・目的限定」で
採用選考時に業法上の欠格事由を確認すること自体は、業務上の必要性がある限り許容されます。ただし、確認の範囲が広すぎないか、目的外に使っていないかは要注意です。とくに、法改正で欠格事由から外れた事項を漫然と確認し続けている場合、応募者の適性・能力と無関係な個人情報の収集(職業安定法5条の5関係)として問題になりうると考えられます。
まとめ ― 「属性で切る」から「個別に見る」へ
本判決を一文でまとめるなら、こうなります。
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人を属性のラベルで一律に職業から締め出す手法は、それ自体が憲法問題になりうる。 |
国家賠償という結論だけを見れば、原告の男性は救済されませんでした。しかし、社労士の実務にとって残るのは、判断の枠組みのほうです。業法の欠格条項が個別審査方式へ移行したのと同じ流れが、企業の内部規程にも及ぶ ― そう考えて規程を読み直すことが、本判決から得られる最も実践的な学びだと当法人は考えます。
顧問先の就業規則を開いたとき、「法令の欠格事由に該当したときは当然退職とする」という一行が目に入ったら、そこで一度手を止める。それが、この大法廷判決を実務に活かす第一歩です。就業規則全体の点検・改訂は、当法人の就業規則作成・改訂サービスで、複雑な個別事案への対応は高難度業務対応型顧問でご支援しています。
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就業規則の「当然退職条項」、最後に見直したのはいつですか? 欠格事由連動条項の棚卸し、休職・復職制度の個別化設計、障害のある従業員の雇用管理まで。
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📋 本記事の確信度ノート(信頼度:93%) 一次情報で確認済み:事件番号・事件名・裁判年月日・法廷・結果(破棄自判)・原審(名古屋高裁令和4年11月15日)・裁判要旨(違憲判断の内容と時点、国賠棄却の理由⑴〜⑶、170余の法律の統一的見直し)・参照法条は、裁判所ウェブサイトの判例詳細ページおよび判決文PDFで直接確認しました。反対意見5名(三浦守・尾島明・宮川美津子・高須順一・沖野眞已)と補足意見・意見の存在も判決文で確認済みです。控訴審の賠償額50万円は愛知県弁護士会の会長声明(2022年・2026年)で確認しました。 |
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根拠法令・出典 ・最高裁判所大法廷 令和8年2月18日判決(令和5年(オ)第360号 地位確認等請求事件、原審:名古屋高等裁判所 令和3年(ネ)第833号 令和4年11月15日判決、結果:破棄自判) |
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【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。就業規則の欠格条項・当然退職条項の見直しは、業種・適用される業法・現に在籍する労働者の状況により検討すべき事項が異なります。実際の規程改定にあたっては、事案に即した個別の検討をお願いいたします。本記事の内容は2026年8月3日執筆時点の情報に基づいています。 |
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執筆者情報 三重 英則(みえ ひでのり) |