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作成日:2026/09/05
36協定を「店舗ごと」に締結していますか―36協定なしの時間外労働で飲食業者を書類送検、端緒は労働者からの労災請求
労務トピックス 送検事例
36協定を「店舗ごと」に締結していますか――36協定なしの時間外労働で飲食業者を書類送検、端緒は労働者からの労災請求
多店舗展開企業が見落としやすい「事業場単位の原則」と、週44時間特例(労基法40条)の落とし穴を社労士が解説します。
おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。

「本社では36協定を届け出ているから大丈夫」――多店舗展開している企業の経営者・人事担当者の方から、時折こうしたお話を伺うことがあります。しかし、36協定は会社単位ではなく「事業場単位」で締結・届出しなければなりません。今回は、この原則を知らなかったために書類送検に至った飲食業者の事例をご紹介し、多店舗展開企業が押さえるべき労働時間管理のポイントを整理します。
📌 この記事の要点
・大阪中央労基署が、36協定を締結せず労働者2人に違法な時間外労働を行わせた飲食業者と労務管理等責任者を書類送検(令和7年8月21日)
・端緒は、労働者からの長時間労働に係る労災保険給付の請求だった
・同社は飲食店を10店舗以上運営。「事業場ごとに36協定を締結する必要があることを知らなかった」と報じられている
・適用条文は労基法32条ではなく40条(労働時間及び休憩の特例)。小規模飲食店に適用される「週44時間特例」の構造がポイント
・違反には6か月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金。法人も両罰規定で処罰対象になる
1. 事案の概要――「知らなかった」では済まされない
労働新聞社の報道(2025年9月20日配信)によれば、大阪中央労働基準監督署は、36協定(時間外・休日労働に関する協定)を締結しないまま労働者2人に違法な時間外労働を行わせたとして、飲食業の会社(兵庫県神戸市)と、同社の親会社の労務管理等責任者を、労働基準法第40条(労働時間及び休憩の特例)違反の疑いで大阪地検に書類送検しました(令和7年8月21日送検)。

同社は兵庫県と大阪府を中心に飲食店を10店舗以上運営しており、同労基署は「事業場ごとに36協定を締結する必要があることを知らなかったようだ」とコメントしたと報じられています。立件期間や具体的な時間外労働の時間数は明らかにされていませんが、現在は全店舗で36協定を締結しているとのことです。
■ 事案の整理(報道ベース)
送検した監督署:大阪中央労働基準監督署
被送検者:飲食業の会社(兵庫県神戸市)および同社の親会社の労務管理等責任者
容疑:労働基準法第40条(労働時間及び休憩の特例)違反
違反内容:36協定を締結せず、労働者2人に違法な時間外労働
発覚の端緒:労働者からの長時間労働に係る労災保険給付の請求
送検日:令和7年8月21日
2. なぜ「32条違反」ではなく「40条違反」なのか
36協定なしの時間外労働に関する送検事例では、通常「労働基準法第32条(労働時間)違反」が適用されます。ところが本件で適用されたのは第40条(労働時間及び休憩の特例)です。あまり目にしない条文ですが、ここに本件の重要な示唆があります。

労働基準法40条は、公衆の不便を避けるために必要な事業等について、厚生労働省令で労働時間の特例を定めることができるとした規定です。これを受けた労働基準法施行規則25条の2により、商業・映画演劇業(映画製作を除く)・保健衛生業・接客娯楽業のうち、常時10人未満の労働者を使用する事業場は「特例措置対象事業場」として、週の法定労働時間が40時間ではなく44時間とされています(1日8時間の原則は変わりません)。飲食店は「接客娯楽業」に該当するため、従業員が10人未満の店舗はこの特例の対象です。

本件が40条違反として立件されていることから、対象となった店舗は常時10人未満の特例措置対象事業場に該当し、「週44時間」という緩和された上限すら、36協定なしに超えさせていたものとみられます(この点は報道からの推論を含みます)。特例措置対象事業場であっても、週44時間を超えて労働させるには36協定の締結・届出が必要であることに変わりはありません。
区分 週の法定労働時間 根拠
原則(一般の事業場) 40時間(1日8時間) 労基法32条
特例措置対象事業場
(商業・映画演劇業・保健衛生業・接客娯楽業で常時10人未満)
44時間(1日8時間) 労基法40条・労基則25条の2
※いずれの場合も、法定労働時間を超えて労働させるには事業場ごとの36協定の締結・届出が必要(労基法36条)。
3. 36協定は「会社単位」ではなく「事業場単位」
本件の最大の教訓は、労基署のコメントとして報じられた「事業場ごとに36協定を締結する必要があることを知らなかったようだ」という一言に集約されています。

36協定は、事業場(工場・支店・店舗・営業所等)ごとに、その事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(ないときは労働者の過半数を代表する者)と締結し、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署に届け出る必要があります。本社で1本締結して届け出れば全店舗をカバーできる、という仕組みにはなっていません。

飲食業・小売業・介護事業など多店舗・多拠点展開するビジネスでは、出店のスピードに労務管理が追いつかず、新店舗の36協定が「締結漏れ」のまま営業が始まってしまうケースが実務上少なくありません。また、店舗ごとに過半数代表者を適正な手続(投票・挙手等の民主的方法)で選出する必要があるため、店舗数が増えるほど手続の管理負担は大きくなります。

なお、一定の要件を満たす場合には本社一括届出(電子申請)の仕組みも用意されていますが、これはあくまで「届出」の窓口を一本化するものであり、協定の締結自体は事業場ごとに必要である点に注意が必要です。
4. 労災請求が「発覚の端緒」になるという現実
本件でもう一つ注目すべきは、違反発覚の端緒が労働者からの「長時間労働に係る労災保険給付の請求」だった点です。

長時間労働を原因とする脳・心臓疾患や精神障害について労災請求がなされると、労働基準監督署は労災認定の調査の過程で、当該労働者の労働時間を出勤簿・タイムカード・入退館記録等から詳細に把握します。その過程で36協定の不存在や上限超過などの労働基準法違反が判明すれば、労災の給付手続とは別に、監督・捜査の対象となり得ます。

つまり、労災請求は単なる保険給付の手続にとどまらず、企業の労働時間管理の実態が公的機関によって精査される入口になるということです。「労基署の調査は定期監督か申告(タレコミ)がきっかけ」というイメージをお持ちの経営者の方も多いのですが、実際には本件のように労災請求を端緒とする送検事例は珍しくありません。日頃から適正な労働時間管理を行っておくことが、結局は最大のリスク対策になります。
5. 罰則と「送検される人」の範囲――親会社の責任者も対象に
労働基準法40条に基づく厚生労働省令(施行規則25条の2)に違反した者は、6か月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処せられます(労基法119条3号)。36協定なしの時間外労働の一般的な類型である32条違反も、同じく119条1号により同一の法定刑です。さらに両罰規定(労基法121条)により、行為者だけでなく法人にも罰金刑が科され得ます。

本件で注目されるのは、送検されたのが会社(法人)と並んで「親会社の労務管理等責任者」と報じられている点です。労働基準法上の「使用者」は、事業主だけでなく「事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」を含みます(労基法10条)。グループ経営において子会社の労務管理を親会社側の担当者が実質的に担っている場合、その担当者個人が刑事責任を問われ得ることを示す事例といえます。「別法人だから関係ない」という形式論は通用しません。
6. 多店舗展開企業のためのチェックポイント
✓ 自社の36協定管理を点検しましょう
□ すべての事業場(店舗・支店・営業所)で36協定を締結・届出しているか
 新規出店時の労務手続チェックリストに「36協定の締結・届出」が組み込まれているかも確認してください。

□ 各事業場の過半数代表者は適正な手続で選出されているか
 店長の指名や持ち回りは不適切です。投票・挙手等の民主的な方法によることが必要です。

□ 協定の有効期間が切れていないか
 36協定の有効期間は通常1年です。更新漏れは「協定なし」と同じ状態になります。

□ 特例措置対象事業場(週44時間)の適用可否を正しく判定しているか
 「常時10人未満」は企業全体ではなく事業場ごとのカウントで、パート・アルバイトも含みます。店舗の成長により10人以上となれば、週40時間制に移行する必要があります。

□ 実際の労働時間を客観的に把握できているか
 協定を締結していても、実労働時間が協定の上限や法律上の上限規制を超えれば違法です。
当法人では、多店舗・多拠点展開する企業の労務手続代行・労務監査を通じて、事業場ごとの36協定の締結・届出状況の総点検や、出店時の労務手続の標準化をご支援しています。また、長時間労働に係る労災請求や労基署対応が既に発生している場合には、労働紛争解決支援高難度業務対応型顧問にて対応いたします。「うちの店舗、全部カバーできているだろうか」と少しでも不安を感じた方は、お早めにご相談ください。
労働時間管理・36協定のご相談はこちら
■ 根拠法令・出典
・労働基準法32条(労働時間)、36条(時間外及び休日の労働)、40条(労働時間及び休憩の特例)、10条(使用者の定義)、119条・121条(罰則・両罰規定)
・労働基準法施行規則25条の2(特例措置対象事業場・週44時間)
・労働新聞社「36協定締結せず2人に時間外労働 労災請求端緒に発覚 飲食業者を送検 大阪中央労基署」(2025年9月20日配信)
 https://www.rodo.co.jp/column/205072/
・厚生労働省「週40時間労働制の適用猶予措置の廃止について」(法定労働時間の業種・規模別一覧)
 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/seido/kijunkyoku/week/970414.htm
・労働新聞社「労働基準法 第117条〜第121条」(条文)
 https://www.rodo.co.jp/laws/116897/
【免責事項】本記事は、公表された報道等に基づき一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。事案の詳細(立件期間・時間外労働時間数等)は公表されていないため、本文中の法的分析には報道内容からの推論が含まれます。実際の対応にあたっては、必ず専門家にご相談ください。記事の内容は執筆時点の法令・情報に基づいています。
■ この記事を書いた人
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員
SRP認証番号第160175号
中小企業の労務管理・労働紛争対応・IPO労務監査を専門とし、経営者と共に歩む実務対応を信条とする。