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おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。
2026年7月20日、読売新聞オンラインは、労災の申請から6か月以上経過しても認定の可否が決まらない「長期未決事案」が2026年1月末時点で2,329件に上り、5年前から倍増したと報じました。労災保険は労働者の救済制度ですから、この問題は第一義的には被災労働者とその家族の問題です。しかし当法人は、これを企業側にとっても看過できない変化だと考えています。調査が長期化するということは、会社が「結論の出ないまま」在職者の労務管理を続けなければならない期間が延びることを意味するからです。本記事では、報道の内容を厚生労働省の一次資料で裏付けたうえで、企業実務にどう跳ね返るのかを整理します。
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📌 この記事の要点
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読売新聞オンラインの報道(2026年7月20日配信、記者:西村魁)によれば、厚生労働省への取材で判明した長期未決事案の件数は、2026年1月末時点で2,329件でした。2021年には1,169件でしたので、5年でおよそ倍増したことになります。2023年以降は2,000件を超えた水準で高止まりしているとされています。
同報道は、労基署が認定の可否を決める目安として、負傷・疾病による療養・休業補償は申請からおおむね1か月、死亡事案の遺族補償で4か月という数字を挙げ、厚生労働省が6か月以上経過したものを「長期未決事案」として扱う運用を行っていると伝えています。長期化の主因として、ハラスメントによる精神疾患の申請増により上司・同僚への聴取に時間を要する事案が増えたこと、労働基準監督官の定員が申請増に追いついていないことが挙げられています。
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▼「長期未決事案」の定義(一次資料で確認) 厚生労働省大臣官房審議官通知(令和8年2月17日付け労災発0217第1号「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」)は、長期未決事案を「請求書受付後6か月を経過して未決定となっている事案」と定義し、「依然として高い水準で推移しており、長期未決事案の早期解消及び発生防止は喫緊の課題である」と明記しています。同通知は、令和8年度の労災補償行政の重点事項の第一に「長期未決事案の早期解消と発生防止等」を掲げています。 |
なぜ滞留が起きているのか。厚生労働省が2026年7月15日に公表した令和7年度「過労死等の労災補償状況」の数字を並べると、構造がはっきり見えてきます。
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図1 過労死等(脳・心臓疾患+精神障害)の労災請求件数の推移 出典:厚生労働省「過労死等の労災補償状況」各年度版より当法人作成(単位:件)
令和7年度の内訳は、脳・心臓疾患1,254件(前年度比+224件)、精神障害4,958件(同+1,178件)。増加分の大半は精神障害の請求です。 |
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図2 令和7年度の「入口」と「出口」のギャップ 出典:厚生労働省 令和7年度「過労死等の労災補償状況」より当法人作成(単位:件)
請求は前年度から1,402件増えたのに対し、決定件数の増加は377件にとどまりました。入ってくる件数の伸びに、処理して出ていく件数が追いついていない――長期未決事案が積み上がる構造が、この一枚で説明できます。 |
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図3 長期未決事案の件数 出典:読売新聞オンライン2026年7月20日配信記事(厚生労働省への取材に基づく数値)より当法人作成(単位:件)
※2021年と2026年1月末は報道された確定値です。中間年は「2,000件を超えて高止まり」という報道のみで年別件数が示されていないため、灰色の帯で示しています。厚生労働省が長期未決事案の件数を定例的に公表している資料は、当法人では確認できませんでした。 |
報道では「厚労省は3月、調査の迅速化を図るよう全国の労働局に通知した」とされています。当法人が確認できた最も近い一次資料は、令和8年2月17日付け労災発0217第1号(大臣官房審議官通知)です。同通知には「業務効率化の詳細については、別途通知する」との記載があり、報道にある3月の通知はこの詳細通知を指す可能性がありますが、当法人ではその本体を確認できていません。以下は2月17日付通知に明記された内容です。
| 効率化の場面 | 通知が示した具体的方策 |
| 進行管理 | 調査計画の策定・修正の簡略化/必須とされていた事案検討会の開催を省略または柔軟化 |
| 聴取調査 | 申立書・電話録取を活用した聴取調査の更なる効率化 |
| 医学的判断 | 精神障害事案に係る専門医意見を活用することによる処理の迅速化 |
| 文書作成 | 調査結果復命書の作成の簡略化/請求書審査の効率化 |
| 調査手法 | 実地調査は必要なものに限り行い、原則として文書照会・電話録取等の簡素な手法により実施 |
| システム | 労災認定業務支援ツールを令和8年4月1日から稼働予定 |
同通知は、請求人(労働者側)への対応についても、請求書受付後3か月を経過した事案について処理状況を定期的に連絡することを指示しています。裏を返せば、3か月を超える調査は制度側も想定内ということです。会社としては「申請されたが数か月音沙汰がない」状態を、異常事態ではなく通常運転として織り込んでおく必要があります。
(1)「口頭で補足する機会」が減り、書面回答の精度が結論を左右する
最も実務的な影響はここにあります。実地調査が「必要なものに限り」となり、文書照会・電話録取が原則になれば、会社が労基署に提出する回答書・申立書が、そのまま判断材料として調査結果に反映されます。監督官が事業場に来て話を聞く過程で誤解が解けたり、補足説明ができたりする機会は、これまでより確実に減ります。照会文書に対する回答は「後で説明すればよい」ものではなく、一発勝負に近いものと考えるべきです。事実と評価を混在させない、資料の裏付けがある事実だけを書く、といった基本の重要性が従来以上に高まります。
(2)客観的資料がなくても、労働時間は「推認」され得る
前記通知は、労働時間の認定について、タイムカード・入退場記録・パソコンの使用時間の記録等の客観的資料を可能な限り収集するとしたうえで、「客観的な資料が存在しない場合であっても、聴取内容等から労働者が使用者の指揮命令下において実際に労働していたと合理的に推認される場合には、監督部署と協議の上、当該時間を労働時間として特定すること」と明記しています。記録がないことは会社に有利には働きません。むしろ、記録の不存在は労働者側の申告が通りやすくなる方向に作用し得ます。労働時間管理の記録整備は、割増賃金の問題であると同時に労災認定の問題でもある、という認識が必要です。
(3)支給決定は会社に伝わり、再発防止指導につながる
過労死等の支給決定事案については、再発防止の指導のため支給決定の事実を当該企業に説明することがある旨を、あらかじめ請求人に説明することとされています(前記通知)。また労災部署と監督・安全衛生部署との情報共有・連携が指示されています。労災認定は「保険給付が出て終わり」ではなく、監督指導・安全衛生指導への入口になり得るという構造を押さえておく必要があります。
(4)認定を待つ間も、休職期間は進む――労基法19条の壁
当法人が最も相談を受けやすいと見ているのが、この論点です。労働基準法19条1項は、労働者が業務上負傷し、または疾病にかかり療養のため休業する期間およびその後30日間は解雇してはならないと定めています。この解雇制限は「業務上」であることが要件であり、労災認定の有無そのものが要件ではありませんが、実務上は認定の結論が決定的な意味を持ちます。
問題は、就業規則上の休職期間満了による退職(自然退職)扱いが、認定を待たずに到来してしまう場合です。認定が半年、1年と長引く間に休職期間が満了し、会社が自然退職として処理した後に業務上と認定されれば、当該処理の効力が争われるリスクがあります。私傷病休職の規定は「業務外の傷病」を前提に設計されているのが通常ですから、労災申請中の労働者にその規定をそのまま適用してよいのかは、規定の文言に立ち返って確認すべき論点です。長期未決事案の増加は、この論点に直面する企業が増えることを意味します。
(5)行政の認定が遅れても、民事の時計は別に動いている
労災保険の認定手続と、会社に対する損害賠償請求(安全配慮義務違反・不法行為)は別の手続です。認定が長期化している間も、民事の消滅時効は独自に進行します。「労基署の結論待ち」の期間が長いほど、労働者側が結論を待たずに民事訴訟へ踏み切る、あるいは並行して進めるという選択も現実味を帯びます。会社としては、行政の結論が出るまで何もしないという姿勢ではなく、証拠となる客観的記録の保全を早期に行っておくことが重要です。労務トラブルが顕在化した局面での対応は、当法人の労働紛争解決支援でも取り扱っています。
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✅ チェックポイント
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最後の項目は補足が必要でしょう。令和7年度に精神障害で支給決定された事案の「出来事」別内訳では、上司等からのパワーハラスメントが222件で最多、次いで顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)とセクシュアルハラスメントが各127件でした。労災リスクの中心は、いまや長時間労働だけではなくハラスメントにあるということです。この点で、2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法によるカスハラ対策の措置義務化(指針は令和8年厚生労働省告示第51号)は、コンプライアンス対応であると同時に労災リスクの低減策でもあります。休職制度そのものの設計については、当法人の休職制度設計・支援もご参照ください。
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🔎 確信度ノート(本記事の根拠の強さ) 【確認済・高】 令和7年度の労災請求件数6,212件・決定件数4,692件・支給決定件数1,310件、および脳・心臓疾患/精神障害の内訳、出来事別の内訳は、厚生労働省の報道発表資料で確認しました。令和2〜6年度の請求件数も同省の各年度公表値です。令和8年2月17日付通知の記載内容は、同省が公開する通知本文で確認しました。カスハラ対策義務化の施行日も確認済みです。 【報道ベース】 長期未決事案2,329件(2026年1月末)・2021年1,169件、認定の目安(療養・休業おおむね1か月、遺族補償4か月)、労働基準監督官の定員および監督指導の実施率に関する数値は、読売新聞オンラインが厚生労働省への取材に基づき報じたものです。当法人では、これらを定例的に公表する同省資料を確認できていません。 【要確認】 報道にある「3月の通知」の本体は確認できていません。本記事は令和8年2月17日付通知に基づいて記述しています。また、休職期間満了処理と労災認定の関係については、個別の就業規則の文言と事実関係により結論が変わります。一般論として読み、個別判断は専門家にご相談ください。 |
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■ 根拠法令 労働基準法19条(解雇制限)/労働基準法115条(時効) ■ 出典 ・読売新聞オンライン「労災判断が半年超決まらない事案2329件、5年前から倍増…労基署の調査追いつかず」(2026年7月20日配信、記者:西村魁) |
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【免責事項】 本記事は2026年7月21日時点で公表されている情報に基づく一般的な解説であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては、事実関係および最新の法令・通達をご確認のうえ、専門家にご相談ください。本記事の利用により生じた損害について、当法人は責任を負いかねます。 |
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執筆者 三重 英則 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 名古屋市中区を拠点に、中小企業から IPO準備企業まで、労務リスクの予防と紛争解決を支援しています。 |