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高年齢雇用継続給付15%→10%への縮小
再雇用制度の前提が崩れる2026年、経営者が着手すべき賃金設計の見直し
2026年5月21日 | 社会保険労務士法人T&M Nagoya
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📌 本記事の要点
2025年4月、高年齢雇用継続給付の支給率上限が15%から10%へ引き下げられた(令和6年法律第26号)。多くの中小企業が採用してきた「再雇用後賃金70%+給付15%」モデルの前提が、政策的に終焉に向かっている。本記事では、支給率縮小の具体的影響、賃金設計上の問題、嘱託規程の改訂ポイント、そして「給付補填型」から「役割給型」への移行を、経営者の視点から整理する。2026年は、再雇用制度の再構築元年となる。
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高年齢従業員の処遇は、もはや「定年後再雇用」という名の付け足し的人事課題ではない。65歳までの雇用確保措置は法的義務となり(高年齢者雇用安定法第9条)、70歳までの就業確保措置が努力義務化された現在(同法第10条の2)、企業にとって高齢人材は組織の中核を担う戦力である。にもかかわらず、その賃金設計は「給付制度に依存した補填型」のまま放置されてきた企業が少なくない。今回の給付縮小は、こうした賃金設計の前提そのものを問い直す契機となるものである。
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1. 改正の本質 ―「賃金70%+給付15%」モデルの終焉
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高年齢雇用継続給付は、60歳到達時点の賃金と比較して、60歳以降の賃金が一定割合まで低下した労働者に対して雇用保険から支給される給付制度である(雇用保険法第61条)。この支給率の上限が、改正により次のように変更された。
| 項目 |
改正前 |
改正後(2025年4月以降) |
| 支給率の上限 |
15% |
10% |
| 対象となる賃金低下率 |
60歳到達時の61%以下 |
60歳到達時の64%以下 |
| 支給期間 |
60歳到達月から65歳到達月まで(変更なし) |
支給率5ポイントの引下げは、月額賃金に対する割合であり、長期にわたって支給されるものである。再雇用後賃金が月額25万円であれば、月額1.25万円、年額15万円、5年累計で75万円の手取り減少となる。
経過措置:2025年3月末までに60歳到達者の取扱い 本改正には経過措置があり、2025年3月31日までに60歳に到達した方については、従来どおり最大15%の支給率が維持される。これにより、社内に「経過措置対象者」と「新ルール対象者」が混在することになり、賃金規程・嘱託規程においてもこの区分を明確にした規程整備が必要となる。
縮小に至った政策的背景 高年齢雇用継続給付の縮小は突然のものではない。労働政策審議会雇用保険部会の議論では、給付制度創設当初(1995年)と比較して60歳以降の雇用機会が大きく拡大し、賃金が大幅に低下することを前提とした補填的給付の意義は相対的に低下している、との指摘が繰り返された。また、給付の存在が60歳以降の賃金水準を引き下げる方向に働く「逆インセンティブ」となっているとの問題提起もなされたと報じられている。これらの議論を経て、令和6年法律第26号(2024年5月10日成立・5月17日公布)が成立し、本改正が実現した。
政府が示している方向性は明確である。給付で補填する制度から、賃金設計そのものを職務・役割に見合うものへ転換する──これが改正の本質的なメッセージと受け止めるべきである。
具体的な影響額を、再雇用後賃金別に試算する。いずれも60歳到達時賃金からの低下率を64%(旧基準の61%相当の低下)と仮定し、改正前後の年間給付額を比較したものである。
| 再雇用後年収 |
改正前 年間給付額 |
改正後 年間給付額 |
年間差額 |
| 300万円 |
45万円 |
30万円 |
▲15万円 |
| 400万円 |
60万円 |
40万円 |
▲20万円 |
| 500万円 |
75万円 |
50万円 |
▲25万円 |
※実際の支給額は60歳到達時賃金との比較で算定されるため、上記は単純化したシミュレーションである。正確な試算は支給申請実績をベースに行う必要がある。
5年間の累積影響額は、年収400万円ケースで100万円。これが再雇用従業員10名規模であれば、組織全体で1,000万円の手取り減少が、何も手を打たない場合に発生する。注目すべきは、賃金そのものは何も変わっていないにもかかわらず、給付制度の変更だけで従業員の実質収入が減少することである。経営者として「賃金は下げていないのに従業員の生活は厳しくなる」という構造を正確に理解しておく必要がある。
「給付15%前提」で組まれた賃金設計の問題 多くの中小企業の嘱託規程・賃金規程は、定年退職時の賃金を100とした場合、再雇用後賃金を60〜70の範囲に設定し、不足分は高年齢雇用継続給付で補完するという暗黙の前提で運用されてきた。この設計には次の問題が内在する。
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@ 制度変更リスクが企業側にも及ぶ 給付制度は政策の産物であり、改正により縮小・廃止される可能性が常にある。今回の縮小はその現実化である。
A 賃金低下の合理的説明が困難になる 「給付があるから」という説明は、給付縮小によって崩れる。給付が縮小されたあとに、なぜ賃金がこの水準なのかを、職務内容・責任の程度から合理的に説明できる賃金設計に転換する必要がある。
B 同一労働同一賃金規制との緊張関係 再雇用前後で職務内容に大きな変動がない場合、賃金水準の差を「定年後再雇用であること」だけで正当化することは、長澤運輸事件(最判平成30年6月1日)以降、より厳しく問われる傾向にある(パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条)。
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給付縮小の影響は数字だけにとどまらない。再雇用従業員にとっては、自分が見込んでいた手取り収入が予告なく減ることになる。これは「裏切られた」という感覚を生みやすく、エンゲージメント低下や離職の引き金となり得る。後継者育成・技術伝承の中核を担う60代の熟練労働者の離職は、組織にとって金額換算しにくい甚大な損失である。
給付額の算定構造を確認する。高年齢雇用継続給付の支給額は、原則として次の算定式により決定される。
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改正前:支給対象月の賃金が60歳到達時賃金の61%以下 → 支給対象月の賃金 × 15%
改正後:支給対象月の賃金が60歳到達時賃金の64%以下 → 支給対象月の賃金 × 10%
※支給対象月の賃金が60歳到達時賃金の上記比率を超え75%未満の場合は段階的に支給率が逓減する。75%以上の場合は不支給。
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具体例:60歳到達時の月額賃金が30万円であった従業員Aが、再雇用後に月額18万円(低下率60%)となったケース。
| 項目 |
改正前(15%) |
改正後(10%) |
| 60歳到達時月額賃金 |
300,000円 |
300,000円 |
| 再雇用後月額賃金 |
180,000円 |
180,000円 |
| 給付率 |
15% |
10% |
| 月額給付額 |
27,000円 |
18,000円 |
| 年額給付額 |
324,000円 |
216,000円 |
この従業員Aにとって、年額10.8万円、5年累計で54万円の手取り減少となる。なお、支給対象となる賃金の上限額(370,452円・2025年8月時点)や、雇用保険一般被保険者であることなどの要件もあるため、個別の正確な算定はハローワークまたは社会保険労務士にご確認いただきたい。
@ 賃金規程・嘱託規程の改訂 第一に着手すべきは規程の改訂である。(@)経過措置対象者と新ルール対象者を区別した規程化、(A)給付額を前提に賃金を決定する条項の削除、(B)労働条件の不利益変更に該当する場合の手続適正化(労働契約法第9条・第10条)の3点が要となる。
A 在職老齢年金との合計設計(2026年4月の62万円基準引上げと連動) 2026年4月からは、在職老齢年金の支給停止基準額が62万円へ引き上げられる。賃金と年金の合計が62万円以下であれば年金が満額支給されるため、賃金を上げても年金停止に至らない範囲が広がる。給付縮小分の補填を賃金上昇で行う選択肢が、従来より採りやすくなった。
B「賃金低下+手当」型から「役割給」型への移行 最も本質的な見直しは、賃金体系そのものの再構築である。「定年退職時賃金からの低下率」という基準を捨て、「再雇用後に担う役割・職務の難易度」を基準とする役割給型への移行により、政策リスクからの独立、同一労働同一賃金規制への適応、モチベーション維持の3つの効果が期待できる。
嘱託規程の改訂条文例
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第○条(再雇用後の賃金)
1. 60歳定年後に嘱託として再雇用される従業員の賃金は、職務内容、責任の程度、勤務実態、業務遂行に必要な能力等を勘案して個別に決定するものとし、別途定める「高年齢者賃金テーブル」による。
2. 前項の規定にかかわらず、2025年3月31日までに満60歳に到達した従業員の賃金については、改正前の旧規程(別紙1)の定めるところによる。
3. 会社は、本条の運用に当たり、高年齢雇用継続給付その他の関連諸制度の動向を継続的に検証し、必要に応じて第1項の賃金テーブルの見直しを行うものとする。
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この条文例のポイントは、(@)賃金決定基準を職務・責任に明示的に結びつけ給付制度から独立させた点、(A)経過措置対象者の取扱いを明確化し新旧ルールの混在による運用ミスを防いだ点、(B)将来の制度変更への適応プロセスをあらかじめ規程化した点の3つである。
Q1. 高年齢雇用継続給付は2026年から完全に廃止されるのですか? 廃止ではなく支給率の引下げである。2025年4月以降に60歳到達となる方から、支給率の上限が従来の15%から10%へ縮小された。給付制度そのものは存続するが、企業の賃金設計に与える影響は小さくない。
Q2. 経過措置の対象者は具体的に誰ですか? 2025年3月末までに60歳に到達した方は、従来どおり最大15%の支給率が維持される。60歳到達日が2025年4月1日以降の方から新ルール(上限10%)が適用される。
Q3. 再雇用後の賃金を60%未満に下げてもよいですか? 法律上、再雇用後賃金の下限を直接定める規制はない。ただし、パートタイム・有期雇用労働法第8条(不合理な待遇差の禁止)および同法第9条、ならびに民法第90条(公序良俗)の観点から、職務内容・責任の程度との均衡を欠く減額は無効と判断されるリスクがあると考えられる。
Q4. 給付縮小分を企業側で補填する法的義務はありますか? 法的義務はない。ただし、給付制度を前提として組まれた賃金設計を放置すれば、従業員の手取り減少から離職リスク・モチベーション低下を招く可能性が高いため、賃金規程・嘱託規程の再設計を検討すべき時期にあると考えられる。
Q5. 就業規則の改訂は2026年中に行うべきですか? 既に2025年4月から新ルールが施行されているため、未対応の企業は速やかな改訂が望まれる。特に、経過措置の対象者と新ルールの対象者を明確に区別した規程化が重要となる。
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✓ 当法人から顧問先に伝えたい3つのメッセージ
@ 「とりあえず来期から」は誠実な経営判断ではない 既に2025年4月から新ルールが施行されている。改訂の先送りは、給付縮小分の影響を従業員に転嫁し続けることを意味する。今期中の着手が、誠実な経営判断である。
A 規程は「ひな型の差し替え」ではなく経営判断 嘱託規程の改訂は、経営者が60代以降の人材戦略をどう構想するかという上位の経営判断と切り離せない。「60歳以降の従業員に何を担ってほしいか」という問いへの経営者ご自身の答えが、規程設計の出発点となる。
B 給付制度から独立した賃金設計こそが持続可能 政策の産物である給付制度に依存した賃金設計は、政策変更により崩壊する。職務・役割を起点とした「役割給」への移行こそが、組織の持続可能性を高める。
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6. まとめ ― 2026年は「再雇用設計の再構築元年」
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高年齢雇用継続給付の15%から10%への縮小は、数字の上では小さな改正に見えるかもしれない。しかし、これまで多くの中小企業が暗黙の前提としてきた「賃金低下+給付補填」モデルそのものが、政策的に終焉に向かっているという事実を示している。
この変化に対する企業の対応は二つに分かれる。一つは、改正を放置し、給付縮小の影響を従業員個人に押し付ける選択。もう一つは、改正を契機として、職務・役割を起点とした賃金設計へ転換する選択である。後者の道は手間がかかるが、長期的には組織の持続可能性に直結する。
当法人が掲げる「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」という理念のもと、規程設計から運用支援まで、顧問先企業の経営者と共に考えていきたい。なお、上場準備中・IPO志向の企業様にとっては、本改正を含む雇用保険制度の変更は労務監査における重要論点となる。詳細は連載第2弾「2026年雇用保険法改正と上場審査──IPO労務監査における6つの新論点」(後日公開)をご参照いただきたい。
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再雇用制度・嘱託規程の見直しをサポートします
給付制度から独立した賃金設計、嘱託規程の改訂、 役割給への移行設計まで、当法人が伴走型でサポートいたします。
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【根拠法令・参考資料】
・雇用保険法第61条(高年齢雇用継続給付) ・雇用保険法等の一部を改正する法律(令和6年法律第26号) ・高年齢者等の雇用の安定等に関する法律第9条・第10条の2 ・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律第8条・第9条 ・労働契約法第9条・第10条 ・最高裁判所第二小法廷 平成30年6月1日判決(長澤運輸事件) ・労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会報告(令和6年)
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【免責事項】 本記事は2026年5月15日時点の公表情報に基づき作成しています。最新の法令・行政解釈・通達の内容は、必ず原典をご確認ください。個別の事案については、必ず社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。本記事の内容を実務に適用したことによる損害について、当法人は責任を負いかねます。
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【執筆者】
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員
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