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2026年4月、集英社オンラインが「休職代行サービスの急増」を報じ、話題となりました。退職代行に続く新たな代行サービスの広がりは、企業の労務管理に新たな論点を突きつけています。ある日突然、外部の労働組合や業者から「従業員の休職手続を代行する」との通知が届いたとき、企業はどのように対応すべきなのでしょうか。本稿では、当法人が日常の労務コンサルティングで実践している視点から、使用者側の初動対応と予防策を解説します。 1. 休職代行サービスとは何か ── 報道が示す実態集英社オンラインの取材によれば、合同労働組合「私のユニオン」等が提供する休職代行サービスは、心身の不調で休職を希望する労働者に代わり、会社への意思伝達や手続調整を行うものです。料金は休職代行15,000円、傷病手当金申請サポート別途5,000円とされ、利用者は20代が中心、次いで40代〜50代の正社員が多いと報じられています。 相談内容の約9割が「精神的な負担で休職したい」というものであり、体調不良の中で診断書の手配や会社とのやり取りを行うことが労働者にとって大きな負担になっている実態が背景にあります。厚生労働省「令和6年労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業・退職した労働者がいる事業所の割合は12.8%にのぼり、一定の割合で休職する労働者が存在します。
2. 最大の論点 ── 代行業者は適法か、使者か交渉代理か休職代行への対応で最初に直面する論点が、代行業者の法的性格です。弁護士法72条は、弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うこと(非弁行為)を禁止し、違反者には2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金が科されます(同法77条3号)。 退職代行については、単なる「使者」として意思を伝達するに留まる場合は適法ですが、条件交渉に及べば非弁行為に該当するというのが一般的な理解です。2024年11月22日には東京弁護士会が、民間業者および労働組合と提携する民間業者による会社との交渉行為は弁護士法72条違反にあたる旨の声明を公表しました。さらに2025年10月22日には、警視庁が退職代行「モームリ」運営会社に対し、弁護士法72条違反の疑いで家宅捜索を実施する事態にまで発展しています。 もっとも、労働組合形態の場合は評価が異なります。プレカリアートユニオン(拠出金返還等請求)事件(東京地判令和4年5月2日・東京高判令和4年12月15日)は、労働組合が組合員のために使用者と団体交渉等を行い和解を成立させることは労組法上の本来的役割であり、弁護士法72条所定の「法律事務を取り扱う」には当たらないと判示しています。ただし、この判断は事例判断であり、組合の実態(代行会社との結びつきの強さ、組合費と代行料金の関係等)によっては非弁行為と評価される余地を残しています。
3. 見落としてはならない安全配慮義務 ── 東芝事件の教訓当法人が最も重視している論点は、実は代行業者への対応ではなく、その背後にある使用者の安全配慮義務(労契法5条)です。労働者が直接会社に申し出られず、わざわざ費用を払って代行業者を利用するという事実そのものが、相当の精神的負担を抱えていることを示唆しています。 この点、最高裁判例として重要なのが、東芝(うつ病・解雇)事件(最高裁第二小法廷平成26年3月24日判決)です。同判決は、メンタルヘルスに関する情報は労働者にとってプライバシーに属する情報であり、使用者は労働者からの積極的申告がなくとも、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払う安全配慮義務を負うと判示しました。そして、過重な業務が続く中で体調悪化が看取される場合には、労働者本人からの申告が期待し難いことを前提に、業務軽減等の配慮に努める必要があるとしています。 この判例の射程は、休職代行への対応場面でも決定的に重要です。代行経由の休職申入れを単に「形式論」で拒絶したり、本人確認を理由に放置したりした場合、後日、精神疾患が業務に起因すると判断されれば、@労基法19条の解雇制限に抵触して休職期間満了退職が無効となるリスク、A安全配慮義務違反による多額の損害賠償責任を負うリスク(電通過労自殺事件・最二小判平成12年3月24日参照)が現実化します。
4. 使用者側の実務対応 ── 3段階の初動プロセス代行業者からの通知を受け取った企業が取るべき対応を、時系列で整理します。 【短期(受領〜1週間)】 本人確認と証拠保全まず、代行業者からの通知を受領したからといって、直ちに受理拒絶するのは得策ではありません。反射的な拒絶は労働者の状態をさらに悪化させ、安全配慮義務違反リスクを高めます。他方、業者の言い分をそのまま受け入れる必要もありません。使用者は、@本人署名の委任状・意思表示書の提出要求、A本人宛の書留郵便等による直接の意思確認、B就業規則に基づく休職申請手続の教示、C診断書の原本提出要求、を並行して進めます。同時に、当該労働者の過去6か月程度の労働時間記録・業務日報・メール・面談記録・ストレスチェック結果を直ちに保全してください。 【中期(1週間〜1か月)】 休職発令と手続の明文化本人確認と休職要件該当性の判断を完了させたら、就業規則に基づく休職発令を書面で行います。通知書には、@休職期間、A休職中の連絡窓口、B傷病手当金申請のサポート体制、C社会保険料本人負担分の徴収方法、D復職判定の手続と基準、を明記します。業務起因性が疑われる場合には、並行してハラスメント調査や労働時間の検証を進め、必要に応じて労災認定申請についても検討します。 【長期(1か月以降)】 復職支援と制度見直し休職中は、月1回程度の定期的な状況確認(本人の負担にならない範囲で)を行います。復職時には、主治医の診断書だけでなく、会社指定医・産業医の意見を総合して判断する運用が推奨されます。判例(独立行政法人N事件・東京地判平成16年3月26日等)は、就業規則に指定医受診義務の規定がある場合、使用者は合理的根拠に基づいてこれを命じることができるとしています。 当法人が顧問先企業に推奨しているのは、診断書の「復職可」という記載だけに依拠するのではなく、@業務面(従前の業務に復帰できるか)、A勤怠面(定時勤務・通勤に耐えられるか)、B健康面(主治医・産業医が業務への支障なしと判断しているか)という3つの明確な基準で復職可否を判断する仕組みです。さらに、本人だけでなくご家族にも休職・復職プロセスに関与してもらう「面接シナリオ型」の運用により、復職後の再発リスクを大幅に低減できます。段階的復職(リハビリ出勤制度)の導入も、復職成功率を高める上で効果的です。 5. 予防こそ最善の解 ── 就業規則と労使コミュニケーション休職代行サービスの台頭は、労働者が会社に直接申し出られない精神的負担の大きさを示しており、これは企業側の休職制度設計の不備、または日常的な労使コミュニケーションの断絶の現れといえます。当法人が日常の労務コンサルティングで実感するのは、トラブルの多くは「休職規定が抽象的で本人が要件該当性を判断できない」「入社時に休職制度の説明がない」「管理職がメンタル不調の兆候を見落とす」という3点に集約されるということです。 予防策として、以下の3点を推奨します。第一に、就業規則の休職規定を具体的・明確に整備することです。休職事由の類型化、休職期間の明確化、指定医受診義務の規定、復職判定手続の体系化、試し出勤制度の導入等が含まれます。第二に、入社時・契約更新時に休職制度を書面で説明することです。労働条件通知書に休職の有無と概要を記載することが望ましいといえます。第三に、管理職研修を通じてメンタルヘルス不調の早期発見体制を構築することです。ストレスチェック制度(労安衛法66条の10)の活用と連携した運用が効果的です。
6. 代行サービス時代の本質的な問い ── なぜ従業員は第三者を介するのか退職代行、休職代行、さらには入社辞退代行やパワハラ相談代行まで、労務管理の現場に第三者が介入する動きは、ここ数年で急速に広がっています。これらのサービスが台頭する背景に共通するのは「労働者が会社に直接言えない」という一点です。 これを単に「今どきの若者は…」と片付けてしまうのは簡単ですが、当法人が顧問先企業の労務相談を通じて感じるのは、もう少し構造的な問題が横たわっているということです。背景には、少なくとも3つの要因があると考えています。 @ 企業側の「聞く力」の不足日常の1on1や面談で、労働者が本音を言える心理的安全性が確保されていない職場では、いざ困ったときに直接会社に言えず、外部サービスに頼らざるを得なくなります。特に中小企業では、管理職が部下の話を聞くためのトレーニングを受けていないケースが多く、「相談しても解決しない」「むしろ評価が下がる」という諦めが蔓延していることがあります。 A 就業規則・制度の不透明さ退職や休職の手続が就業規則に書かれていても、実際にどう運用されるかが労働者に見えていないことが多々あります。「休職を申し出たらクビにされるのでは」「退職を申し出たら引き止められて消耗するのでは」という不安から、最初から第三者を立てるほうが合理的と判断されてしまうのです。制度があっても運用の透明性がなければ、労働者にとっては「無いのと同じ」といえます。 B 若い世代の合理主義「お金で解決できる面倒ごとは外注する」という価値観は、Z世代・ミレニアル世代にとってもはや特殊ではありません。退職代行の利用実績を見ても、単に「臆病だから」利用しているのではなく、「効率的な選択肢」として使われている面が大きいと感じます。時間対効果・精神的コストを冷静に計算した上での合理的選択なのです。
労務トラブルは、起きてから対応するよりも、起きる前の予防設計のほうが圧倒的に費用対効果が高いものです。就業規則の整備、管理職の傾聴力向上、制度の透明性確保、そして何より日常的なコミュニケーションの質 ── こうした地道な取り組みが、結果として第三者の介入を必要としない職場環境を作ります。 皮肉なことに、代行サービスの広がりは、企業にとって「労務管理のあり方を根本から見直すチャンス」を提供しているのかもしれません。当法人が顧問先企業と共に取り組んでいるのは、表面的な対処法ではなく、従業員が安心して会社に話せる環境づくりそのものです。
7. まとめ ── 顧客のために、最善の解を休職代行サービスは、労働者の精神的負担を軽減する側面と、企業にとって新たなリスク要因となる側面の両面を持ちます。使用者として大切なのは、業者の申入れへの反射的な拒絶でも、言い分の無批判な受入れでもなく、@代行業者の法的性格の見極め、A本人の真意確認、B安全配慮義務の履行、C就業規則に基づく適正手続の遵守、を冷静に進めることです。 そして最も重要なのは、休職代行の利用に至る前の段階で、労働者が安心して会社に申し出られる環境を整えることです。就業規則の整備、入社時の制度説明、管理職のメンタルヘルスリテラシー向上、日常のコミュニケーション設計 ── これらは一朝一夕には実現しませんが、当法人が「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ためにご提供できる価値は、まさにこの伴走的な予防整備にあると考えています。
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