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作成日:2026/10/27
【裁判例】懲戒事由10個はすべて否定、降格も無効、応接室での3年3か月はパワハラ あおぞら銀行事件が最高裁で確定――通報した行員への処分を倒したのは「報復」の認定ではなく「会社が自ら定めた基準と記録」
裁判例解説(続報)
懲戒事由10個はすべて否定、降格も無効、応接室での3年3か月はパワハラ
あおぞら銀行事件が最高裁で確定――通報した行員への処分を倒したのは「報復」の認定ではなく「会社が自ら定めた基準と記録」だった
2026年10月27日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士)

おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。

当法人は2026年3月、あおぞら銀行の行員が内部通報のあとに懲戒処分、降格、応接室での長期の単独勤務を受けたとして銀行を訴えた事件について、東京高裁判決(2026年1月22日)を報道に基づいて取り上げました。その時点では、双方が最高裁に上告受理を申し立てており、判決は確定していませんでした。

最高裁第一小法廷は2026年8月24日、双方の上告受理申立てをいずれも受理しない決定をし、東京高裁の判断が確定しました。あわせて、東京高裁判決と東京地裁判決の全文が労働判例1355号に掲載され、報道だけでは分からなかった判断の中身を確認できるようになりました。

判決全文を読んで当法人が最も注目したのは、裁判所が、懲戒処分も降格も「内部通報への報復」とは認めなかったという点です。それでも、懲戒処分、降格、2回の減給はすべて無効とされ、応接室での3年3か月の単独勤務は不法行為とされました。処分を倒したのは報復の認定ではなく、銀行が自ら定めて周知していた基準と、銀行自身の過去の評価や記録でした。本記事では、確定した判決の全文に基づいて、その判断の筋道を整理します。

📌 この記事でわかること

✓ 最高裁第一小法廷は2026年8月24日、双方の上告受理申立てを受理しない決定をし、懲戒処分・降格・2回の減給を無効とし、応接室での3年3か月の単独勤務をパワーハラスメントによる不法行為とした東京高裁判決(2026年1月22日)が確定したこと

✓ 銀行が挙げた10個の懲戒事由は、事実が認められない、当時は問題として扱われていなかった、就業規則が定める弁明の手続を経ていないなどの理由で、すべて否定されたこと

✓ 管理職から非管理職への降格は、銀行自らが全行員に周知していた「2年連続」の降格基準に合致しないなどとして、人事権の濫用で無効とされたこと

✓ 一方で、裁判所は懲戒処分と降格を内部通報への報復とは認めず、慰謝料は100万円(ほかに弁護士費用10万円)とされ、元代表者や上司・人事部長個人の責任は否定されたこと

✓ 確定した支払は、出勤停止期間の未払賃金、降格・減給による差額賃金、12月賞与の差額が判決別紙の合計で737万2,104円(2025年3月分まで)、損害賠償が110万円で、管理職層の等級にあることも確認されたこと

問われたのは「通報とは無関係」と説明できるかではなく、処分の一つひとつを自社の基準と当時の記録で説明できるかでした。

1 本記事の情報源と、3月の記事からの更新点

本記事は、次の一次資料に基づいて構成しています。第1は、労働判例1355号(2026年9月1日号)に掲載された東京高裁令和8年1月22日判決(令和7年(ネ)第1811号、同号5頁)と、その原審である東京地裁令和7年3月13日判決(同号35頁)の全文です。第2は、労働判例1357号(2026年10月1日号)121頁の「本誌未登載判例リスト」に掲載された最高裁第一小法廷令和8年8月24日決定の概要です。最高裁決定そのものの全文は確認できていません。同欄によれば、原告側の上告受理申立て(令和8年(受)第1110号)と銀行側の上告受理申立て(同第1111号)はいずれも不受理とされ、銀行側の上告は取り下げられています。

判決文では、原告の行員や上司などの個人は仮名で記載されています。本記事でも個人を特定する記載はしません。

あわせて、2026年3月に公開した東京高裁判決の解説記事からの更新点をお伝えします。3月の記事は報道に基づいて作成したもので、原告の勤務部署を「不動産信託部門」と記載していましたが、判決は、原告はファイナンシャルプランナー(FP)業務に従事し、リテール営業統括部に所属していたと認定しています。また、3月の記事で報道として紹介した応接室の備品や緊急連絡網に関する記述は、判決文では確認できませんでした。一審判決は、応接室には大きな窓と冷暖房があり、文房具などの備品と、原告の要望による大型ディスプレイなどが設置されていたと認定しています。事実関係については、判決全文に基づく本記事の記述を優先してください。

2 事案の概要と確定までの経緯

判決が認定した事実と訴訟の経過を、時系列で整理します。

時期 判決が認定した事実・訴訟の経過
2011年10月1日 原告は、保険販売を強化したい銀行から勧誘を受け、管理職の等級(M6等級)で中途入行。以後、FPとして、顧客向けの情報提供やセミナーの企画などに従事した
2020年6月2日ごろ 評価のフィードバック面談で、前年度の評価と賞与の引下げを告げられた原告が、直属の上司に対し、自らの貢献を上位者に報告したか否かをメールで回答するよう繰り返し求めた
2020年6月7日 原告が銀行の内部通報制度(社内窓口と社外の弁護士事務所)に、同僚の行員が公正証書遺言の存在を関係者に伝えず、上司らがこれを知りながら放置しているとして通報(本件内部通報)
2020年6月 コンプライアンス統括部が関係者へのヒアリングと外部弁護士への相談を経て、同月12日時点で不当・違法な点はないと判断し、同月26日までに原告の追加の疑問点にもすべて回答した。並行して、同月10日、営業部門の本部長が人事部に原告への対応を依頼した
2020年10月30日 懲戒処分(3営業日の出勤停止)。懲戒事由は2014年2月から2020年7月までの10個の言動
2021年4月1日 管理職層の等級から非管理職層の等級への降格。俸給は月額75万6,500円から59万4,000円に減額(減給�@)。同日、人事部附に配置転換され、本社15階の応接室で1人で執務することになった
2022年7月1日 人事評価に基づき、俸給を月額59万7,000円から59万2,000円に減額(減給�A)
2023年4月8日 原告が銀行と元代表者、元上司、元人事部長を被告として提訴
2024年7月1日 グループ会社へ出向。人事部附としての応接室での勤務は同年6月30日まで、3年3か月に及んだ
2025年3月13日 東京地裁判決。原告の請求をすべて棄却(退職一時金のポイント数の確認を求める部分は却下)
2026年1月22日 東京高裁判決(第14民事部、佐藤哲治裁判長)。原判決を一部変更し、懲戒処分・降格・減給�@�Aの無効、管理職の等級にあることの確認、差額賃金と12月賞与の差額、損害賠償110万円の支払を命じた
2026年8月24日 最高裁第一小法廷が双方の上告受理申立てを不受理とし、東京高裁判決が確定

なお、この事件の判決は、一審・控訴審のいずれも公益通報者保護法の適用について判断を示していません。原告の通報が同法の「公益通報」に当たるかどうかは、判決からは分かりません。裁判所が用いたのは、労働契約法の懲戒権・人事権の濫用の法理と、民法の不法行為の枠組みです。

3 懲戒処分――10個の懲戒事由は、なぜすべて否定されたのか

銀行は、2014年2月から2020年7月までの原告の10個の言動を懲戒事由として、3営業日の出勤停止の懲戒処分をしました。一審は、このうち7個について就業規則上の懲戒事由に当たると認め、処分を有効としました。これに対し東京高裁は、10個のすべてについて懲戒事由があったとは認められないとして、処分を無効としました。否定の理由は、次の4つの型に分けられます。

否定の型 対象となった懲戒事由 東京高裁の判断の要旨
当時は問題として扱われていなかった �@2014年の上司への高圧的なメール、�A2015年の上司の指示を批判するメール、�B2017年の支店長らへの批判的なメールと私用アドレスからのメール 表現に問題はある。しかし�@は上司の暴言への抗議を含むもので、その後に同様のメールが続いた事情も、指導がされた事情もない。�A�Bは、その後に指導がされておらず、当時の人事評価もコミュニケーション「3」、総合「3」などであったことから、当時、懲戒事由に当たるほどの問題と認識されていたとは認められない。私用アドレスの使用は1回限り
事実そのものが認められない �C事務ミスの責任転嫁、�D「法的手段で徹底的に闘う」との発言、�E部下を軽視するメール 裏付けとなる証拠がない。�Dの発言を記録した上司の備忘記録は、発言から1年以上たった2020年7月29日に作成されたもので、裏付けに足りない
就業規則の手続を経ていない �F同僚を非難するメールを部署全員に返信 人事部の面談で、この事実を告知して弁解を聞く手続を経たと認められず、就業規則34条5項に違反するから、懲戒事由として処分することは許されない
指示の存在や正当性が認められない �G出社しての会議参加の拒否、�H上司との面談の拒否、�I面談の合間のメール送信 �Gは緊急事態宣言の解除直後でウェブで参加し支障もなかった。�Hは自らの評価について説明を求める文脈で、理由なく拒んだとはいえない。�Iはメールを送らないよう明示の指示をした事実が認められない

この判断で、実務上とりわけ重いのは1つ目の型です。6年以上前の言動を、通報のあとになって懲戒事由に加える。その時点で会社が持っている最も強い反証は、会社自身が当時つけた人事評価です。当時は指導もせず、評価も平均以上だったのであれば、裁判所は「当時は問題と認識されていなかった」と判断します。本判決は、その論理を正面から示しました。

3つ目の型も見落とせません。就業規則が懲戒の前に事実の告知と弁解の聴取を定めている以上、その手続は懲戒事由ごとに踏む必要があります。人事部は2回の面談で原告の言い分を聞いていましたが、�Fの事実についてはその手続を経たと認められず、それだけで�Fは処分の理由から外れました。

4 降格・減給・賞与――会社が自ら周知した基準が、会社を縛った

降格と減給について、東京高裁は2段階で判断しています。この順序が、本判決を読むうえでの要点です。

第1段階は、降格と減給に契約上の根拠があるかです。裁判所は、就業規則が年1回の人事考課に基づいて等級と号俸を見直すと定めていること(50条4項、57条2項1号)から、降格には根拠があるとしました。減給については、賃金を減額する事由と、その事由に対応する減額の幅が就業規則等で具体的に明示されていることが必要だとしたうえで、銀行が新しい人事制度で等級・号俸ごとの俸給テーブルを全行員向けのポータルに公開し、実施の約8か月前から周知し、移行措置も設けていたことから、根拠ありと認めました。ここまでは銀行の主張どおりです。

第2段階は、その権限の行使が濫用に当たらないかです。銀行は2020年8月、新制度の説明資料を全行員向けのポータルに掲載し、�V等級から�X等級までの各等級の1号俸でMBO評価が2年連続で「3−」以下となった場合に降格の検討対象とする、と周知していました。管理職の評価が「1」であれば2年を待たずに降格するといった別の扱いがあり得ることは、何も説明していませんでした。ところが原告の評価は、前年度が「3」、当年度が「1」でした。単年度の評価だけで降格することは、銀行が自ら定めて全行員に周知した降格の基準に合致しない。これが東京高裁の判断の中心です。

銀行は、組織変更で原告の専門性を生かせる部署がなくなり、職務と等級にずれが生じるとも説明していました。しかし裁判所は、新制度では等級の引下げが俸給の引下げに直結する以上、就業規則等に明示の根拠がないまま、配置転換による職務の変更を理由に等級を下げることは、会社の一存で賃金の減額を許すことになるとして、人事権の濫用に当たるとしました。さらに、評価「1」そのものについても、上司が目標の内容についての原告の質問に答えず、評価手続で重要とされる中間レビューも行わなかったこと、原告が分析資料を作成して営業店に展開し、担当者から好意的な評価を受けていたことなどから、適正な評価とは認められないとしています。

減給�Aは、翌年度の評価「2」に基づくものでした。銀行は、原告が目標を記入したMBOシートを提出しなかったことを理由としましたが、裁判所は、シートの不提出は行動特性を評価するコンピテンシー評価を下げる理由にはなり得ても、業績の達成度を評価するMBO評価を下げる理由にはならないとし、原告は与えられたレポートを期限までに作成していたことから、減給�Aも無効としました。

賞与については、就業規則には「業績等を勘案して、賞与を支給することがある」としか定めがありませんでした。しかし、2012年以降、毎年12月に組合員へ月額俸給の1.2か月分が仮払いとして一律に支給されていたことから、裁判所はこれを労使慣行と認め、本来の等級の俸給を基準とした差額の支払を命じました。6月の賞与は、労働組合に示された支給率が組合員全体の原資の水準にすぎず、個人への支給を保証するものではないとして、差額の請求を認めませんでした。

争点 東京地裁(2025年3月13日) 東京高裁(2026年1月22日・確定)
懲戒処分 10個のうち7個を懲戒事由と認め、有効 10個すべて否定し、無効
降格・減給�@ 業務上・組織上の必要性ありとして有効 自ら周知した降格基準に合致せず、評価も適正といえないとして無効。管理職層の等級にあることを確認
減給�A 有効 MBOシートの不提出は業績評価を下げる理由にならないとして無効
賞与 請求を棄却 12月分(月額俸給1.2か月分)は労使慣行として差額を認容。6月分は棄却
応接室での勤務 業務上・組織上の必要性ありとして不法行為を否定 パワーハラスメントに当たる不法行為と認定。慰謝料100万円、弁護士費用10万円
内部通報への報復 認めず 認めず(懲戒処分・降格とも)
5 応接室での3年3か月――パワハラと認定、それでも報復目的は認めず

2021年4月1日、原告は人事部附とされ、本社15階の応接室で1人で執務することになりました。原則として週3日出社・週2日在宅で、業務は、各部署から依頼を受けたテーマでレポートを作成することでした。判決が挙げるテーマには、人材育成、他行の取組、業種動向、国連の責任銀行原則、社会保険制度改革、知財と金融、税制改正要望などがあります。窓口として人事部の担当部長が置かれ、出社日には30分から1時間の面談が行われていました。

銀行は、原告を組織として業務を行う部署に置けば、上司や同僚を非難し、命令に反抗するおそれが高く、適正な業務の遂行と従業員の安全への配慮の観点から必要な配置だったと主張し、一審もこれを認めていました。

東京高裁は、職種の限定がない以上、配置転換には会社に広い裁量があることを前提にしつつ、判断の物差しとして、厚生労働省のパワーハラスメント防止の指針(令和2年厚生労働省告示第5号)を用いました。指針は、パワーハラスメントの代表的な類型のうち「人間関係からの切り離し」に当たると考えられる例として「自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること」を、「過小な要求」に当たると考えられる例として「管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること」を挙げています。

そのうえで裁判所は、部屋の設備が整い、他のフロアへの出入りも禁じられず、面談の機会もあったことを認めながら、業務中に他の行員と連絡を取り合ったり打合せをしたりすることは事実上不可能で、3年3か月もの長期間、1人で別室に隔離され、人間関係から切り離されていたと評価しました。レポートの多くは原告がそれまで培った能力や経験と無関係なテーマであり、MBOシートを指示どおり提出しなかったことは、3年3か月もの隔離を続ける合理的な理由にはならないとして、パワーハラスメントに当たり、人格権を侵害する不法行為と判断しました。

慰謝料は100万円とされました。判決は、隔離の態様と期間に加え、原告が労働局に相談し、銀行に対して「職場におけるパワーハラスメントに係る相談に対し、事実関係の迅速かつ正確な確認を行っていない」との指導がされたこと、原告が通院していたことなども考慮しています。弁護士費用は10万円です。また、隔離は銀行が組織として決定したもので、元代表者、元上司、元人事部長がパワーハラスメントに当たる具体的な言動をしていない以上、責任を負うのは銀行であるとして、個人に対する請求は退けました。

そして、内部通報への報復かどうかについて、裁判所は否定しました。懲戒処分の手続は、営業部門の本部長が人事部に相談したことから始まったものですが、その本部長は、直属の上司が原告への対応に苦慮しメンタル面で心配な状態にあるとの報告を受け、それ以前にも、原告から指導を受ける立場の行員が原告の言動を原因として不調を訴えていたとの報告を受けていたと証言しており、裁判所はこの証言に一定の裏付けがあるとしました。懲戒事由とされた言動も、懲戒に値しないとはいえ、全く裏付けを欠くものではなく、上司・同僚・部下への配慮を欠く不適切なものも含まれていたとしています。降格についても、コンプライアンス統括部は降格の相当前に通報の対象に違法・不当な点はないと結論しており、報復のために降格する理由があったとは認められないとしました。

つまり本件は、会社側にも対応に苦慮する事情があり、裁判所も報復とは認めなかった事件です。それでも、懲戒も降格も減給も、そして3年3か月の隔離も、会社の基準、記録、手続のいずれかで説明がつかず、すべて否定されました。

6 実務への示唆――改正公益通報者保護法の施行を前に

2026年12月1日に、改正公益通報者保護法(令和7年法律第62号)が施行されます。消費者庁の改正概要によれば、通報後1年以内(事業者が外部への通報を知って解雇又は懲戒をした場合は、知った日から1年以内)の解雇又は懲戒は、公益通報を理由としてされたものと推定されます。あわせて、公益通報を理由として解雇又は懲戒をした者には、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金が科され、法人には3,000万円以下の罰金が科されます。

本件の措置の時期をこの改正に当てはめると、次のようになります。ただし、前述のとおり、本件の通報が同法の公益通報に当たるかどうかは判決では判断されていないため、これは仮に公益通報に当たる場合の整理です。

本件の措置 改正前(現行法) 改正後(2026年12月1日施行)
懲戒処分(通報の約5か月後) 公益通報を理由とする不利益な取扱いは禁止。理由が通報であることは労働者側が主張・立証 通報後1年以内の懲戒に当たり、公益通報を理由とするものと推定される。刑事罰の対象にもなり得る
人事考課による降格・減給 同上 推定と刑事罰の対象は「解雇又は懲戒」とされており、懲戒としてされたものでない降格・減給は対象外。不利益な取扱いの禁止は及ぶ
別室での単独勤務(配置転換) 同上 推定と刑事罰の対象外。不利益な取扱いの禁止は及ぶ

本件で裁判所は、報復目的を認めませんでした。しかし改正後は、通報から1年以内の懲戒について、通報を理由とするものではないことを示す負担が会社側に移ります。そのとき会社が頼れるのは、処分の理由が通報より前からの事実と記録で説明できることだけです。本件は、それができなかった場合に何が起きるかを、報復の認定がない状態で示した事例と読むことができます。以下は、本件の事実関係を離れて、一般的な実務として整理した点検項目です。

点検1 過去の言動を処分の理由にするなら、当時の評価や指導の記録と矛盾しないか

数年前の言動を懲戒事由に加える場合は、その当時、指導をしたか、記録があるか、人事評価にどう反映したかを確認してください。当時は指導もせず平均以上の評価をつけていた言動は、後から懲戒事由として持ち出しても認められにくいと考えるべきです。問題のある言動には、その時点で指導し、記録を残すことが、後の処分を支える唯一の土台になります。

点検2 就業規則の懲戒手続を、懲戒事由ごとに踏んでいるか

就業規則に事実の告知と弁明の機会を定めている場合、面談をしたという事実だけでは足りません。処分の理由とするすべての事実について、何を告げ、どう弁明を聞いたかを記録してください。本件では、2回の面談をしていても、1つの事由について手続を経たと認められず、その事由は処分の理由から外されました。

点検3 降格や降給は、自社が周知した基準どおりか

評価制度の説明資料、俸給テーブル、昇降格の基準を社内に公開している会社は、その基準に自社も縛られます。基準と異なる降格をするなら、規程上の例外の根拠が必要です。また、評価が低いことを理由にするなら、目標設定、中間レビュー、評価結果の説明という制度の手続を、上司が実際に踏んでいたかを確認してください。関係が悪いことは、評価手続を省略してよい理由にはなりません。

点検4 別室勤務や単独の業務に、期間・見直し時期・能力に見合う業務を定めているか

職場の人間関係に問題を抱える社員を一時的に別の場所で勤務させる判断は、現実にはあり得ます。しかし、終わりの見えない別室勤務と、本人の能力や経験と無関係な業務の組合せは、指針が例示するパワーハラスメントの型にそのまま重なります。配置の目的、見直しの時期、復帰の条件、本人の経験を生かせる業務を書面で定め、定期的に見直した記録を残してください。

7 当法人の視点

対応の難しい社員について相談を受けたとき、当法人がまず確認するのは、「これまで、その場で指導し、その記録と評価が一致しているか」という点です。処分や降格を検討する段階になってから過去の出来事を集め始めると、本件のように、会社自身の過去の評価や、自ら定めた基準と手続が、会社の主張を否定する証拠になります。

当法人の見解

当法人は、本判決の実務上の意義を、通報者に対する措置の適否が、報復の有無よりも、会社が自ら定めた基準と記録との整合性で決まることを、確定判決として示した点に見ています。裁判所は報復を認めず、会社側に対応に苦慮する事情があったことも否定していません。それでも、措置の一つひとつが、当時の評価、周知した基準、就業規則の手続のいずれかと食い違ったことで、すべて否定されました。改正法の施行後は、懲戒について通報との関係を否定する負担が会社側に移るため、この整合性の確認はさらに重くなると考えられます。

また、裁判所が厚生労働省のパワーハラスメント防止指針の例示を、不法行為の判断の物差しとして用いた点も重く受け止めるべきです。指針は本来、事業主の措置義務の内容を示すものですが、本判決は、指針が「該当すると考えられる例」として挙げる行為の型に当てはまるかを、違法性の判断の中で具体的に検討しました。指針の例示は、社内の処遇を設計する際の禁止線として読んでおくべきだと当法人は考えています。

反対の見方もあります。使用者側からは、部下や上司が体調を崩すほどの言動がある社員を、通報者だからといって元の組織に戻すことはできない、別の場所で一人でできる業務を与えるしかなかった、という主張があり得ます。当法人も、その判断が必要な場面があることは否定しません。ただ、本判決が否定したのは別室での勤務そのものではなく、それが期限も見直しもなく3年3か月続き、本人の経験と無関係な業務に限られたことです。必要な配置であったなら、なおさら期間と出口を定めるべきでした。なお、本記事は判決全文に基づいていますが、最高裁決定は不受理決定であり、最高裁が東京高裁の理由づけを積極的に是認したことを意味するものではない点も付け加えておきます。

簡易な確かめ方を1つ挙げます。直近で懲戒処分や降格をした社員、又は検討中の社員について、処分の理由とする事実ごとに、�@その当時の指導記録、�Aその年度の人事評価、�B就業規則上の手続を踏んだ記録の3つを1枚の表に並べてください。空欄がある事実、評価と矛盾する事実は、紛争になったときに会社の主張を支えられない可能性が高いと考えられます。

まとめ

あおぞら銀行の行員が内部通報後の懲戒処分、降格、減給、応接室での単独勤務を争った事件は、最高裁第一小法廷が2026年8月24日に双方の上告受理申立てを受理しない決定をしたことで、東京高裁判決(2026年1月22日)が確定しました。10個の懲戒事由はすべて否定されて懲戒処分は無効、降格と2回の減給も無効、12月賞与の差額も認められ、応接室での3年3か月の勤務はパワーハラスメントによる不法行為とされました。一方で、裁判所は懲戒処分と降格を内部通報への報復とは認めず、慰謝料は100万円にとどまり、個人の責任も否定されました。

当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。対応の難しい社員への処分は、通報との関係を説明するより前に、自社の基準、当時の記録、就業規則の手続で一つひとつ説明できる形に整えておくことが、結局は会社を守ります。懲戒規定や評価制度の点検、指導記録の残し方から一緒に考えてまいります。紛争の予防と対応については労働紛争解決支援、懲戒手続や降格基準の規定の整備については就業規則作成・改定支援のページもご覧ください。

その処分理由、当時の評価と記録で説明できますか

通報や申告をした社員への処分・降格・配置の検討、懲戒手続と評価制度の点検まで、
社会保険労務士法人T&M Nagoya がご相談をお受けします。

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【根拠法令】

労働契約法3条5項(権利濫用の禁止)、15条(懲戒)/民法709条(不法行為)/会社法429条1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)/労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律30条の2(雇用管理上の措置等)/事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)/公益通報者保護法、公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号、2026年12月1日施行)

【参考判例】

本件:あおぞら銀行ほか事件・東京高等裁判所令和8年1月22日判決(令和7年(ネ)第1811号、労働判例1355号5頁)/原審:東京地方裁判所令和7年3月13日判決(労働判例1355号35頁)/上告審:最高裁判所第一小法廷令和8年8月24日決定(令和8年(受)第1110号、第1111号、上告受理申立て不受理。労働判例1357号121頁「本誌未登載判例リスト」による。決定の全文は未確認)

【出典・参考資料】

労働判例1355号(2026年9月1日号)5頁〜66頁/労働判例1357号(2026年10月1日号)121頁〜122頁/消費者庁「公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)の概要」 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/consumer_partnerships_cms205_260501_01.pdf/消費者庁「公益通報者保護制度」 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/

【免責事項】

本記事は2026年10月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。東京高裁判決と東京地裁判決は判例誌に掲載された全文に、最高裁決定は判例誌の概要紹介に基づいています。判決にない事実や当事者の心情を補ってはいません。改正公益通報者保護法への当てはめは、本件の通報が同法の公益通報に当たると仮定した場合の整理です。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。当法人は、懲戒規定・降格基準・評価制度の整備、内部通報規程の整備、指導記録の作成支援、人事上の措置の手順設計を担い、処分の効力や損害賠償が争われる局面では提携する弁護士と連携して対応いたします。

この記事を書いた人

三重 英則(HIDENORI MIE)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)

特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)

法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。