| 裁判例解説 |
弁護士が事務員を「げんこつ」で殴り、休職中に解雇――横浜地裁令和7年3月25日判決(東京高裁で和解) 労災認定前の解雇でも労基法19条違反で無効。「トップが加害者」の小規模事業場が学ぶこと |
| 2026年10月20日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士) |
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おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。
2026年10月1日、カスタマーハラスメントと求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置が事業主の義務になりました。相談窓口や社内規程を見直した会社も多いと思います。ただ、窓口を整えても機能しない構造があります。加害者が事業場のトップである場合です。相談を受ける担当者が加害者の指揮命令下にいる以上、窓口は形だけになりがちです。
本記事で取り上げるのは、横浜市の法律事務所で、経営者である弁護士が女性事務員を繰り返し「げんこつ」で殴り、性的な言辞を向け、女性がうつ病で休職した後に解雇した事案です。横浜地裁は2025年(令和7年)3月25日、これらの行為を人格権侵害の不法行為と認め、休業中の解雇を労働基準法19条違反で無効と判断しました。控訴審の東京高裁では同年9月に和解が成立しています。判決から1年半が経っていますが、労災認定前の解雇がなぜ無効になるのか、トップが加害者のときに会社はどう備えるのか、という2つの問いに正面から答える素材として取り上げます。
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| 📌 この記事でわかること |
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✓ 横浜地裁令和7年3月25日判決(眞鍋美穂子裁判長)は、80代の男性弁護士が女性事務員に対し、業務上のミスを理由に自席へ呼び出してげんこつで頭頂部を継続的に殴打したこと、異性として好意を示す言動や「40歳前後の女性は性欲が強くなる」などの性的言辞を向けたことを、人格権を侵害する不法行為と認め、うつ病の発症との因果関係も認めました。
✓ 女性は2019年10月に休職し、2020年5月に労災を申請、同年7月に休職中のまま解雇されました。労災認定は解雇の後(報道では2021年3月)です。裁判所は、業務上の疾病で療養のため休業している期間中の解雇として、労働基準法19条1項に違反し無効と判断しました。
✓ 認容額は約961万7,000円で、支払いを命じられたのは男性弁護士だけです。共同経営者である弁護士の安全配慮義務違反は認められませんでした。男性弁護士は2019年3月に約500万円を先に支払っており、原告側はこれを合わせた約1,460万円が実際の損害に当たると説明しています。
✓ 控訴審の東京高裁では2025年9月27日付で和解が成立し、男性弁護士と共同経営者の弁護士が解決金を支払い、女性が退職する内容で終わりました。解決金の額は公表されていません。一審で解雇無効が認められた事案でも、職場復帰ではなく金銭解決と退職で終わるという、紛争の現実的な帰結を示しています。
✓ 当法人は、休職者の退職・解雇を進める前に業務起因性の有無を点検すること、経営者自身が加害者となる場合を想定した相談ルートを設けること、共同経営者・役員の相互チェック、金銭を先に支払うときの合意書の整備という4つの点検項目を示します。
労災認定が出ていないことは、解雇が有効であることを意味しません。19条の適用は、認定の有無ではなく、疾病が業務上のものかどうかという事実で決まります。
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| 1 本記事の情報源と確認できた範囲 |
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本記事は、判決原文ではなく報道に基づいて書いています。一審判決については、弁護士ドットコムニュース(2025年3月26日)と弁護士JPニュース(2025年3月25日)の2本、控訴審の和解については弁護士ドットコムニュース(2025年11月26日)の記事を確認しました。判決日、裁判所、裁判長名、認容額、請求額、解雇を労働基準法19条違反で無効としたこと、共同経営者の責任が否定されたこと、和解の日付と骨子は、これらの記事の本文で確認しています。
一方で、事件番号、判決理由の詳細(特に共同経営者の責任が否定された理由)、認容額の内訳(慰謝料、休業損害、未払賃金等の割合)、和解の解決金額は確認できていません。報道で紹介された行為のうち、どこまでが裁判所の認定で、どこからが原告側の主張なのかも、記事の構造から読み取れる範囲で区別して書きます。原告の年齢は、一審判決時の報道では40代、和解時の報道では50代とされており、本記事では特定しません。当事者はいずれも報道で実名が示されておらず、本記事でも匿名のまま扱います。
なお、当法人は本件の当事者のいずれにも関与しておらず、当事者に取材したものでもありません。報道にない事実を推測で補うことはしていません。
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| 2 事案の概要――経営者からの暴行と性的言辞、休職、そして解雇 |
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原告は、横浜市の法律事務所に2010年から勤務していた女性事務員です。被告は、その上司に当たる80代の男性弁護士と、事務所の共同経営者である別の弁護士の2人です。弁護士JPニュースによれば、共同経営者は男性弁護士の息子で、親子で事務所を共同経営していたと報じられています。事務所の法的な形態(個人事務所の共同経営か、弁護士法人か)は確認できていません。
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| 項目 |
内容 |
| 原告 |
横浜市の法律事務所に勤務していた女性事務員(2010年勤務開始。年齢は報道により40代・50代) |
| 被告 |
上司に当たる80代の男性弁護士、および共同経営者である別の弁護士(報道では男性弁護士の息子) |
| 請求 |
地位確認および損害賠償(請求額約1,738万円) |
| 提訴 |
2022年2月7日(横浜地裁) |
| 一審判決 |
2025年(令和7年)3月25日 横浜地裁(眞鍋美穂子裁判長) |
| 一審の結論 |
男性弁護士のみに約961万7,000円の支払いを命令。解雇は労働基準法19条違反で無効。共同経営者の安全配慮義務違反は否定 |
| 控訴審 |
東京高裁。2025年9月27日付で和解成立(解決金の支払いと退職。金額は非公表) |
出典:弁護士ドットコムニュース(2025年3月26日、同年11月26日)、弁護士JPニュース(2025年3月25日)。事件番号は確認できていません。
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報道による時系列は次のとおりです。弁護士JPニュースは、原告側の主張として、男性弁護士が2011年頃から2019年9月まで、仕事のミスなどを理由に月平均3回から4回、女性をげんこつで殴り、殴られた箇所が皮下血腫になって痛みが2日から3日残ることが何度もあったと報じています。
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| 時期 |
出来事 |
| 2010年 |
女性が法律事務所で勤務を開始 |
| 2011年頃から2019年9月 |
男性弁護士による殴打(原告側の主張として報道。月平均3回から4回) |
| 2019年3月 |
うつ病と診断。男性弁護士が女性に約500万円を支払う(弁護士JPニュース) |
| 2019年10月 |
休職 |
| 2020年5月 |
労災を申請(弁護士JPニュース) |
| 2020年7月 |
休職中に解雇 |
| 2021年3月 |
労働基準監督署が労災(業務上の疾病)と認定(弁護士ドットコムニュース。弁護士JPニュースは「解雇後に認定」と記載) |
| 2022年2月7日 |
横浜地裁に提訴 |
| 2025年3月25日 |
一審判決 |
| 2025年9月27日 |
東京高裁で和解(報道による日付) |
出典:弁護士ドットコムニュース(2025年3月26日、同年11月26日)、弁護士JPニュース(2025年3月25日)。労災申請の時期と500万円の支払時期は弁護士JPニュースのみに記載があります。
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| 3 横浜地裁の判断――人格権侵害、因果関係、そして19条違反 |
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弁護士ドットコムニュースによれば、横浜地裁は、男性弁護士が業務上のミスを理由に女性を自席に呼び出し、げんこつで頭頂部を継続的に殴打したことをパワーハラスメントと、異性として好意を示す言動や「40歳前後の女性は性欲が強くなる」などの不快な性的言辞をセクシュアルハラスメントと認め、いずれも女性の人格権を侵害する不法行為に当たると判断しました。そのうえで、これらの行為と女性のうつ病の発症との間に因果関係があると認めています。
弁護士JPニュースは、このほかに「あなたのことが好きで仕方がない」「奥さんがいなかったら結婚する」と告げられたこと、性的な小説を読まされたこと、「あっちへ行け。お前の顔なんて見たくない」といった暴言や、あいさつへの無視があったことも伝えていますが、これらは記事の構造上、原告側の主張として紹介されたものと読めます。判決がどこまでを認定したのかは、判決原文を確認できていないため、本記事では上記の2点を裁判所の認定として扱い、残りは原告側の主張として区別します。
解雇については、業務上の疾病で療養のため休業している期間中に行われたものとして、労働基準法19条1項に違反し無効と判断しました。ここで重要なのは、解雇の時点(2020年7月)では労災認定(2021年3月)が出ていなかったことです。判決の時点では認定が出ていましたが、19条の適用の可否は、解雇の時点で疾病が業務上のものであり、休業がその療養のためのものであったかどうかで決まります。裁判所は、うつ病が業務に起因する疾病であると認めたうえで、解雇時点の休業がその療養のためのものであったとして19条を適用したものと考えられます。
認容額は約961万7,000円で、支払いを命じられたのは男性弁護士のみです。弁護士JPニュースによれば、男性弁護士は女性の体調が悪化した2019年3月に約500万円を女性に支払っており、原告代理人は、これを合わせた約1,460万円が実際の損害に当たると説明しています。認容額の内訳は確認できていません。共同経営者である弁護士については、安全配慮義務違反が認められず、損害賠償は命じられませんでした。その理由(加害行為を知り得なかったと判断されたのか、雇用関係の主体がどちらと判断されたのか等)は報道からは分かりません。
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| 4 控訴審での和解――「解雇無効」が「解決金と退職」で終わった意味 |
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弁護士ドットコムニュース(2025年11月26日)によれば、本件は控訴審の東京高裁で2025年9月27日付で和解が成立しました。内容は、男性弁護士と共同経営者の弁護士が女性に解決金を支払い、女性が退職するというものです。解決金の額は明らかにされていません。女性は裁判の終結に伴い、男性弁護士に対する刑事告訴を取り下げたと報じられています。同記事は、男性弁護士がハラスメントの事実関係を争い、訴訟手続を通じて謝罪はなかったとも伝えています。女性は和解後も症状に苦しんでいると語っており、原告代理人の弁護士は、相手が弁護士である訴訟には特に勇気が必要だったという趣旨のコメントをしています。
一審で解雇無効が認められた事案が、最終的に「解決金の支払いと退職」で終わったことは、労働紛争の実務ではよく見られる帰結です。一般に、解雇無効の判決が出ても、加害者が経営者としてそこにいる職場に戻ることは、被害を受けた側にとって現実的な選択になりにくいためです。本件の原告がどのような考えで和解に応じたのかは、報道からは分かりません。ここで注意すべきなのは、使用者側の立ち位置です。一審で解雇無効とされたことで、使用者は解雇時点からの未払賃金(バックペイ)が積み上がり続けるリスクを抱えたまま控訴審の交渉に臨むことになります。解雇が無効と判断された後の和解は、使用者にとって交渉上の足場が極めて弱いという構造を、経営者は知っておく必要があります。
もう1点、一審で責任を否定された共同経営者が、和解では解決金の支払者に含まれています。和解は判決ではなく当事者の合意ですから、法的責任を認めたことを意味するものではありません。しかし、一審で免責されたからといって紛争から離れられるわけではないことを、この経過は示しています。
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| 5 労基法19条の解雇制限――労災認定前の解雇がなぜ無効になるのか |
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労働基準法19条1項は、労働者が業務上負傷し、または疾病にかかり療養のために休業する期間とその後30日間は、使用者は解雇してはならないと定めています。この規定に違反する解雇は無効です。労働契約法16条の解雇権濫用法理のように「客観的に合理的な理由」や「社会通念上の相当性」を検討する余地はなく、要件に当たれば解雇はできません。
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労働基準法19条の解雇制限――条文と判例の骨格
1 解雇が禁止される期間。業務上の負傷・疾病の療養のために休業する期間と、その後30日間です(労働基準法19条1項本文)。「業務上」であることが要件で、労災保険の給付を受けているかどうかや、労働基準監督署の認定が出ているかどうかは条文上の要件ではありません。
2 例外は2つだけ。使用者が81条の打切補償(療養開始後3年を経過しても治らない場合に、平均賃金の1,200日分を支払うもの)を支払った場合と、天災事変その他やむを得ない事由で事業の継続が不可能になり、行政官庁の認定を受けた場合です(19条1項ただし書、2項)。
3 労災保険を受けている労働者にも打切補償は使える。最高裁第二小法廷平成27年6月8日判決(専修大学事件、平成25年(受)第2430号)は、労災保険法の療養補償給付を受ける労働者が療養開始後3年を経過しても治らない場合、使用者が打切補償を支払うことで19条1項ただし書の適用を受けられると判断しました。厚生労働省は翌日、この判決を踏まえた通達(平成27年6月9日基発0609第4号)を出しています。本件の解雇は休職から1年に満たない時期に行われており、この例外が問題になる余地はありませんでした。
4 認定前の解雇でも、後から業務上と判断されれば無効。19条の適用は、疾病が業務上のものかという客観的な事実で決まります。東芝事件(東京地裁平成20年4月22日判決、東京高裁平成23年2月23日判決)は、休職期間満了を理由とする解雇について、裁判所がうつ病を業務上の疾病と認め、19条違反で無効としました。本件も同じ構造です。使用者が「私傷病による休職者を解雇した」と認識していたとしても、その認識は解雇の有効性を支えません。
休職者の解雇や退職扱いを進めるとき、会社が確認すべきなのは「労災認定が出ているか」ではなく、「業務に起因する可能性があるか」です。
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もう1つ、本件で裁判所が殴打を業務上のミスを理由とする行為と認定している点に触れておきます。厚生労働省の「あかるい職場応援団」は、パワーハラスメントの代表的な6類型の最初に「身体的な攻撃」を挙げ、殴る、蹴るなど体に危害を加える行為や、相手に物を投げつけるような行為がこれに当たると説明しています。パワハラ防止指針(令和2年厚生労働省告示第5号)が示す3要素のうち「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」かどうかは、通常は指導の目的や態様を踏まえて判断されますが、身体への攻撃が業務上必要かつ相当な範囲の指導と評価されることは、理由を問わず考えにくいところです。「昔からの指導の仕方だ」「本人のためを思って」という説明は、法的にも社会的にも通用しません。
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| 6 小規模事業場が点検すべき4つのこと |
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本件の構造は、法律事務所に特有のものではありません。経営者が現場で直接指導し、相談窓口の担当者が経営者の部下であり、共同経営者や役員が家族や親しい間柄である小規模事業場に共通する構造です。当法人が経営者にお勧めする点検項目を4つに絞ります。
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点検1 休職者の退職・解雇を進める前に、業務起因性を点検しているか
メンタルヘルス不調で休職している社員について、休職期間満了による退職や解雇を検討するときは、その不調が業務に起因する可能性がないかを先に確認してください。確認するのは、勤怠記録に長時間労働が残っていないか、本人や周囲から上司・同僚のハラスメントに関する申告や兆候がなかったか、本人や家族が労災申請をしているか、または申請の意向を示していないか、主治医の診断書や意見書に原因についての記載がないか、の4点です。いずれかに該当すれば、休職期間満了による自然退職であっても、後に労災と認定されれば19条違反の問題が生じ得ます。労災申請がされている、または申請が予想される段階での解雇や退職扱いは、原則として見合わせるのが安全です。あわせて、就業規則の休職規定が「業務外の傷病」を対象とする趣旨であることを文言で確認し、労災申請中や認定係属中の取扱いを定めているかも点検してください。
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点検2 経営者自身が加害者となる場合を、相談ルートが想定しているか
本件のように加害者が事業場のトップである場合、社内の相談窓口の担当者は加害者の指揮命令下にあり、実効的な対応は期待しにくいのが実情です。パワハラ防止指針は、相談窓口をあらかじめ定めて労働者に周知することを事業主に求めていますが、窓口が社内にしかなければ、経営者に関する相談は構造的に行き場を失います。相談窓口を外部(社会保険労務士、弁護士、外部の相談サービス等)にも設け、経営者や役員に関する相談も受け付けることを規程と周知文に明示すること、ハラスメント防止研修を経営者自身も受講する形で実施することを検討してください。労働施策総合推進法30条の3は、事業主自身にも、他の労働者に対する言動に必要な注意を払う責務を定めています。
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点検3 共同経営者・役員が、互いの言動を確認できる仕組みがあるか
本件の一審では、共同経営者の安全配慮義務違反は認められませんでしたが、その理由は報道からは分かりません。同様の事案で常に共同経営者が免責されるとは限らず、一方の経営者のハラスメントを他方が知りながら放置していれば、安全配慮義務違反(労働契約法5条)や使用者責任(民法715条)、法人であれば会社法上の責任を問われる可能性があります。本件でも最終的な和解では共同経営者が解決金の支払者に含まれました。複数の経営者や役員がいる事業場では、相談窓口への申告を経営者の1人だけで止めない報告経路、取締役会や経営会議での報告事項化、互いの言動について指摘し合える関係づくりを、形式的でも整えておく必要があります。
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点検4 金銭を先に支払うなら、何を清算するのかを合意書で明確にしているか
本件では、男性弁護士が2019年3月に約500万円を支払っていますが、紛争は終わらず、提訴に至りました。原告側は、この500万円と認容額を合わせた額が実際の損害に当たると説明しています。ハラスメントが問題となった事案で、支払いの趣旨や清算の範囲を明確にしないまま金銭を渡しても、紛争の終局的な解決にはつながらないことがあります。金銭を支払うときは、支払いの趣旨、対象となる事実の範囲、清算条項、今後の雇用関係の取扱いを合意書に明記してください。もっとも、紛争が顕在化した段階での示談交渉と合意書の作成は、弁護士法72条により弁護士に委任すべき事項です。社会保険労務士である当法人が担うのは、紛争に至る前の規程と運用の整備と、事実確認の手順の設計です。
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| 7 当法人の視点 |
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本件を「弁護士業界の特殊な事件」として読むか、「小規模事業場の普遍的な構造」として読むかで、記事の意味は変わります。当法人は後者の立場です。
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当法人の見解
本件で裁判所が認めた事実は、法律の専門家が経営する事務所で、経営者自身が継続的に暴行と性的言辞を加え、被害者がうつ病を発症して休職し、休職中に解雇された、というものです。ハラスメント対策の制度づくりは「従業員同士」や「上司と部下」のトラブルを念頭に置きがちですが、事業場で最も止めにくいハラスメントは、経営者自身の言動です。相談窓口の有無ではなく、「その窓口に経営者のことを相談できるか」が、小規模事業場のハラスメント対策の実効性を決めます。
もう1つの教訓は、労災認定の有無と解雇の有効性を切り離して考えることです。本件の解雇は労災認定の8か月前に行われています。使用者側に「私傷病の休職者を解雇した」という認識があったとしても、裁判所は、解雇の時点で認定が出ていなかったことを理由に19条の適用を否定することはしませんでした。解雇の時点で認定が出ていないことは、解雇が有効であることの根拠にはなりません。
当法人の見解に対する最も強い反論は、「労災認定が出る前に業務起因性を使用者が判断するのは不可能であり、申請があるだけで解雇や退職扱いを止めるなら、休職者を抱える中小企業は人員計画を立てられない」というものです。この反論には理由があります。だからこそ当法人は、業務起因性を使用者が「判断」することではなく、「点検」することを勧めています。長時間労働の記録、ハラスメントの申告、労災申請の有無、診断書の記載という4点は、使用者が確認できる客観的な事情です。これらに該当がなければ私傷病として手続を進める判断に合理性があり、該当があれば立ち止まって専門家に相談する。その区別があるだけで、本件のような結果は避けられます。なお、労災認定を受けた長期休業者であっても、療養開始後3年を経過すれば打切補償による解雇の道が開かれており(専修大学事件)、19条は永続的な解雇禁止ではありません。
簡易な確かめ方を1つ挙げます。自社のハラスメント防止規程と相談窓口の周知文を取り出して、「社長(代表者、役員)の言動について相談できる」と読める文言があるか、相談窓口に社外の連絡先が1つでも含まれているかを確かめてください。どちらもなければ、その窓口は本件と同じ構造の事案を受け止められないと考えられます。
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| まとめ |
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横浜地裁令和7年3月25日判決は、法律事務所の経営者である弁護士が女性事務員に加えたげんこつでの殴打と性的言辞を人格権侵害の不法行為と認め、うつ病との因果関係を認めたうえで、休職中の解雇を労働基準法19条違反で無効としました。認容額は約961万7,000円、既払いの約500万円を含めた損害は約1,460万円と原告側は説明しています。控訴審の東京高裁では、解決金の支払いと退職を内容とする和解で終わりました。本記事は判決原文ではなく報道に基づいており、事件番号、判決理由の詳細、認容額の内訳、和解金額は確認できていません。
当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。休職者の処遇を決める前に業務起因性を点検すること、経営者自身を相談の対象に含めた窓口を持つことが、本件から導かれる現実的な備えです。ハラスメント防止規程と相談窓口の設計については就業規則作成・改訂、休職から復職・退職までの制度設計については休職制度設計・支援、申告を受けた後の事実確認と対応については労働紛争解決のページもご覧ください。
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「経営者のことも相談できる」窓口になっていますか
ハラスメント防止規程と相談窓口の設計、休職者の業務起因性の点検手順、休職規程の見直しまで、 社会保険労務士法人T&M Nagoya がご相談をお受けします。
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【根拠法令】
労働基準法19条(解雇制限)、81条(打切補償)、75条(療養補償)/労働者災害補償保険法12条の8第1項1号(療養補償給付)、19条(傷病補償年金受給者に係る打切補償の特例)/労働契約法5条(労働者の安全への配慮)、16条(解雇)/民法709条(不法行為による損害賠償)、715条(使用者等の責任)/労働施策総合推進法30条の2(職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)、30条の3(国、事業主及び労働者の責務)、33条(顧客等の言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等。2026年10月1日施行)/男女雇用機会均等法11条(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)/事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)/厚生労働省労働基準局長通達「労災保険給付を受けて休業する労働者に対する解雇制限にかかる判決について」(平成27年6月9日基発0609第4号)/弁護士法72条
【参考判例】
横浜地方裁判所令和7年3月25日判決(本記事で取り上げた事案。事件番号は未確認。判決原文は確認できておらず、弁護士ドットコムニュースおよび弁護士JPニュースの報道に基づきます。控訴審の東京高等裁判所で令和7年9月27日付の和解が成立したと報じられています)/専修大学事件・最高裁判所第二小法廷平成27年6月8日判決(平成25年(受)第2430号。労災保険の療養補償給付を受ける労働者に対する打切補償と労働基準法19条1項ただし書)/東芝事件・東京地方裁判所平成20年4月22日判決、東京高等裁判所平成23年2月23日判決(うつ病を業務上の疾病と認め、休職期間満了を理由とする解雇を労働基準法19条違反で無効としたもの)
【出典・参考資料】
弁護士ドットコムニュース「女性事務員をパワハラ、80代男性弁護士に960万円賠償命令…原告『生きるの諦めかけた』セクハラや解雇無効も認定…横浜地裁」(2025年3月26日) https://www.bengo4.com/c_5/n_18610//弁護士JPニュース「事務員女性をげんこつで殴る、『好きで仕方がないんだ』と告げる…弁護士によるパワハラ・セクハラ認定 約960万円の支払い命令」(2025年3月25日) https://www.ben54.jp/news/2080/弁護士ドットコムニュース「『弁護士からげんこつ』女性事務員のハラスメント訴訟が和解 PTSDでいまも苦しみ『私の魂は2人を許さない』」(2025年11月26日) https://www.bengo4.com/c_5/n_19675//厚生労働省「労災保険給付を受けて休業する労働者に対する解雇制限にかかる判決について」(平成27年6月9日基発0609第4号) https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc1696&dataType=1&pageNo=1/裁判所ウェブサイト 最高裁判所第二小法廷平成27年6月8日判決(専修大学事件)判決全文(PDF) https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/148/085148_hanrei.pdf/厚生労働省「あかるい職場応援団」パワーハラスメントとは https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/harassment_list/power-hara/
【免責事項】
本記事は2026年10月5日時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。本記事で取り上げた事案の事実関係は、判決原文ではなく報道(弁護士ドットコムニュース、弁護士JPニュース)に基づくものであり、当法人が当事者に取材したものではありません。事件番号、判決理由の詳細、認容額の内訳、共同経営者の責任が否定された理由、和解の解決金額は確認できていません。報道で紹介された行為のうち判決が認定した範囲は、記事の記述から読み取れる限りで区別して記載しています。当事者の心情や経緯について、報道にない事実を補ってはいません。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。当法人は、ハラスメント防止規程と相談窓口の設計、休職規程の見直し、休職者の業務起因性を点検する手順の整備、申告を受けた後の事実確認と記録の方法の助言を担い、示談交渉、損害賠償請求や解雇の効力をめぐる紛争が生じた局面では提携する弁護士と連携して対応いたします。
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| この記事を書いた人 |
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三重 英則(HIDENORI MIE)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)
法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。
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