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作成日:2026/09/16
【裁判例】天翔物産福岡事件(福岡高裁令和5年2月21日判決・労働判例1334号78頁)―業務上の必要性があっても「懲戒目的」の配転命令は無効になる

裁判例解説

天翔物産福岡事件(福岡高裁令和5年2月21日判決・労働判例1334号78頁)―業務上の必要性があっても「懲戒目的」の配転命令は無効になる

店長から暴行を受けた調理担当の従業員に対し、店長の懲戒処分と同じ日に、3日後から秋田店へ出勤せよという転居を伴う配転を命令。裁判所は配転の必要性を認めたうえで、「懲戒目的と業務上の必要性は併存し得る」として命令を権利濫用で無効とし、配転拒否等を理由とする解雇も無効としました。

2026年9月16日|社会保険労務士法人T&M Nagoya

📌 この記事の要点

  • 中華料理店等を運営する会社が、店長から平手打ちなどの暴行を受けた従業員Xに対し、暴行事件の12日後、店長への懲戒処分(停職4日間等)と同じ日に、3日後から秋田店へ出勤せよという転居を伴う配転を命令。Xがこれに従わなかったなどとして、同月30日に解雇した。
  • 裁判所は、狭い厨房で火・油・包丁を使う業務のため当事者を同じ職場に置けないこと、秋田店の調理師1名が帰国し補充が必要だったことから、配転の業務上の必要性は認めた
  • しかし、通知の記載内容、暴行事件から命令までの期間、店長の懲戒処分と同時に命令したことから懲戒目的を推認し、「懲戒目的と業務上の必要性は併存し得る」として、制裁の種類(譴責・減給・出勤停止・諭旨退職・懲戒解雇)を定めた就業規則の趣旨を潜脱する不当な動機・目的があると判断。配転命令は権利濫用で無効(東亜ペイント事件の枠組み)。
  • 解雇についても、Xは解雇時点で秋田店勤務に応じていたこと、年次有給休暇の申請は適法であること、出勤禁止を告げたのは会社自身であること、協調性の欠如は証拠上認められないことから、労働契約法16条により無効。控訴審も一審の判断を維持した。
  • 教訓は、「懲戒処分より配転の方が穏当」という発想の誤り。非違行為を理由に人事上の措置を取るなら、懲戒手続で正面から処理するか、配転の目的と根拠を非違行為から切り離して記録に残す必要がある。

はじめに――「懲戒は角が立つから配転で」という発想の危うさ

職場で従業員同士のトラブルが起きたとき、懲戒処分は記録に残って角が立つので、配置転換という人事権の行使で場を収めたい、という発想は珍しくないと思われます。懲戒処分には就業規則上の手続が必要ですが、配転は業務命令として発令できる。だから配転の方がリスクが低い、という理解です。

本稿で取り上げる天翔物産福岡事件(福岡高等裁判所令和5年2月21日判決、労働判例1334号78頁。一審は熊本地方裁判所、同号82頁)は、この理解に正面から警告を発した裁判例です。裁判所は、配転そのものの業務上の必要性を認めたうえで、なお配転命令を無効としました。理由は、その配転が懲戒目的でなされたものと推認され、制裁の種類を定めた就業規則の趣旨を潜脱するものだったからです。そして配転命令が無効である以上、これに従わなかったことなどを理由とする解雇も無効になりました。

本件の当事者は、中国から在留資格「技能」で入国し、店舗間の異動を前提に約6年間で複数の店舗を順次異動していた調理担当の従業員です。外国人労働者の配転という論点を含む点でも、実務上の示唆に富む事案です。以下、確認できた事実関係を整理したうえで、判断の構造と当法人の実務上の分析を述べます。

1.事案の概要

事実関係は、労働判例1334号に掲載された判決文を引用する弁護士事務所の解説記事、労働新聞社の判例紹介、および労働判例の2025年年間総索引により確認したものです。判決原文そのものは裁判所ウェブサイトへの登載を確認できていないため、以下はこれらの資料に記載された範囲にとどめています。

1-1 当事者と労働契約

被告Y社は飲食店の経営等を業とする会社で、親会社が天翔物産です。原告Xは、平成24年7月27日に天翔物産との間で中華料理の製造・販売を作業内容とする労働契約を締結し、Y社側の手続により在留資格「技能」を得て中国から入国しました。平成25年5月15日付でY社に転籍し、期間の定めのある労働契約を平成26年5月15日付、平成27年7月22日付で更新した後、平成30年7月26日に期間の定めのない労働契約を締結しています。Xは単身で、他の中国人労働者と同様に店舗間の異動を伴う前提で入社し、熊本クレア店、三光店、前橋店、米沢店、新名取店、仙台店、新名取店と順次異動していました。平成29年7月30日以降は宮城県の新名取店に勤務していました。

新名取店はスーパーの食料品売場の裏にあり、作業スペースは約13.8平方メートルと狭く、5名が火、油、包丁を使用して惣菜調理などの作業をしていたとされています。

1-2 経緯

時期 できごと
平成30年10月20日 Xが新名取店の店長から、顔面を平手打ちされるなどの暴行を受けた(本件暴行事件)。
平成30年11月1日 Y社が店長に対し、停職4日間および同年10月分の奨励金不支給の懲戒処分を行った。同じ日に、Xに対し、同月4日から秋田店に出勤することを命じる配転命令を行った(本件配転命令)。
平成30年11月6日 Y社がXに対し、同年12月6日までに秋田店に出勤しない場合には退職扱いとする旨を通知。あわせて、秋田店に赴任するまで秋田店以外の店舗に出勤することを禁止する旨を告げた。
平成30年11月27日 Xが、同年12月2日から秋田店で勤務することに応じる旨をY社に伝えるとともに、同年12月4日から20日までの年次有給休暇を申請した。
平成30年11月30日 Y社がXを解雇(本件解雇)。訴訟においてY社は、配転命令の拒否(就業規則56条1項4号)、無断欠勤、協調性の欠如(同3号)のほか、辞令を他の従業員の前で破り捨てたこと、新名取店に出勤し注意・指導を聞き入れなかったことなどを主張した。
平成31年4月7日以降 Xは温泉地のホテルに勤務し、月額29万円の給与を得ている。
令和元年10月23日 Xが仙台地方裁判所に労働審判を申し立てた。
令和2年6月10日 仙台地方裁判所が労働審判。解雇の撤回と会社都合による合意退職の確認、店長の暴行についてXに非がないことの確認、解決金150万円の支払等を内容とするもの。
令和2年6月29日 Xが労働審判に異議を申し立て、訴訟に移行。
一審判決 熊本地方裁判所(労働判例1334号82頁。判決日は未確認)。配転命令および解雇を無効と判断。Y社が控訴。
令和5年2月21日 福岡高等裁判所判決(労働判例1334号78頁)。一審判決を一部補正したほかは引用し、同じ結論を維持。労働判例の索引には上告・上告受理申立てがされた旨の記載がある。

なお、Y社は訴訟において、本件暴行事件の際にXが店長の命じた当番を一方的に拒否したこと、店長に対して侮辱的な言葉を述べたことを主張しましたが、裁判所はいずれも証拠上認めるに足りないと判断しています。労働審判においても、店長の暴行についてXに非がないことが確認事項に含まれていました。本件は「店長を侮辱して平手打ちされた店員」という見出しで紹介されることがありますが、侮辱の事実は裁判所の認定では証拠上認められておらず、この点は正確に理解しておく必要があります。

2.争点と判断枠組み――「業務上の必要性があれば有効」ではない

争点は、本件解雇が有効かどうかです。その前提として、解雇理由の中心にある本件配転命令が有効かどうかが判断されました。

配転命令の適法性については、東亜ペイント事件(最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決、集民148号281頁)の確立した判断枠組みがあります。使用者は業務上の必要に応じてその裁量により労働者の勤務場所を決定できるが、転勤命令権は無制約に行使できるものではなく、@業務上の必要性が存しない場合、またはA業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくはB労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合には、権利の濫用となる、というものです。本件の一審判決もこの枠組みを引用しています。

要件 内容 本件での判断
@業務上の必要性 労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められれば足りる 認められる(当事者の引離しの必要、秋田店の調理師の補充)
A不当な動機・目的 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的があれば権利濫用 懲戒目的を推認。就業規則の制裁規定の趣旨を潜脱
B著しい不利益 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益 不利益の程度は「小さくない」と評価(転居、日本語学習、3日後出勤)

重要なのは、この枠組みが@ABのいずれか1つに該当すれば権利濫用となる構造であることです。実務では、@の業務上の必要性さえ説明できれば配転は通る、と理解されがちですが、東亜ペイント事件の判示は「業務上の必要性が存する場合であっても」と明記しており、AとBは@とは独立した無効事由です。本件は、@が認められながらAで配転命令が倒れた事案です。

3.裁判所の判断

3-1 業務上の必要性は認めた

一審判決は、本件暴行事件によりXと店長の関係が険悪となったところ、新名取店は店舗内が狭く、火、油、包丁などを使用する業務であることから、両者を同じ職場に置くと喧嘩が再発し生命・身体に危険が及ぶおそれがあると判断してXを新名取店から異動させることとしたこと、同時期に秋田店の調理師1名が中国に帰国するためその補充としてXを秋田店に異動させることとしたことを認定し、本件配転命令に業務上の必要性が存在したことを認めました。会社の説明は、それ自体としては否定されていません。

3-2 3つの間接事実から懲戒目的を推認した

そのうえで裁判所は、本件通知の記載内容に加え、本件暴行事件の発生から本件配転命令までの期間、本件暴行を行った店長に対する懲戒処分と同時に本件配転命令を行っていることなどから、本件配転命令は、業務上の必要性と同時に、本件暴行に関してXが手を挙げてやり返したことや店長の命令に従わず侮辱したことを理由として、Xに対する懲戒目的でされたことが推認され、これを覆すに足りる証拠はないと判断しました。ここで挙げられているのは、会社が配転の理由としたと裁判所が推認した事情であり、前述のとおり、当番の拒否や侮辱の事実そのものは証拠上認められないとされています。

Y社は、本件配転命令はXに対する懲罰ではないと主張しました。これに対し裁判所は、その主張は通知の記載内容にも反するうえ、懲戒目的と業務上の必要性とは併存し得るのであって、業務の必要性があることをもって懲戒目的がないということはできない、として退けています。

▼ 判断の核心――「懲戒目的と業務上の必要性は併存し得る」

この一文が本判決の核心です。会社側は、必要性を立証すれば動機の問題は消えると考えがちですが、裁判所は両者を別の問題として扱いました。必要性は必要性として認めたうえで、通知の文言、時間的近接、店長の懲戒処分との同日処理という客観的事情から、懲戒という「もう1つの目的」の存在を推認したのです。

逆に言えば、会社側が「懲戒目的ではない」と主張するためには、動機を否定する言葉ではなく、懲戒目的を推認させる客観的事情を作らないことが必要になります。この点は第4章で実務上の対策として整理します。

3-3 就業規則の制裁規定の趣旨を潜脱する

本件の就業規則45条は、制裁の種類を譴責、減給、出勤停止、諭旨退職および懲戒解雇の5種類と定めていました。裁判所は、懲戒目的で配転命令を行うことは、制裁について種類を定めている就業規則の趣旨を潜脱するものであり、不当な動機・目的があったものと評価せざるを得ない、と判示しました。配転は就業規則上の制裁の種類に含まれていない以上、それを制裁として用いることは、就業規則が定めた枠組みの外で制裁を科すことにほかならない、という論理です。

3-4 不利益の程度も「小さくない」

裁判所はさらに、Xが単身であり店舗間の異動を伴う前提で入社したものであるとしても、本件配転命令は転居を伴うものであること、当時Xは仙台市内において日本語を勉強していたこと、配転命令の日から秋田店への出勤日までの期間が短期間であることなどを考慮し、本件配転命令による不利益の程度も小さくないと述べています。以上を総合し、本件配転命令は不当な動機・目的によるものとして特段の事情のある場合に該当し、権利の濫用により無効であると結論付けました。

3-5 解雇も無効――会社の主張は4つの点で崩れた

解雇について裁判所は、まず、仮に本件配転命令が有効であったとしても、Xが正当な理由なく配転命令を拒否したとは認められないとしました。Y社は11月6日に「12月6日までに秋田店に出勤しない場合には退職扱いとする」と通知していたところ、Xは11月27日の時点で12月2日から秋田店で勤務することに応じていたのですから、解雇の時点(11月30日)で配転命令を拒否していたわけではありません。Y社は、Xが同時に申請した12月4日から20日までの年次有給休暇を「異動を拒否する対抗手段」と主張しましたが、裁判所は、年次有給休暇の申請は適法であり、Y社が時季変更権を行使する要件を満たしていたとは証拠上認められないとしてこれを退けました。加えて、Xが本件配転命令を懲罰としてなされた無効なものと認識したことは不合理ではなく、店長の懲戒処分の内容と比較して秋田店への異動に不満を持ち拒否する言動をしたとしても、Xに帰責事由があるとはいえないと判断しています。

無断欠勤の主張については、Y社自身が11月6日に、秋田店に赴任するまで秋田店以外の店舗に出勤することを禁止すると告げていたこと、本件配転命令は無効でありXに秋田店へ出勤する義務はないことから、出勤しなかったことを無断欠勤と評価することはできないとしました。協調性の欠如については、店長の当番指示の拒否や侮辱の事実は証拠上認められず、他の従業員とのトラブルも前件の懲戒処分を除いて認めるに足りる証拠がなく、さらに、Y社はXとの労働契約を平成30年7月26日に期間の定めのないものとしているのであるから、従前からXに著しく協調性を欠く態度があったとは認められない、と判断しました。以上から、本件解雇は客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められず、労働契約法16条により無効と結論付けられました。

3-6 控訴審

福岡高裁は、一審判決を一部補正したほかは引用し、同じ結論を導きました。労働判例の2025年年間総索引には、本件について上告・上告受理申立てがされた旨の記載があります。最高裁の判断の有無は、本記事作成時点で確認できていません。

4.本判決が実務に示すこと――当法人の分析

4-1 「必要性の後付け」では懲戒目的は消えない

本判決の実務上の意味は、業務上の必要性の立証が配転命令の安全弁にならない、という点に尽きます。本件では、狭い厨房での危険回避と秋田店の欠員補充という、それ自体は十分に合理的な必要性が認められています。それでも命令は無効になりました。裁判所が見たのは、必要性の有無ではなく、必要性と並んで懲戒目的が存在したことを示す客観的事情です。具体的には、通知の記載内容、暴行事件から12日という時間的近接、そして店長の懲戒処分と同じ日に配転命令を出したという同日処理でした。

この3つは、いずれも会社側が作った事実です。通知にどう書くか、いつ命令するか、他の処分とどう並べるかは、すべて会社が決められます。言い換えれば、懲戒目的の推認を防ぐ手段は会社の手の中にあります。非違行為を配転の理由として通知に書かない、非違行為への対応と人員配置上の必要による配転を時間的にも文書上も切り離す、懲戒処分と配転命令を同じ日に一括処理する場合には配転側の独立した必要性を起案書で示す。こうした運用がなければ、必要性がいくらあっても「併存する懲戒目的」が推認されます。

4-2 就業規則の制裁規定は、使用者の制裁権を限定するルールでもある

会社の立場からすれば、懲戒処分を課さずに済ませたのだから労働者にとってむしろ有利ではないか、と言いたくなるかもしれません。しかし法的には逆です。使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別と事由を定めておくことを要し(フジ興産事件、最高裁第二小法廷平成15年10月10日判決、労働判例861号5頁)、処分は就業規則が定めた種類と手続の範囲内で、事由該当性と相当性(労働契約法15条)の審査を受けます。弁明の機会の付与など就業規則が定める手続も履践しなければなりません。

配転は人事権の行使であり、これらの手続は原則として適用されません。つまり、懲戒処分の代わりに配転を使うという運用は、労働者に保障された手続をすべて回避したうえで、実質的な制裁を課すことを意味します。本判決が「制裁について種類を定めている就業規則の趣旨を潜脱する」と表現したのは、この構造を指しています。就業規則の懲戒規定は労働者を縛るルールであると同時に、使用者の制裁権を限定するルールでもあります。この二面性を見落とすと、本判決の意味は理解できません。

4-3 解雇判断で会社が陥った4つの落とし穴

本件の解雇が無効とされた理由を整理すると、配転命令の無効とは独立に、会社の判断過程に4つの問題があったことが分かります。第1に、解雇の時点で本当に配転拒否が継続していたかを確認していません。Xは解雇の3日前に秋田店勤務に応じる意思を伝えていました。第2に、年次有給休暇の申請を「拒否の対抗手段」と決めつけました。年次有給休暇は労働者の権利であり(労働基準法39条)、使用者が拒めるのは事業の正常な運営を妨げる場合の時季変更権(同条5項)の行使に限られます。第3に、会社自身が他店舗への出勤を禁止しておきながら、出勤しなかったことを無断欠勤と評価しました。第4に、協調性の欠如を人格傾向として主張しましたが、その4か月前に会社自身がXとの契約を期間の定めのないものに切り替えていました。契約を無期化した直後に「従前から著しく協調性を欠いていた」と主張しても、裁判所は信用しません。

4-4 労働審判の解決金150万円と、その後の4年

本件では、仙台地方裁判所の労働審判が、解雇撤回と会社都合退職の確認、店長の暴行についてXに非がないことの確認、解決金150万円という内容を示していました。Xはこれに異議を申し立て、訴訟に移行し、一審・控訴審で解雇無効の判断を得ています。解雇は平成30年11月、控訴審判決は令和5年2月ですから、4年以上が経過しています。解雇が無効となれば、解雇期間中の賃金(バックペイ)の支払義務が生じ、Xが平成31年4月以降に他社で得ていた月額29万円の収入は中間収入として一定の範囲で控除の対象となり得るものの、認容額は本記事では確認できていません。労働審判の段階で示された解決水準と、その後に会社が負うことになった負担とを比べたとき、初動の判断の重さが分かります。

4-5 外国人労働者の転居を伴う配転で考慮された事情

本判決は、Xが単身で、店舗間の異動を前提に入社し、実際に約6年間で複数の店舗を順次異動していたことを認めたうえで、なお本件配転の不利益を小さくないと評価しました。考慮されたのは、転居を伴うこと、仙台市内で日本語を勉強していたこと、命令から出勤日まで3日しかなかったことです。「異動を前提に採用した」「これまでも異動してきた」という事情は、個々の配転の不利益を消す免罪符にはなりません。外国人労働者の場合、日本語学習や地域での生活基盤の形成は定着に直結する事情であり、転居を伴う配転ではこれらへの配慮と、赴任準備期間の確保が、不利益の評価を左右します。

5.経営者・人事担当者のためのチェックポイント

✅ 職場トラブル後の配転・解雇で点検すべき事項

  • 配転の目的を「配置の必要」だけで説明できるか。 通知書・辞令・起案書に非違行為を理由として記載しない。人員配置上の必要性(欠員、繁忙、危険回避等)を、当該労働者を選定した理由とともに具体的に記録する。
  • 懲戒に値する行為があるなら、懲戒手続で正面から処理する。 就業規則の懲戒事由への該当性を確認し、弁明の機会を与え、就業規則に定めた種類の範囲内で相当な処分を選ぶ。配転を制裁の代わりに使わない。
  • 懲戒処分と配転命令を同日に一括処理する場合、配転側の独立した必要性を記録で示せるか。 本件では同日処理が懲戒目的推認の一要素とされた。時間的に切り離せるなら切り離す。
  • 転居を伴う配転で、赴任準備期間を確保しているか。 本件の3日は短期間と評価された。本人の生活上の事情(学習、住居、家族)を聴取し、配慮の検討記録を残す。
  • 配転拒否を理由に解雇する前に、解雇時点で拒否が継続しているかを再確認しているか。 本人が応諾に転じていれば解雇理由は消える。年次有給休暇の申請を拒否の意思表示と読み替えない。
  • 会社が出勤を禁止した期間を無断欠勤に数えていないか。 自ら出勤を禁じた期間を欠勤扱いすることは、裁判所に通用しない。
  • 協調性・人格傾向を解雇理由にする場合、直前の契約更新・無期転換と整合するか。 更新や無期化は「問題がなかった」ことの証拠として扱われる。
  • 労働条件の明示と就業規則の配転条項は整備されているか。 2024年4月1日以降、就業場所・業務の変更の範囲の明示が必要(労働基準法施行規則5条)。ただし明示は入口の要件であり、権利濫用の審査(出口の統制)は別に働く。

6.まとめ

天翔物産福岡事件が示したことは3点に要約できます。第1に、業務上の必要性があっても配転命令は無効になり得ます。東亜ペイント事件の枠組みは、必要性の欠如、不当な動機・目的、著しい不利益のいずれか1つで権利濫用が成立する構造であり、本件は不当な動機・目的だけで倒れた事案です。第2に、懲戒目的と業務上の必要性は併存し得ます。必要性を立証しても、通知の文言、時間的近接、他の処分との同日処理といった客観的事情があれば、懲戒目的が推認されます。第3に、懲戒処分の代わりの配転は、制裁の種類を定めた就業規則の趣旨を潜脱するものとして違法評価を受けます。懲戒規定は労働者を縛るルールであると同時に、使用者の制裁権を限定するルールでもあるからです。

職場のトラブル後に「あの従業員を遠くの店へ」という判断をする前に、自問すべきことは1つです。その異動が懲戒処分だとしたら、就業規則のどの処分に相当し、その手続を踏んでいるか。この問いに答えられないなら、それは配転ではなく制裁であり、制裁のルールで審査されます。当法人は、配転・懲戒・解雇の判断過程の設計と記録の整備、紛争化した場合の対応について、経営者・人事担当者に伴走します。

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よくあるご質問

Q1. 業務上の必要性があれば、配転命令は有効になりますか。

必ずしも有効になりません。東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日判決)の枠組みでは、業務上の必要性があっても、配転命令が不当な動機・目的をもってなされた場合や、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合には、権利の濫用として無効になります。天翔物産福岡事件では、当事者の引離しと欠員補充という業務上の必要性が認められながら、懲戒目的が推認されたことにより配転命令が無効とされました。裁判所は、懲戒目的と業務上の必要性は併存し得ると明言しています。

Q2. 懲戒処分の代わりに配置転換で対応することは問題がありますか。

問題があります。天翔物産福岡事件の裁判所は、就業規則が制裁の種類を譴責・減給・出勤停止・諭旨退職・懲戒解雇と定めているのに、懲戒目的で配転命令を行うことは就業規則の趣旨を潜脱するものであり、不当な動機・目的があると評価しました。懲戒処分には就業規則上の事由該当性、相当性、弁明の機会などの手続保障があり、配転を制裁の代わりに使うことはこれらを回避して実質的な制裁を科すことになります。非違行為への対応は懲戒手続で行い、配転はそれとは別の必要性で行うのが原則です。

Q3. 配転命令を拒否した従業員を解雇することはできますか。

配転命令自体が有効であることが前提であり、さらに解雇の時点で拒否が継続していることが必要です。天翔物産福岡事件では、配転命令が無効であったことに加え、従業員は解雇の3日前に配転先での勤務に応じる意思を伝えていたため、正当な理由なく配転命令を拒否したとは認められず、解雇は労働契約法16条により無効とされました。配転拒否を理由とする解雇の前には、配転命令の有効性と、拒否の継続の有無を必ず再確認する必要があります。

Q4. 配転命令と同時に長期の年次有給休暇を申請された場合、配転拒否の意思と扱えますか。

扱えません。天翔物産福岡事件で会社は、配転先での勤務に応じると同時にされた17日間の年次有給休暇の申請を「異動を拒否する対抗手段」と主張しましたが、裁判所は、年次有給休暇の申請は適法であり、会社が時季変更権(労働基準法39条5項)を行使する要件を満たしていたとは認められないとして、この主張を退けました。年次有給休暇の申請を拒否の意思表示と読み替えることはできません。

Q5. 外国人従業員に転居を伴う配転を命じる際に注意すべき点は何ですか。

店舗間の異動を前提に採用し、実際に異動を重ねてきた従業員であっても、個々の配転の不利益は別に評価されます。天翔物産福岡事件では、転居を伴うこと、勤務地で日本語を勉強していたこと、命令から出勤日まで3日しかなかったことから、不利益の程度は小さくないと評価されました。外国人従業員の場合、日本語学習や地域での生活基盤は定着に直結するため、転居を伴う配転では本人の事情を聴取し、配慮の検討記録を残し、十分な赴任準備期間を確保することが必要です。

【本記事の確認状況(確信度ノート)】

本記事の事実関係と判旨は、労働判例1334号(2025年9月15日号)掲載の判決文を引用する弁護士法人ASK川崎の解説記事(2025年12月)、労働新聞社の判例紹介見出し、および産労総合研究所「労働判例」2025年年間総索引の記載(一審:熊本地判・令和2年(ワ)第754号・労働判例1334号82頁・控訴、控訴審:福岡高判・令和4年(ネ)第575号ほか・同号78頁・上告・上告受理申立て)により確認しました(確信度:中から高)。判決原文そのものは裁判所ウェブサイトへの登載を確認できていません。一審の判決年月日、認容額(バックペイの額、中間収入控除の有無)、上告審の結果は未確認です。事案の記述は上記資料に記載された範囲にとどめ、判決に記載のない業務内容、当事者の人柄や心情、業界一般論からの補足は行っていません。第4章の分析は当法人の独自の整理であり、判決の判示そのものではありません。

【根拠法令】

・労働契約法3条5項(権利濫用の禁止)、15条(懲戒)、16条(解雇)
・労働基準法39条(年次有給休暇)、同条5項(時季変更権)
・労働基準法施行規則5条1項1号の3(就業場所・業務の変更の範囲の明示、2024年4月1日施行)

【参考資料】

・天翔物産福岡事件・福岡高等裁判所令和5年2月21日判決(労働判例1334号78頁)、一審・熊本地方裁判所判決(同号82頁)
・東亜ペイント事件・最高裁判所第二小法廷昭和61年7月14日判決(集民148号281頁、労働判例477号6頁)
・フジ興産事件・最高裁判所第二小法廷平成15年10月10日判決(労働判例861号5頁)
・弁護士法人ASK川崎「配転命令拒否後の解雇は有効か?【天翔物産福岡事件】」(2025年12月)
・労働新聞社 労働判例「天翔物産福岡事件(福岡高判令5・2・21)」
・産労総合研究所「労働判例」No.1340(2025年12月15日)2025年労働判例・命令年間総索引

【免責事項】

本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。裁判例の理解は判決文に依拠するものであり、本記事は判決原文ではなく公表された解説等に基づいています。記載内容は2026年9月2日時点の情報に基づいており、その後の法令改正、通達、統計の更新等により内容が変わる場合があります。実際の対応に当たっては、個別の事情を踏まえた専門家への相談をお勧めします。

執筆者

三重 英則

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員/特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)

名古屋市中区を拠点に、労働紛争解決(個別・集団)、IPO労務監査・改善指導、就業規則の作成・改訂、給与監査などの高難度労務分野で、経営者・人事担当者に伴走しています。