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作成日:2026/09/10
【裁判例】裁量労働制が「入口」で崩れた ― 過半数代表者の選び方だけで約1,800万円
労働時間管理/裁量労働制・労使協定
裁量労働制が「入口」で崩れた ― 過半数代表者の選び方だけで約1,800万円
松山大学事件(高松高裁 令和8年〈2026年〉7月7日判決/原審 松山地裁 令和5年〈2023年〉12月20日判決)/棄権者を賛成に数える信任投票、選挙管理委員会の構成、そして「制度ごとに異なる民主性の水準」
📌 この記事の要点
● 高松高裁は2026年7月7日、大学が導入した専門業務型裁量労働制の前提となる労使協定を無効とし、約1,800万円の支払を命じた原審の判断を維持した。争われたのは制度の中身ではなく、協定を結ぶ相手方=過半数代表者をどう選んだかという入口の一点である。
● 無効とされた労使協定は2本あり、無効の理由はそれぞれ異なる。平成30年度分は代表者候補への明確な支持が選挙権者全体の約25%にとどまった点、平成31年度分は選挙管理委員会の構成に重大な瑕疵があった点が理由とされている。
● 選出規程には、信任投票で投票しなかった者を「有効投票による決定に委ねたものとみなす」旨の定めがあったが、棄権を賛成に読み替える扱いは民主的手続と認められなかった
● 控訴審は「専門業務型裁量労働制の労使協定には労働者の個別的な意思を反映させる必要性が高いから、過半数代表者の選出手続にも高い民主性が要求される」という判断枠組みを示した。制度の性質によって要求される民主性の水準が変わりうることを正面から述べた点が、本判決の実務上の新しさである。
● 大学側は上告の方針を表明しており、本記事執筆時点で判決は確定していない
1. 制度の「中身」ではなく「入口」で負けた事案
裁量労働制の紛争と聞くと、多くの方は「その業務は対象業務に当たるのか」「みなし労働時間が実態とかけ離れていないか」といった、制度の中身をめぐる争いを思い浮かべるのではないでしょうか。実際、これまで報告されてきた裁判例の多くはその類型でした。

しかし本件で使用者側が敗れたのは、そこではありません。制度を導入する入口、すなわち労使協定を締結する相手方である過半数代表者を、どのような手続で選んだのかという一点です。

労使協定は、労働基準法上の免罰的効力と制度創設効果を担う土台にあたります。その土台が抜ければ、上に載っていた裁量労働制はさかのぼって効力を持ちません。結果として、みなし労働時間で処理してきた期間の労働時間は原則どおり実労働時間で評価され、未払割増賃金が一気に顕在化します。本件で認容された金額は、その帰結です。
2. 事案の経過
時期 できごと
2018年(平成30年) 大学が教員に対し専門業務型裁量労働制を適用
教授3名が、制度の前提となる労使協定は無効であるとして、未払割増賃金および損害賠償を請求して提訴
2023年(令和5年)
12月20日
松山地裁判決。労使協定を無効とし、制度の適用を違法と判断。大学側に計約1,800万円の支払を命じる
2026年(令和8年)
7月7日
高松高裁判決。原審の判断を相当とし、双方の控訴をいずれも棄却
判決後 大学側は「極めて遺憾」とのコメントを公表し、最高裁への上告方針を表明
報道によれば、認容額の中心は未払賃金部分の1,788万円余です。このほか、過半数代表者を選ぶ選挙への立候補を妨害されたことを理由とする損害賠償も一部認容されており、原審のこの判断も控訴審で維持されました。原告側の請求のうち認められなかった部分、および使用者側からの反対請求についても、いずれも原審の判断が維持されています。
3. 無効とされた協定は2本、理由はそれぞれ別
ここが、報道の見出しだけでは見落とされやすい点です。本件で無効とされた労使協定は1本ではなく2本あり、しかも無効と判断された理由が協定ごとに異なります。法律実務誌の判例紹介によれば、原審の判断は次のように整理されています。
対象となった労使協定 無効と判断された理由
平成30年度分 過半数代表者の候補者の選出を明確に支持していた労働者が、選挙権者全体の約25%にすぎなかった。したがって、その候補者は過半数代表者に選出されていない。
平成31年度分 過半数代表者選挙を実施した選挙管理委員会の構成に重大な瑕疵があったことなどが指摘された。
原審が示した規範は、「過半数代表者の選出手続は、労働者の過半数が当該候補者の選出を支持していることが明確になる民主的なものである必要がある」というものです。

注目すべきは、後者の平成31年度分です。ここでは支持率そのものではなく、選挙を運営する体制の側の瑕疵が無効の理由とされました。「投票をやったかどうか」だけを点検していては足りず、その投票を誰が、どのような立場で仕切ったのかまで問われうるということです。使用者側の人間が選挙管理を握っていれば、施行規則が排除する「使用者の意向に基づく選出」に接近します。
「投票しなかった人は賛成とみなす」は通用しない
判例解説によれば、この大学の過半数代表者選出規程には、信任投票において選挙権者が投票しなかった場合には有効投票による決定に委ねたものとみなす旨の定めが置かれていました。棄権を、事実上の白紙委任として扱う設計です。

裁判所はこれを認めませんでした。有効投票の内容は投票前の時点では分からない以上、投票しなかったことをもって、その者が候補者の選出を支持したと明確に認めることはできないという理屈です。

この論理は、大学に固有のものではありません。中小企業でよく見かける「回覧して期限までに異議がなければ承認とみなす」「返信のない者は賛成として集計する」という運用は、まったく同じ構造を持っています。本件は、その運用が高等裁判所の段階で否定された事案として読むべきです。
4. 高松高裁が付け加えたもの ― 制度ごとに民主性の水準が変わる
控訴審は原審の結論を支持しましたが、判断の運び方には独自の工夫があります。判例紹介によれば、控訴審は、労働基準法上の過半数代表者が担う役割は制度ごとに多様であることを踏まえたうえで、専門業務型裁量労働制の労使協定の締結当事者としての選出という場面に限定して検討を加え、次の規範を示しました。

専門業務型裁量労働制に関する労使協定には、労働者の個別的な意思を反映させる必要性が高いから、その労使協定の締結に当たって労働者の団体的な意思を決定する過半数代表者の選出手続にも、高い民主性が要求される。 これは実務上、軽くない意味を持ちます。過半数代表者の選出手続は、これまで「適法か違法か」の二択で語られがちでした。しかし本判決の枠組みに従えば、同じ選出手続であっても、その代表者が締結する協定の種類によって、求められる民主性の水準が変わりうることになります。

労働時間の枠組み自体を個々の労働者から切り離してしまう裁量労働制は、その中でも高い水準が求められる側に位置づけられた、という理解です。もっとも、どの制度にどの程度の水準が対応するのかについて、判決が一般的な序列を示したわけではありません。この点は、今後の裁判例の集積を待つ必要があります。
5. 法令上の要件を確認する
専門業務型裁量労働制は、労働基準法38条の3により、過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)との労使協定を締結し、所轄労働基準監督署長に届け出ることが適用の要件とされています。そして、その過半数代表者の要件は労働基準法施行規則6条の2に定められています。

第1に、労働基準法41条2号の監督又は管理の地位にある者でないこと。第2に、協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であって、使用者の意向に基づき選出されたものでないことです。後段の「使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」は、平成30年の施行規則改正で明文化された部分にあたります。

「投票、挙手等」の「等」については、労働者の話合い、持ち回り決議等、労働者の過半数がその者の選任を支持していることが明確になる民主的な手続が該当するとの行政解釈が示されています(平成11年3月31日基発169号)。本件の各判断は、この行政解釈の延長線上にあるものと読むことができます。

なお、同条は、使用者が、過半数代表者であること、過半数代表者になろうとしたこと、又は過半数代表者として正当な行為をしたことを理由とする不利益取扱いをしてはならないこと、および過半数代表者がその事務を円滑に遂行できるよう必要な配慮を行わなければならないことも定めています。本件で立候補の妨害を理由とする損害賠償が一部認容されたことは、この規定の趣旨と重なる位置にあります。
先例としてのトーコロ事件(最高裁 平成13年6月22日判決)
過半数代表者の選出をめぐる先例としては、社長を含む全社員が加入する親睦会の代表者を労働者代表として締結した36協定を無効とし、これに基づく時間外労働命令も無効であるとして、命令拒否を理由とする解雇を無効とした最高裁判決が知られています。

トーコロ事件が問うたのは「そもそも労働者の代表として選ばれた者なのか」という入口中の入口でした。これに対し本件は、選挙という形式は踏んでいる事案で、その中身の民主性を問うたものです。司法の審査密度は、形式の有無から中身の質へと進んでいると評価できます。
6. なぜ金額が大きくなるのか ― 協定無効の波及構造
裁量労働制は、実際の労働時間にかかわらず協定で定めた時間を労働したものとみなす制度です。この「みなし」が働いている限り、原則として追加の時間外割増賃金は発生しません。労使協定が無効になると、この効果が消えます。

その結果、労働時間は原則どおり実労働時間で把握され、法定労働時間を超えた部分について時間外割増賃金が発生します。深夜労働・休日労働があれば、その割増賃金も別途発生します。賃金請求権の消滅時効は、本則では5年ですが、当分の間3年とされているため(労働基準法115条、同法附則143条3項)、遡及期間は長期にわたります。対象者が複数いれば、その人数分が積み上がります。本件は原告が3名でその規模でしたから、対象者が数十名の事業場で同じことが起これば、金額の桁が変わります。

さらに、割増賃金の未払いは労働基準法37条違反として付加金(同法114条)の対象にもなり得ます。付加金は未払額と同額を上限として裁判所が命じ得るものです。

実務上とりわけ重いのは、過半数代表者の選出の瑕疵は、その代表者が締結した他の労使協定にも同時に及びうるという点です。同一人物が36協定も締結していれば、36協定も同様に無効となるおそれがあります。有効な36協定がなければ、時間外労働をさせたこと自体が労働基準法32条違反となり、罰則(同法119条1号。6か月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金)の対象領域に入ります。就業規則の意見聴取(同法90条1項)も同様です。

ただし、本件の判決がこの波及効果についてどこまで判断したかは確認できていません。ここは一般的な制度上のリスクとして述べています。
「正確な労働時間が分からないから払わなくてよい」とはならない
判例解説によれば、原審は、正確な労働時間を算出することができないとしながらも、原告らの主張額のおおむね7割相当額の支払を命じています。

裁量労働制を適用していた期間は、そもそも実労働時間を厳密に記録していないことが通例です。しかし、記録がないことが使用者に有利に働くとは限りません。協定が無効とされれば、記録の不備は使用者側の不利益として評価されうるという点は、リスク見積りの前提として押さえておく必要があります。
7. 2024年4月改正との関係 ― 入口と中身の二段構え
本件は入口である協定の効力で決着していますが、専門業務型裁量労働制そのものも、2024年4月1日施行の改正で要件が加重されています。既に導入済みの事業場も対応が必要な内容ですので、あわせて点検してください。
項目 改正前(2024年3月31日まで) 改正後(2024年4月1日から)
本人同意 不要 適用にあたり本人の同意を得ることが必要。労使協定に定める
不同意者の取扱い 定めなし 同意しなかったことを理由とする不利益取扱いの禁止を協定に定める
同意の撤回 定めなし 撤回の手続を協定に定める
記録の保存 健康・福祉確保措置、苦情処理に関する記録 上記に加え、同意および同意の撤回に関する労働者ごとの記録を追加
対象業務 19業務 銀行・証券会社におけるM&Aに関する調査・分析・考案・助言の業務を追加し20業務
8. 自社点検のチェックポイント
✓ 過半数代表者の選出について確認すべき8項目
1. 分母を取り違えていないか。過半数の分母は投票者数ではなく、事業場の労働者数です。投票率が低ければ、投票者の中で最多得票でも要件を満たしません。
2. 棄権を賛成として集計していないか。「異議がなければ承認」「未回答は賛成とみなす」という設計は、本件で否定された構造と同じです。
3. 分母に入る労働者の範囲を誤っていないか。パート、アルバイト、嘱託、休職者など当該事業場で使用されるすべての労働者が含まれます。管理監督者も分母には含まれますが、代表者にはなれません。
4. 選挙の運営を誰が担っているか。選挙管理の体制に使用者側が入り込んでいないかを確認してください。本件では、この点が単独で無効理由になっています。
5. 選出目的を事前に明示しているか。どの労使協定・どの意見聴取のための代表者を選ぶのかを、選出の告知段階で示す必要があります。
6. 記録が残っているか。告知文書、投票用紙、集計結果、任期を保存してください。記録のない選挙は、紛争時には実施していないのと同じに扱われかねません。
7. 事業場ごとに選出しているか。労使協定は事業場単位です。本社で選んだ代表者が支店の協定を締結することはできません。
8. 自ら定めた選出規程に従っているか。社内規程を定めているのにそれを守っていない場合、法解釈の難しさではなく自社ルールの不履行という、より基本的な問題として評価されます。
9. 本記事で確認できていない事項
読者の判断材料として、限界を明示します。本件の判決文原文は、本記事執筆時点で裁判所ウェブサイトの裁判例検索に登載されていることを確認できませんでした。本記事の判示内容は、法律実務誌の判例紹介および報道に依拠しています。

また、認容額の内訳(未払割増賃金、深夜割増、遅延損害金、付加金の有無など)の詳細、および大学教授の業務が専門業務型裁量労働制の対象業務に該当するかについて裁判所がどう判断したかは確認できていません。本件は協定の効力で決着しているため、対象業務該当性はそもそも判断されていない可能性があります。

そして最も重要な点として、大学側は上告の方針を表明しており、本記事執筆時点で判決は確定していません。最高裁の判断次第で結論が変わる可能性があります。
おわりに
裁量労働制も、フレックスタイム制も、事業場外みなし労働時間制も、36協定も、すべて労使協定という同じ土台の上に載っています。土台の点検は、制度の点検より先に来るべき作業です。

経営の場面で響くのは、金額の大きさよりも、その原因が選挙の集計という地味な事務にあったという事実のほうだと考えます。制度設計にどれだけ費用をかけても、選出手続を一度誤れば土台ごと崩れる。この非対称性が、本件の教訓です。

そして過半数代表者の選出は、企業が自力で正しく運用しつづけることが最も難しい領域の一つでもあります。年に一度の作業だからこそ、担当者の交代や繁忙期の判断で崩れやすい。ここを毎年確実に回す仕組みを持てているかどうかを、この機会にご確認ください。
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根拠法令・出典
労働基準法32条、37条、38条の3、41条2号、90条1項、114条、115条、119条1号、附則143条3項
労働基準法施行規則6条の2、24条の2の2
平成9年2月14日労働省告示第7号(専門業務型裁量労働制の対象業務)
平成11年3月31日基発169号(過半数代表者の選出手続における「投票、挙手等」の解釈)
トーコロ事件(最高裁第二小法廷 平成13年6月22日判決)

松山大学事件の判示内容は、労働判例ジャーナル173号(2026年8月)掲載の判例紹介、労働新聞社の判例解説(学校法人松山大学事件・松山地判令5・12・20、筆者:弁護士 石井妙子)、および共同通信・南海放送・あいテレビ各社の報道に依拠しています。原審は松山地判令和5年12月20日(LEX/DB文献番号25596760)です。

判決文原文は、本記事執筆時点で裁判所ウェブサイトの裁判例検索に登載されていることを確認できませんでした。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別具体的な事案に対する法的助言ではありません。本件は上告の方針が表明されており、判決は確定していません。判決文原文を確認できていないため、事実関係および判示内容の記載には報道および判例紹介に基づく限界があります。実際の判断にあたっては、必ず社会保険労務士または弁護士にご相談ください。なお、紛争性のある事案の交渉代理・訴訟代理は弁護士の業務範囲です。
執筆者
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
経営心理士/経営法曹会議賛助会員/SRP認証番号 第160175号
名古屋市中区。労働紛争の解決支援、IPO労務監査、就業規則の作成・改訂を中心に、中小企業の労務体制整備を支援しています。