| 裁判例解説 休職制度 就業規則の不利益変更 休職期間を大幅に短縮した就業規則改定が「無効」に ― 一般財団法人高雄病院事件(京都地裁 令和7年10月2日判決)― 欠勤・休職の猶予期間を約2年6か月から6か月へ ― 期間満了退職も取り消された事案から、休職規定見直しの正しい手順を学ぶ 2026年9月4日|社会保険労務士法人T&M Nagoya |
| おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。 「休職規定を見直したい」というご相談が、じわじわと増えています。メンタル不調による長期休職が経営を圧迫している、休職と復職を繰り返す社員への対応に現場が疲弊している、休職期間が長すぎて代替要員を正規に採用できない ― 理由はさまざまですが、行き着く先はたいてい同じで、「休職できる期間を短くしたい」「休職に入るまでの欠勤期間を短くしたい」というご要望になります。 休職制度は労働基準法が設置を義務付けている制度ではなく、各社が就業規則で任意に設ける制度です。だから「うちの制度なのだから、うちの判断で短くできるはずだ」とお考えの経営者は少なくありません。しかし、休職制度は実務上「解雇を猶予する制度」と位置づけられており、期間の満了が自然退職や解雇に直結する以上、その期間の短縮は労働者にとって極めて重大な不利益変更にあたります。 今回取り上げる一般財団法人高雄病院事件(京都地裁 令和7年10月2日判決)は、まさにこの点が正面から争われた事案です。病院が就業規則を改定し、欠勤から休職に入るまでの期間と休職期間の双方を大幅に短縮したところ、休職期間の満了により退職扱いとされた元職員が地位確認と未払賃金を求めて提訴し、京都地裁は改定を無効と判断して退職扱いの効力を否定しました。なぜ無効になったのか、どこで手続を誤ったのか、順に見ていきます。 |
| 📌 本記事の要点 ● 病院が就業規則を改定し、欠勤から休職に入るまでの期間を約1年6か月から3か月に、休職期間を1年から3か月以内に短縮。合計の猶予期間は約2年6か月から6か月へと激減した(労働新聞の判例解説による) ● 京都地裁は、不利益の程度が大きく、短縮の必要性・相当性は認められないとして改定を無効と判断。改定後の規定を前提とする退職扱いも無効とし、地位確認と未払賃金請求を認容した ● 改定にあたり職員全体への説明会は開催されず、書面による質疑の募集のみだったことが判例解説で指摘されている ● 休職期間の短縮は「雇用の存続」に直結する重い不利益変更。実施するなら、短縮幅の妥当性・必要性の説明・手続(説明会、意見聴取、周知)・経過措置の4点セットが不可欠 |
| 1. 事案の概要 |
| 被告Yは一般財団法人が運営する病院、原告XはYに勤務していた職員です。Yは平成30年10月に開かれた部長会において新しい就業規則を配布し、その後、令和元年12月に就業規則を改定しました。改定によって変わったのは、次の2点です。 |
| 項目 | 改定前 | 改定後 |
| 業務外の傷病による欠勤から休職に入るまでの期間 | 約1年6か月 | 3か月 |
| 休職期間 | 1年 | 3か月以内 |
| 欠勤開始から退職扱いに至るまでの猶予期間は、報道された数値を単純に合計すると、改定前が約2年6か月、改定後がわずか6か月です。判決は、この不利益の程度を極めて大きいものと評価しています。 そして、この改定の手続について、判例解説では次の事実が明記されています。すなわち、職員全体を対象とした説明会は開催されず、実施されたのは書面による質疑の募集にとどまった、という点です。この一点が、後に判決の結論を左右することになります。 Xに起きたことを時系列で整理すると、次のとおりです。 |
| 📋 時系列の整理 令和4年11月21日 Xが欠勤を開始 令和5年2月21日 欠勤開始から3か月が経過し、休職扱いに 令和5年4月24日 Xが休職の通知を受領 令和5年5月3日 Yが発送した「話合いの場を設ける」旨の書面をXが受領 令和5年5月18日 Yが退職扱いとする旨の通知を発送 令和5年5月20日 休職期間満了、退職扱いの効力発生 令和6年7月31日 Xが提訴 令和7年10月2日 京都地裁判決 改定後のルールに当てはめると、欠勤開始からわずか6か月で職を失う計算になります。改定前の規定であれば、Xはまだ欠勤期間の途中であり、休職にすら入っていなかった段階です。 |
| 2. 争点 |
| 本件の争点は、大きく次の2つに整理できます。 第1に、令和元年12月の就業規則改定(休職までの期間および休職期間の短縮)は有効か。すなわち、労働契約法10条にいう「合理的なもの」といえるかどうかです。 第2に、Xは退職扱いとされた後も就労の意思を維持していたか。地位確認が認められる場合でも、就労意思を失った時点以降は賃金請求が認められないため、いわゆるバックペイの終期を画する論点になります。 |
| 3. 判決の内容 |
| 京都地裁は、Xの請求を認めました。判例解説によれば、判断の骨子は次のとおりです。 |
| 判決のポイント ■ 就業規則の改定は無効。不利益の程度は大きく、短縮についての必要性や相当性は認められない。 ■ したがって、改定後の規定を前提とする退職扱いも無効。 ■ 労働契約上の地位確認請求を認容。 ■ 未払賃金請求も認容。就労意思の点については、Xはその後に転職しているものの、転職先で施設長に就任するまでの間は元の職場に戻る意思(復職意思)を保持していたと認定された。 |
| 4. 判決をどう読むか ― 労働契約法9条・10条の枠組み |
| 就業規則による労働条件の不利益変更については、労働契約法が明確なルールを置いています。まず9条が、労働者との合意なく、就業規則の変更によって労働条件を不利益に変更することはできないという原則を定めます。そのうえで10条が、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ変更が合理的なものであるときに限り、例外的に変更後の就業規則によることを認めています。 |
| 労働契約法10条の合理性判断の考慮要素 @ 労働者の受ける不利益の程度 A 労働条件の変更の必要性 B 変更後の就業規則の内容の相当性 C 労働組合等との交渉の状況 D その他の就業規則の変更に係る事情 ※あわせて、就業規則の作成・変更には労働者の過半数代表者(過半数労働組合がある場合はその組合)からの意見聴取が必要です(労働基準法90条)。 |
| 判決文そのものは本稿執筆時点で公刊されておらず、当法人でも原文を確認できていないため断定はできませんが、報道された判断の要旨から、筆者としては次の3点が重く効いたと読み取っています。 第1に、不利益の程度が突出して大きいこと。休職制度は解雇猶予の機能を持つ制度ですから、期間の短縮は雇用の存続そのものに直結する不利益です。賃金の減額であれば減額幅の議論になりますが、休職期間の短縮は「職を失うかどうか」の問題になる点で、質的に重いというのが筆者の見方です。判例法理上も、賃金や退職金など労働者にとって重要な労働条件に実質的な不利益を及ぼす変更には、そうした不利益を法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容であることが求められるとされています(大曲市農業協同組合事件・最高裁第三小法廷 昭和63年2月16日判決、第四銀行事件・最高裁第二小法廷 平成9年2月28日判決)。雇用の存続に直結する休職期間の大幅短縮であれば、求められる必要性のハードルは相当に高かったはずです。 第2に、その必要性・相当性を説明しきれなかったこと。判決は必要性や相当性を否定しています。病院側が経営上の必要性を主張したであろうことは想像に難くありませんが、これほどの短縮幅と釣り合う説明は認められなかった、と読むのが自然でしょう。これは報道要旨からの筆者の推測を含む読み取りです。 第3に、手続が薄かったこと。職員全体への説明会を開かず、書面での質疑募集にとどめたという事実が、判例解説にわざわざ記載されています。労働契約法10条の考慮要素のうち「労働組合等との交渉の状況」「その他の事情」に位置づけられる部分であり、手続の薄さが合理性判断をさらに不利にしたと筆者は評価しています。 |
| 「同意書があれば大丈夫」でもない ― 山梨県民信用組合事件 就業規則の変更ではなく個別の同意によって労働条件を切り下げる場合であっても、最高裁は山梨県民信用組合事件(最高裁第二小法廷 平成28年2月19日判決)において、労働者の署名押印があるだけでは足りず、変更により生じる不利益の内容・程度等について十分な情報提供や説明を受けたうえでの自由な意思に基づく同意と認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかを慎重に判断すべきとしています。つまり、就業規則ルートでも個別同意ルートでも、「説明を尽くしたか」が問われる構造は同じです。本件は、その説明の欠落が就業規則ルートで表面化した事例と位置づけられる、というのが筆者の整理です。 |
| 5. 本稿で確認できていない事項 |
| 読者の皆さまが実務で参照される際に誤解が生じないよう、本稿で確認できていない事項を正直に記します。本判決の全文は、裁判所ウェブサイトの裁判例検索に掲載が確認できず(2026年8月20日時点)、本稿の事実関係は労働専門紙・労働新聞の判例解説に基づいています。したがって、認容された未払賃金の具体的金額、Xの職種・勤続年数・傷病の内容(業務外の疾病であること以外)、就業規則改定時の労働者代表の意見書の内容、経過措置の有無、控訴の有無・確定状況、および判決が労働契約法10条の各考慮要素をどのように評価したかの詳細は、いずれも確認できていません。特に経過措置については、判決が相当性を否定していることから設けられていなかったか不十分だった可能性があると推測されますが、あくまで推測です。本判決は地裁判決であり、上級審で判断が変わる可能性があります。正式な引用が必要な場合は、労働判例誌等での全文掲載をお待ちいただくのが安全です。 |
| 6. 実務への示唆 ― 休職規定を見直すときの7つのチェックポイント |
| 本判決を踏まえ、休職規定の短縮・見直しを検討する企業が押さえるべきポイントを整理します。以下は、確認できた事実と判例法理を前提とした、当法人としての実務上の提言です。 |
| ✔ 休職規定見直しの7つのチェックポイント (1) 「休職期間の短縮」は賃金減額より重い変更だと認識する 休職期間の満了は、多くの就業規則で自然退職または解雇事由に接続しています。期間の短縮は雇用終了までの距離を縮める変更であり、賃金の数%カットより軽い変更だという感覚は捨てるべきです。 (2) 短縮幅は「なぜその長さなのか」を説明できる範囲にとどめる 本件のような桁違いの短縮は極端です。段階的な設計(例:勤続年数に応じ3か月〜1年など)や、同規模・同業種の一般的な水準、自社の休職者数・復職率・代替要員確保の実情といった根拠を用意しておくことが有効と考えます。 (3) 説明会は開く。書面の質疑募集だけで済ませない 本件が最も明確に示した教訓です。全体説明会(複数回・シフト勤務者向けの別開催を含む)を開催し、開催記録・配布資料・質疑応答記録を残してください。記録の有無は後日の立証力に直結します。 (4) 過半数代表者の選出手続を適正に行い、意見書を保存する 就業規則の変更には過半数代表者からの意見聴取が必要です(労働基準法90条)。使用者の指名ではなく、投票・挙手等の民主的手続によって選出し、その記録を残してください。 (5) 経過措置を設計する 既存社員には従前の休職期間を維持し新規入社者から新ルールを適用する、施行後一定期間は従前規定を適用する、といった経過措置・代償措置は、労働契約法10条の「変更後の就業規則の内容の相当性」の判断でプラスに働く典型的な要素です。 (6) 「周知」を形式ではなく実質で行う 労働契約法10条は変更後の就業規則の周知を要件としています。事務室の棚に置いただけ、管理職会議で配っただけでは足りないと評価されるおそれがあります。イントラネット掲示・全員へのメール送信・受領確認の取得など、個々の労働者が現実に知り得る状態を作ってください。 (7) すでに欠勤・休職に入っている社員には、改定後の規定を当てはめない 本件のXは、改定前の規定であれば休職にすら入っていない段階でした。現に傷病で欠勤中の社員に短縮後のルールを適用すれば不利益はいっそう先鋭化します。現に休職・欠勤中の者には従前規定を適用する旨の附則を置くことを強く推奨します。 |
| あわせて、休職期間満了時の運用そのものの点検もお勧めします。本件では、Yが「話合いの場を設ける」と通知した約2週間後に退職扱いの通知が発送され、その2日後に退職の効力が発生しています。判決文が未確認のため本件でどこまでのプロセスが踏まれたかは不明ですが、一般論として、期間満了が近づいた段階での復職可否の慎重な判断、産業医面談、主治医意見の取得、軽減業務での復職可能性の検討といったプロセスを欠いた「期間が来たから自動的に退職」という運用は、休職期間の長短にかかわらずリスクが高いと当法人は考えています。 |
| まとめ |
| 本件から持ち帰るべきメッセージは、次の一文に集約できます。 休職規定の短縮は「就業規則を書き換えれば済む話」ではなく、労働契約法10条の合理性審査を通過しなければならない労働条件の不利益変更である。 そして、その審査を通過するために必要なのは条文の巧拙ではなく、@短縮幅の妥当性、A必要性の説明、B手続(説明会・意見聴取・周知)、C経過措置の4点です。京都地裁は、報道からうかがう限りこれらが欠けていたと評価できる改定を、無効と断じました。 「休職期間を短くしたい」と考えたとき、最初に検討すべきは「何か月にするか」ではありません。「なぜ短くする必要があるのかを、従業員に説明できるか」です。その説明と手続の設計こそが、制度見直しの成否を分けると当法人は考えます。 |
| 休職制度の見直し・就業規則の不利益変更は、手続設計が9割です 短縮幅の設計、説明会の運営、過半数代表者の適正な選出、経過措置の起案、休職者対応まで。 紛争予防の観点から、当法人が一気通貫でご支援いたします。 無料相談のお申し込みはこちら |
| 関連サービスのご案内 |
| ▶ 休職制度設計・支援 ― 休職事由・期間・復職判定・通算規定まで、紛争に耐える休職制度を設計します。 ▶ 就業規則作成・改訂 ― 不利益変更の手続(説明会・意見聴取・周知・経過措置)を含めた改定をご支援します。 ▶ 労働紛争解決 ― 休職期間満了退職をめぐるトラブルなど、個別労働紛争への対応をサポートします。 ▶ 高難度業務対応型顧問 ― メンタルヘルス休職の反復事案など、難易度の高い労務課題に継続的に伴走します。 |
| 【根拠法令・出典】 ・労働契約法9条・10条(就業規則による労働条件の不利益変更)、労働基準法89条・90条(就業規則の作成・変更手続、過半数代表者からの意見聴取) ・厚生労働省リーフレット「労働条件の変更を検討されている事業主の皆さまへ」(労働契約法3条・8条・9条・10条、労働基準法90条の条文および合意原則の解説) https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001332026.pdf ・一般財団法人高雄病院事件(京都地裁 令和7年10月2日判決):労働新聞(労働新聞社)令和8年8月24日付 第3558号14面 判例解説 ・大曲市農業協同組合事件(最高裁第三小法廷 昭和63年2月16日判決)、第四銀行事件(最高裁第二小法廷 平成9年2月28日判決)、山梨県民信用組合事件(最高裁第二小法廷 平成28年2月19日判決) 【本記事の確認状況】 本判決の全文は、裁判所ウェブサイト「裁判例検索」に掲載が確認できませんでした(2026年8月20日時点)。本記事の事案・判旨に関する記述は労働新聞の判例解説(上記)に基づく単一情報源であり、判決原文による裏付けはできていません。労働契約法の条文・判断枠組みおよび引用した最高裁判例は、厚生労働省公表資料等の一次情報で確認しています。 |
| 【免責事項】 本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際の就業規則改定・休職者対応にあたっては、事案の具体的事情を踏まえた検討が必要です。本記事で紹介した判決は地方裁判所の判断であり、上級審で結論が変わる可能性があります。個別のご相談は、顧問社会保険労務士または弁護士へお願いいたします。 |
| 執筆者:三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号) 名古屋市中区を拠点に、IPO労務監査・M&A労務監査・労働紛争の予防と解決・就業規則や休職制度の設計など、高難度の労務課題に対応。「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を使命に、実務に根ざした情報発信を行っています。 |