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作成日:2026/09/02
【実務】「代表者は会社が決めた」が刑事事件になる ― 就業規則の意見聴取義務違反で送検された事案
労務トピックス/就業規則・36協定
「代表者は会社が決めた」が刑事事件になる
― 就業規則の意見聴取義務違反で送検された事案
労働基準法第90条違反での書類送検/過半数代表者の選出手続と「芋づる式」の波及
📌 この記事の要点
● 茨城・土浦労働基準監督署が、就業規則の変更にあたり過半数代表者を適正に選出せず意見を聴かなかったとして、学校法人と事務局責任者を労働基準法第90条(作成の手続)違反の疑いで書類送検した(令和7年10月2日)。
● 同労基署は、同じ者と締結された36協定も無効と判断。有効な36協定がないまま教員2人に時間外労働をさせたとして、法人と理事長兼校長を同法第32条(労働時間)違反の疑いでも立件している。
● 就業規則の手続違反(90条)だけで司法処分に至る例は珍しい。しかし本件が示すのは、過半数代表者の選出という1点の不備が、就業規則・36協定・各種労使協定に同時に波及するという構造である。
● 「社長が指名した」「いつもの課長にお願いした」「親睦会の幹事が兼ねている」——いずれも不適正な選出であり、自社の点検が急務。
1. 何が起きたのか ― 報道された事案の概要
茨城・土浦労働基準監督署は、就業規則を変更する際に過半数代表者を適正に選出せず、その意見を聴取しなかったとして、学校法人温習塾(茨城県つくば市/つくば秀英高等学校を運営)と同法人の事務局責任者を、労働基準法第90条違反の疑いで水戸地方検察庁土浦支部に書類送検しました。あわせて、同時期に締結された36協定についても過半数代表者の選出方法が不適切であったとして無効と判断し、有効な36協定がないまま教員2人に時間外労働をさせたとして、法人と理事長兼校長を同法第32条違反の疑いでも立件しています。

同法人は令和7年10月2日付で「一部報道についてのお知らせ」を公表し、本件が令和6年6月6日に受けた是正勧告に関するものであること、勧告に従い速やかに是正措置を講じたこと、捜査に誠実に対応してきたことを明らかにしています。認否は労基署から公表されておらず、本稿執筆時点で検察庁の処分結果は確認できていません。以下は、公表された報道および法人公表資料に基づく整理であり、事実認定を断定するものではありません。
報道等から確認できる経緯
令和6年3〜4月ごろ 就業規則の変更手続。法人側が指名した者を過半数代表者とし、意見書を添付して労基署へ届出。同時期の36協定も同じ者を締結当事者として扱っていた
令和6年4月1日〜7月31日 有効な36協定がない状態で、教員2人に時間外労働をさせた疑い(送検容疑)
令和6年6月6日 土浦労基署から是正勧告(法人公表資料による)
令和7年10月2日 法人・理事長兼校長・事務局責任者を水戸地検土浦支部へ書類送致
2. なぜ「意見を聴いていない」と評価されたのか
本件で注目すべきは、意見書そのものは存在し、届出にも添付されていたという点です。それにもかかわらず労基署は「過半数代表者の意見を聴取していない」と判断しました。理由は単純で、意見を述べた人物が法律上の過半数代表者ではなかったからです。適格性のない者から意見を聴いても、それは法が求める意見聴取を履行したことにならない、という整理です。

使用者は、就業規則の作成・変更にあたり、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、ないときは労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければなりません(労基法90条1項)。そして、その「過半数を代表する者」の要件は労働基準法施行規則6条の2に定められています。
過半数代表者の要件(労基則6条の2第1項)
@ 管理監督者でないこと(労基法41条2号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと)
A 協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であること
B 使用者の意向に基づき選出された者でないこと(Aの要件に含まれる形で規定)
「投票、挙手」の「等」には、労働者の話合い、持ち回り決議など、労働者の過半数がその者の選任を支持していることが明確になる民主的な手続が該当するとされています(平成11年3月31日基発169号)。裏を返せば、支持が明確にならない方法は「等」に含まれません。
実務上つまずきやすいのはAの「選出することを明らかにして」の部分です。単に人望のある社員を皆が認めているというだけでは足りず、「これから就業規則の意見聴取(あるいは36協定の締結)を行う代表者を選ぶ」という目的を事前に示したうえで、選出手続を踏む必要があります。目的を告げずに選ばれた社員会・親睦会の役員が、そのまま代表者として扱われている——という運用は、この時点で要件を欠きます。
✕ 不適正とされる運用 ○ 適正な運用
社長・人事部長が特定の社員を「今年はあなたね」と指名する 目的を明示した選出案内を全労働者へ通知し、立候補・推薦を受け付ける
課長・工場長など管理監督者に該当しうる者が就任している 管理監督者を除外し、一般労働者から選出する
親睦会・社員会の代表者が自動的に労働者代表を兼ねている 労使協定・意見聴取のための代表選出であることを明示して、別途選出する
「反対の人は○日までに申し出てください」という消極的同意方式 賛否を積極的に確認し、過半数の支持を数として把握する
選出の記録がなく、意見書だけが保管されている 案内文・投票結果・信任数・決定日を記録し、意見書とセットで保存する
3. 「芋づる式」に広がる ― 1点の不備が波及する範囲
本件の本質的な怖さは、罰金額の大小ではありません。同一人物を、就業規則の意見聴取にも、36協定にも、その他の労使協定にも使い回しているという、多くの企業に共通する実務慣行にあります。労基署の担当者も、36協定締結時の選出方法に疑義がある場合、「芋づる式」に就業規則の作成手続でも違反が発覚することがあると述べています。

過半数代表者は、就業規則の意見聴取(労基法90条)だけでなく、36協定(36条)、賃金控除に関する協定(24条1項ただし書)、変形労働時間制、事業場外みなし・裁量労働制、年次有給休暇の計画的付与や時間単位年休(39条)など、広範な労使協定の締結当事者です。選出の適格性を欠けば、これらが連鎖的に効力を失う可能性があります。とりわけ36協定が無効となった場合の帰結は重大です。
違反となる条文 内容 罰則
労基法90条1項 就業規則の作成・変更時に過半数代表者等の意見を聴かなかった 30万円以下の罰金(120条1号)
労基法32条 有効な36協定がないまま法定労働時間を超えて労働させた 6か月以下の拘禁刑
又は30万円以下の罰金(119条1号)
労基法121条 両罰規定。代理人・使用人等が違反行為をした場合 事業主に対しても各本条の罰金刑
※法人と個人(理事長兼校長・事務局責任者)の双方が対象となっているのは、両罰規定によるものと考えられます。なお、拘禁刑は令和7年6月1日施行の改正刑法により、従前の2種類の自由刑を一本化して導入された刑です。
4. 刑事罰よりも重い「民事上の帰結」
経営判断として直視すべきは、罰金30万円ではなく、その後に来る民事上の影響です。

第一に、時間外労働命令の根拠が消えます。36協定が無効であれば、時間外労働を命じる法的根拠を欠くことになります。この点は、社長を含む全社員が加入する親睦会の代表者が締結した36協定を無効とし、それに基づく時間外労働命令および命令拒否を理由とする解雇も無効とした最高裁判決があります(トーコロ事件・最高裁平成13年6月22日判決)。労働者代表の選出手続は、単なる形式ではなく、時間外労働命令の効力を左右する根幹です。

第二に、就業規則の変更内容が争われる余地が生じます。意見聴取は就業規則の効力発生要件そのものではないと解されていますが、労働条件を不利益に変更する場合、労働契約法10条は「労働組合等との交渉の状況」を合理性判断の考慮要素として明記しています。代表者を会社が指名していた事実は、この交渉・協議の実質を欠くことを示す事情として、変更の合理性を否定する方向に働きかねません。加えて、就業規則が労働契約の内容となるためには労働者への周知が必要とされています(フジ興産事件・最高裁平成15年10月10日判決)。

第三に、レピュテーションと審査上の影響です。送検事案は報道され、社名は長く検索結果に残ります。IPO準備企業やM&Aの対象会社にとって、労使協定の締結手続の瑕疵は労務デューデリジェンスで確実に指摘される論点であり、未払残業代の潜在債務認定にも直結します。
✓ 今すぐ確認したい9項目
☐ 現在の過半数代表者は、誰が・いつ・どのような方法で選んだか説明できるか
☐ 選出の目的(就業規則の意見聴取/36協定の締結等)を事前に明示したか
☐ 選出手続の案内文・投票用紙・集計結果・決定日の記録が残っているか
☐ 代表者が管理監督者に該当していないか(役職名ではなく実態で判断)
☐ 分母となる「労働者」にパート・アルバイト・契約社員を含めているか
☐ 事業場が複数ある場合、事業場ごとに選出・締結・届出をしているか
☐ 36協定届の「選出方法」欄と、実際の手続が一致しているか
☐ 協定届を協定書と兼ねる場合、代表者の署名又は記名押印があるか
☐ 変更後の就業規則を、労働者が常時確認できる状態で周知しているか
5. 当法人の視点 ― 「書式は整っていた」事案であること
本件で最も示唆に富むのは、届出書類の体裁は整っていたという点です。就業規則の変更届も、意見書も、36協定届も存在していました。にもかかわらず司法処分に至ったのは、書類の背後にある手続の実質が問われたからです。

就業規則の作成手続違反(労基法90条)だけで司法処分に至る事案は珍しいとされています。労基署も通常は、是正勧告により是正を求める運用を採り、勧告に従わない場合や告訴・告発があった場合に司法処分へ踏み切るとされています。つまり、大多数の企業にとって現実的なリスクは「いきなり送検」ではなく、調査の入口で選出手続を問われ、そこから36協定・各種労使協定・未払割増賃金へと調査が広がっていくことです。

当法人が就業規則の改訂をご支援する際は、条文案の起案と同時に、選出案内文の作成、選出方法の設計、記録様式の整備、意見聴取の実施記録までを一連の手続として組み立てます。労働条件の不利益変更を伴う場合には、説明会の設計や協議経過の記録が、後日の合理性判断を左右する証跡になるためです。「毎年なんとなく同じ人にお願いしている」という状態に心当たりのある経営者の方は、次回の更新の前に一度点検されることをお勧めします。
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よくあるご質問
Q. 過半数代表者を会社が指名すると、就業規則の変更は無効になりますか。
意見聴取を欠いたことが直ちに就業規則の効力を失わせるとは解されていません。もっとも、労基法90条1項違反として30万円以下の罰金の対象となります(120条1号)。また、労働条件を不利益に変更する場合には、労働契約法10条の合理性判断において「労働組合等との交渉の状況」が考慮されるため、会社が代表者を指名していた事実は変更の有効性を争われる際に不利に働きます。届出の受理と、変更内容の私法上の有効性は別問題としてお考えください。
Q. 社員が10人程度の会社でも、投票をしなければいけませんか。
投票に限られません。労基則6条の2第1項2号の「投票、挙手等」の「等」には、労働者の話合いや持ち回り決議など、労働者の過半数がその者の選任を支持していることが明確になる民主的な手続が含まれるとされています(平成11年3月31日基発169号)。少人数であれば、選出目的を明示した回覧に賛否欄を設け、署名を集めて過半数を確認する方法でも足ります。重要なのは、目的の事前明示と、支持が過半数に達したことを後から示せる記録です。
Q. 一度選んだ代表者に、就業規則も36協定も任せてよいですか。
同一人物が複数の役割を担うこと自体は差し支えありませんが、選出時に「どの協定等のための代表者を選ぶのか」を明らかにしていることが要件です。したがって、36協定の締結のみを目的として選出した代表者を、後日そのまま就業規則の意見聴取に用いる運用には疑義が生じます。実務上は、選出案内の段階で対象となる労使協定と意見聴取を列挙し、期間(1年を目安とすることが多いです)を明示しておく方法が安全です。
Q. 過半数代表者が就業規則の変更に反対した場合、届出はできませんか。
届出できます。労基法90条が求めているのは意見を「聴く」ことであり、同意を得ることまでは求められていません。反対意見が記載された意見書を添付しても、労基署は受理します。ただし、反対意見が出ているという事実は、後に変更の合理性が争われた際の重要な事情となります。反対の理由を確認し、修正の余地を検討したうえで、協議の経過を記録に残しておくことをお勧めします。
Q. 過去の36協定の選出手続に不備が見つかりました。どう対応すべきですか。
まず、直ちに適正な手続で代表者を選出し直し、新たな36協定を締結・届出して、将来に向けた違法状態を解消することが最優先です。過去分については、無効期間中の時間外労働が労基法32条違反となりうるほか、割増賃金の支払状況の確認が必要になります。賃金請求権の消滅時効は当分の間3年とされているため(労基法115条・附則143条3項)、影響範囲の把握には過去3年分の点検が目安となります。対応方針は事案により異なりますので、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
根拠法令・参考
労働基準法32条・36条・41条2号・89条・90条・106条・115条・119条1号・120条1号・121条/同法附則143条3項/労働基準法施行規則6条の2/労働契約法7条・10条/平成11年3月31日基発169号/トーコロ事件(最高裁平成13年6月22日判決)/フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日判決)/労働新聞社報道(令和7年10月23日)、茨城新聞報道(令和7年10月3日)、学校法人温習塾「一部報道についてのお知らせ」(令和7年10月2日)
免責事項
本記事は、公表された報道および当事者法人の公表資料に基づき、一般的な情報提供を目的として作成したものです。個別事案の事実認定・当事者の認否・検察庁の処分結果について断定するものではなく、記載内容は執筆時点の法令等に基づきます。実際の対応にあたっては、個別の事情を踏まえ、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。
WRITTEN BY
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員 / SRP認証番号 第160175号