| 裁判例解説 休職・復職 「復職後すぐ欠勤したら前後の休職を通算」は通用するか? ―― 休職中断規定の適用を否定し自然退職を無効とした東京地裁判決 公開日:2026年8月|社会保険労務士法人T&M Nagoya |
| おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。 今回は、私傷病休職から復職した従業員がわずか1週間で再び欠勤に入ったケースで、会社が就業規則の「休職期間の通算規定(中断規定)」を根拠に自然退職扱いとしたところ、東京地裁がその適用を否定し、自然退職を無効として1000万円を超えるバックペイの支払いを命じた裁判例を取り上げます。休職制度を持つすべての会社にとって、就業規則の「条文の書き方」がそのまま勝敗を分けることを示す事案です。 |
| 📌 この記事の要点 ・うつ状態で休職した従業員が、休職期間満了の翌日に復職し、約1週間後に再び欠勤。会社は中断規定(前後の休職期間の通算規定)を根拠に自然退職扱いとした ・東京地裁は、中断規定の対象は「休職期間の途中で復職した者」であり、期間を使い切って満了後に復職した本件労働者には適用できないと判断 ・会社が主張した中断規定の「類推適用」も否定。自然退職という重大な効果を生じさせる規定は、適用範囲の安易な拡張に慎重であるべきとした ・試し出社を経て通常出社を認めていた会社の対応から、復職の承認は明らかと評価され、「休職事由は消滅していない」という会社の主張も退けられた ・自然退職は無効となり、地位確認に加え、月額36万円(中間収入控除後)・賞与を含む1000万円超のバックペイ支払いが命じられた |
| 【情報源について】本稿は労働新聞(令和8年8月17日第3557号2面)の報道に基づいています。本稿執筆時点で判決文の全文および事件名・判決年月日は確認できていないため、事実関係は報道内容の範囲で記載しています。判決文が公開された場合、詳細が異なる可能性があります。 |
| 1. 事案の概要 ―― 満了翌日に復職、1週間後に再欠勤 |
| 本件の労働者は、令和5年5月22日、ペットフードの輸入販売などを営む東京都内の会社と労働契約を締結しました。賃金は月額60万円で、固定の賞与を在籍に応じて6月に2.25カ月分、12月に3.15カ月分支払う内容でした。 入社から約3カ月後の同年8月31日、労働者はうつ状態で2カ月間の自宅療養が必要と診断されます。会社は9月8日から10月31日までの休職を命じ、休職期間は最終的に令和6年3月7日まで延長されました。就業規則上、私傷病休職の期間は勤続3カ月以上1年未満の場合6カ月と定められていました。 |
|
| 労働者は、自然退職は無効であるとして、労働契約上の地位確認とバックペイの支払いを求めて提訴しました。 |
| 2. 争点 ―― 会社の二段構えの主張 |
| 会社側の主張は二段構えでした。 主位的主張は、休職期間満了日である令和6年3月7日の時点で休職事由(うつ状態による労務提供不能)が消滅していなかった、というものです。これが認められれば、就業規則の定めどおり満了による自然退職が成立します。 予備的主張が本件の中心論点です。この会社の就業規則には、休職期間の途中で復職した従業員が同一・類似の私傷病で再び休職した場合、前後の休職期間を通算するという規定(いわゆる中断規定・通算規定)がありました。会社は、労働者が復職後わずか1週間で同一の私傷病により欠勤に入った以上、この規定により前後の期間が通算され、令和6年3月12日に自然退職が成立していると主張しました。さらに、仮に文言上直接適用できないとしても、規定の趣旨を踏まえて類推適用すべきだと訴えました。 |
| 💡 中断規定(休職期間の通算規定)とは 私傷病休職から復職した従業員が、短期間で同一・類似の傷病により再度休職するケースに備え、「復職前の休職期間と復職後の休職期間を通算する」旨を就業規則に定めるものです。特にメンタルヘルス不調では回復と再発を繰り返すことが少なくないため、形式的な復職により休職期間がリセットされ、休職と復職が際限なく繰り返される事態を防ぐ目的で、多くの会社が導入しています。本件は、この規定の「書き方」が問われた事案です。 |
| 3. 裁判所の判断 ―― 直接適用も類推適用も否定 |
| 東京地裁(松下絵美裁判官)は、自然退職を無効と判断し、地位確認とバックペイの支払いを命じました。判断のポイントは3つです。 (1)休職事由は満了日に消滅していた 主位的主張について裁判所は、会社の対応から、労働者の復職を承認していたことは明らかであると強調しました。労働者は復職可能とする診断書を提出し、産業医面談と試し出社を経て、3月8日以降は通常出社しています。裁判所は、試し出社の終了日である3月7日(=休職期間満了日)に休職事由は消滅していたと評価しました。復職を認めて通常勤務させておきながら、後から「満了時点で休職事由は消滅していなかった」と主張することは通らなかったわけです。 (2)中断規定は「満了後に復職した者」には適用できない 予備的主張について裁判所は、中断規定の適用対象は「休職期間の途中において復職した者」であるところ、本件労働者は休職期間を使い切り、満了日の翌日である3月8日に復職しているため、規定の適用は認められないとしました。復職後1週間で再度欠勤に入ったとしても、前後の休職期間は通算できないと明言しています。 (3)類推適用も否定 ―― 「あえてこの文言にした以上」 類推適用の主張に対する判示が、実務上最も重要です。裁判所は、休職と復職の繰り返し一般に自然退職を認める趣旨であれば、適用対象者を「復職した者」と定めればよいのに、あえて「休職期間の途中において復職した者」という規定にしている以上、休職と復職が繰り返された場合一般に自然退職を認める趣旨とはいえない、と述べました。そのうえで、自然退職という効果を発生させることに照らしても、適用範囲の安易な拡張には慎重になるべきだとしています。 |
| 認容されたバックペイは、中間収入を控除した後の額として、令和6年6月から判決確定日まで毎月36万円、賞与は令和6年上期から令和7年下期までの確定分244万6600円、令和8年下期分以降は判決確定日まで毎年12月に189万円、令和9年上期分以降は6月に135万円という内容で、報道によれば総額は1000万円を超えます。月額60万円という賃金水準もあり、自然退職の判断を誤ったことによる経済的インパクトの大きさが際立つ事案です。 |
| 4. 当法人の視点 ―― 就業規則の「一文の差」が1000万円の差になる |
| 本判決から経営者・人事担当者が学ぶべきことは、大きく3点あると考えます。 第一に、通算規定の文言を点検することです。本件の会社は中断規定を持っていたにもかかわらず、その適用対象が「休職期間の途中において復職した者」に限定されていたために、満了ぎりぎりまで休職して復職したケースをカバーできませんでした。裁判所が示したとおり、自然退職という重大な効果を伴う規定は限定的に解釈され、類推適用による救済は期待できません。復職の時期を問わず通算したいのであれば、その旨を規定の文言に正面から書き込んでおく必要があります。あわせて、通算の対象期間(復職後何カ月以内の再休職を通算するか)、対象傷病の範囲(同一・類似傷病の判断方法)も具体化しておくべきです。 第二に、復職承認の判断は「後から取り消せない」前提で行うことです。本件では、診断書・産業医面談・試し出社という手順を踏んで通常出社を認めた以上、「実は休職事由は消滅していなかった」という主張は通りませんでした。復職可否の判断に不安が残るのであれば、試し出社の段階で復職基準(安定出勤・業務遂行レベル)を明確にし、基準を満たさない場合は復職を承認せず休職期間の延長等を検討する、という運用を復職前に行う必要があります。承認後に巻き戻すことはできません。 第三に、復職直後の再欠勤への対応手順をあらかじめ設計しておくことです。メンタルヘルス不調では、復職後の短期間での再欠勤は珍しくありません。通算規定が機能しない場合、再度の欠勤は新たな休職事由の発生として扱わざるを得ず、休職発令からやり直すことになります。その場合の休職期間の設定、勤続年数の起算、休職発令の手続(書面交付・期間と満了日の明示)を就業規則と運用マニュアルの両面で整えておくことが、紛争予防の要になります。 |
| ✅ 休職制度・通算規定のチェックポイント □ 通算規定の適用対象が「休職期間の途中で復職した者」に限定されていないか(満了後の復職もカバーする文言か) □ 通算の対象期間(復職後何カ月以内)と対象傷病(同一・類似の判断基準)を具体的に定めているか □ 復職の判断基準(安定出勤・従前業務の遂行可能性)を明文化し、試し出社の位置づけ(休職期間中の扱いか否か)を規定しているか □ 復職承認の手順(診断書・産業医意見・面談・書面での承認)を運用として固めているか □ 復職後に再欠勤が生じた場合の対応フロー(受診指示・再休職発令の手続)を設計しているか □ 休職期間満了時の取扱い(自然退職か解雇か)と通知の方法・時期を規定と運用の両面で整えているか |
| 当法人では、休職・復職をめぐる制度設計と紛争予防を支援しています。本件のような通算規定の点検を含む休職制度設計・支援、規定全体の見直しを行う就業規則作成・改訂、すでに紛争化のおそれがある事案への労働紛争解決支援をご用意しています。 |
| 休職制度・就業規則のご相談はこちら |
| 【根拠法令・参考】 ・労働契約法第7条(就業規則の合理性・周知)、第16条(解雇権濫用法理) ・東京地裁判決(松下絵美裁判官。事件名・判決年月日は本稿執筆時点の報道では特定されていません) ・出典:労働新聞 令和8年8月17日第3557号2面(労働新聞社) ・参考:片山組事件(最高裁第一小法廷 平成10年4月9日判決)※復職可否の一般的判断枠組み ※ 本記事は執筆時点の報道情報に基づく一般的な解説であり、個別の事案への適用を保証するものではありません。実際の対応にあたっては、就業規則の規定内容・事実関係に応じた個別の検討が必要です。具体的な事案については専門家にご相談ください。 |
| 執筆者 三重英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員 SRP認証番号第160175号 |