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作成日:2026/08/21
【裁判例】日本ヒューレット・パッカード事件(最高裁平成24年4月27日判決) 精神的不調による40日の欠勤を「無断欠勤」として諭旨退職 ── 最高裁が示した「懲戒の前にやるべきこと」
裁判例解説

日本ヒューレット・パッカード事件(最高裁平成24年4月27日判決)
精神的不調による40日の欠勤を「無断欠勤」として諭旨退職
── 最高裁が示した「懲戒の前にやるべきこと」


公開日:2026年8月21日|社会保険労務士法人T&M Nagoya
📌 この記事の要点

・被害妄想等の精神的不調を抱えた社員が、理由を告げたうえで約40日欠勤し、会社が「無断欠勤」を理由に諭旨退職処分とした事案
・最高裁は「処分が重すぎる」ではなく、そもそも懲戒事由に該当しないと判断し、処分を無効とした
・使用者は懲戒の前に、精神科医による健康診断の実施等を経て、治療勧奨・休職等の対応を検討すべきと判示
・診断書が出ないケースこそ「会社から動く」必要がある。受診命令規定の整備と対応記録の保存が実務の要
本記事の信頼度:85% 判決年月日・事件番号・法廷・結論・判旨の中核部分は、全国労働基準関係団体連合会(全基連)の判例情報ほか複数の独立した情報源で確認済みです。就業規則の条文内容・下級審の経過は弁護士・社労士の解説(二次情報)ベースで補足し、【解説ベース】と明記しています。確認できなかった数値は「不明」と明記し、実務への示唆は当法人の見解として【私見】ラベルを付しています。
はじめに ── 「出社しない社員」に、会社はどこまで踏み込めるのか
中小企業の経営者や人事担当者にとって、対応を誤ると最も高くつく問題のひとつが「出社しなくなった社員」への対応です。

診断書が提出されて休職制度に乗せられる、あるいは本人が退職を申し出る──事情が単純であれば話は早いのですが、現場で実際に起きるのは、そうしたきれいな事案ばかりではありません。

・本人は「自分は病気ではない」と言う
・しかし主張している内容が、客観的には事実と食い違っている
・会社が調査しても、本人の言う「被害」は確認できない
・本人は「この問題が解決するまで出社しない」と宣言し、実際に来なくなる
・診断書は出てこない

こうなると、労務担当者の頭には「これは無断欠勤ではないのか」「就業規則の懲戒事由に該当するのではないか」という発想が浮かびます。実際にそう処理した会社があり、その処分が最高裁まで争われました。それが本日取り上げる日本ヒューレット・パッカード事件(最高裁第二小法廷 平成24年4月27日判決・平成23年(受)第903号・集民240号237頁)です。【事実】

結論から言えば、会社は負けました。しかも最高裁は、単に「処分が重すぎる」と言ったのではありません。「懲戒処分をする前に、会社にはやるべきことがあった」と述べたのです。この判断枠組みは、施行から10年を超えたストレスチェック制度や、2026年10月に施行が迫るカスタマーハラスメント対策の義務化とも地続きの、いまなお現役の実務基準です。【事実】
1. 事案の概要
1-1. 当事者と背景

Xは、コンピュータ関連企業であるY社のシステムエンジニアとして勤務していました。【事実】

Xは、ある時期から、自分が加害者集団から盗撮・盗聴によって約3年間にわたり監視され、そこで収集された情報を使って職場でほのめかし等の嫌がらせを受けている、という認識を持つようになります。【事実】

これは、客観的には事実として存在しない事柄でした。Xは被害妄想などの精神的な不調を抱えていたと認定されています。【事実】

1-2. 会社への申告と、その後の経緯

Xは会社に対し、この「嫌がらせ」について調査を求めました。会社は対応しましたが、Xはその結果に納得しませんでした。【事実】

そしてXは、「自分自身が問題が解決したと判断できない限り出勤しない」旨をあらかじめ会社に伝えたうえで、保有する年次有給休暇をすべて取得し、その後、約40日間にわたって欠勤を続けました。【事実】

なお、複数の判例解説によれば、Xは有給休暇の残日数が少なくなった段階で会社に休職を認めるよう求めましたが、会社はこれを認めず、有給休暇消化後に出勤しない場合は欠勤扱いとなる旨を告げていたと紹介されています。【解説ベース】

ここが本件のポイントです。Xは黙って来なかったのではありません。「こういう理由で出社しない」と会社に告げたうえで休み続けたのです。

1-3. 会社の対応 ── 諭旨退職処分

会社は、この約40日間の欠勤を「正当な理由のない無断欠勤」にあたるとして就業規則所定の懲戒事由に該当するものと判断し、Xに対して諭旨退職の懲戒処分を行いました。【事実】

複数の判例解説によれば、根拠とされた懲戒事由は、就業規則51条の「正当な理由なしに無断欠勤引き続き14日以上に及ぶとき」という規定であったと紹介されています。【解説ベース】

Xは、この処分の無効を主張し、労働契約上の地位確認と賃金・賞与等の支払いを求めて提訴しました。事件名が「地位確認等請求事件」となっているのはこのためです。【事実】
2. 争点
本件の争点は、突き詰めれば次の一点に集約されます。
精神的不調を抱えた労働者が、理由を告げたうえで長期間出社しない場合、それを「正当な理由のない無断欠勤」として懲戒処分の対象にできるか。
会社側の理屈はシンプルです。

・就業規則には無断欠勤に関する懲戒事由がある
・Xの言う「嫌がらせ」は事実無根であり、欠勤の「正当な理由」にならない
・診断書も提出されていない以上、病気による欠勤とも扱えない
・したがって「正当な理由のない欠勤」であり、懲戒事由に該当する

一見、筋が通っているように見えます。実際、この論法で処理している企業は少なくないと考えられます。【推測】

これに対し労働者側は、Xが精神的不調のために出社できなかったのであり、それを無断欠勤と評価するのは誤りである、と主張しました。

なお、下級審の経過について、判例解説では、第一審はXの請求を概ね棄却(会社側勝訴)し、控訴審で逆転して労働者側勝訴となり、会社が上告したものと紹介されています。【解説ベース】
3. 最高裁の判断
3-1. 結論

最高裁第二小法廷は、会社の上告を棄却しました。諭旨退職処分は無効であり、Xの労働契約上の地位が認められる、という労働者勝訴の結論です。【事実】

3-2. 判旨の中核 ── 「懲戒の前に、まず健康診断」

最高裁が示した判断の核心部分は、次の趣旨のものです。【事実】
精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、使用者としては、精神科医による健康診断を実施するなどした上で、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきである。
そして最高裁は、会社がこうした対応を採ることなく直ちに懲戒処分に踏み切った点を捉え、その対応は適切なものとはいい難いと評価しました。その結果、本件欠勤は就業規則にいう正当な理由のない無断欠勤には当たらず、懲戒事由が存在しないという結論に至っています。【事実】

3-3. この判旨が「重い」理由

ここは丁寧に読む必要があります。最高裁は、懲戒権濫用(労働契約法15条)の問題として「処分が重すぎる」と言ったのではありません。そもそも懲戒事由に該当しない、つまり入口の段階で会社が負けている、と言っているのです。【事実】

なぜそうなるのか。最高裁の論理を敷衍すると、こうなります。【私見】

「正当な理由がない」かどうかは、労働者の言い分の内容が客観的に正しいかどうかだけで決まるのではない。その言い分が精神的不調に由来しているのであれば、欠勤の原因は「わがまま」ではなく「健康状態」である。そして労働者の健康状態を把握する手段を持っているのは、労働安全衛生法上の健康管理の責務を負う使用者の側である。会社がその手段(受診指示・産業医面談等)を尽くさずに、「本人が病気だと証明しなかった」ことを理由に無断欠勤と決めつけることは許されない──という発想です。【私見】

つまり本判決は、「精神的不調の疑いが具体的に認められる場面では、労働者の健康状態を確認するための対応コストは使用者が負う」という考え方を示したものと理解できます。【私見】
4. 実務への示唆 ── 経営者・人事担当者に伝えたい5点
4-1. 「診断書が出ないから休職にできない」は危険な発想である

多くの就業規則は、休職の発令要件を「私傷病により欠勤が引き続き○か月に及んだとき」等と定め、実務上は診断書の提出を前提に運用されています。

しかし本判決の射程は、「診断書が出てこないケースこそ問題になる」という点にあります。本人に病識がなければ、そもそも受診しないのですから診断書は出てきません。診断書待ちで放置し、そのうち「無断欠勤が続いている」という理由で懲戒に踏み切る──これが最高裁に否定された経路です。【事実】

「診断書が出ないときこそ、会社から動く」という原則を押さえておくべきです。【私見】

4-2. 受診指示の根拠を就業規則に置いておく

会社が労働者に受診を求める根拠としては、労働安全衛生法66条に基づく健康診断のほか、就業規則における受診命令(会社の指定する医師の診断を受けさせることができる旨)の規定が実務上きわめて重要です。

規定がない状態で受診を求めても、本人が拒否すれば手詰まりになりかねません。就業規則に次のような条項を置いておくことを、規程整備の場面で検討すべきです。【私見】
✓ 就業規則に置いておきたい受診命令条項の例

・会社は、心身の不調により労務提供に支障があると認められる従業員に対し、会社の指定する医師の受診を命じることができる
・従業員は正当な理由なくこれを拒んではならない
・会社は当該医師から必要な範囲で意見を聴取することができる
4-3. 産業医・精神科医の関与を「記録として残す」

本判決が求めているのは、精神科医による健康診断の実施「など」の対応です。実務では、次の流れを書面・メールで残すことが決定的に重要になります。【私見】
@ 本人の言動から精神的不調が疑われることを認識した日時と内容
A 産業医面談または会社指定医の受診を求めた事実(日付・方法)
B 本人の対応(応じた/拒否した/連絡が取れない)
C 医師の意見(就業可否・配慮事項)
D 休職発令、または休職に至らなかった理由
紛争になったとき、会社が「やるべきことをやった」と主張できるかどうかは、この記録の有無で決まります。【私見】

4-4. 「無断欠勤」という評価を安易に使わない

本件でXは、出社しない理由を会社に伝えていました。それでも会社は「正当な理由のない無断欠勤」と評価しました。

実務上の教訓は明快です。理由の告知がある欠勤を「無断欠勤」と評価するのは、それ自体がリスクを孕むということです。まして、その理由が精神的不調をうかがわせる内容であればなおさらです。【私見】

懲戒処分の起案書に「無断欠勤」と書く前に、「本人は何と言って休んでいるのか」「その言い分は健康問題を示唆していないか」を必ず確認すべきです。【私見】

4-5. ストレスチェック全事業場義務化とセットで整備する

改正労働安全衛生法(2025年5月公布)により、ストレスチェックの実施義務は50人未満の事業場にも拡大されます(施行日は公布後3年以内の政令で定める日)。【事実】今後、「不調のサインを会社が知り得た」と評価される場面は確実に増えると考えられます。【推測】

本判決の求める対応は、要するに「不調に気づいたら医療につなぐ」というルートを社内に用意しておくことです。ストレスチェック体制の整備は、その第一歩として位置づけられます。【私見】
5. 確認できなかった点(正直に記します)
正確性を重視する立場から、本記事の調査で一次情報(判決文原文)による裏付けが取れなかった事項を明示します。

@ 第一審・控訴審の判断内容の詳細
判例解説では第一審が労働者側敗訴、控訴審で逆転勝訴と紹介されていますが【解説ベース】、各審級の判決年月日・認定事実の細部・理由づけの違いは判決文原文で確認できていません。

A 就業規則の懲戒事由の正確な条文文言
「無断欠勤引き続き14日以上」の要件を含む規定と複数の解説で紹介されていますが【解説ベース】、条文の全文は確認できていません。

B 認容された賃金・賞与の具体的金額および遅延損害金の範囲
確認できませんでした。現時点では不明です。

C 裁判所ウェブサイトの当該裁判例ページのURL
本記事執筆時点で、裁判所の裁判例検索の該当個別ページへの直接アクセスによる内容確認ができませんでした。裁判例検索のトップページから事件番号(平成23年(受)第903号)で検索していただければ到達できます。

なお、同じ「日本ヒューレット・パッカード」を当事者名とする別事件(解雇をめぐるもの。東京高裁平成25年3月21日判決とされます)が存在します。【事実・要確認】本記事が扱っているのは平成24年4月27日最高裁判決(諭旨退職・地位確認等請求事件)であり、混同しないようご注意ください。
6. まとめ
精神的不調が疑われる労働者の欠勤に対して、会社がまず用意すべきは「懲戒規程」ではなく「医師につなぐ手続」である。
この判決は平成24年のものですが、その実務的な射程はむしろ現在のほうが広がっています。メンタル不調を理由とする休職・復職の紛争は増加傾向にあり、精神障害の労災請求件数(令和7年度4,958件)・認定件数(同1,082件)はいずれも過去最多を更新しています。【事実】「本人が病気だと言わないから、こちらは病気として扱わない」という姿勢は、もはや通用しません。【私見】

「あの社員、理由も言わずに来ないんですよ」という場面に直面したとき、まず確認すべきは欠勤日数ではありません。本人が何を訴えているのか、そこに健康問題のサインはないかです。そこを飛ばして懲戒に進めば、本件と同じ道をたどることになります。

当法人では、休職制度の設計・運用支援、受診命令規定を含む就業規則の作成・改訂、メンタルヘルス事案を含む労働紛争の解決支援を通じて、こうした場面での初動から制度整備までを一貫してサポートしています。
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■ 根拠法令・参考資料

・日本ヒューレット・パッカード事件(最高裁第二小法廷 平成24年4月27日判決・平成23年(受)第903号・集民240号237頁)
・労働契約法15条(懲戒)
・労働安全衛生法66条(健康診断)
・全国労働基準関係団体連合会(全基連)「日本ヒューレット・パッカード事件」判例情報
 https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/08877.html
・裁判所「裁判例検索」(事件番号「平成23(受)903」で検索可能)
 https://www.courts.go.jp/hanrei/search1/index.html
・厚生労働省「令和7年度 過労死等の労災補償状況」(2026年7月15日公表)
【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際の対応にあたっては、事案の具体的事情を踏まえ、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。判例の評価・実務への示唆に関する部分には筆者の見解(【私見】【推測】)が含まれます。就業規則の条文内容・下級審の経過等、【解説ベース】と付記した事項は弁護士・社労士の解説記事に基づく情報であり、判決文原文による確認は行えていません。本記事の内容は公開日時点の情報に基づいています。
執筆者
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
経営心理士/経営法曹会議賛助会員/SRP認証番号第160175号
中小企業の労務管理・就業規則整備・労働紛争対応・IPO労務監査を中心に、経営者に伴走する実務支援を行っています。