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おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。
はじめに ― 「施設に入ったのだから、もう介護休業は要らないでしょう」介護休業のご相談で、人事のご担当者から必ずと言ってよいほど出てくるのが、この一言です。
一見、筋が通っているように聞こえます。介護休業は「介護のための休業」なのだから、介護の実作業がなくなれば休業の理由も消える――という理屈です。 しかしこの理屈を、東京地裁は正面から否定しました。本日取り上げるファーストリテイリング事件(東京地判 令和7年9月12日)です。 2025年4月・10月と段階的に施行された改正育児・介護休業法により、介護離職防止の措置義務が大きく強化されたいま、企業が最も踏みやすい地雷を具体的に示した事案として、押さえておく価値は高いと考えます。 1.事案の背景【事実】 労働新聞社の判例データベース掲載記事によれば、事案の骨格は次のとおりです。
【推測】 原告は私傷病休職を経ており、そのうえで介護休業に入っています。休職期間の満了と介護休業の終了が近接した時期に重なったことが、「復職できないまま自然退職」という結末につながったものと推測されます。ただし、就業規則上の自然退職条項と介護休業の終了とが具体的にどう連動していたのかは、確認できた資料からは判然としません。 2.争点 ― 「介護の必要性」は施設入所で消えるのか争点@:対象家族が介護施設に入所した場合、介護休業の要件は失われるか【事実】 育児・介護休業法上の「要介護状態」とは、負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態を指します(厚生労働省「仕事と介護の両立」)。施設に入所し専門職による常時のケアが提供される以上、労働者本人が介護を担う必要はなくなった――というのが会社側の理解だったと考えられます。 争点A:会社が延長を認めなかったこと自体が違法か【事実】 育児・介護休業法は、介護休業の申出を拒むことを原則として禁じており、休業の申出・取得を理由とする不利益取扱いも禁止しています。会社の通知が、この法の構造に照らしてどう評価されるかが問われました。 争点B:自然退職扱いの前提は整っていたか【事実】 労働新聞社の判例要旨によれば、本件では原告が休業を申請しないまま欠勤となったものの、会社は休職を発令していなかったとされています。私傷病休職の期間満了を根拠とする自然退職扱いは、その前提となる休職発令があってはじめて成り立つため、この点も判断対象となったものと理解できます。 3.東京地裁の判断【事実】 東京地裁は原告の主張を認め、労働契約が存続していることを認めたうえで、会社に慰謝料20万円の支払いを命じました。 (1) 施設入所しても、介護の必要性は失われない裁判所は、対象家族が介護施設に入所したとしても、介護の必要性が失われるわけではないと判示しました。 これは実務感覚としても納得のいく判断です。施設入所は「介護の終わり」ではありません。入所の手続、費用負担の調整、ケアプランの確認、面会、体調急変時の対応、医療機関との連携、そして施設との相性が合わなかった場合の再調整――施設に入っても、家族が担うべき役割は数多く残ります。 (2) 介護休業は「介助作業をするための休み」ではない【事実】 介護休業が「対象家族1人につき通算93日」という、実際の介護期間としては明らかに短い日数に設定されているのは、労働者自身が93日で介護を終えることを想定しているからではありません。93日の間に、介護保険サービスの申請・ケアマネジャーとの調整・施設の選定といった「体制構築」を行い、その後は働きながら介護を続けられる状態をつくることが制度の狙いです。 【私見】 つまり、施設入所は介護休業の目的の「達成」ではなく、体制構築のプロセスの一部です。入所直後こそ、手続や環境調整で最も手がかかる時期でもあります。会社の「施設に入ったから休業は不要」という理解は、制度趣旨を正反対に読み違えたものだったことになります。 (3) 会社の通知は「休業を違法に妨げる」不法行為【事実】 そのうえで裁判所は、会社が施設入所を理由に延長が認められない旨を通知したことを、休業を違法に妨げる行為と評価し、不法行為等の成立を認めました。慰謝料20万円は、この違法な妨害に対する損害賠償です。 (4) そもそも休職が発令されていなかった
4.確認できなかった点(正直に記します)本記事の作成にあたり、以下の点は確認できませんでした。この限界を前提にお読みください。
5.実務への示唆(1)「施設に入ったから休業は終わり」という運用は、そのまま違法リスクになる【事実】 本判決が最も明確に否定したのはこの運用です。介護休業の期間中に対象家族が施設入所したという事実だけを理由に、休業の終了・延長不承認・復職命令を行うことは、少なくとも本判決の枠組みでは違法と評価され得ます。 【私見】 人事のご担当者から「施設に入ったのだから」と言われたら、まず「入所の手続や環境調整はもう終わっていますか」と確認すべきです。入所は介護のゴールではなく、多くの場合は最も慌ただしい局面の入口です。 (2) 就業規則の「介護休業の終了事由」を点検する【事実】 育児・介護休業法施行規則は、介護休業の終了事由として「対象家族の死亡」「離婚・婚姻の取消し・離縁等による親族関係の消滅」などを定めていますが、「対象家族の施設入所」は終了事由として掲げられていません。 【私見】 ところが実務では、就業規則や社内マニュアルに「対象家族が入院・入所したときは介護休業を終了する」といった独自の終了事由を書き込んでいる例が散見されます。これは法定基準を下回る定めであり、本判決を踏まえれば紛争の火種になります。 (3) 私傷病休職と介護休業が重なる局面を、あらかじめ設計しておく【私見】 中高年層では、自身の健康問題と親の介護が同時期に押し寄せることは珍しくありません。にもかかわらず、多くの就業規則は「私傷病休職」と「介護休業」を別々の条文で規律したまま、両者が重なったときの処理を定めていません。最低限、次の点は明文化しておくべきです。
(4) 2025年施行の改正育介法との接続を意識する【事実】 2025年4月1日施行の改正育児・介護休業法により、介護に直面した旨の申出をした労働者への個別周知・意向確認、40歳到達時等の早期の情報提供、雇用環境の整備(介護休業に関する研修・相談体制の整備等のうちいずれかの措置)が事業主の義務となりました。あわせて介護休暇の取得要件が緩和され(勤続6か月未満を労使協定で除外できなくなる)、介護のためのテレワーク導入が努力義務化されています。 【私見】 本件の会社の対応は、この「個別周知・意向確認」の趣旨とも整合しません。改正法は、労働者が介護休業等を「使える」状態にすることを事業主に求めています。にもかかわらず、実際の申出局面で「施設に入ったから不要でしょう」と会社側の判断で打ち切ってしまえば、法が整備を求めた仕組みは空洞化します。 介護休業の要件充足を判断する主体は、会社ではありません。要介護状態にある対象家族を介護するために休業を申し出た労働者に対し、事業主は原則として申出を拒めないというのが法の建て付けです。会社が独自に「介護の必要性」を評価して門前払いすることは、制度の設計そのものに反します。 (5) 慰謝料20万円という金額をどう読むか【私見】 20万円という金額だけを見れば、企業にとって大きな負担ではないように映るかもしれません。しかし本件で企業が実際に負ったコストは、慰謝料ではありません。労働契約が存続していると認められたことにより、自然退職扱いとした時点以降の賃金支払義務が復活することこそが、経済的にははるかに重い帰結です(認容された賃金相当額の具体的な数額は確認できていません)。「20万円で済んだ事案」ではなく、「自然退職扱いが覆った事案」として読むべきです。 6.まとめ
介護離職の防止は、いまや国の労働政策の中心的な課題の一つです。制度は整備されました。次に問われるのは、その制度を現場の管理職・人事担当者が正しく理解しているかです。本判決は、その理解が一歩ずれただけで自然退職扱いが覆り、損害賠償に至ることを具体的に示しました。就業規則と運用実態を、この機会にぜひ点検してください。
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