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作成日:2026/08/07
【裁判例】うつ病の服薬を理由とする退職勧奨は違法? 中倉陸運事件(京都地判令和5年3月9日)に学ぶ「検討プロセス」の重み
裁判例解説 障害者雇用
うつ病の服薬を理由とする退職勧奨は違法?
中倉陸運事件(京都地判令和5年3月9日)に学ぶ「検討プロセス」の重み
2026年8月7日|社会保険労務士法人T&M Nagoya

📌 この記事の要点

・就労開始直後に精神障害3級の記載を知った運送会社が、医師の意見を聴かないまま退職勧奨を行い、裁判所から「障害者への適切な配慮を欠く不法行為」として慰謝料80万円の支払いを命じられた事案です。
・一方で、退職届の提出による退職合意自体は有効とされ、復職(地位確認)と賃金の請求は認められませんでした。「退職は有効、しかし進め方は違法」という切り分けが本判決の核心です。
・違法とされた理由は、障害を知ったことではなく、主治医・産業医など専門家の知見を得て業務への影響を医学的に検討するプロセスを一切踏まなかったことにあります。
・2026年7月から法定雇用率が2.7%へ引き上げられ、従業員37.5人以上の企業に雇用義務が拡大しました。障害者雇用に新たに取り組む中小企業こそ、本判決の教訓を押さえておく必要があります。

2026年7月22日付の日本経済新聞電子版で、うつ病の服薬治療を理由とする退職勧奨の違法性が争われた京都地裁判決(中倉陸運事件・京都地判令和5年3月9日)が取り上げられました。同年7月1日に障害者の法定雇用率が2.7%へ引き上げられ、雇用義務の対象が従業員37.5人以上の企業へ広がった今、中小企業にとって決して他人事ではない裁判例です。

本判決が示したのは、「障害があるから退職勧奨をしてはいけない」という単純なルールではありません。退職合意そのものは有効と認めながら、そこに至る会社の進め方を不法行為と断じた点にこそ、実務上の重要な示唆があります。当法人の視点から、判決の構造と企業が取るべき対応を解説します。

1. 事案の概要 ― 就労開始からわずか6日での退職

原告は大型自動車等の運転免許を持つトラック乗務員で、障害等級3級の精神障害者保健福祉手帳(平成29年交付)を有していました。京都府内の貨物運送会社に4トン車乗務員として採用され、令和2年8月1日から就労を開始しています。判決が認定した経緯は次のとおりです。

時期 経緯
令和2年4月〜6月 ハローワーク経由で応募。職務経歴書に「持病があるため月に1日通院」と記載。体験入社後、営業所長の求めに応じ、うつ病を含む傷病名と「就労可能」の記載がある主治医の診断書を提出。ただし所長はこの診断書を本社への採用協議書に添付しなかった。
令和2年8月1日 就労開始。8月3日・4日も勤務。勤務状況について特段の指摘や指導はなかった。
令和2年8月4日 「精神障害3級」と記載された扶養控除等(異動)申告書を提出。これを知った本社の部長は、医師等の意見を聴かないまま「服薬等があるのであれば雇用継続は難しい」との意向を示し、所長が電話で本人に伝達、退職手続のための出社を求めた。
令和2年8月6日 本人が出社し、貸与品を返還のうえ、退職事由欄に「一身上」と記載した退職届に署名押印して提出。出勤3日分の賃金を受領(報道によれば2万7099円)。
令和3年3月頃 約7か月後、京都地裁に提訴(報道による)。「即日解雇されたが解雇は無効」と主張し、@労働契約上の地位確認、A未払賃金等、B不当解雇または違法な退職勧奨を理由とする慰謝料500万円等を請求。
2. 労使双方の言い分
会社側の主張 労働者側の主張
解雇ではなく、本人が退職届を提出した自主退職である。トラック乗務員は服薬による眠気が安全運転に影響するおそれがあり、副作用のリスクを考慮せざるを得なかった(報道による)。 障害の書類を提出した当日に雇用継続困難と告げられたのだから実質は即日解雇であり、無効である。乗務経験は長く眠気を感じたこともない。障害者への偏見に基づく不当な差別だ(報道による)。
3. 裁判所の判断 ― 「退職は有効、進め方は違法」

京都地裁は令和5年3月9日、次のように判断しました(労働判例1297号掲載)。結論は控訴審(大阪高判令和6年1月19日)を経て確定しています。

争点 裁判所の判断
@ 契約の終了事由 本人が自ら出社して貸与品を返還し、「一身上」と記載した退職届を作成・提出した経緯から、解雇ではなく退職合意が成立したと認定。
A 心裡留保・錯誤 本人は過去の転職でも退職届を提出した経験が複数回あり、退職届の意味を十分理解していたとして、いずれも否定
B 公序良俗違反 退職勧奨の内容・態様・時間等からみて、執拗に迫って退職を余儀なくさせたとまではいえず、自由な意思決定を阻害したとは認め難いとして否定
C 地位確認・賃金請求 労働契約は退職合意により終了しているため、棄却
D 慰謝料請求 退職勧奨は不法行為に該当すると判断し、慰謝料80万円の支払いを命令(請求額500万円の一部認容)。

慰謝料を認めた理由として、裁判所は概要次の点を指摘しています。勤務状況に特段の問題がなかったにもかかわらず、会社は精神障害3級の認定と通院・服薬治療の事実のみをもって、病状の具体的内容や程度はもちろん、主治医や産業医など専門家の知見を得て医学的見地から業務遂行に与える影響を検討することを何ら行わないまま退職勧奨に及んだ。これは障害者である本人に対して適切な配慮を欠き、人格的利益を損なうものであって不法行為を構成する、という判断です。

⚠️ ここを読み違えると危険です

「退職合意は有効だったのだから、結果的に会社の対応は許容されたのだ」と読むのは誤りです。本件で会社は復職・賃金の負担こそ免れましたが、検討プロセスの欠如それ自体が独立の不法行為と評価され、賠償責任を負いました。事案によっては、同様の進め方が退職合意の錯誤取消しや解雇権濫用の認定につながる可能性も否定できません。

4. なぜ違法になったのか ― 問われたのは「結論」ではなく「プロセス」

運送業において、乗務員の服薬と安全運転の関係を懸念すること自体は、事業者として無理からぬ問題意識です。裁判所も、安全への配慮を持つこと自体を非難したわけではありません。問題は、その懸念を「印象」のまま結論に直結させたことです。あるべき対応との対比を整理します。

本件で行われた対応(NG) 判決から導かれる、あるべき対応
障害等級の記載を見た当日に「雇用継続は困難」と方針決定 即断せず、まず本人から病状・服薬内容・業務への影響を丁寧にヒアリングする
主治医・産業医など医師の意見を一切聴かない 本人の同意を得て主治医に照会し、産業医等の専門家の意見をもとに就労可否・必要な配慮を医学的に検討する
勤務状況に問題がなかった事実を考慮しない 実際の勤務実績を踏まえ、業務における支障の有無を見極める期間を設ける
配置転換・業務調整など退職以外の選択肢を検討しない 合理的配慮(乗務ルートや業務内容の調整等)で就労継続が可能かを先に検討し、検討経過を書面に残す

なお、本件では採用選考の過程で、うつ病を含む傷病名が記載された診断書が営業所長に提出されていたにもかかわらず、所長がこれを本社への協議書に添付していなかったという事情も認定されています。社内の情報連携が機能していれば、そもそも「入社直後に本社が初めて知って慌てる」という事態は避けられた可能性があります。健康情報は要配慮個人情報として慎重な取扱いを要しますが、採用判断に必要な情報を適切な権限者間で共有する社内ルールの整備も、本件から得られる教訓の一つです。

5. 法的な枠組み ― 差別禁止と合理的配慮の提供義務

本判決の背景には、障害者雇用促進法が定める2つの義務があります。第一に、事業主は労働者の募集・採用について障害者に均等な機会を与えなければならず(同法34条)、賃金の決定、教育訓練、福利厚生その他の待遇について、障害者であることを理由とする不当な差別的取扱いをしてはなりません(同法35条)。第二に、事業主には、募集・採用時(同法36条の2)および採用後(同法36条の3)において、障害の特性に配慮した必要な措置=合理的配慮を提供する法的義務があります。この義務は「事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるとき」は除かれますが、過重な負担かどうかの判断にも、実態を踏まえた検討の過程が求められます。

つまり法律が事業主に求めているのは、障害を理由に結論を先取りすることではなく、本人との対話と客観的・医学的な検証を通じて、就労継続の可能性と必要な配慮を具体的に検討することです。本判決は、この枠組みの趣旨を退職勧奨の場面に及ぼし、検討を欠いた進め方を不法行為と評価したものと位置づけられます。

6. 2026年7月・法定雇用率2.7%時代の中小企業実務

2026年7月1日から、民間企業の法定雇用率は2.5%から2.7%へ引き上げられ、雇用義務の対象は従業員40.0人以上から37.5人以上の企業へ拡大されました。これまで障害者雇用の経験がなかった中小企業が、新たに雇用義務の対象となるケースが増えています。厚生労働省によれば、全国のハローワークにおける障害者の差別や合理的配慮に関する労使の相談は2025年度に計631件と、2021年度の2.6倍に増加しています(日本経済新聞2026年7月22日付報道による)。

障害者雇用のトラブルを防ぐため、本判決と関連法令から導かれる実務ポイントを整理します。

✓ 障害の申告・発覚時の実務チェックポイント

障害や服薬を知っても、その日のうちに雇用継続の可否を即断しない
本人との丁寧な対話で、病状・服薬・業務への影響・希望する配慮を確認する
本人の同意のうえで主治医・産業医の意見を取得し、医学的見地から就労可否を検討する
実際の勤務状況を観察し、業務における支障の有無を見極める期間を設ける
業務調整・配置転換など退職以外の選択肢(合理的配慮)を先に検討し、経過を記録に残す
健康情報の社内共有ルール(誰が・何を・どこまで)をあらかじめ定めておく
待遇等の重要事項は書面で示し、認識の食い違いを防ぐ

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7. まとめ

中倉陸運事件は、退職勧奨そのものを否定した判決ではありません。退職勧奨は、労働者の自由な意思を抑圧しない相当な方法で行われる限り、直ちに違法とはなりません。しかし障害のある従業員に対しては、医学的検討・本人との対話・代替措置の検討という「プロセス」を欠けば、結論の当否にかかわらず不法行為と評価され得る――これが本判決の教訓です。法定雇用率の引き上げにより障害者雇用が広がるいま、感覚や印象ではなく、検証可能なプロセスに基づく人事判断の体制を整えることが、従業員と会社の双方を守ります。

【本記事の法的根拠】

・中倉陸運事件(京都地判令和5年3月9日・労働判例1297号掲載。控訴審:大阪高判令和6年1月19日を経て確定)
・障害者雇用促進法34条・35条(障害者に対する差別の禁止)
・障害者雇用促進法36条の2・36条の3(合理的配慮の提供義務。過重な負担となる場合を除く)
・障害者雇用促進法に基づく法定雇用率(2026年7月1日から民間企業2.7%・対象事業主は従業員37.5人以上)
・民法709条(不法行為による損害賠償)

【出典・参考】

・日本経済新聞電子版「うつ病服薬で退職勧奨、『副作用で安全運転懸念』障害者への配慮とは」(2026年7月22日)
・厚生労働省「障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関するQ&A【第三版】」(https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001237499.pdf)
・厚生労働省「合理的配慮指針」(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000082153.pdf)
・裁判例の内容は、労働判例誌掲載の判決および複数の弁護士による判例解説をもとに構成しています。判決原文はWeb上で公開されていないため、一部の事実(賃金額・提訴時期・法廷での主張の詳細)は報道に基づく記載であることを明記します。

※本記事は2026年7月23日時点の法令・公表情報に基づいて作成しています。個別の事案への適用にあたっては、必ず専門家にご相談ください。

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執筆者
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)

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