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作成日:2026/07/06
【裁判例】大阪医科薬科大学事件(最三小判令和2年10月13日)と改正ガイドライン「賞与」の注記 ― 「賞与は正社員だけ」が通った理由と、通らなくなる条件
判例解説 同一労働同一賃金 令和8年10月施行改正対応
大阪医科薬科大学事件(最三小判令和2年10月13日)と改正ガイドライン「賞与」の注記
― 「賞与は正社員だけ」が通った理由と、通らなくなる条件
高裁の「60%判決」を覆した最高裁判断の射程を、令和8年10月1日施行の改正指針から読み解きます
アルバイト職員に賞与を支給しないことは不合理か――。大阪医科薬科大学事件(最三小判令和2年10月13日)は、正職員の支給基準の60%を下回る部分を不合理とした大阪高裁判決を覆し、賞与の不支給は「不合理とまでいえない」と判断しました。メトロコマース事件(退職金)と並び、実務に「賞与・退職金は差をつけてよい」という印象を残した判決です。

しかし、令和8年(2026年)10月1日に施行・適用される改正同一労働同一賃金ガイドライン(令和8年厚生労働省告示第203号による改正)は、賞与について「不合理と認められるものに当たりうる」場合を注記として明文化しました。本判決がなぜ会社側の勝訴に終わったのかを事実レベルで正確に理解しないまま「賞与は大丈夫」と考えている企業にとって、この改正は静かなルール変更です。本記事では、判決内容と改正ガイドラインの該当箇所を突き合わせて解説します。
📌 本記事の要点

・最高裁は、時給制アルバイト職員への賞与不支給と私傷病欠勤中の賃金不支給を「不合理とまでいえない」と判断し、正職員の60%を下回る部分を不合理とした大阪高裁判決を破棄した
・決め手は、職務内容・配置変更範囲の相違、登用制度の存在に加え、原告の勤続期間が相当の長期間に及んでいたとはいい難いという個別事情だった
・改正ガイドライン(令和8年10月1日施行)は賞与の(注)を追加し、賞与の性質・目的が非正規労働者にも妥当するのに均衡ある支給がなく、見合いの事情もない場合は「不合理と認められるものに当たりうる」と明文化
・私傷病時の待遇については、「相応に継続的な勤務が見込まれるか」という基準で、本判決と日本郵便(東京)事件の結論の分かれ目が指針上も整理された
1.事案の概要 ― 「60%判決」から最高裁へ
本件の原告は、大学の教室事務員(秘書業務等)として勤務していた時給制のアルバイト職員(有期労働契約)です。平成25年1月に契約期間を同年3月末までとする有期労働契約を締結し、その後1年契約を3度更新しました(更新には5年の上限が設けられていました)が、平成27年3月に適応障害と診断されて以降は出勤せず、欠勤扱いを経て平成28年3月末に退職しました。勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり、欠勤期間を含む在籍期間も3年余り――この事実が、後の最高裁判断で決定的な意味を持ちます。

大学では、正職員には通年で基本給4.6か月分が支給基準となる賞与が支給される一方、アルバイト職員には賞与が支給されず、また私傷病により労務を提供できない正職員には6か月間の給料と、その後の休職期間中の休職給(標準給与の2割)が支給されるのに対し、アルバイト職員にはこれらの支給がありませんでした。原告は、これらの相違が旧労働契約法20条(現・パートタイム・有期雇用労働法8条)に違反すると主張しました。

第一審(大阪地判平成30年1月24日)は請求を退けましたが、控訴審の大阪高裁(平成31年2月15日)は、賞与について正職員の支給基準の60%を下回る部分は不合理であるとする逆転判断を示し、私傷病欠勤中の賃金についても、給料1か月分および休職給2か月分を下回る部分を不合理としました。この「60%判決」の当否が、最高裁で争われたのです。

なお、大阪高裁が不合理と判断した夏期特別休暇の相違と、不合理でないとした基本給(2割程度の相違)については、上告不受理となったため原審の判断がそのまま確定しており、最高裁の判断対象は賞与と私傷病欠勤中の賃金等に絞られていました。夏期特別休暇に関する労働者側勝訴部分が確定している点で、本件も「大学側の全面勝訴」ではありません。
2.最高裁の判断 ― 賞与も私傷病欠勤中の賃金も「不合理とまでいえない」
最高裁第三小法廷は、大阪高裁の判断を覆し、いずれの相違も旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと判断しました。判断の骨子は次のとおりです。
@ 賞与の性質・目的の認定
本件の賞与(正職員には通年で基本給4.6か月分が一応の支給基準とされ、大学の業績には連動しない)は、労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含み、正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力・責任の程度等に照らせば、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保・定着を図る目的から正職員に支給されるものと認定。

A 比較対象は「教室事務員である正職員」
原告が選定した教室事務員の正職員を比較対象としたうえで、正職員の配置された教室には病理解剖の遺族対応や部門間連携を要する業務があり、人事異動の可能性もあるなど、職務の内容および変更の範囲に一定の相違があったと評価。

B その他の事情
教室事務員の正職員が極めて少数にとどまった業務見直しの経緯や、試験による登用制度の存在を考慮。

C 勤続期間 ― 私傷病欠勤中の賃金の判断で決定的に
アルバイト職員は契約期間1年以内で長期雇用を前提とした勤務を予定しているとはいい難く、雇用維持・確保を前提とする制度の趣旨が直ちに妥当するとはいえない。加えて原告は勤続期間が相当の長期間に及んでいたとはいい難く、契約が当然に更新され継続する状況にあったこともうかがわれない。

結論:賞与の不支給も、私傷病欠勤中の賃金の不支給も、不合理とまで評価することはできない。
重要なのは、本判決が「賞与だから差をつけてよい」と述べたわけではないことです。最高裁は、賞与という労働条件が旧労働契約法20条の適用対象になることを前提に、この大学のこの原告については、職務内容等の相違と勤続の実態に照らして不合理とまでいえない、という事案依存的な当てはめを行ったにすぎません。実際、同種の争点で下級審の判断が分かれる例はその後も続いており、賞与の待遇差が常に適法とされたわけではないのです。労働新聞社掲載の経営法曹会議所属弁護士による本判決の解説でも、最高裁は抽象的な「有為人材確保論」ではなく、どのような人事制度のもとでどのような人材の確保を目的とするかまで掘り下げて判断していると指摘されています。
3.【本記事の核心】判決内容と改正ガイドライン該当箇所の対応表
改正ガイドライン(令和8年10月1日施行後のもの)は、本判決の判断構造を次のように条文化しています。
判決の判断要素 改正ガイドラインの該当箇所 指針の規定内容(要旨)
賞与の複合的な性質・目的(労務対価の後払い・功労報償・意欲向上等)に照らした判断 第3の2「賞与」の(注)
【注記を追加】
賞与には労務の対価の後払い、功労報償、生活費の補助、労働者の労働意欲の向上等の様々な性質・目的が含まれうるとしたうえで、その性質・目的が短時間・有期雇用労働者にも妥当するにもかかわらず均衡のとれた賞与を支給せず、かつ、見合いとして労使交渉を経て基本給を高く支給している等の事情もない場合、賞与の相違は「不合理と認められるものに当たりうる」と明記。判決が採った「性質・目的からの判断」を、労働者保護の方向でも機能する形で条文化した規定です
「正職員人材の確保・定着」目的を考慮して不合理性を否定 第3(注)3
【注記を新設】
「通常の労働者としての職務を遂行しうる人材の確保及びその定着を図る」等の目的――本判決由来のフレーズ――があったとしても、その目的があることのみをもって直ちに待遇差が不合理でないと当然に認められるものではなく、客観的・具体的な実態に照らして判断されると明記。本判決を「確保・定着目的と言えば勝てる」と読む誤用を封じる規定です
私傷病欠勤中の賃金の不支給を、勤続期間の短さ等から不合理でないと判断 第3の5⑷「病気休職」
【給与保障の規律を追加】
通常の労働者に病気休職期間の給与保障を行う場合、「労働契約の更新を繰り返している等、相応に継続的な勤務が見込まれる」短時間・有期雇用労働者にも同一の給与保障を要すると規定。継続勤務が見込まれた日本郵便(東京)事件では有給の病気休暇の不支給が不合理とされ、勤続が短期にとどまった本件では不合理とされなかった――この2判決の分かれ目を「継続勤務の見込み」という要件で整理した規定といえます
「将来の役割期待の違い」型の抽象的説明 第2⑵(待遇の決定基準・ルールの相違がある場合の取扱い) 「将来の役割期待が異なるため待遇の決定基準・ルールが異なる」等の主観的・抽象的な説明では足りず、客観的・具体的な実態に照らして不合理なものであってはならないと規定。賞与の待遇差を「期待の違い」の一言で説明する実務を明確に否定しています
4.本判決の「射程」を見誤らない ― 勝敗を分けた3つの事実
本判決で大学側の主張が通った背景には、次の3つの個別事情がありました。自社に同じ事情が揃っているかが、「賞与は正社員だけ」という制度の耐久性を測る物差しになります。

@ 職務内容の実質的な相違。正職員の教室事務員には、病理解剖に関する遺族対応や部門間連携といった、アルバイト職員が担わない業務が現実に存在しました。名目上の区分ではなく、業務の中身の差です。

A 機能している登用制度。職種変更のための試験による登用制度が設けられていたことが「その他の事情」として考慮されました。

B 短い勤続と長期雇用前提の不存在。原告は勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり、契約が当然更新される状況もうかがわれませんでした。逆にいえば、更新を繰り返し長期勤続している非正規社員が相手であれば、同じ結論になった保証はありません。実際、賞与の不支給を不合理と判断した下級審裁判例もその後現れており、「本判決があるから安心」とはいえない状況です。

改正ガイドラインの賞与の(注)は、まさにBの裏面――性質・目的が非正規労働者にも妥当する場合――を要件として規定しました。フルタイムで基幹的業務を担い、長期勤続している非正規社員に賞与を一切支給しない運用は、10月以降、指針の文言に照らして説明を求められる典型場面になります。
5.10月1日までの実務チェックポイント
✓ Check 1 賞与の「性質・目的」を規程レベルで定義する
自社の賞与は業績連動の成果配分か、基本給連動の後払い的性格か、功労報償か。性質・目的の定義が、待遇差の説明の出発点です。定義がないまま「正社員のみ支給」としている場合、改正指針の(注)に照らした説明が困難になります。
✓ Check 2 「全員一律に何らかの賞与」型の運用は最も危険
ガイドラインは、通常の労働者には職務内容や貢献等にかかわらず全員に何らかの賞与を支給している一方で、短時間・有期雇用労働者には支給していないケースを「問題となる例」として掲げています。貢献に応じた支給という建前と、実際の一律支給の運用が乖離していないかを確認してください。
✓ Check 3 私傷病時の待遇を「継続勤務の見込み」軸で点検する
病気休職・病気休暇の給与保障は、更新を繰り返す非正規社員には正社員と同一の保障が求められる規律になりました。休職制度の適用範囲・保障内容を雇用区分ごとに整理し、継続勤務の見込まれる非正規社員が漏れていないかを確認してください。休職制度の設計は休職制度設計・支援サービスでもサポートしています。
✓ Check 4 説明の「素材」を判決の判断要素に沿って揃える
本判決の判断要素――職務内容の実質的相違・配置変更範囲・登用制度の運用実績・勤続実態――は、そのまま待遇差説明の素材リストです。雇入れ時の明示義務化(令和8年10月1日以降の新規雇入れから適用)により説明を求められる場面は増えます。項目ごとの説明文書を事前に整備しておきましょう。
6.まとめ ― 3判決×改正ガイドラインを一つの地図に
大阪医科薬科大学事件は、賞与の待遇差を許容した判決ではなく、「職務・登用・勤続の実態が揃った事案では不合理とまでいえない」とした事例判断です。改正ガイドラインは、その判断枠組みを条文化すると同時に、実態が逆方向の事案――性質・目的が非正規労働者にも妥当する場合――では不合理たりうることを明文で示しました。

日本郵便事件(手当・休暇)、メトロコマース事件(退職金)、そして本件(賞与)。令和2年10月の一連の最高裁判決は、令和8年10月1日、一つの改正ガイドラインに合流します。当法人では本件を含む3回のシリーズで判決と改正条文の対応関係を解説してきました。日本郵便事件編メトロコマース事件編とあわせて、自社の待遇点検の地図としてご活用ください。
🔎 本記事の確認状況について
判決内容(判決日・法廷・判断内容・事実関係〔契約更新回数・更新上限・欠勤時期・在籍期間・賞与の支給基準・上告不受理により確定した部分等〕)は、経営法曹会議所属弁護士による労働判例解説(労働新聞社)および判決文の引用を含む複数の専門解説で相互に確認しています。改正ガイドラインの条文内容は、改正後の指針本文(平成30年厚生労働省告示第430号・令和8年厚生労働省告示第203号による改正)に基づいています。賞与の(注)が今回の改正での追加であることは、厚生労働省の審議会資料・公表資料および専門機関の解説を踏まえた整理であり、公開前に厚生労働省公表の新旧対照表との突合をお勧めします。
根拠法令・判例・出典
【法令・指針】
・労働契約法旧20条(平成30年法律第71号による改正前)
・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)8条・9条・14条2項
・短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針(平成30年厚生労働省告示第430号。令和8年厚生労働省告示第203号による改正、令和8年10月1日施行・適用)

【判例】
・大阪医科薬科大学事件(最三小判令和2年10月13日。原審:大阪高判平成31年2月15日、第一審:大阪地判平成30年1月24日)
・メトロコマース事件(最三小判令和2年10月13日)
・日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件(最一小判令和2年10月15日)
・ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件(いずれも最二小判平成30年6月1日)

【一次情報源】
・裁判所ウェブサイト掲載の判決全文(大阪医科薬科大学事件) https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-89767.pdf
・厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html
・厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」(改正後全文・新旧対照表) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html

【参考解説】
・労働新聞社・労働判例解説「大阪医科薬科大学事件(最三小判令2・10・13)」(筆者:石井妙子弁護士〔経営法曹会議〕、労働新聞令和3年1月18日付第3289号掲載)
⚠ 免責事項
本記事は、公開された判例・法令・指針に基づく一般的な情報提供を目的とするものであり、個別具体的な法的助言を構成するものではありません。個別の事案への対応にあたっては、判決原文・改正告示の原文をご確認のうえ、弁護士・特定社会保険労務士等の専門家にご相談ください。本記事の内容に基づく行動により生じた損害について、執筆者および当法人は一切の責任を負いません。
「賞与は正社員だけ」の説明、改正指針の文言に耐えられますか? 当法人が、賞与・退職金・休職制度を含む待遇差の総点検から規程改訂まで一貫してサポートいたします。 無料相談のお申込みはこちら →
執筆者
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員

※本記事の内容は令和8年7月時点の情報に基づいています。法改正や新たな判例により、解釈が変更される可能性があります。
この記事のようなテーマは、問題が表面化する前のご相談が最も解決しやすくなります
社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)は、労働紛争解決20年超・年間350件超の相談対応の経験をもとに、団体交渉・問題社員対応・就業規則設計・IPO/M&A労務監査まで、判断を誤れない局面の労務を企業側の立場で支える社労士法人です。顧問契約では、日々の判断の段階から代表が直接伴走します。
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代表・三重英則(特定社会保険労務士・経営心理士):『IPOの労務監査 標準手順書』(共著)ほか著書・雑誌掲載・セミナー登壇多数。TPM上場準備支援実績。