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| アルバイト職員に賞与を支給しないことは不合理か――。大阪医科薬科大学事件(最三小判令和2年10月13日)は、正職員の支給基準の60%を下回る部分を不合理とした大阪高裁判決を覆し、賞与の不支給は「不合理とまでいえない」と判断しました。メトロコマース事件(退職金)と並び、実務に「賞与・退職金は差をつけてよい」という印象を残した判決です。 しかし、令和8年(2026年)10月1日に施行・適用される改正同一労働同一賃金ガイドライン(令和8年厚生労働省告示第203号による改正)は、賞与について「不合理と認められるものに当たりうる」場合を注記として明文化しました。本判決がなぜ会社側の勝訴に終わったのかを事実レベルで正確に理解しないまま「賞与は大丈夫」と考えている企業にとって、この改正は静かなルール変更です。本記事では、判決内容と改正ガイドラインの該当箇所を突き合わせて解説します。 |
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| 1.事案の概要 ― 「60%判決」から最高裁へ | |||||||||||||||
| 本件の原告は、大学の教室事務員(秘書業務等)として勤務していた時給制のアルバイト職員(有期労働契約)です。平成25年1月に契約期間を同年3月末までとする有期労働契約を締結し、その後1年契約を3度更新しました(更新には5年の上限が設けられていました)が、平成27年3月に適応障害と診断されて以降は出勤せず、欠勤扱いを経て平成28年3月末に退職しました。勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり、欠勤期間を含む在籍期間も3年余り――この事実が、後の最高裁判断で決定的な意味を持ちます。 大学では、正職員には通年で基本給4.6か月分が支給基準となる賞与が支給される一方、アルバイト職員には賞与が支給されず、また私傷病により労務を提供できない正職員には6か月間の給料と、その後の休職期間中の休職給(標準給与の2割)が支給されるのに対し、アルバイト職員にはこれらの支給がありませんでした。原告は、これらの相違が旧労働契約法20条(現・パートタイム・有期雇用労働法8条)に違反すると主張しました。 第一審(大阪地判平成30年1月24日)は請求を退けましたが、控訴審の大阪高裁(平成31年2月15日)は、賞与について正職員の支給基準の60%を下回る部分は不合理であるとする逆転判断を示し、私傷病欠勤中の賃金についても、給料1か月分および休職給2か月分を下回る部分を不合理としました。この「60%判決」の当否が、最高裁で争われたのです。 なお、大阪高裁が不合理と判断した夏期特別休暇の相違と、不合理でないとした基本給(2割程度の相違)については、上告不受理となったため原審の判断がそのまま確定しており、最高裁の判断対象は賞与と私傷病欠勤中の賃金等に絞られていました。夏期特別休暇に関する労働者側勝訴部分が確定している点で、本件も「大学側の全面勝訴」ではありません。 |
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| 2.最高裁の判断 ― 賞与も私傷病欠勤中の賃金も「不合理とまでいえない」 | |||||||||||||||
| 最高裁第三小法廷は、大阪高裁の判断を覆し、いずれの相違も旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと判断しました。判断の骨子は次のとおりです。 | |||||||||||||||
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| 重要なのは、本判決が「賞与だから差をつけてよい」と述べたわけではないことです。最高裁は、賞与という労働条件が旧労働契約法20条の適用対象になることを前提に、この大学のこの原告については、職務内容等の相違と勤続の実態に照らして不合理とまでいえない、という事案依存的な当てはめを行ったにすぎません。実際、同種の争点で下級審の判断が分かれる例はその後も続いており、賞与の待遇差が常に適法とされたわけではないのです。労働新聞社掲載の経営法曹会議所属弁護士による本判決の解説でも、最高裁は抽象的な「有為人材確保論」ではなく、どのような人事制度のもとでどのような人材の確保を目的とするかまで掘り下げて判断していると指摘されています。 | |||||||||||||||
| 3.【本記事の核心】判決内容と改正ガイドライン該当箇所の対応表 | |||||||||||||||
| 改正ガイドライン(令和8年10月1日施行後のもの)は、本判決の判断構造を次のように条文化しています。 | |||||||||||||||
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| 4.本判決の「射程」を見誤らない ― 勝敗を分けた3つの事実 | |||||||||||||||
| 本判決で大学側の主張が通った背景には、次の3つの個別事情がありました。自社に同じ事情が揃っているかが、「賞与は正社員だけ」という制度の耐久性を測る物差しになります。 @ 職務内容の実質的な相違。正職員の教室事務員には、病理解剖に関する遺族対応や部門間連携といった、アルバイト職員が担わない業務が現実に存在しました。名目上の区分ではなく、業務の中身の差です。 A 機能している登用制度。職種変更のための試験による登用制度が設けられていたことが「その他の事情」として考慮されました。 B 短い勤続と長期雇用前提の不存在。原告は勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり、契約が当然更新される状況もうかがわれませんでした。逆にいえば、更新を繰り返し長期勤続している非正規社員が相手であれば、同じ結論になった保証はありません。実際、賞与の不支給を不合理と判断した下級審裁判例もその後現れており、「本判決があるから安心」とはいえない状況です。 改正ガイドラインの賞与の(注)は、まさにBの裏面――性質・目的が非正規労働者にも妥当する場合――を要件として規定しました。フルタイムで基幹的業務を担い、長期勤続している非正規社員に賞与を一切支給しない運用は、10月以降、指針の文言に照らして説明を求められる典型場面になります。 |
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| 5.10月1日までの実務チェックポイント | |||||||||||||||
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| 6.まとめ ― 3判決×改正ガイドラインを一つの地図に | |||||||||||||||
| 大阪医科薬科大学事件は、賞与の待遇差を許容した判決ではなく、「職務・登用・勤続の実態が揃った事案では不合理とまでいえない」とした事例判断です。改正ガイドラインは、その判断枠組みを条文化すると同時に、実態が逆方向の事案――性質・目的が非正規労働者にも妥当する場合――では不合理たりうることを明文で示しました。 日本郵便事件(手当・休暇)、メトロコマース事件(退職金)、そして本件(賞与)。令和2年10月の一連の最高裁判決は、令和8年10月1日、一つの改正ガイドラインに合流します。当法人では本件を含む3回のシリーズで判決と改正条文の対応関係を解説してきました。日本郵便事件編・メトロコマース事件編とあわせて、自社の待遇点検の地図としてご活用ください。 |
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| 根拠法令・判例・出典 | |||||||||||||||
| 【法令・指針】 ・労働契約法旧20条(平成30年法律第71号による改正前) ・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)8条・9条・14条2項 ・短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針(平成30年厚生労働省告示第430号。令和8年厚生労働省告示第203号による改正、令和8年10月1日施行・適用) 【判例】 ・大阪医科薬科大学事件(最三小判令和2年10月13日。原審:大阪高判平成31年2月15日、第一審:大阪地判平成30年1月24日) ・メトロコマース事件(最三小判令和2年10月13日) ・日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件(最一小判令和2年10月15日) ・ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件(いずれも最二小判平成30年6月1日) 【一次情報源】 ・裁判所ウェブサイト掲載の判決全文(大阪医科薬科大学事件) https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-89767.pdf ・厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html ・厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」(改正後全文・新旧対照表) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html 【参考解説】 ・労働新聞社・労働判例解説「大阪医科薬科大学事件(最三小判令2・10・13)」(筆者:石井妙子弁護士〔経営法曹会議〕、労働新聞令和3年1月18日付第3289号掲載) |
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| 代表・三重英則(特定社会保険労務士・経営心理士):『IPOの労務監査 標準手順書』(共著)ほか著書・雑誌掲載・セミナー登壇多数。TPM上場準備支援実績。 |