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| 「非正規社員に退職金を支給しなくても、最高裁がお墨付きを与えた」――メトロコマース事件(最三小判令和2年10月13日)について、実務の現場ではこうした単純化された理解が今も残っています。 しかし、令和8年(2026年)10月1日に施行・適用される改正同一労働同一賃金ガイドライン(令和8年厚生労働省告示第203号による改正)は、これまで原則となる考え方が示されていなかった「退職手当」の項目を新設し、待遇差が「不合理と認められるものに当たりうる」ことを正面から明文化しました。判決を「勝訴事例」としてだけ記憶している企業ほど、この改正の意味を読み違えるおそれがあります。本記事では、メトロコマース事件の判決内容――多数意見だけでなく補足意見・反対意見まで――と、改正ガイドラインの該当箇所を突き合わせて解説します。 |
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| 1.なぜ今、この「会社側勝訴」判決を読み直すのか | |||||||||||||||
| 令和2年10月の一連の最高裁判決のうち、手当・休暇の待遇差を軒並み「不合理」とした日本郵便事件3判決(最一小判令和2年10月15日)とは対照的に、その2日前に言い渡されたメトロコマース事件(退職金)と大阪医科薬科大学事件(賞与)では、待遇差は「不合理とまではいえない」と判断されました。 このコントラストが、実務に一つの誤解を生みました。「手当は危ないが、賞与・退職金は大丈夫」という理解です。しかし、令和8年10月1日施行の改正ガイドラインは、この理解に修正を迫ります。厚生労働省は、制度施行から5年の見直し議論(労働政策審議会・同一労働同一賃金部会)を経て、近年の最高裁判決の内容を指針に反映する改正を行い、これまで「原則となる考え方を示していない」とされてきた退職手当について、初めて独立の項目を設けたのです。 本記事は、日本郵便事件と改正ガイドラインの対応関係を扱った前回記事の続編にあたります。改正の全体像は当法人の解説記事をご覧ください。 |
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| 2.事案の概要 ― 売店で約10年働いた契約社員の退職金 | |||||||||||||||
| 本件は、東京メトロの子会社であるメトロコマース社の駅構内売店で販売業務に従事していた有期雇用の契約社員(契約社員B)らが、同種の売店業務に従事する正社員には退職金が支給されるのに自分たちには支給されないのは旧労働契約法20条(現・パートタイム・有期雇用労働法8条)に違反するとして、損害賠償等を求めた事案です。原告らは契約更新を重ね、勤続期間は約10年に及んでいました。 第一審(東京地判平成29年3月23日)は退職金に関する請求を認めませんでしたが、控訴審の東京高裁(平成31年2月20日)は、長年の勤務に対する功労報償の性格を有する退職金を一切支給しないのは不合理であるとして、正社員と同一の基準で算定した額の4分の1に相当する額すら支給しないことは旧労働契約法20条に違反すると判断しました。退職金の不支給を初めて不合理と認めた高裁判決として、実務に大きな衝撃を与えた判断です。この高裁判決の当否が、最高裁で争われました。 |
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| 3.最高裁の判断 ― 不支給は「不合理とまでは評価できない」、しかし… | |||||||||||||||
| 最高裁第三小法廷は、東京高裁の判断を覆し、退職金の不支給は旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと判断しました。判断の骨子は次のとおりです。 | |||||||||||||||
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| ここで見落としてはならないのは、次の3点です。 第一に、本判決は事例判断であること。判決自体、退職金という労働条件が旧労働契約法20条の適用対象になること――つまり、事案によっては不合理となりうること――を前提としています。 第二に、補足意見の存在です。林景一裁判官の補足意見(林道晴裁判官が同調)は、退職金制度の原資積立等を要する制度設計について使用者の裁量判断を尊重する余地が比較的大きいと述べる一方で、有期契約労働者がある程度長期間雇用されることを想定して採用され、比較対象の無期契約労働者と職務の内容等が実質的に異ならない場合には、退職金の相違を設けることが不合理と判断されることはあり得ると明言しています。 第三に、宇賀克也裁判官の反対意見が付されたことです。反対意見は、契約社員Bの労働契約は原則として更新され定年は65歳と定められており、新規採用者の平均年齢が約47歳であることからすれば平均約18年間の勤務が保障されていたことになる等と指摘し、功労報償の性質は契約社員Bにも当てはまり、職務の内容や変更の範囲にも大きな相違はないとして、4分の1の支払いを認めた原審の結論を支持しました。裁判官の間でも判断が割れた、際どい事案だったのです。 なお、本件では退職金以外の待遇差も争われており、住宅手当・褒賞の不支給については不合理とした原審の判断が最高裁でも維持され、損害賠償が認容されています。「メトロコマース事件=会社の全面勝訴」という理解は、この点でも正確ではありません。 |
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| 4.【本記事の核心】判決内容と改正ガイドライン該当箇所の対応表 | |||||||||||||||
| 改正ガイドライン(令和8年10月1日施行後のもの)は、メトロコマース事件の判断構造――多数意見の判断枠組みと、補足意見が示した「不合理となりうる場合」――を、次のように条文化しています。 | |||||||||||||||
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| 5.判決とガイドラインを重ねて見える「安全地帯」と「危険地帯」 | |||||||||||||||
| メトロコマース事件で会社側の主張が通った決め手は、退職金制度そのものではなく、それを支える人事運用の実態でした。正社員には現実に配置転換・エリアマネージャー登用等があり、契約社員から正社員への登用制度が実際に機能していた――この実態があったからこそ、「様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員」への確保・定着目的という説明が成り立ったのです。 裏を返せば、改正ガイドラインの下で危険なのは、次のような企業です。 ・正社員と非正規社員の業務が実質的に変わらず、配置転換や登用の「制度はあるが実績がない」 ・退職金規程に支給目的の定めがなく、「正社員だから」以外の説明ができない ・非正規社員が長期勤続している(更新を繰り返し10年、20年) 補足意見が示した「不合理となりうる場合」の要件――長期雇用の想定+職務内容等が実質的に異ならない――に、改正ガイドライン第3の3の「性質・目的が妥当するのに均衡ある支給がない」という要件が重なる領域こそ、10月以降の紛争リスクの中心です。 |
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| 6.10月1日までの実務チェックポイント | |||||||||||||||
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| 7.まとめ ― 「勝訴判例」の賞味期限 | |||||||||||||||
| メトロコマース事件は、たしかに退職金の不支給を不合理でないとした判決です。しかしそれは、配置転換・登用の実態という個別事情に支えられた事例判断であり、反対意見・補足意見が示すとおり、結論が逆になりうる領域と紙一重の判断でした。 そして令和8年10月1日、改正ガイドラインは退職手当の項目を新設し、「不合理と認められるものに当たりうる」ことを指針の明文にしました。判決から6年を経て、退職金の待遇差は「裁判で争われれば会社が勝てるかもしれない論点」から、「行政指導・説明義務の場面で日常的に問われる論点」へと性格を変えます。自社の退職金制度が、メトロコマース社と同じだけの運用実態に裏づけられているか――施行前の点検をお勧めします。 次回は、同日に言い渡されたもう一つの判決、大阪医科薬科大学事件(賞与)と改正ガイドラインの対応関係を解説します。 |
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| 根拠法令・判例・出典 | |||||||||||||||
| 【法令・指針】 ・労働契約法旧20条(平成30年法律第71号による改正前) ・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)8条・9条・14条2項 ・短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針(平成30年厚生労働省告示第430号。令和8年厚生労働省告示第203号による改正、令和8年10月1日施行・適用) 【判例】 ・メトロコマース事件(最三小判令和2年10月13日・令和元年(受)第1190号、第1191号。原審:東京高判平成31年2月20日、第一審:東京地判平成29年3月23日) ・大阪医科薬科大学事件(最三小判令和2年10月13日) ・日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件(最一小判令和2年10月15日) ・ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件(いずれも最二小判平成30年6月1日) 【一次情報源】 ・裁判所ウェブサイト「裁判例検索」メトロコマース事件(判決全文) https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89768 ・厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html ・厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」(改正後全文・新旧対照表) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html |
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| 代表・三重英則(特定社会保険労務士・経営心理士):『IPOの労務監査 標準手順書』(共著)ほか著書・雑誌掲載・セミナー登壇多数。TPM上場準備支援実績。 |