トップ
事務所案内
お問合せ
労務コンテンツ一覧
サービス案内
人事労務ニュース
リーフレット
リンク先
IPO労務監査・改善
M&A労務監査
労働問題解決
高難度業務対応
就業規則作成・改定
給与監査顧問
給与計算代行
手続代行・手続監査
裁判例紹介・ブログ
作成日:2026/07/03
【裁判例】メトロコマース事件(最三小判令和2年10月13日)と改正ガイドライン「退職手当」新設 ― 「退職金は払わなくてよい」という誤解が最も危険になる10月1日
判例解説 同一労働同一賃金 令和8年10月施行改正対応
メトロコマース事件(最三小判令和2年10月13日)と改正ガイドライン「退職手当」新設
― 「退職金は払わなくてよい」という誤解が最も危険になる10月1日
会社側「勝訴」判決の6年後、改正ガイドラインは退職手当の待遇差が「不合理と認められるものに当たりうる」と明文化しました
「非正規社員に退職金を支給しなくても、最高裁がお墨付きを与えた」――メトロコマース事件(最三小判令和2年10月13日)について、実務の現場ではこうした単純化された理解が今も残っています。

しかし、令和8年(2026年)10月1日に施行・適用される改正同一労働同一賃金ガイドライン(令和8年厚生労働省告示第203号による改正)は、これまで原則となる考え方が示されていなかった「退職手当」の項目を新設し、待遇差が「不合理と認められるものに当たりうる」ことを正面から明文化しました。判決を「勝訴事例」としてだけ記憶している企業ほど、この改正の意味を読み違えるおそれがあります。本記事では、メトロコマース事件の判決内容――多数意見だけでなく補足意見・反対意見まで――と、改正ガイドラインの該当箇所を突き合わせて解説します。
📌 本記事の要点

・最高裁は、約10年勤続した契約社員への退職金不支給を「不合理とまでは評価できない」と判断し、正社員の4分の1相当額の支払いを命じた東京高裁判決を破棄した
・ただし本判決は事例判断であり、補足意見は「職務の内容等が実質的に異ならない場合には不合理となり得る」と明言。宇賀克也裁判官の反対意見も付された、際どい判決だった
・改正ガイドライン(令和8年10月1日施行)は第3の3「退職手当」を新設し、退職手当の性質・目的が非正規労働者にも妥当する場合、均衡を欠く不支給は「不合理と認められるものに当たりうる」と明文化した
・「最高裁で会社が勝った論点」から「指針に明文の規律がある論点」へ ― 退職金の待遇差は、この10月を境に説明責任のハードルが一段上がる
1.なぜ今、この「会社側勝訴」判決を読み直すのか
令和2年10月の一連の最高裁判決のうち、手当・休暇の待遇差を軒並み「不合理」とした日本郵便事件3判決(最一小判令和2年10月15日)とは対照的に、その2日前に言い渡されたメトロコマース事件(退職金)と大阪医科薬科大学事件(賞与)では、待遇差は「不合理とまではいえない」と判断されました。

このコントラストが、実務に一つの誤解を生みました。「手当は危ないが、賞与・退職金は大丈夫」という理解です。しかし、令和8年10月1日施行の改正ガイドラインは、この理解に修正を迫ります。厚生労働省は、制度施行から5年の見直し議論(労働政策審議会・同一労働同一賃金部会)を経て、近年の最高裁判決の内容を指針に反映する改正を行い、これまで「原則となる考え方を示していない」とされてきた退職手当について、初めて独立の項目を設けたのです。

本記事は、日本郵便事件と改正ガイドラインの対応関係を扱った前回記事の続編にあたります。改正の全体像は当法人の解説記事をご覧ください。
2.事案の概要 ― 売店で約10年働いた契約社員の退職金
本件は、東京メトロの子会社であるメトロコマース社の駅構内売店で販売業務に従事していた有期雇用の契約社員(契約社員B)らが、同種の売店業務に従事する正社員には退職金が支給されるのに自分たちには支給されないのは旧労働契約法20条(現・パートタイム・有期雇用労働法8条)に違反するとして、損害賠償等を求めた事案です。原告らは契約更新を重ね、勤続期間は約10年に及んでいました。

第一審(東京地判平成29年3月23日)は退職金に関する請求を認めませんでしたが、控訴審の東京高裁(平成31年2月20日)は、長年の勤務に対する功労報償の性格を有する退職金を一切支給しないのは不合理であるとして、正社員と同一の基準で算定した額の4分の1に相当する額すら支給しないことは旧労働契約法20条に違反すると判断しました。退職金の不支給を初めて不合理と認めた高裁判決として、実務に大きな衝撃を与えた判断です。この高裁判決の当否が、最高裁で争われました。
3.最高裁の判断 ― 不支給は「不合理とまでは評価できない」、しかし…
最高裁第三小法廷は、東京高裁の判断を覆し、退職金の不支給は旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと判断しました。判断の骨子は次のとおりです。
@ 退職金の性質・目的の認定
本件の退職金は、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の性質を有し、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し、その確保・定着を図る目的で支給されるものと認定。

A 比較対象は「売店業務に従事する正社員」
原告側が特定した「売店業務に従事する正社員」を比較対象としたうえで、両者の業務内容はおおむね共通するものの、正社員には代務業務やエリアマネージャー業務への従事、配置転換の可能性等があり、職務の内容および変更の範囲に一定の相違があったと評価。

B その他の事情
売店業務に従事する正社員が少数にとどまった組織再編等の経緯や、契約社員Bから契約社員A、契約社員Aから正社員への段階的な登用制度が設けられ、平成22年度から同26年度までに正社員への登用試験で受験者105名中78名が合格するなど、実際に運用されていたことも考慮。

結論:これらの事情を総合すれば、契約更新により勤続期間が10年前後に及んでいることを踏まえても、退職金の不支給は不合理とまでは評価できない。
ここで見落としてはならないのは、次の3点です。

第一に、本判決は事例判断であること。判決自体、退職金という労働条件が旧労働契約法20条の適用対象になること――つまり、事案によっては不合理となりうること――を前提としています。

第二に、補足意見の存在です。林景一裁判官の補足意見(林道晴裁判官が同調)は、退職金制度の原資積立等を要する制度設計について使用者の裁量判断を尊重する余地が比較的大きいと述べる一方で、有期契約労働者がある程度長期間雇用されることを想定して採用され、比較対象の無期契約労働者と職務の内容等が実質的に異ならない場合には、退職金の相違を設けることが不合理と判断されることはあり得ると明言しています。

第三に、宇賀克也裁判官の反対意見が付されたことです。反対意見は、契約社員Bの労働契約は原則として更新され定年は65歳と定められており、新規採用者の平均年齢が約47歳であることからすれば平均約18年間の勤務が保障されていたことになる等と指摘し、功労報償の性質は契約社員Bにも当てはまり、職務の内容や変更の範囲にも大きな相違はないとして、4分の1の支払いを認めた原審の結論を支持しました。裁判官の間でも判断が割れた、際どい事案だったのです。

なお、本件では退職金以外の待遇差も争われており、住宅手当・褒賞の不支給については不合理とした原審の判断が最高裁でも維持され、損害賠償が認容されています。「メトロコマース事件=会社の全面勝訴」という理解は、この点でも正確ではありません。
4.【本記事の核心】判決内容と改正ガイドライン該当箇所の対応表
改正ガイドライン(令和8年10月1日施行後のもの)は、メトロコマース事件の判断構造――多数意見の判断枠組みと、補足意見が示した「不合理となりうる場合」――を、次のように条文化しています。
判決の判断要素 改正ガイドラインの該当箇所 指針の規定内容(要旨)
退職金の性質・目的(労務の対価の後払い・功労報償)に照らした判断 第3の3「退職手当」
【項目を新設】
退職手当には労務の対価の後払い、功労報償等の様々な性質・目的が含まれうるとしたうえで、その性質・目的が短時間・有期雇用労働者にも妥当するにもかかわらず、均衡のとれた退職手当を支給せず、かつ、その見合いとして労使交渉を経て基本給を高く支給している等の事情もない場合、退職手当の相違は「不合理と認められるものに当たりうる」と明記。判決が認定した退職金の性質論と、補足意見の「不合理となりうる場合」を統合した規定です
「正社員人材の確保・定着」目的を「その他の事情」として考慮 第3(注)3
【注記を新設】
「通常の労働者としての職務を遂行しうる人材の確保及びその定着を図る」等の目的があったとしても、その目的があることのみをもって直ちに待遇差が不合理でないと当然に認められるものではないと明記。判決由来のこのフレーズを掲げつつ、目的の主張だけでは足りず、客観的・具体的な実態に照らした判断が必要であることを確認する規定です
比較対象を「売店業務に従事する正社員」(雇用管理区分の一部)とした点 第2⑴(雇用管理区分が複数ある場合等の取扱い) 雇用管理区分が複数ある場合でも、通常の労働者のそれぞれとの間で不合理な待遇差の解消が求められ、新たな区分を設けて待遇水準を低くしても解消義務を免れないことを明記。「比較対象を操作すれば足りる」という発想を封じる規定です
住宅手当・褒賞の不合理性は確定した点 第3の4⑽「住宅手当」・第3の5⑺「褒賞」
【項目を新設】
住宅手当は転居を伴う配置変更の有無に応じた考え方を、褒賞は同一の勤続期間であれば同一の付与を要することを、それぞれ新たに規定。本件で不合理性が確定した2項目にも、明文の規律ができました
5.判決とガイドラインを重ねて見える「安全地帯」と「危険地帯」
メトロコマース事件で会社側の主張が通った決め手は、退職金制度そのものではなく、それを支える人事運用の実態でした。正社員には現実に配置転換・エリアマネージャー登用等があり、契約社員から正社員への登用制度が実際に機能していた――この実態があったからこそ、「様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員」への確保・定着目的という説明が成り立ったのです。

裏を返せば、改正ガイドラインの下で危険なのは、次のような企業です。

・正社員と非正規社員の業務が実質的に変わらず、配置転換や登用の「制度はあるが実績がない」
・退職金規程に支給目的の定めがなく、「正社員だから」以外の説明ができない
・非正規社員が長期勤続している(更新を繰り返し10年、20年)

補足意見が示した「不合理となりうる場合」の要件――長期雇用の想定+職務内容等が実質的に異ならない――に、改正ガイドライン第3の3の「性質・目的が妥当するのに均衡ある支給がない」という要件が重なる領域こそ、10月以降の紛争リスクの中心です。
6.10月1日までの実務チェックポイント
✓ Check 1 退職金規程に「性質・目的」を言語化する
自社の退職金は「労務の対価の後払い」なのか「功労報償」なのか、それとも「長期勤続へのインセンティブ」なのか。改正ガイドラインは性質・目的から判断する構造を採るため、規程・制度設計の段階で目的を明確化し、その目的と支給対象の線引きが整合しているかを検証してください。
✓ Check 2 配置転換・登用の「実績」を記録で裏づける
メトロコマース事件の帰趨を分けたのは運用実態です。正社員の配置転換の実績、非正規からの登用実績を、件数・時期が分かる形で記録化しておくこと。「制度はあるが誰も使ったことがない」登用制度は、裁判でもガイドライン上の説明でも力を持ちません。
✓ Check 3 長期勤続の非正規社員を個別に把握する
更新を繰り返し勤続10年を超えるような非正規社員は、補足意見の示した「不合理となりうる場合」に最も近い層です。本判決の補足意見自身が、均衡のとれた処遇の具体例として、有期契約労働者への企業型確定拠出年金の導入、個人型確定拠出年金(iDeCo)加入への協力、在職期間に応じた一定額の退職慰労金の支給を挙げています。中小企業退職金共済(中退共)の活用も含め、完全同一でなくとも均衡のとれた制度の検討が現実的な選択肢になります。
✓ Check 4 説明を求められたときの回答を用意する
今回の改正では、雇入れ時に「待遇差の説明を求めることができる旨」の明示が義務化され、説明義務(パートタイム・有期雇用労働法14条2項)への不誠実な対応自体が不合理性を基礎付ける事情になりうることも明文化されました。退職金の待遇差について問われた際の説明文書を、規程改訂とセットで準備しておくことをお勧めします。就業規則・退職金規程の改訂を伴う場合は、就業規則作成・改訂サービスにてサポートいたします。
7.まとめ ― 「勝訴判例」の賞味期限
メトロコマース事件は、たしかに退職金の不支給を不合理でないとした判決です。しかしそれは、配置転換・登用の実態という個別事情に支えられた事例判断であり、反対意見・補足意見が示すとおり、結論が逆になりうる領域と紙一重の判断でした。

そして令和8年10月1日、改正ガイドラインは退職手当の項目を新設し、「不合理と認められるものに当たりうる」ことを指針の明文にしました。判決から6年を経て、退職金の待遇差は「裁判で争われれば会社が勝てるかもしれない論点」から、「行政指導・説明義務の場面で日常的に問われる論点」へと性格を変えます。自社の退職金制度が、メトロコマース社と同じだけの運用実態に裏づけられているか――施行前の点検をお勧めします。

次回は、同日に言い渡されたもう一つの判決、大阪医科薬科大学事件(賞与)と改正ガイドラインの対応関係を解説します。
🔎 本記事の確認状況について
判決内容(判決日・法廷・判断内容・補足意見・反対意見・住宅手当等の認容部分・登用実績等の事実関係)は、最高裁判所ウェブサイト掲載の判決全文により直接確認しています。改正ガイドラインの条文内容は、改正後の指針本文(平成30年厚生労働省告示第430号・令和8年厚生労働省告示第203号による改正)に基づいています。「退職手当」「住宅手当」「褒賞」の各項目が今回の改正での新設であることは、厚生労働省の審議会資料・公表資料および専門機関の解説を踏まえた整理であり、公開前に厚生労働省公表の新旧対照表との突合をお勧めします。
根拠法令・判例・出典
【法令・指針】
・労働契約法旧20条(平成30年法律第71号による改正前)
・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)8条・9条・14条2項
・短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針(平成30年厚生労働省告示第430号。令和8年厚生労働省告示第203号による改正、令和8年10月1日施行・適用)

【判例】
・メトロコマース事件(最三小判令和2年10月13日・令和元年(受)第1190号、第1191号。原審:東京高判平成31年2月20日、第一審:東京地判平成29年3月23日)
・大阪医科薬科大学事件(最三小判令和2年10月13日)
・日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件(最一小判令和2年10月15日)
・ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件(いずれも最二小判平成30年6月1日)

【一次情報源】
・裁判所ウェブサイト「裁判例検索」メトロコマース事件(判決全文) https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89768
・厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html
・厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」(改正後全文・新旧対照表) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html
⚠ 免責事項
本記事は、公開された判例・法令・指針に基づく一般的な情報提供を目的とするものであり、個別具体的な法的助言を構成するものではありません。個別の事案への対応にあたっては、判決原文・改正告示の原文をご確認のうえ、弁護士・特定社会保険労務士等の専門家にご相談ください。本記事の内容に基づく行動により生じた損害について、執筆者および当法人は一切の責任を負いません。
貴社の退職金制度、「メトロコマース並みの運用実態」に裏づけられていますか? 当法人が、退職金・賞与を含む待遇差の総点検から規程改訂まで一貫してサポートいたします。 無料相談のお申込みはこちら →
執筆者
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員

※本記事の内容は令和8年7月時点の情報に基づいています。法改正や新たな判例により、解釈が変更される可能性があります。
この記事のようなテーマは、問題が表面化する前のご相談が最も解決しやすくなります
社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)は、労働紛争解決20年超・年間350件超の相談対応の経験をもとに、団体交渉・問題社員対応・就業規則設計・IPO/M&A労務監査まで、判断を誤れない局面の労務を企業側の立場で支える社労士法人です。顧問契約では、日々の判断の段階から代表が直接伴走します。
初回30分のご相談は無料。代表社労士が直接お聞きし、最短2〜3日で対応方針をご提示します。
※本窓口は企業(使用者側)の経営者・人事責任者の方専用です。労働者個人の方からのご相談はお受けしておりません。
初回30分無料相談を申し込む 052-211-7430
平日9:00〜18:00
代表・三重英則(特定社会保険労務士・経営心理士):『IPOの労務監査 標準手順書』(共著)ほか著書・雑誌掲載・セミナー登壇多数。TPM上場準備支援実績。