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📌 本記事の要点
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働き方改革関連法の柱として2020年4月(中小企業は2021年4月)に施行された同一労働同一賃金制度。短時間労働者・有期雇用労働者・派遣労働者と通常の労働者との間の不合理な待遇差を禁止するこの仕組みは、施行から5年を経て、ついに大幅な見直しが行われることとなった。
2026年4月28日、厚生労働省は同一労働同一賃金ガイドラインの改正告示および関係省令を公布した。施行日は令和8年(2026年)10月1日。施行まで残り約5か月、企業は労働条件通知書の改訂、就業規則の見直し、待遇制度の点検を急ピッチで進める必要がある。本記事では、当法人として企業に伝えるべき改正の要点と実務対応を整理する。
2018年に成立した「働き方改革関連法」により、パートタイム・有期雇用労働法および労働者派遣法が改正され、(i) 不合理な待遇差の禁止(パート・有期法8条、派遣法30条の3)、(ii) 待遇差の内容・理由等の説明義務(パート・有期法14条、派遣法31条の2)、(iii) 同一労働同一賃金ガイドライン(指針)の策定がセットで導入された。
同ガイドライン(正式名称「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」)は、どのような待遇差が「不合理」と認められるか、または「不合理ではない」と認められるかについて、原則となる考え方と具体例を示すものであり、企業の人事制度設計と裁判所の判断双方に大きな影響力を持ってきた。
施行から5年を経て、見直しの必要性が次のように整理された。
| @ | 最高裁判例の蓄積 ― ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件、大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件、日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件など、待遇差の合理性に関する重要判例が多数蓄積された |
| A | 下級審判例の蓄積 ― 退職手当、家族手当、住宅手当、病気休職、夏季冬季休暇等に関する下級審の判断も豊富に蓄積された |
| B | 説明義務の運用課題 ― 待遇差の説明を求めることができる旨が、雇い入れ時に十分に労働者に伝わっていない実態 |
| C | 企業実務における判断の困難性 ― ガイドラインの記述だけでは、個別の待遇差の評価が困難なケースが多い |
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■ 検討から公布までの経緯
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今回の改正は、大きく以下の3つの柱で構成されている。
| # | 改正事項 | 種別 | 対応する法令 |
|---|---|---|---|
| @ | 雇い入れ時の労働条件明示事項の追加 | 省令改正 | パート・有期法施行規則/派遣法施行規則 |
| A | 同一労働同一賃金ガイドラインの改正 | 告示改正 | 不合理待遇禁止指針(告示第203号) |
| B | 雇用管理改善措置の内容改正 | 告示改正 | 雇用管理改善指針(告示第202号) |
パートタイム労働者および有期雇用労働者を雇い入れる際、事業主が労働条件として明示しなければならない事項に、新たに次の事項が追加される。
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「法第14条第2項の規定による説明を求めることができる旨」 ― 改正パート・有期法施行規則 |
これは、雇い入れたパート・有期雇用労働者が、後日、事業主に対して「自分と通常の労働者との待遇差の内容や理由」について説明を求めることができることを、雇い入れ時点で本人に明示しなければならないことを意味する。派遣労働者についても、雇入れ時・派遣時の明示事項に同様の規定が追加される。
| 項目 | 改正前 | 改正後(令和8年10月1日施行) |
|---|---|---|
| 雇い入れ時の明示事項(パート・有期) | 昇給の有無、退職手当の有無、賞与の有無、相談窓口(パート・有期法施行規則2条) | + 待遇差の内容・理由等について説明を求めることができる旨(法14条2項) |
| 雇入れ時・派遣時の明示事項(派遣) | 賃金、待遇に関する事項、教育訓練、福利厚生施設の利用機会等(派遣法施行規則) | + 待遇の相違の内容及び理由等について説明を求めることができる旨(派遣法31条の2) |
| 説明義務の根拠 | 求めがあった場合に説明義務(パート・有期法14条2項、派遣法31条の2)。施行当初から存在 | 労働者本人が当該権利を雇い入れ時から知ることができる体制を制度化(情報非対称の解消) |
企業は、施行日(2026年10月1日)以降に雇い入れるパート・有期雇用労働者については、以下を実施する必要がある。
| @ | 労働条件通知書の改訂 ― 「待遇差の説明を求めることができる旨」を明示する欄を追加 |
| A | 厚労省モデル労働条件通知書の活用 ― 厚生労働省が公表した改正対応版の様式を活用 |
| B | 雇用契約書の見直し ― 契約書を兼ねる場合は本文への追記 |
| C | 実務担当者の教育 ― 求めがあった際の対応フロー(誰が・どのように・いつまでに)の整備 |
なお、施行日前に雇い入れた既存の労働者については、本改正による明示義務は遡及しないが、求めがあった場合の説明義務(パート・有期法14条2項)は引き続き存在する点に留意が必要である。
ガイドライン本体の改正は、次のような構造で行われている。
| ▸ | 既存項目の記述拡充 ― 基本給、賞与、各種手当、福利厚生等 |
| ▸ | 新規項目の追加 ― 退職手当、家族手当、病気休職などの記述追加 |
| ▸ | 判例理論の反映 ― 主要な最高裁判例の考え方を明文化 |
| ▸ | 具体例の追加 ― 「不合理と認められる例」「不合理と認められない例」の事例追加 |
| 項目 | 改正前 | 改正後(令和8年10月1日適用) |
|---|---|---|
| 退職手当 | 独立した記述なし(基本給・賞与等の項目に類するものとしての扱い) | 項目を新設。性質・目的(功労報奨、生活保障、労務対価の後払い等)に応じた均衡判断の枠組みを明文化(メトロコマース事件・最判令和2年10月13日を反映) |
| 賞与 | 「会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給するもの」について、貢献に応じた部分は同一の支給を要するとする原則のみ | 賞与の多様な性質・目的(労務対価の後払い、功労報奨、生活費補助、意欲向上等)を踏まえた判断枠組みを拡充(大阪医科薬科大学事件・最判令和2年10月13日を反映) |
| 家族手当 | 明示的な記述が限定的 | 項目を追加。被扶養家族の生活費補助という性質に照らし、生活実態が同様であれば均衡を考慮した支給が必要であることを明記 |
| 住宅手当 | 明示的な記述が限定的 | 転居を伴う配転の有無で性質が異なりうる旨を明記。配転がある通常の労働者にのみ支給する設計には合理性があり得るとする考え方を整理 |
| 病気休職 | 独立した記述なし | 項目を追加。労務提供の必要性および雇用の継続性の観点から、契約更新が反復される有期雇用労働者には通常の労働者と同様の制度の適用を検討すべき旨を明記 |
| 夏季・冬季休暇 | 特別休暇の一般的記述 | 業務の繁閑に応じて心身の回復を図らせる趣旨に照らし、業務の繁閑が同様であれば均衡のとれた付与が必要である旨を明記(日本郵便事件・最判令和2年10月15日を反映) |
| 無事故手当等 | 明示的な記述なし | 項目を追加(ハマキョウレックス事件・最判平成30年6月1日を反映) |
ガイドライン改正後も、不合理性判断の基本的フレームワークは変わらない。すなわち次の3段階で判断される。
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Step 1. 対象となる待遇の性質・目的を特定する |
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Step 2. 当該性質・目的に照らして考慮すべき事情を特定する(職務の内容、配置変更の範囲、その他の事情) |
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Step 3. 当該事情に応じた均衡のとれた取扱いがなされているかを判断する |
改正は、この判断にあたって参照すべき最高裁判例の考え方をガイドラインに織り込み、企業の自主的判断と裁判所の判断のいずれにも資する具体性を持たせるものといえる。
事業主が講ずべき雇用管理改善措置の内容についても、見直しが行われた。具体的には次の事項が新たに明確化された。
| ▸ | 待遇差の説明義務に対応するための体制整備(説明担当者の設置、説明資料の準備等) |
| ▸ | 待遇制度設計時における労使協議の充実 |
| ▸ | 派遣先・派遣元間の情報連携の強化(派遣労働者の待遇決定方式に応じた情報提供) |
派遣労働者については、派遣先均等・均衡方式または労使協定方式のいずれを採用するかにより適用される基準が異なるが、改正により、労使協定方式を採用する場合の協定内容(賃金水準、手当の支給基準、教育訓練、福利厚生等)について、より具体的な水準確保の考え方が示された。
施行日は2026年10月1日。残り約5か月の準備期間で、以下の対応を進めることが望ましい。
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📅 【5〜6月】現状把握フェーズ
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📅 【7〜8月】制度見直しフェーズ
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📅 【9月】準備完了フェーズ
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🚀 【10月1日〜】施行後対応
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以下の業種・企業は、本改正の影響が大きいと考えられる。早期着手をお勧めしたい。
| ● | 小売・飲食・サービス業 ― パート労働者比率が高く、待遇差の論点が多い |
| ● | 物流・運輸業 ― 有期雇用ドライバーと正社員ドライバーの待遇差 |
| ● | 製造業 ― 期間工・契約社員と正社員の待遇差 |
| ● | 医療・介護業 ― パート・嘱託職員と正規職員の待遇差 |
| ● | 教育機関 ― 非常勤講師と専任教員の待遇差 |
| ● | 派遣会社 ― 労使協定方式採用時の協定内容の見直し |
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✓ 「待遇差の合理性根拠書」の作成 各待遇差について、以下の項目を整理した「待遇差の合理性根拠書」の作成を強く推奨する。説明義務対応時の説明資料としてそのまま活用でき、訴訟時の防御資料としても有効である。
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✓ 労働条件通知書の早期改訂 施行日から1日でも遅れて改訂が間に合わないと、新規雇い入れごとに労働基準法15条違反のリスクが生じる。遅くとも8月中には改訂版の労働条件通知書を準備し、9月から段階的に運用テストを行うことが望ましい。厚生労働省はモデル労働条件通知書を公表済みであり、これを参考に自社様式を整備するのが効率的である。 |
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✓ 説明請求対応マニュアルの整備
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✓ 経営層への説明と予算確保 不合理と評価されうる待遇差を是正するには、賃金原資の追加が必要となるケースがある。経営層に対し、(1) 是正しない場合のリスク(訴訟、団交、レピュテーション)、(2) 是正に必要な追加コスト、(3) 段階的是正のスケジュールを明確に提示し、予算確保と意思決定を促すことが、当法人の重要な役割となる。 |
同一労働同一賃金は、施行から5年を経て、ようやく「制度の理念」から「実務の運用」へと移行する局面にある。今回のガイドライン改正は、その実務運用の指針をより精緻化するものであり、企業にとっては「やらされ感」ではなく、「自社の人事制度を磨き上げる機会」と捉えるべきである。
人手不足と賃上げ圧力が常態化する2026年の労働市場において、パート・有期雇用労働者や派遣労働者の待遇向上は、もはや人材確保の観点からも経営課題となっている。同一労働同一賃金の枠組みを最低限満たすだけでなく、自社の総合的な人事戦略の中で非正規雇用者の待遇をどう位置づけるかを真剣に問い直す時期に来ている。
当法人としては、企業の経営者・人事担当者と共に、この5か月の準備期間を最大限に活用し、施行日を迎えるべく伴走していきたい。
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同一労働同一賃金改正対応は当法人へ 待遇差の点検、就業規則・賃金規程の改訂、説明義務対応マニュアル整備、労働条件通知書改訂まで、施行日に向けて伴走支援いたします。 ▶ お問い合わせはこちら |
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📎 厚生労働省・公式情報リンク(令和8年4月28日公開) ▶ 同一労働同一賃金特集ページ(短時間・有期雇用労働者) ▶ 派遣労働者の同一労働同一賃金特集ページ ▶ 改正告示(不合理な待遇禁止指針/告示第203号)― 官報 ※ 上記特集ページから、改正省令・告示の本文、新旧対照表(解説付き)、モデル労働条件通知書、改正Q&A、リーフレット等が一括でダウンロード可能。 |
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■ 根拠法令・参照判例 ・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パート・有期法)8条、14条 ・労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(派遣法)30条の3、30条の4、31条の2 ・労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律施行規則及び短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律施行規則の一部を改正する省令(令和8年厚生労働省令第87号) ・短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針の一部を改正する件(令和8年厚生労働省告示第203号) ・事業主が講ずべき短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する措置等についての指針の一部を改正する件(令和8年厚生労働省告示第202号) 参照判例: ・ハマキョウレックス事件(最判平成30年6月1日)/長澤運輸事件(最判平成30年6月1日) ・大阪医科薬科大学事件(最判令和2年10月13日)/メトロコマース事件(最判令和2年10月13日) ・日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件(最判令和2年10月15日) ■ 免責事項 本記事は、執筆時点(2026年5月4日)における公布済みの省令・告示および厚生労働省公開資料に基づき、改正の概要と実務上の留意点を解説するものです。実際の改正対応にあたっては、必ず官報および厚生労働省ホームページ掲載の本文を確認のうえ、自社の雇用形態・人事制度に応じた個別判断が必要です。個別案件については、当法人または弁護士等の専門家への相談を推奨いたします。 |
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EXECUTIVE AUTHOR 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員 特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員 中小・中堅企業の経営者と並走し、IPO労務監査・M&A労務デューデリジェンス・休職制度設計・人事制度設計を含めた包括的な人事労務支援を提供。「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を信条とする。 ― 誠実 / Think more / 伴走 ― |