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作成日:2026/06/21
【裁判例】人員削減による業務増加と「20日連続勤務」を業務起因性ありと認定 ── 大塚製薬社員自殺・労災認定事件(東京地裁 令和8年4月15日判決)
最新労働裁判例 / 労災・安全配慮義務

人員削減による業務増加と「20日連続勤務」を業務起因性ありと認定
── 大塚製薬社員自殺・労災認定事件(東京地裁 令和8年4月15日判決)


公開日:2026年6月21日|社会保険労務士法人T&M Nagoya
📌 この記事の要点

@ 東京地裁は2026年(令和8年)4月15日、大塚製薬の男性社員(当時31歳)の自殺について業務起因性を認め、遺族補償給付等を不支給とした労働基準監督署の処分を取り消した。
A 出張所の人員が4人から3人へ削減され、業務量が増加。12日以上の連続勤務を3回、月80時間超の時間外労働を2回行い、発病直前には20日連続勤務があった。
B 時間外労働の「総量」だけでなく、連続勤務という「休息の欠如」を含めて疲労の蓄積を総合評価した点が実務上重要。
C 「欠員を補充せず残るメンバーで回す」という人手不足下の判断が、安全配慮義務(労働契約法5条)違反のリスクに直結することを示す事案である。
人手不足が常態化するなか、「欠員が出ても補充されない」「3人でやっていた仕事を2人で回す」――こうした状況は、いまや多くの中小企業・支店・営業所で日常的に起きています。

本日取り上げるのは、まさにこの「人員削減による業務量の増加」が従業員をうつ病・自殺に追い込んだとして、労災(業務上災害)の認定が争われた事案です。東京地方裁判所は2026年(令和8年)4月15日、大塚製薬の男性社員が自殺したのは業務に起因する精神疾患の発症が原因であると認め、遺族補償給付等を不支給とした労働基準監督署の処分を取り消す判決を言い渡しました。

この判決は、「人員削減 → 一人あたりの業務量増加 → 連続勤務・長時間労働 → 疲労の蓄積 → うつ病発症・自殺」という、現代の職場に潜む典型的な悪循環を司法が認定した点で、実務上きわめて示唆に富みます。本記事では、事案の背景・争点・判決内容・判決理由・実務への示唆を整理して解説します。
1. 事案の背景
報道によると、本件の概要は以下のとおりです(事実関係は複数の報道機関の報道に基づきます)。
■ 当事者と経緯

・男性社員(死亡当時31歳)は、2009年に大塚製薬に入社した。
・2016年(平成28年)11月、長崎市の出張所に営業課の係員として配属された。
・配属後しばらくして、出張所の人員が4人から3人に削減された。
・人員削減から約4か月後の2018年(平成30年)3月にうつ病を発症し、翌4月に自宅マンションから飛び降りて死亡した。
男性の死亡後、遺族(両親)は、男性の自殺は業務による強い心理的負荷(過重労働)によってうつ病を発症した結果であるとして、労災保険法に基づく遺族補償給付および葬祭料を請求しました。しかし、所轄の長崎労働基準監督署はこれを業務上の災害とは認めず、不支給処分としました。これに対し、遺族が処分の取消しを求めて国を相手に提訴したのが本件訴訟です。
■ 認定された過重労働の実態

・人員削減により、男性の仕事量が増加した。
2017年10月〜2018年3月にかけて、12日以上の連続勤務を3回行った。
時間外労働が月80時間を超えた月が2回あった。
・発病直前には20日間の連続勤務があったとされる(時事通信等の報道による)。
2. 本件の争点
本件の中心的な争点は、男性のうつ病発症および自殺について「業務起因性」が認められるかという点です。

労災保険における業務上の精神障害の認定では、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(いわゆる精神障害労災認定基準)が実務上の重要な判断枠組みとなります。この基準では、次の3要件を満たす場合に業務上の災害と認められます。
1. 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
2. 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
3. 業務以外の心理的負荷および個体側要因により発病したとは認められないこと
本件では、特に「発病前おおむね6か月間における業務による心理的負荷の強度」、すなわち人員削減に伴う業務量の増加、連続勤務、時間外労働の累積が「強」と評価できるかどうかが問題となりました。
3. 判決内容
東京地裁(須賀康太郎裁判長)は2026年4月15日、男性の自殺は業務に起因するものであると認め、長崎労働基準監督署が行った遺族補償給付等の不支給処分を取り消す判決を言い渡しました。報道で伝えられた判決の要点は次のとおりです。
・人員削減などにより男性の仕事量が増加したこと。
・2017年10月〜2018年3月に12日以上の連続勤務を3回行ったこと。
・時間外労働が月80時間を超えた月が2回あったこと。

これらを総合し、裁判長は「業務で肉体的、精神的な疲労が蓄積していた」と判断し、業務とうつ病発症・自殺との間の因果関係(業務起因性)を肯定しました。その結果、長崎労基署が不支給とした遺族補償給付と葬祭料の処分は取り消されました。
【補足】本判決の確定の有無(国側が控訴したかどうか)や、会社に対する民事の損害賠償請求が併せて争われたかどうかについては、本記事執筆時点で確認できる報道が見当たりません。本件は労災保険給付の不支給処分取消訴訟(行政訴訟)であり、会社に対する民事の損害賠償請求とは枠組みが異なる点に留意が必要です。
4. 判決理由の分析
4-1. 「人員削減による業務増加」を心理的負荷として正面評価
本判決のもっとも重要なポイントは、「人員削減によって一人あたりの仕事量が増えた」という事実を、業務上の心理的負荷の中核に据えたことです。精神障害の労災認定基準では、「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」ことが、心理的負荷を判断する具体的出来事の一つとして挙げられています。本件は、4人から3人への人員削減という現場の負担を直接的に増大させる事情があり、これが連続勤務・長時間労働という形で具体化していました。
4-2. 「連続勤務」と「時間外労働」の累積を重視
精神障害労災認定基準では、おおむね「発病直前の1か月におおむね160時間を超える時間外労働」や「発病直前の連続した2か月間に1月あたりおおむね120時間以上の時間外労働」などが、心理的負荷を「強」と評価する目安とされています。

本件の時間外労働は「月80時間超が2回」とされており、数値だけを見れば上記の目安をただちに超えるものではない可能性があります【推測】。しかし裁判所は、時間外労働の数値だけでなく、12日以上の連続勤務が3回・直前の20日連続勤務という「休息の欠如」を含めて疲労の蓄積を総合評価したものと考えられます。長時間労働の「総量」だけでなく、「休めない働き方」そのものが心身を疲弊させるという視点は、実務上きわめて重要です。
4-3. 行政の判断を司法が覆した意義
労働基準監督署が不支給とした判断を、裁判所が取り消した点も見逃せません。労基署は認定基準を比較的形式的に当てはめる傾向があるのに対し、裁判所は個別事案の実態(人員削減の経緯、業務の質的変化、連続勤務による休息の欠如)を総合的に評価して業務起因性を判断します。本件は、形式的な時間数の当てはめだけでは捉えきれない過重労働の実態を、司法が丁寧に拾い上げた事例といえます。
5. 実務への示唆 ― 支店・営業所を持つ会社が今すぐ取り組むべきこと
本判決は労災保険給付に関する行政訴訟ですが、その射程は会社の安全配慮義務(労働契約法5条)にも直結します。同じ事実関係であれば、会社が遺族から民事上の損害賠償(安全配慮義務違反・使用者責任)を請求されるリスクも当然に高まります。企業が取り組むべき実務上のポイントを整理します。
✅ 過重労働・労災リスク対応のチェックポイント

@ 「欠員補充をしない」判断のリスクを正しく認識する
本判決は、人員削減による業務量増加そのものが心理的負荷の源泉になりうることを示しました。欠員を補充しない場合は、業務の再配分・優先順位の見直し・業務量の削減をセットで行わなければ、残された従業員に過重負荷が集中します。

A 「連続勤務」を見える化し、上限を設ける
時間外労働の月間総時間だけを管理していると、本件のような「連続勤務」「休日が取れない働き方」を見落とします。連続勤務日数を勤怠システムでアラート管理し、一定日数(例:12日)以上の連続勤務が発生しないよう休日取得を促す仕組みが有効です。なお、労働政策審議会では「14日以上の連続勤務を禁止する」法改正も検討されており、この論点は今後さらに重要性を増します。

B 長時間労働者への医師の面接指導・健康確保措置を確実に実施する
時間外労働が一定時間を超える従業員は、労働安全衛生法に基づく医師による面接指導の対象となります(本人の申出が前提)。疲労蓄積の兆候があれば、企業側から積極的に面接を勧奨し、業務軽減・配置転換等の措置を検討すべきです。

C 支店・営業所など「目の届きにくい現場」のマネジメントを強化する
本件は本社から離れた出張所で起きました。小規模拠点・遠隔地の事業所は、人員削減の影響が一人に集中しやすく、本社からの状況把握が遅れがちです。拠点ごとの労働時間・連続勤務・有給取得状況を本社で一元的にモニタリングする体制づくりが要となります。

D メンタル不調の早期把握と相談体制を整備する
ストレスチェックの集団分析で高ストレス職場を特定し、相談窓口を周知しておくことも欠かせません。発症から短期間で深刻な事態に至る場合もあり、残業の急増・表情や言動の変化・欠勤といった日常的な変化の察知が重要です。
6. まとめ
大塚製薬社員自殺・労災認定事件(東京地裁 令和8年4月15日判決)は、人員削減による業務量の増加と、それに伴う連続勤務・長時間労働の蓄積疲労を、業務起因性の中核として正面から評価した点で重要です。

「人が足りないから仕方なく回している」という現場の実情は、裁判所から見れば「会社が過重労働を放置した」と評価されかねません。人手不足の時代だからこそ、業務量と人員配置のバランス、連続勤務の抑制、健康確保措置の徹底が、企業のリスク管理として不可欠です。社労士は、顧問先に対し、勤怠データの「連続勤務」という切り口での点検、欠員補充をしない場合の業務再設計、長時間労働者への面接指導の徹底を、具体的に助言していくべきでしょう。
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【根拠法令等】
労働者災害補償保険法/労働契約法第5条(安全配慮義務)/労働安全衛生法第66条の8(医師による面接指導)/厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準」

【免責事項】
本記事は2026年6月18日時点の公表情報(報道等)に基づき作成した一般的な解説であり、個別事案への法的助言を行うものではありません。判決の詳細・確定状況等は今後変動する可能性があります。具体的なご相談は専門家にご確認ください。
執筆者
三重 英則(特定社会保険労務士)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号 第160175号)
中小企業・IPO準備企業の労務監査、就業規則整備、労働紛争対応を専門とする。