トップ
事務所案内
お問合せ
労務コンテンツ一覧
サービス案内
人事労務ニュース
リーフレット
リンク先
IPO労務監査・改善
M&A労務監査
労働問題解決
高難度業務対応
就業規則作成・改定
給与監査顧問
給与計算代行
手続代行・手続監査
裁判例紹介・ブログ
作成日:2026/06/15
【あっせん事例】パワハラが引き起こす精神疾患と休職期間満了による退職・解雇 ―― 労働局あっせん事例から学ぶ、使用者が知っておくべき実務ポイント ――
あっせん事例解説 パワハラ 休職・解雇
パワハラが引き起こす精神疾患と休職期間満了による退職・解雇
―― 労働局あっせん事例から学ぶ、使用者が知っておくべき実務ポイント ――
社会保険労務士法人T&M Nagoya | 2026年6月14日
📌 この記事の要点
・休職の原因がパワハラ等の業務上の事由にある場合、私傷病休職としての「休職期間満了退職・解雇」が無効となるリスクがあります(労働基準法19条1項の解雇制限)。
・精神疾患の業務起因性は、厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月1日付け基発0901第2号)の枠組みで判断され、上司からのパワハラは心理的負荷評価の重要な評価対象です。
・労働局のあっせんは原則1回の期日・無料・非公開で、申請から約2か月程度での解決が見込める制度です。合意が成立すれば民法上の和解契約としての効力が生じます。
・今回紹介する事例では、パワハラの事実の有無の証明にとらわれず、自主退職扱い+解決金45万円で円満解決に至りました。
1. はじめに ―― なぜこの事例が経営者にとって重要なのか
「部下が体調を崩して休職しているが、休職期間が満了したら退職させてよいのか」――このようなご相談を、経営者の皆さまからいただくことがあります。休職期間の満了による退職・解雇は、就業規則に規定があれば一見問題ないように思えます。しかし、その休職の原因が職場のパワーハラスメント(パワハラ)にあった場合、事態は大きく変わります。

今回ご紹介するのは、労働新聞社の記事(2020年5月4日付)で紹介された、タクシー会社におけるパワハラと休職期間満了をめぐる都道府県労働局のあっせん事例です。原出典は『都道府県労働局による 助言・指導 あっせん好事例集――職場のトラブルはどう解決されたのか』(労働新聞社、平成24年3月30日発行)であり、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)施行前の事案ですが、休職と退職をめぐる紛争の構造は現在もまったく変わっておらず、中小企業の経営者が知っておくべき重要な教訓が多く含まれています。
2. 事例の概要
労働者Xは、5年前にタクシー会社Yに乗務員として採用され、勤務していました。ところが、部長から「挨拶がなっていない。売上げをもっと上げろ」など、たびたび怒鳴られるというパワハラを受け、体調を崩してしまいました。
時期 出来事
採用時 タクシー会社Yに乗務員として入社(あっせん申請の5年前)
勤務中 部長からの叱責が繰り返され、徐々に体調が悪化。主治医から休業するよう命じられる。
最初の解雇通告 仕事を休みがちになったため、Y社から解雇を通告される。Xは納得できず、知人に相談しながら会社に意見を伝えた。
解雇撤回・休職へ 社長との話し合いの結果、解雇は撤回。「体調が良くなったら職場へ戻るように」と言われ、Xは休職することに。傷病手当金を受給しながら療養。
11月3日 部長から連絡があり、「11月末までに退職届を提出し、健康保険証を返還するように」と命じられる。
あっせん申請 Xはこれを解雇と受け止め、都道府県労働局にあっせんを申請。
■ 労働者X(申請人)の主張
部長からのパワハラにより精神的苦痛を受け、体調不良で休みがちになった。解雇はいったん撤回され、傷病手当金を受給しながら休職していたが、11月に再び解雇ともいえる通告を受けた。解雇予告手当相当額30万円・年休15日分の買取り20万円・慰謝料50万円の合計100万円の支払いと、会社都合退職の扱いを求める。Y社で働き続けるつもりはないが、通院が必要であり、今後の生活補償をしてほしい。
■ 会社Y(被申請人)の主張
就業規則には「休職期間は3カ月を限度とし、回復しない場合には自主退職とする」と定めている。Xにはさらに3カ月延長して様子を見ていたが、いつまでも延ばすことはできず、「復職できない場合は11月末で退職すること」と説明し合意を得ていた。その後Xから連絡が取れない状態が続いたので退職を求めただけで、解雇したわけではない。パワハラについては社内調査を実施したが、その事実は確認できなかった。一定の金銭解決には応じるが、会社都合退職には応じない。
✦ あっせんの結果
労働契約を終了する点では双方に争いがなかったため、解決金の額と退職理由の調整が焦点となりました。あっせん委員はパワハラの事実の有無の証明にとらわれることなく双方に歩み寄りを促し、Y社には金額面での譲歩を粘り強く説得。最終的に、Xは11月30日付けの自主退職とし、Y社がXに解決金45万円を支払うことで合意が成立しました。
3. 法的論点の解説
■ 論点1:パワハラと精神疾患の業務起因性 ―― 解雇制限の壁

パワハラにより発症した精神疾患が「業務上の疾病」と認められる場合、労働基準法19条1項により、療養のために休業する期間およびその後30日間は解雇が禁止されます(解雇制限)。実際に、うつ病で休職した労働者に対する休職期間満了解雇について、うつ病の業務起因性を認めて労働基準法19条1項違反により解雇を無効と判断した裁判例として、東芝(うつ病・解雇)事件(東京地裁平成21年5月18日判決・東京高裁平成23年2月23日判決)があります。

業務起因性の判断には、厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月1日付け基発0901第2号)が用いられます。同基準では、発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷(総合評価「強」)が認められること等が認定要件とされ、「業務による心理的負荷評価表」の具体的出来事には「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」が明記されています。

本事例では、部長からの繰り返しの叱責があったとされており、その態様・頻度によっては業務起因性が問題となり得た事案です。もし労災認定がなされていれば、休職期間満了による退職・解雇の効力が否定される重大なリスクがありました。

なお、本事例でXは健康保険の傷病手当金を受給しています。傷病手当金は「業務外」の傷病を対象とする給付であり、業務上の疾病であれば本来は労災保険の休業補償給付の対象です。「私傷病として傷病手当金で処理しているが、実は原因が職場のパワハラにある」というねじれは実務上しばしば見られ、後に労災申請・紛争へ発展する火種となります。
【補足】解雇制限の例外
労働基準法19条1項ただし書により、使用者が打切補償(同法81条:平均賃金の1200日分)を支払った場合や、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合(行政官庁の認定が必要)には、解雇制限は適用されません。打切補償による解雇の可否については、労災保険の療養補償給付を受ける労働者にも打切補償による解雇を認めた最高裁判例(専修大学事件・最高裁平成27年6月8日判決)があります。
■ 論点2:休職期間満了による退職・解雇の有効性

休職期間満了による退職・解雇が有効と認められるためには、一般に次の点がポイントとなります。

@ 就業規則に休職制度および休職期間満了時の取扱い(自然退職か解雇か)が明確に規定されていること
A 休職の原因が「私傷病」であること(業務上の疾病でないこと)
B 復職の可否について、医師の診断等を踏まえた適切な判断がなされていること
C 手続が適正に行われていること(満了時期や満了後の取扱いについての十分な説明)

本事例のY社は、就業規則上の休職期間3カ月をさらに3カ月延長しており、一定の配慮は見られます。しかし、休職の原因がパワハラにあるとすれば、上記Aの前提が崩れ、私傷病休職制度の適用自体に疑義が生じます。また、退職をめぐるやり取りが部長からの電話連絡(退職届の提出と保険証返還の指示)で行われたことで、Xはこれを「解雇」と受け止めました。会社は「合意を得ていた」と主張しましたが、書面による合意の証拠が示された形跡はなく、「退職合意の立証」という使用者側の弱点が露呈した事案ともいえます。
■ 論点3:労働局あっせん制度の意義と特徴

本事例で注目すべきは、あっせん委員が「パワハラの事実の有無の証明にとらわれることなく」解決に向けた調整を行った点です。あっせんは、裁判のように白黒をつける場ではなく、双方の歩み寄りによる円満解決を目指す制度です。

個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づき、都道府県労働局の紛争調整委員会(弁護士・大学教授・社会保険労務士等の専門家で構成)が実施するあっせんには、次の特徴があります。

・期日は原則1回で、申請から終了まで約2か月程度と迅速
・費用は無料、手続は非公開でプライバシーが保護される
・合意が成立した場合、合意内容は民法上の和解契約としての効力を持つ
・参加は任意であり、相手方が不参加の場合は打ち切りとなる(あっせん案の受諾も強制されない)

「合意しても意味がない」と誤解されることがありますが、成立した合意は和解契約として当事者を法的に拘束します。一方で、参加もあっせん案の受諾も強制されないため、対立が深い事案では解決に至らないこともあります。その場合、労働者側が労働審判や訴訟へ進む可能性を見据えた対応が必要になります。
4. 使用者側が注意すべき実務ポイント
🔷 ポイント1:休職の原因が「業務上」か「私傷病」かを見極める

従業員が精神疾患に罹患した場合、まず確認すべきはその原因です。主治医の診断書や産業医の意見を確認するとともに、上司・同僚へのヒアリングを通じて労働環境を調査しましょう。業務上か否かが微妙な場合は、安易に休職期間満了による退職処理を行わず、労災申請に協力しつつ判断を慎重に行うことが、結果的に紛争リスクを下げます。
🔷 ポイント2:パワハラの事実調査を記録に残す

本事例でY社は「社内調査を実施したがパワハラの事実は確認できなかった」と主張していますが、紛争の場ではその調査が十分なものであったかが問われます。パワハラの申告・兆候があった場合は、行為者・被害者双方からのヒアリング、周囲の従業員への確認、調査結果の記録化を確実に行い、記録を保全しておくことが重要です。現在はパワハラ防止法により、相談体制の整備や事後の適切な対応が事業主の義務とされています。
🔷 ポイント3:休職期間中のコミュニケーションと書面化を丁寧に

Y社は「連絡が取れない状態が続いた」と主張していますが、休職中の従業員に対しては、定期的な状況確認と丁寧な説明が求められます。特に、休職期間の満了時期と満了後の取扱いは書面で明確に通知し、合意を得るなら合意書を取り交わすことが不可欠です。本事例のように電話・口頭でのやり取りに頼ると、「解雇された」「聞いていない」という認識の食い違いが紛争に直結します。
🔷 ポイント4:就業規則の休職規定を確認・整備する

休職期間の長さ、延長の有無・基準、満了時の取扱い(自然退職か解雇か)、復職判定の手続など、就業規則の休職規定が実態に即しているかを定期的に見直しましょう。特に、休職命令の対象を「私傷病」に限定する明文があるか、復職判定における主治医・産業医の意見の位置づけが定められているかは、紛争予防の観点から重要なチェック項目です。
🔷 ポイント5:あっせんへの対応を軽視しない

あっせんへの参加は任意であり、拒否することも可能です。しかし、拒否すれば労働者が労働審判や訴訟に進む可能性があり、訴訟になれば弁護士費用や時間的コストは大きく膨らみます。本事例のように、あっせんの場であれば解決金45万円・約2か月程度という比較的低コスト・短期間での解決が実現できる場合もあります。申立てを受けた際は、感情的に拒否するのではなく、紛争全体のリスクを見渡したうえで参加の可否と落としどころを検討しましょう。
■ 精神疾患による休職者対応 実務チェックリスト
☐ 就業規則の休職規定(期間・延長・満了時の取扱い・復職判定手続)は実態に即して整備されているか
☐ 精神疾患の原因が業務上か私傷病かを調査・判断したか(パワハラ等の心理的負荷の有無を含む)
☐ パワハラの申告に対して、適切な事実調査と記録保全を行ったか
☐ 休職中の従業員への定期連絡・書面通知を実施しているか
☐ 休職期間満了前に復職判定(主治医の診断書・産業医面談等)を行ったか
☐ 退職の合意について書面による証拠を残しているか
☐ あっせんを申し立てられた場合の対応方針を専門家と確認したか
5. まとめ ―― 予防と対応の両面から
本事例は、「パワハラの予防」と「発生後の適切な対応」の双方が経営にとっていかに重要かを示しています。

【予防の観点】 現在では、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法30条の2。大企業は2020年6月1日施行、中小企業は2022年4月1日から義務化)により、すべての事業主にパワハラ防止のための雇用管理上の措置義務が課されています。相談窓口の設置、研修の実施、就業規則・社内規程への明記など、基本的な体制整備を確実に行いましょう。

【対応の観点】 万一パワハラの申告があった場合は、迅速かつ綿密な事実調査を行い、被害者への配慮措置を講じることが求められます。休職から退職に至る過程では、記録を残し、書面でのコミュニケーションを徹底し、判断に迷う場面では早期に専門家へ相談することをお勧めします。
▶ 当法人のサポート:休職制度の設計・運用支援
当法人では、休職規定の整備から復職判定の運用設計、休職者対応の個別支援までを一貫してサポートしています。詳しくは休職制度設計・支援サービスを、また、あっせん・労働審判等への対応については労働紛争解決サービスをご覧ください。
労務に関するご相談はこちら(無料相談受付中)
【根拠法令・判例・参考資料】
・労働基準法19条1項(解雇制限)、81条(打切補償)
・労働施策総合推進法30条の2(パワーハラスメント防止措置義務)
・個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(あっせん制度)
・厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日付け基発0901第2号)
・東芝(うつ病・解雇)事件(東京地裁平成21年5月18日判決・東京高裁平成23年2月23日判決、最高裁平成26年3月24日判決)
・専修大学事件(最高裁平成27年6月8日判決)
・労働新聞社「【助言・指導 あっせん好事例集】パワハラにより発症した可能性のある精神疾患の休職期間満了による解雇をめぐるあっせん事例」(2020年5月4日付。原出典:『都道府県労働局による 助言・指導 あっせん好事例集――職場のトラブルはどう解決されたのか』平成24年3月30日発行)
【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の事案に対する法的助言を行うものではありません。記事中の事例は公表資料に基づき再構成したものであり、当法人が関与した事案ではありません。具体的な事案への対応については、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。記事の内容は執筆時点の法令・公表情報に基づきます。
執筆者
三重 英則
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員
社会保険労務士法人T&M Nagoya
名古屋市中区丸の内2-14-4 エグゼ丸の内206号 
TEL:052-211-7430
https://www.mh5.jp/