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2025年7月24日、東京地方裁判所は、業務上の適応障害により平成27年(2015年)から長期休業し、かつ労働災害(労災)の認定を受けていた従業員2名に対して令和4年(2022年)5月に行われた解雇について、労働基準法第19条第1項(解雇制限)に違反しないとの判断を示しました(一般財団法人あんしん財団事件)。 本判決は、「労災認定を受けていれば、どれだけ長期間が経過しても解雇できない」という実務上の根強い誤解に一石を投じる重要な判断です。精神疾患による長期休業者の処遇に悩む中小企業経営者・人事担当者の皆様にとって、実務上の重要な指針となる判例ですので、当法人の視点から徹底解説いたします。
1. 事案の概要当事者と休職の経緯本件の被告は、中小企業向けの保険サービス等を提供する一般財団法人あんしん財団です。原告となった従業員2名(原告甲・原告乙)は、平成27年(2015年)6月頃から休職を開始しました。 判決によれば、原告甲は平成27年3月中旬に適応障害を発病したとされ、その後同年6月から休職しています。なお、原告甲は平成29年6月に一旦復職したものの、平成30年9月から再び休職に入るという経過をたどっており、適応障害という精神疾患の特性を象徴する不安定な病状推移でした。 労災認定と長期化、そして解雇原告らの適応障害は、業務上の事由による精神疾患として労災認定を受け、労災保険制度を通じて療養補償給付が支給されていました。 しかし、発症から約7年が経過した令和4年(2022年)5月、被告は原告ら2名を解雇しました。原告らは労災認定を受けていたことから、解雇が労働基準法19条1項本文に反し無効か否かが主たる争点となりました。
2. 裁判所の判断と理由
判断の骨格:相当因果関係の否定裁判所は、厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(令和5年7月)を引用したうえで、令和4年5月の解雇時点において、原告らの発症と休業との間にはもはや相当因果関係が認められないと判断しました。この結論を支える医学的・事実的根拠を、判決は丁寧に積み上げています。 根拠@:療養期間の医学的目安を大幅に超過判決が引用した同報告書は、精神疾患の療養期間について次のような医学的知見を示しています。
原告甲は平成27年3月中旬に適応障害を発病しており、令和4年5月の解雇時点では7年間余りが経過していました。これは上記の医学的目安を大幅に超過するものであり、裁判所は原告甲の発病と解雇当時の休業との間の相当因果関係を認めるに足りないと判断しました。 根拠A:症状固定の医学的判断時期の経過(原告乙)同報告書は、症状固定の有無を判断すべき時期として、次のような指針も示しています。
判決は、原告乙について、主治医等との間で症状固定と判断されるか否かについて具体的に検討されていなかったことを相当因果関係を否定する根拠の一つとして指摘しました。つまり、報告書が示す「1年6か月〜3年」という節目の医学的評価が適切になされていなかった状態で長期休業が継続していた点が重視されたのです。 根拠B:労災保険における「治ゆ(症状固定)」の意義裁判所が引用した報告書は、労災保険制度における「治ゆ」の意義についても重要な整理を行っています。
また、業務による心理的負荷により精神障害を発病し休業することとなった事案については、休業により基本的にストレス要因からは離れている状況にあるといえる点に留意する必要があるとも指摘されています。 つまり、精神障害による休業は、業務上のストレス因子から離脱した環境にあるため、長期間経過すれば回復か症状固定に至るはずであり、いつまでも「療養のための休業」が続くとは考えにくいという医学的前提が、本判決の背景にあるわけです。
3. 解雇制限と打ち切り補償の法的枠組み本判決の位置づけを正確に理解するため、業務上傷病者に関する解雇制限と打ち切り補償の関係を整理しておきます。
※ 労働者災害補償保険法19条により、傷病補償年金を受給して3年を経過した場合は打ち切り補償を支払ったものとみなされます(最判平成27年6月8日・専修大学事件)。 4. 実務上の重要ポイント ― 当法人からの提言ポイント@:労災認定 ≠ 永遠の解雇禁止本判決が示した最大のメッセージは、「労災認定を受けているからといって、永遠に解雇できないわけではない」という点です。業務上の傷病の療養のために休業している期間中は解雇が禁止されますが、療養期間が長期化し、業務上の傷病と休業との相当因果関係が失われれば、解雇制限の適用は否定されます。 ポイントA:「1年6か月〜3年」の医学的評価ゾーン本判決が参照した報告書が示す「療養開始から1年6か月〜3年経過時点」は、症状固定の有無を医学的に判断すべき極めて重要なゾーンです。この時期に主治医の意見に加え、専門医の医学的判断も求めておくことが、後日の紛争において決定的な意味を持ちます。 本件の原告乙は「主治医等との間で症状固定と判断されるか否かについて具体的に検討されていなかった」ことが相当因果関係否定の根拠の一つとされました。この時期の医学的評価を怠ると、労働者側にも使用者側にも不利に働き得る点は銘記すべきです。 ポイントB:休業中の症状確認と記録化本件を評釈した弁護士も指摘しているとおり、実務面において重要なのは、療養期間の目安を超えて休業している労働者がいる場合に、会社担当者が面談や電話等を通じて症状や治療状況を確認し、症状に変動がないこと等の症状固定状態を確認・記録しておくことです。本件のような紛争に発展した場合、これらの記録が使用者側の重要な立証資料となります。
ポイントC:精神障害特有の留意点 ― 「ストレス要因からの離脱」本判決が引用した報告書は、精神障害による休業について、「休業により基本的にストレス要因からは離れている状況にある」点に留意すべきと指摘しています。これは、業務ストレスを原因とする適応障害等の場合、休業により原因から物理的に離脱しているため、合理的な期間を経れば回復または症状固定に至るはずであるという医学的前提を示すものです。 企業としては、この医学的前提を理解したうえで、漫然と休業を継続させず、段階的に医学的評価を重ねていく姿勢が求められます。 ポイントD:就業規則・休職規定の整備本件のような長期休業事案を想定し、就業規則の休職規定には以下の項目を整備しておくことが重要です。
5. まとめ一般財団法人あんしん財団事件(東京地判令和7年7月24日)は、精神疾患による長期休業事案における解雇制限の適用範囲について、実務上極めて重要な判断を示しました。
精神疾患による長期休業者への対応は、多くの企業が苦慮する問題です。本判決を踏まえ、「労災認定後は手を付けられない」という誤った認識を改め、適切な医学的評価と継続的な記録化を並行して進めることが、企業リスクの低減と労働者保護の双方に資するものといえます。 当法人は、経営者の皆様と共に最善の解を導き出す伴走者として、休職制度の整備から長期休業者への個別対応まで、誠実にサポートいたします。 【根拠法令・参考判例】・労働基準法第19条第1項・第2項(解雇制限)
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