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作成日:2026/09/23
賃金不払い128億円のうち110億円が支払われた 令和7年の監督指導結果に表れた解決率の低下と業種の偏り(厚生労働省 令和8年8月21日公表)
労務トピックス
賃金不払い128億円のうち110億円が支払われた
令和7年の監督指導結果に表れた解決率の低下業種の偏り(厚生労働省 令和8年8月21日公表)
2026年9月23日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士)

おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。

厚生労働省は令和8年8月21日、令和7年における賃金不払事案に対する監督指導結果を公表しました。定期賃金や割増賃金の不払いが疑われる事業場を調査し、確認された不払いは128億5,782万円。労働基準監督署の指導により109億9,703万円が労働者に支払われています。

総額は前年から43億5,331万円減りました。報道もこの減少に触れています。しかし公表資料の内訳まで読むと、単純な改善とは言い切れない動きが見えます。件数は前年より増え、支払われないまま残った金額は約10億円から約18.6億円へ増えているのです。この記事では、公表された数字と2つの監督指導事例から、自社で何を点検すべきかを整理します。

📌 この記事でわかること

✓ 令和7年に労働基準監督署が取り扱った賃金不払事案は22,605件(前年比251件増)、対象労働者数は173,016人(12,181人減)、金額は128億5,782万円(43億5,331万円減)であったこと

✓ 金額ベースの解決率が前年の約94.2%から85.5%へ低下し、支払われなかった金額が約10億円から約18億6,000万円へ増えていること。ただしこの中には倒産や事業主の行方不明、翌年への繰越しによるものが含まれます

✓ 件数が最も多いのは商業(20.8%)だが、対象労働者数と金額はいずれも保健衛生業が最多で、47,033人・27.1億円を占めること

✓ 1人当たりの平均額は全体で約7.4万円にとどまる一方、教育・研究業は約15.3万円と突出しており、業種によって不払いの型が異なること(いずれも公表数値からの当法人の試算)

✓ 公表された監督指導事例は、始業直前と終業直後の15分間を一律に切り捨てていた事例と、月20時間分の固定残業代を支払いながら超過分と深夜分を支払っていなかった事例の2件であること

賃金不払いは、悪意ではなく運用ルールとして固定化されたときに、最も大きな金額になります。

1 公表された数字

厚生労働省が公表した令和7年の数値を、前年(令和6年)の公表値と並べます。前年の数値は令和6年分の公表資料によるものです。

区分 令和6年 令和7年
取り扱った事案の件数 22,354件 22,605件(251件増)
対象労働者数 185,197人 173,016人(12,181人減)
不払いの金額 172億1,113万円 128億5,782万円(43億5,331万円減)
支払われた件数 21,495件(96.2%) 21,731件(96.1%)
支払われた労働者数 181,177人(97.8%) 167,828人(97.0%)
支払われた金額 162億732万円(約94.2%) 109億9,703万円(85.5%)
支払われなかった金額 約10億381万円 約18億6,079万円(14.5%)

令和6年の解決率と支払われなかった金額は、公表された件数・金額から当法人が計算したものです。また、公表資料の注記によれば、支払われなかったものの中には翌年に繰り越しになったもの、倒産や事業主の行方不明により支払われなかったもの、一部のみ支払われたものが含まれるとされています。したがって、支払われなかった金額のすべてが労働者の手に渡らずに終わったとは限りません。企業規模別の内訳や、1件当たり金額の階層別の集計は、公表資料には掲載されていません。

2 金額は減ったのに、支払われなかった額は増えた

この公表資料でまず目を向けるべきは、解決率の内訳です。

件数ベースの解決率は96.2%から96.1%、労働者数ベースは97.8%から97.0%と、ほとんど変わっていません。ところが金額ベースだけが、約94.2%から85.5%へ8.7ポイント低下しています。指導した事案の大半は解決している。それでも、金額の面では支払われずに残った部分が前年の約1.9倍にふくらんだことになります。

件数と人数の解決率が保たれたまま、金額の解決率だけが落ちるという形は、金額の大きい事案が解決しなかったことを示します。公表資料の注記が挙げる倒産や事業主の行方不明は、まさに金額の大きい事案で起こりやすい事情です。不払いの総額が減ったという事実と、支払われなかった額が増えたという事実は、両立します。

経営者の視点から見れば、ここに1つの含意があります。未払賃金は、支払能力があるうちに解決するしか方法がない負債であるということです。労働基準監督署の指導は、支払能力を生み出すものではありません。資金繰りが悪化してからでは、指導があっても支払われません。未払賃金は簿外に置かれやすい負債ですが、金額が大きいほど、遅れることの代償も大きくなると考えられます。

3 どの業種で、どういう型で起きているか

業種別の内訳は、報道の本文には現れない部分です。公表資料に掲載された数値を整理します。

業種 件数 対象労働者数 金額 1人当たり(試算)
保健衛生業 3,620件(16.0%) 47,033人(27.2%) 27.1億円(21.1%) 約5.8万円
製造業 4,370件(19.3%) 43,028人(24.9%) 26.0億円(20.2%) 約6.0万円
商業 4,701件(20.8%) 20,568人(11.9%) 13.0億円(10.1%) 約6.3万円
建設業 2,290件(10.1%) 11,877人(6.9%) 10.6億円(8.2%) 約8.9万円
接客娯楽業 2,813件(12.4%) 10,214人(5.9%) 公表資料の上位に記載なし
教育・研究業 公表資料の上位に記載なし 7,459人(4.3%) 11.4億円(8.9%) 約15.3万円
運輸交通業 1,152件(5.1%) 公表資料の上位に記載なし 公表資料の上位に記載なし
全体 22,605件 173,016人 128億5,782万円 約7.4万円

1人当たりの金額は、公表された金額を対象労働者数で割った当法人の試算です。金額は億円単位で公表されているため、概数となります。また公表資料は業種別の上位のみを示しているため、一部の業種は件数・労働者数・金額のいずれかが不明です。

この表から読み取れることは、業種によって不払いの型が違うということです。件数で最も多いのは商業ですが、1件当たりの規模は小さく、労働者数と金額では保健衛生業と製造業が大きく上回ります。保健衛生業は1人当たり約5.8万円で全体平均を下回っており、多数の労働者に少額の不払いが薄く広く積み上がる型であることがうかがわれます。交代制勤務、申し送りや準備の時間、拠点ごとに異なる運用といった要因が考えられますが、公表資料に原因の分析は示されていません。

対照的に、教育・研究業は対象労働者数では4.3%にとどまる一方、金額では8.9%を占め、1人当たりは約15.3万円と全体平均の2倍を超えます。少数の労働者に相対的に大きな不払いが生じた型と考えられます。映画・演劇業も金額では8.2億円(6.4%)を占めますが、件数と労働者数の上位には現れていません。

自社の業種が上位にあるかどうかは、それ自体が結論ではありません。重要なのは、自社の不払いは「少額×多人数」の型なのか、「高額×少人数」の型なのかを見極めることです。前者は労働時間の把握方法に原因があり、後者は賃金制度の設計に原因があることが多く、点検の入口が変わります。

4 事例1 始業直前と終業直後の15分を切り捨てていた

公表資料に掲載された監督指導事例の1つは、自動車・同付属品製造業の事業場で、始業直前や終業直後の15分間を一律に切り捨てていたため割増賃金が支払われていなかったというものです。労働基準監督署は、過去の時間外労働の実態調査と、その結果に基づく割増賃金の支払いを指示し、是正後は業務に従事した時間について割増賃金を支払う運用に改善されたとされています。

この型は、悪意から生まれるものではありません。始業前に到着した者が着替えや準備をしている、終業後に片付けや日報を書いている。その時間を賃金計算に入れると事務が煩雑になるため、「15分未満は切り捨て」という社内ルールが作られる。多くの場合、就業規則や賃金規程ではなく、給与計算の実務慣行として定着しているところに特徴があります。

しかし労働時間の端数処理について、行政解釈が認めている範囲は限られています。昭和63年3月14日基発150号は、1か月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げることを認めるにとどまります。日ごとに端数処理をすることは認められていません。1日15分の切り捨ては、この枠を明確に超えています。

では、始業前や終業後の時間はどこまで労働時間になるのか。判断の枠組みは、三菱重工業長崎造船所事件(最高裁判所第一小法廷平成12年3月9日判決)が示した、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間かどうかという客観的な基準です。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日基発0120第3号)も、この考え方を前提に、使用者が始業・終業時刻を確認し記録することを求めています。

実務上の分岐点は、その時間の作業が義務づけられているか、事実上そうせざるを得ない状態にあるかです。制服や保護具への着替えが業務上不可欠で、事業場内で行うことが指示されていれば労働時間に当たり得ます。逆に、早く着いた者が自主的に休憩している時間は労働時間ではありません。1日15分の差が、100人・3年分で積み上がるとどれほどの金額になるかは、一度計算してみる価値があります。

5 事例2 固定残業代の超過分と深夜分が未払いだった

もう1つの事例は、建設資材卸売業の事業場で、月20時間分の固定残業代の制度を設けていたものの、20時間を超える時間外労働の割増賃金と、深夜労働の割増賃金が支払われていなかったというものです。是正後は、超過分と深夜分を別途支払う運用に改善されたとされています。

固定残業代、いわゆる定額残業代の制度自体は、否定されているものではありません。ただし、割増賃金の支払として有効に機能するためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分を判別することができること、いわゆる明確区分性が必要とされています(高知県観光事件・最高裁判所第二小法廷平成6年6月13日判決、テックジャパン事件・最高裁判所第一小法廷平成24年3月8日判決、日本ケミカル事件・最高裁判所第一小法廷平成30年7月19日判決)。そして、定額の枠を超えた時間分は、当然に別途支払う必要があります。

本事例で見落とされていた深夜労働の割増賃金は、とくに注意を要します。深夜割増は労働基準法37条4項に基づく別枠の割増であり、時間外労働の固定残業代に含まれていると当然に扱うことはできません。「残業代は月○万円で込み」という説明が、深夜割増まで含む趣旨として通用するとは限らないということです。深夜時間帯の勤務がある業種では、この点の設計を確認しておく必要があると考えられます。

なお、この型の不払いは、1人当たりの金額が大きくなりやすい構造を持っています。固定残業代は賃金規程に組み込まれた制度であるため、対象となる従業員の全員に、在職期間の全体にわたって同じ不足が生じます。1人の請求が制度全体の見直しに直結するため、紛争としての広がりも大きいと考えられます。

6 自社で点検すべき5項目

公表資料の2つの事例を自社に引きつけて読むなら、確認すべきは次の点です。

点検1 労働時間を日ごとに切り捨てていないか

15分単位、30分単位での丸めは、給与計算ソフトの設定として残っていることがあります。認められるのは1か月の合計に生じた1時間未満の端数の処理だけです(昭和63年3月14日基発150号)。設定画面まで確認してください。

点検2 打刻と賃金計算の乖離を説明できるか

入退場記録やパソコンのログと、賃金計算上の労働時間がずれている場合、その差を説明できる記録があるかが問われます。ガイドライン(平成29年1月20日基発0120第3号)は、自己申告制による場合に実態調査を行うことなどを求めています。「差があるが理由は分からない」という状態は、監督指導でも訴訟でも不利に働きます。

点検3 固定残業代の超過分を毎月計算しているか

固定残業代の制度があるなら、対象時間数、明確区分性、超過分の精算、深夜割増の扱いの4点を確認してください。超過分の計算を毎月していないなら、制度は割増賃金の支払として機能していません。採用時の説明資料と賃金規程の記載が一致しているかも重要です。

点検4 拠点ごとの運用差を把握しているか

保健衛生業のように多拠点・交代制の事業では、同じ規程のもとで拠点ごとに異なる運用が生まれます。申し送り、朝礼、着替え、清掃、待機の扱いを拠点別に洗い出し、規程どおりに運用されているかを確認してください。労働基準監督署の調査は事業場単位で行われます。

点検5 遡ったときの金額規模を把握しているか

賃金請求権の消滅時効は5年ですが、労働基準法附則143条3項により当分の間3年とされています(同法115条)。現在の不足額に、対象人数と36か月を掛けた金額が、潜在的な負債の規模です。訴訟では同法114条による付加金の支払を命じられることもあります。金額を知らないままの経営判断は、想定外の資金流出につながると考えられます。

7 当法人の視点

この公表資料を「不払いが43億円減った」という見出しで読み終えるのは、もったいないと当法人は考えます。件数は前年より増えています。金額の増減は、大型事案が1件あるかないかで大きく振れます。総額の推移は、企業の遵法意識の指標としてはあまり役に立ちません。

むしろ実務にとって意味があるのは、1人当たり約7.4万円という水準です。この金額は、労働者1人が声を上げるには小さすぎます。だから端数切り捨て型の不払いは、長い間そのまま続きます。しかし労働基準監督署の調査が入れば、対象は全従業員×遡及期間に一気に広がります。1日15分の切り捨てを月20日続ければ1人月5時間分、割増込みの単価を1,500円とすれば1人月7,500円です。これが100人・36か月なら2,700万円になります。1人分が少額であることは、リスクが小さいことを意味しません。

公表された2つの事例に共通するのは、いずれも個人の不正ではなく、制度や慣行として組み込まれた不払いだという点です。担当者は指示どおりに給与計算をしていた。だからこそ、発見されたときには全社・全期間に及びます。逆に言えば、点検すべき対象は限られています。給与計算ソフトの丸め設定、固定残業代の精算処理、拠点ごとの労働時間の拾い方。この3つを確認するだけで、多くの会社は自社の型を把握できると考えられます。

当法人の見解

賃金不払いの是正は、過去の清算と将来の設計の2つに分かれます。多くの会社は、監督指導を受けてから過去の清算に追われることになりますが、そのときには金額も期間も会社側で選べません。先に自社で計算しておけば、支払方法と時期を経営判断として設計できます。これは労働者にとっても、支払能力があるうちに解決されるという点で利益になります。

今回の公表資料が示した金額ベースの解決率の低下は、その意味で重い数字です。指導があっても、支払われない金額が増えている。未払賃金は、時間が経つほど解決の選択肢が狭くなる負債です。総額が減ったという見出しの裏側にあるのは、この構造だと考えられます。

まとめ

令和7年の賃金不払事案は22,605件、対象労働者173,016人、金額128億5,782万円で、指導により109億9,703万円が支払われました。金額は前年から43億5,331万円減った一方、金額ベースの解決率は約94.2%から85.5%へ低下し、支払われなかった額は約18億6,000万円に増えています。件数は商業が最多、対象労働者数と金額は保健衛生業が最多で、業種によって不払いの型が異なります。公表された監督指導事例は、1日15分の一律切り捨てと、固定残業代の超過分・深夜分の不払いでした。

当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。監督指導を受けてから清算するのではなく、自社の不払いの型と金額を先に把握し、支払方法と制度の見直しを経営判断として設計するところまでを、一緒に進めてまいります。

自社の未払賃金の規模を、把握できていますか

労働時間の端数処理の点検、固定残業代の設計見直し、遡及額の試算、労働基準監督署の調査対応まで、
社会保険労務士法人T&M Nagoya がご相談をお受けします。

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【根拠法令】

労働基準法24条(賃金の全額払い)、32条(労働時間)、37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金。深夜割増は同条4項)、108条(賃金台帳)、109条(記録の保存)、114条(付加金)、115条(時効)、119条1号(罰則)、附則143条3項(賃金請求権の消滅時効を当分の間3年とする経過措置)/厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日基発0120第3号)/労働時間及び割増賃金の端数処理に関する行政解釈(昭和63年3月14日基発150号)/厚生労働省「賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和7年)」(令和8年8月21日公表)および同「(令和6年)」

【参考判例】

三菱重工業長崎造船所事件・最高裁判所第一小法廷平成12年3月9日判決(労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、客観的に定まるとした事案)/高知県観光事件・最高裁判所第二小法廷平成6年6月13日判決/テックジャパン事件・最高裁判所第一小法廷平成24年3月8日判決/日本ケミカル事件・最高裁判所第一小法廷平成30年7月19日判決(いずれも定額残業代が割増賃金の支払として有効となるための要件に関する事案)

【免責事項】

本記事は2026年9月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。1人当たり金額および令和6年の解決率は、公表数値から当法人が計算した試算です。企業規模別および金額階層別の内訳は公表資料に掲載されていないため扱っていません。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。当法人は、労働時間管理の点検、賃金規程および固定残業代の設計見直し、遡及額の試算、就業規則の整備、労働基準監督署の調査への対応支援を担い、未払賃金請求訴訟その他の交渉代理・訴訟対応が必要な局面では提携する弁護士と連携して対応いたします。

この記事を書いた人

三重 英則(HIDE)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)

特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)

法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。