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おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。 36協定は、毎年決まった時期に書式を整え、労働基準監督署に届け出て、受理印をもらう。多くの会社で、そこまでを一連の作業として済ませていると思います。届出が受理されたのだから協定は有効である、という理解も広くあります。 労働新聞社が報じた愛媛県の送検事例は、その理解に警告を出すものです。会社は36協定を締結していました。それでも労働基準監督署は、過半数代表を適正に選出していなかったため協定は無効と判断し、有効な36協定がないまま時間外労働をさせたとして、法人と取締役を地方検察庁に書類送検しました。協定書の存在ではなく、誰をどう選んだかという手続が、刑事責任の分かれ目になっています。 |
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| 1 報じられた事実の整理 | ||||||||||||||||||||
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本件は、愛媛県宇和島市で自動車のタイヤ販売を営む有限会社と同社取締役が、松山地方検察庁に書類送検された事案です。労働新聞社の送検記事(2026年9月5日掲載)に基づき、報じられている範囲で整理します。 |
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なお、過半数代表の選出のどこに問題があったのか、具体的な選出方法、割増賃金が支払われていたかどうか、その後の処分の見込みについては、掲載記事からは確認できていません。当法人は捜査資料も判断の詳細も確認できていないため、本記事は労働新聞社の掲載記事に依拠して解説します。書類送検は捜査機関に事件を送る手続であり、有罪が確定したことを意味するものではありません。また、本記事では事業者名の記載を避け、業種と所在地の範囲で扱います。 |
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| 2 なぜ「協定はあるのに無効」になるのか | ||||||||||||||||||||
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労働基準法32条は、1週40時間、1日8時間を超えて労働させてはならないと定めています。この枠を超えて働かせるためには、同法36条1項により、事業場に労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、ないときは労働者の過半数を代表する者と書面による協定を結び、行政官庁に届け出る必要があります。 36協定の役割は、この規制の違反を免れさせることにあります。協定と届出がそろえば、その範囲内の時間外労働は法定労働時間規制の違反にならない。逆に言えば、協定が無効であれば、免罰の効果は最初から生じません。時間外労働をさせた事実がそのまま違反になります。本件で問われているのは、まさにこの構造です。 では、過半数代表者はどう選べばよいのか。要件は労働基準法施行規則6条の2第1項に2つだけ定められています。 |
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見落とされやすいのが母数です。「労働者の過半数」は事業場単位で数え、パートタイマー、アルバイト、管理監督者、休職中の者も含めた全労働者が母数になります。正社員だけで過半数を計算していた場合、代表者の選出そのものが要件を欠くことになります。 そして、届出の受理は有効性の証明ではありません。労働基準監督署の窓口では、協定書の必要記載事項や限度時間の範囲といった形式が確認されますが、選出手続が実際にどう行われたかまでは審査されません。有効性の裏づけは、会社の側に記録として残っているかどうかにかかっています。本件で監督署が「適正に選出していなかった」と判断できたのも、調査の場でその裏づけが示されなかったからだと考えられます。 |
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| 3 この事業場の法定労働時間は1週44時間だった | ||||||||||||||||||||
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本件で報じられている送検の根拠条文は労働基準法32条ではなく40条です。ここには、規模の小さな事業場に認められた特例が関係しています。 労働基準法40条は、事業の特殊性に応じて労働時間や休憩に関する規定について厚生労働省令で別段の定めをすることを認めています。これを受けた同法施行規則25条の2第1項は、法別表第1第8号、第10号(映画の製作の事業を除く)、第13号及び第14号に掲げる事業のうち常時10人未満の労働者を使用するものについて、同法32条の規定にかかわらず1週間について44時間、1日について8時間まで労働させることができると定めています。いわゆる特例措置対象事業場です。 |
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タイヤの小売は商業に当たり、報じられた法定労働時間が1日8時間・1週44時間であったことは、同社が常時10人未満の事業場であったことを示しています。送検の根拠が40条とされているのは、超えた枠が32条の40時間ではなく、40条に基づく省令が定めた1日8時間・1週44時間の枠だったからと考えられます。罰則の水準は原則の場合と変わりません。 この特例には、注意すべき副作用があります。「うちは週44時間まで大丈夫」という理解が、労働時間管理そのものを緩めてしまうことです。特例は事業場単位の判定であり、常時使用する労働者が10人以上になった時点で1週40時間に戻ります。1年単位の変形労働時間制を採用する場合にも特例は使えません。人が増えた、拠点を統合した、パートを常態的に増やした、といった変化のたびに、前提が生きているかを確認する必要があると考えられます。 |
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| 4 月92時間のうち、立件は1日45分と1週9時間43分 | ||||||||||||||||||||
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本件で目を引くのは、報じられた時間外労働が最大の者で月92時間に上る一方、立件されたのが1日当たり45分と1週間で9時間43分にとどまっている点です。労働基準監督署は、一部のみを立件した理由を「証拠や供述を総合的に勘案した」とコメントしています。 刑事事件として立件するには、労働時間の存在を証拠で積み上げる必要があります。タイムカードや業務記録が一部の期間しか残っていない、時刻の裏づけが取れる日が限られている、といった事情があれば、確実に立証できる範囲に絞る判断はあり得ます。立件された時間が1日8時間の枠と1週44時間の枠に対応する形で示されていることからも、特例による法定労働時間の枠を確実に超えたと言える部分だけを取り出したものと考えられます。 ここから読み取るべきことは2つあります。第1に、立件された時間が小さいことは、違反が軽微であったことを意味しないということです。送検の対象になるかどうかは、時間の長さだけで決まるものではありません。第2に、記録が乏しいことは会社の利益にならないということです。刑事責任の範囲は絞られても、未払割増賃金の民事上の請求では、記録の不備は使用者側に不利に働くのが実務の傾向です。労働時間の記録は、監督署に対する説明の材料であると同時に、会社自身を守る材料でもあると考えられます。 なお、36協定が無効であることと、割増賃金の支払義務とは別の問題です。有効な協定がなくても、現に法定労働時間を超えて働かせた時間については、労働基準法37条により割増賃金を支払う義務が生じます。協定がないから残業代も発生しないという理解は誤りです。 |
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| 5 法人と取締役の双方が送検された理由 | ||||||||||||||||||||
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本件では、会社と同社取締役の双方が書類送検されています。これは労働基準法の罰則の構造によるものです。 同法10条は、使用者を「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」と定めています。違反行為をした自然人が処罰の対象となる一方、同法121条1項は、違反行為をした者が当該事業の労働者に関する事項について事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合には、事業主に対しても各本条の罰金刑を科すると定めています。いわゆる両罰規定です。代表権のない取締役は、この「使用人その他の従業者」に当たる典型例とされています。 同項ただし書は、事業主が違反の防止に必要な措置をしていた場合には罰金刑を科さないとしています。もっとも、この免責は容易には認められません。裁判例は、一般的抽象的に法違反のないよう注意しただけでは足りず、違反行為の防止のための具体的な注意義務の付与と個別的な監督等の措置が必要であるとしています。「現場に任せていた」という説明は、法人の責任を免れる理由になりません。 労務管理を現場の管理者に委ねている会社にとって、この構造は他人事ではありません。時間外労働の指示を出したのは店長であっても、責任は法人にも及びます。逆に、法人として労働時間の上限と協定の範囲を具体的に指示し、実績を確認する仕組みがあれば、それは免責の主張の土台になると考えられます。 |
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| 6 選出手続は民事の裁判でも争われている | ||||||||||||||||||||
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過半数代表者の選出手続の瑕疵は、送検という場面だけの問題ではありません。民事の裁判でも、協定の効力が正面から否定されています。 代表的なものがトーコロ事件(最高裁第二小法廷平成13年6月22日判決、労働判例808号11頁)です。会社は、全従業員で構成される親睦団体の代表者と36協定を締結していました。裁判所は、この親睦団体は労働組合ではなく、その代表者は労働組合の代表者でも労働者の過半数を代表する者でもないとして、36協定は無効であると判断しました。この事件では、残業命令を拒否したことを理由とする解雇の有効性が争われており、協定が無効であれば時間外労働を命じる根拠を欠くという形で、会社の人事上の判断そのものが覆っています。過半数代表者の選出方法をめぐっては、全日本検数協会事件(名古屋高裁昭和46年4月10日判決、判例タイムズ261号152頁)も参照されています。 直近では、松山大学の教授3人が専門業務型裁量労働制に関する労使協定の効力を争った事件で、令和8年7月7日、高松高等裁判所が過半数代表者の選出手続に問題があるとして協定を無効と判断し、大学側が敗訴したと報じられています。報道によれば大学は上告する方針であり、この判決は確定したものではありません。当法人は判決文の原文を確認できていないため、内容の詳細は本記事では扱いません。ただし、選出手続の適正さが裁判の場で厳しく検証される流れにあることは、押さえておく必要があると考えられます。 36協定に限った話でもありません。1か月単位の変形労働時間制、フレックスタイム制、事業場外みなし労働時間制、裁量労働制、賃金控除の協定、年次有給休暇の計画的付与。労使協定を前提とする制度はいずれも、同じ1人の過半数代表者の選出手続に効力を依存させていることがあります。選出が無効であれば、制度が連鎖的に土台を失う構造です。 |
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| 7 自社の36協定を点検する5項目 | ||||||||||||||||||||
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本件を自社に引きつけて読むなら、確認すべきは次の点です。 |
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| 8 当法人の視点 | ||||||||||||||||||||
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36協定の届出は、多くの会社で年に1度の事務作業として処理されています。書式は整い、押印もあり、受理印も付いている。それでも本件のように無効と判断される余地が残るのは、協定の有効性を支える事実が、書面のどこにも表れていないからです。誰が、いつ、どういう周知のもとで、どれだけの支持を得て選ばれたのか。この情報は、協定書の様式に書く欄がありません。だからこそ、意識して残さなければ残りません。 当法人が顧問先の労務監査で最初に確認するのも、協定書ではなく選出の記録です。IPOの労務監査やM&Aの労務デューデリジェンスの場面では、この記録の不在が過去の時間外労働全体の適法性に疑義を生じさせるため、後から作り直すことができない論点として扱われます。数年分の残業について「有効な協定がなかった」と評価されれば、影響は未払賃金の算定にまで及びます。送検という結末に至らなくとも、無効な協定は静かに負債を積み上げています。 |
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| まとめ | ||||||||||||||||||||
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愛媛・宇和島労働基準監督署の送検事例は、36協定を締結していた会社が、過半数代表を適正に選出していなかったことを理由に、有効な協定がないまま時間外労働をさせたとして法人と取締役を書類送検されたものです。同社は労働基準法40条と同法施行規則25条の2の特例措置対象事業場で、法定労働時間は1日8時間・1週44時間。立件は月92時間の時間外労働のうち1日当たり45分と1週間で9時間43分にとどまりました。 協定書は残ります。届出の受理印も残ります。しかし選出の記録は、意識して残さなければ何も残りません。当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。年に1度の届出を作業として終わらせるのではなく、有事に会社の判断を説明できる手続として組み立て直すところから、一緒に点検してまいります。 |
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