| 労務トピックス 人材定着 従業員「退職」で倒産、過去最多ペース ――「賃上げできず倒産」時代のキーマン流出対策 公開日:2026年9月|社会保険労務士法人T&M Nagoya |
| 📌 この記事の要点 ・2026年1-7月の「従業員退職型」倒産は83件。前年同期比約12%増で、コロナ禍以降5年連続の増加(帝国データバンク調査) ・このペースなら、初めて年間100件を超えた前年(124件)を大幅に上回り、単年で過去最多の更新が確実な情勢 ・目立つのは「価格転嫁できない → 賃上げ原資がない → 中核人材(キーマン)が流出する」という「賃上げできず倒産」の構図 ・少数の熟練技術者・中心メンバーに事業を依存する「キーマン依存」は、退職だけでなくケガや長期離脱でも事業を止める経営リスク ・対策の核心は「全員一律の賃上げ」ではなく、キーマンの特定・処遇の重点配分・属人化の解消・退職連鎖の初動対応 |
| おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。 「求人を出しても人が来ない」ではなく、「今いる人が辞めて、会社が続けられなくなる」――。そんな倒産が、過去最多のペースで増え続けています。 帝国データバンクの調査によると、2026年1-7月に判明した人手不足倒産のうち、従業員や経営幹部などの退職が直接・間接的な要因となった「従業員退職型」の倒産は83件。前年同期(74件)から約12%増え、コロナ禍の2022年以降、5年連続の増加となりました。 当法人では、2025年度の年間データ公表時にも「定着支援の重要性」という観点からこのテーマを取り上げました。今回はその続報として、直近データから浮かび上がってきた「賃上げできず倒産」という新しい構図と、「キーマン依存リスク」への実務対応に絞って解説します。 |
| 1. 最新データ ― 5年連続増、単年最多の更新が確実な情勢 |
| まず数字を確認します。「従業員退職型」倒産の件数推移は次のとおりです。 |
| 集計期間 | 件数 | 備考 |
| 2024年(通年) | 90件 | 当時の過去最多 |
| 2025年(通年) | 124件 | 初めて年間100件を突破 |
| 2026年1-7月 | 83件 | 前年同期(74件)比 約12%増 |
| このペースで推移すれば、単年で過去最多を更新することが確実な情勢と報じられています。 2026年1-7月の業種別では、「サービス業」が22件(全体の26.5%)で最多。老人福祉施設や美容室といった業界での発生が目立ちました。次いで「建設業」が20件で、1-7月として初めて20件台に到達。現場を担う職人や営業担当者の相次ぐ退職で事業運営が困難になったケースが報告されています。「運輸・通信業」も12件と、貨物自動車運送などを中心に前年同期(8件)から増加し、1-7月として初めて10件を超えました。 いずれも、労働集約型で、かつ少数の担い手に現場を依存しやすい業種です。この「依存」という視点が、本稿の後半のキーワードになります。 |
| 2. 「賃上げできず倒産」という新しい構図 |
| 今回の調査で特に注目すべきは、2025年以降の倒産事例に共通して見られる、次の因果連鎖です。 |
| 「賃上げできず倒産」の連鎖 @ 燃料費・資材費などのコストが上昇する A コスト上昇分を商品・サービス価格に転嫁できない B 利益が圧迫され、賃上げの原資を確保できない C 待遇に不満を持つ中核人材(キーマン)から先に流出する D 残った人員に負荷が集中し、退職が連鎖する E 受注をこなせなくなり、事業継続を断念する |
| 報道では、貨物運送を手がけていた会社が、受注環境の激化や燃料費の高騰で収益性が圧迫されるなか、ドライバーの賃上げを進めることができずに退職が相次ぎ、2026年5月に破産した事例や、内装工事会社で中核メンバーの独立・退職が相次いで人手不足が深刻化し、赤字経営のすえ2025年12月に事業継続を断念した事例が紹介されています。 ここで重要なのは、倒産の引き金が「採用の失敗」ではなく「流出の放置」であるという点です。帝国データバンクの企業動向調査(2026年4月実施)でも、正社員について2社に1社が人手不足を実感していると報じられており、労働市場の流動性が高まるなか、「待遇改善をしないことによる人材流出リスク」は、採用難と並ぶ――場合によってはそれ以上の――経営リスクとして顕在化しています。 |
| 3. 見落とされがちな「キーマン依存リスク」 |
| 従業員退職型倒産の背景には、賃金の問題だけでなく、事業の根幹を少数の熟練技術者や中心メンバーに依存している経営構造があります。調査でも、従業員のケガや長期離脱によるオペレーション能力の低下が倒産の原因となったケースが報告されています。つまり―― キーマン依存リスクは、「退職」だけで発現するものではありません。病気・ケガ・介護・メンタルヘルス不調による長期離脱でも、事業は同じように止まります。「あの人は辞めないから大丈夫」は、リスク対策として何の意味も持たないのです。 まずは自社の依存度を点検してみてください。 |
| ✅ キーマン依存度セルフチェック(1つでも該当すれば要対策) □ 特定の1〜2名が抜けたら、受注済みの仕事を納期どおりに完了できない □ 主要な取引先との関係が、特定の担当者個人に紐づいている □ 業務に必要な資格・免許の保有者が、社内に1名しかいない業務がある □ その人にしか分からない業務手順・ノウハウが、文書化されていない □ キーマンの処遇(賃金・役割・評価)を、直近1年以内に見直していない □ キーマンと経営者が、業務報告以外の対話を定期的に行っていない |
| 4. 実務対応 ― 賃上げ原資が限られる会社の5つの打ち手 |
| 「賃上げ原資がないのだから、打つ手がない」――そうではありません。原資が限られている会社こそ、配分と構造の見直しで差がつきます。当法人が中小企業の実務でお勧めしている打ち手を5つに整理します。 |
| @ キーマンを特定し、処遇を「重点配分」する 全員一律のベースアップが難しいなら、まず「この人が抜けたら事業が止まる」人材を特定し、限られた原資をそこに重点配分することを検討します。役割等級・手当(資格手当・職務手当等)・賞与配分の設計を見直せば、総額を大きく増やさずにキーマンの処遇を引き上げることは可能です。ただし、配分にメリハリをつけるほど評価・賃金決定のプロセスの納得性が問われます。基準を明文化し、本人に説明できる制度にしておくことが、不満による流出を防ぐ前提条件です。 |
| A 属人化を解消する ― 「辞めても止まらない」構造づくり キーマン依存の解消は、退職・離脱の両方に効く唯一の根本策です。具体的には、(1) 業務手順の文書化・動画化、(2) 主要業務の担当を必ず2名以上にする複数担当制、(3) 資格が必要な業務については計画的な資格取得支援、の3点から着手します。「教えたら自分の価値が下がる」とキーマンが感じないよう、ノウハウの共有・後進育成そのものを評価項目に組み込むことがポイントです。 |
| B 賃上げ原資を「作る」 ― 価格転嫁と公的支援の活用 原資の確保は労務管理の外側の話に見えますが、避けて通れません。取引先への価格転嫁の交渉材料として、労務費の上昇分を根拠資料付きで示すことは有効ですし、国も労務費の適切な転嫁に向けた指針を示して価格交渉を後押ししています。また、賃金引上げと生産性向上の取り組みを支援する助成金(業務改善助成金など)を活用できる場合があります。制度の要件・内容は年度により変わるため、活用をご検討の際は最新情報の確認が必要です。 |
| C 「退職連鎖」の初動対応を決めておく キーマンから退職の申出があった場合、慰留の可否だけに意識が向きがちですが、実務上より重要なのは残るメンバーへの影響を最小化する初動です。(1) 引継ぎ計画を退職日から逆算して即日着手する、(2) 残るメンバーの業務負荷を可視化し、負荷集中による連鎖退職を防ぐ、(3) 退職理由を感情的にならずヒアリングし、組織課題として記録する。なお、退職の意思が固い労働者を過度に引き留めることは在職強要などのトラブルに発展するおそれがあり、お勧めできません。 |
| D 流出の「兆候」を早期に把握する仕組みを持つ 退職の申出は「結果」であり、その前に必ず兆候があります。定期的な1on1面談、残業時間・有給取得状況のモニタリング、評価面談での本音の把握など、経営者がキーマンの状態を定点観測する仕組みを持つことが、最も費用のかからない流出対策です。特に、賃金への不満は退職面談で初めて表明されることが多く、「言われてから上げる」のでは手遅れになりがちです。 |
| 5. まとめ ― 「人が辞めて潰れる」は、防げる倒産 |
| 従業員退職型倒産の増加は、「賃上げ競争に体力で勝てない中小企業は淘汰されるしかない」という話ではないと、当法人は考えています。倒産に至った事例の多くに共通するのは、賃金水準そのものよりも、キーマンへの依存を放置し、流出の兆候を見逃し、退職の連鎖を止められなかったという経営プロセスの問題です。 処遇の重点配分・属人化の解消・初動対応の準備は、いずれも大きな原資がなくても着手できます。「うちのキーマンは誰か」「その人が明日から来なくなったら何が止まるか」――この問いから始めてみてください。 当法人では、賃金制度・評価制度の設計、就業規則の作成・改訂、退職をめぐるトラブルへの対応(労働紛争解決支援)、経営判断の難しい労務課題への継続的な伴走(高難度業務対応型顧問)まで、経営者と共に歩きながら「人が辞めても潰れない会社」づくりを支援しています。 |
| 人材流出・定着にお悩みの経営者の方へ キーマンの処遇設計から属人化の解消、退職トラブル対応まで 貴社の状況に合わせた実践的な打ち手をご提案します
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| 📖 根拠資料・出典 ・帝国データバンク「『従業員退職型』の倒産動向(2026年1-7月)」に関する報道(Yahoo!ニュース、2026年8月7日配信) ・帝国データバンク「『従業員退職型』の倒産動向(2025年)」(2026年2月7日公表) ・帝国データバンク「『従業員退職型』の倒産動向(2025年1-7月)」(2025年8月6日公表) ・帝国データバンク「全国企業倒産集計 2026年上半期報」(2026年7月8日公表) ・帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月)」(2026年5月19日発表) |
| ※本記事は2026年8月時点の公表情報・報道に基づいて作成しています。統計数値は速報値を含み、今後修正される可能性があります。助成金等の公的支援制度は年度・時期により要件が変更されるため、活用の際は必ず最新の公式情報をご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の法的助言を構成するものではありません。具体的な対応にあたっては、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。 |
| 執筆者 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員 「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」をミッションに、労働紛争の予防・解決支援から就業規則の整備、賃金・評価制度の設計、IPO・M&A労務監査まで、中小企業から上場準備企業まで幅広くサポートしています。 |