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作成日:2026/07/19
退職代行の次は「辞めさせるDX」? 海外で進むオフボーディングSaaSと、日本企業が今から整えるべき退職プロセス
人事・労務トレンド 情報管理・退職実務
退職代行の次は「辞めさせるDX」?
海外で進むオフボーディングSaaSと、日本企業が今から整えるべき退職プロセス
2026年7月19日|社会保険労務士法人T&M Nagoya

📌 この記事の要点

● 退職代行が「辞める側」のサービスとして定着する一方、海外では「辞めてもらう側」=企業の退職プロセスを標準化・自動化する「オフボーディングSaaS」が広がりつつあると報じられています。

● IPAの実態調査では、営業秘密の漏えいルートとして中途退職者による持ち出しが36.3%と最多(2020年調査)となるなど、退職時の管理不備は日本企業にとっても現実のリスクです。

● 日本の退職実務には、社会保険・雇用保険の資格喪失手続、離職票、源泉徴収票、退職証明書、金品の返還など期限付きの法定義務が多数あり、担当者の記憶や経験に頼った属人的な運用では漏れが生じがちです。

● ツール導入の前にまず、退職プロセスの「設計」=チェックリスト化・規程整備・役割分担の明確化から着手することが、中小企業にとって現実的な第一歩です。

退職代行サービスの普及により、「辞める側」の選択肢は大きく広がりました。では、その裏側にいる「辞めてもらう側」──つまり企業側の退職プロセスは、どう変わっているのでしょうか。2026年7月8日配信のYahoo!ニュース記事(岡徳之氏/Livit)は、海外で従業員の離脱プロセスを標準化・自動化する「オフボーディングSaaS」がプロダクト化されつつある一方、日本ではこの領域がほとんど手つかずであると指摘しています。本稿では同記事の内容を紹介しつつ、社会保険労務士の視点から、日本企業──特に中小企業が退職プロセスをどう「設計」すべきかを解説します。

1. 「オフボーディング」とは何か

オフボーディングとは、従業員や契約人材が企業を離れる際の一連のプロセスを指す言葉です。入社時の受け入れプロセスである「オンボーディング」の対義語にあたり、退職・解雇・契約終了など、企業との関係を終了するあらゆる場面が対象となります。単なる事務手続ではなく、人事・法務・情報システムが横断的に関与する複合的な業務である点が特徴です。

元記事では、海外の調査として「約70%の企業が体系化されたオフボーディングプロセスを導入している」「退職者の25%が退職後も勤務先システムへのアクセス権を保持していた」「20%の企業が元従業員に起因するセキュリティ侵害を経験した」といったデータが紹介されています(※これらの数値は元記事の記載によるもので、当法人では出典となる一次調査を確認できていません。海外の民間調査に基づく参考値としてご覧ください)。数値の精粗はあれど、「退職時の管理不備がセキュリティリスクに直結する」という問題意識は、後述のとおり日本の公的調査でも裏付けられています。

2. 海外では「人材の切り方」がSaaSになりつつある

元記事によれば、DeelやRipplingといった海外HRテック企業は、雇用契約管理・給与処理・ITアカウント管理を統合したうえで、従業員の離脱時にはアカウントの一括停止、貸与デバイスの回収とデータ消去、最終給与や契約終了処理、各国の法規制に応じた書類生成までを自動化するサービスを提供しています。IT管理の領域でも、OktaやMicrosoft Intuneのように、退職と同時にシステムアクセスを自動的に無効化する仕組みが普及しています。

重要なポイント:「解雇の代行」ではない

これらのサービスが担うのは「解雇に伴うプロセスの標準化・自動化」であり、解雇という判断・行為そのものの代行ではありません。退職は労働者の権利であるため代行が成立しますが、解雇は使用者の責任を伴う行為であり、その判断を外部化することはできない──だからこそ「行為」ではなく「プロセス」が分解され、プロダクト化された。元記事はこの違いをオフボーディングという領域の本質として指摘しています。

3. なぜ日本では広がらないのか──解雇規制と「属人化」

元記事は、日本でオフボーディングという概念が普及しない背景として、@「辞めさせる」行為自体が文化的に忌避されやすいこと、A解雇規制が厳格であるため、企業がプロセスの形式化よりも慎重な個別対応に頼ること、Bオンボーディングに比べ投資優先度が低いこと、の3点を挙げています。

社会保険労務士の立場から補足すると、Aの「解雇規制」の中核は労働契約法16条の解雇権濫用法理です。解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には無効とされるため、日本企業の雇用終了は、解雇よりも自己都合退職・合意退職(退職勧奨を含む)が中心となります。つまり日本における「オフボーディング」は、解雇の自動化ではなく、合意形成を含む退職プロセス全体をいかに適法・確実に運用するかという問題として捉える必要があります。

そして実務上より深刻なのはBに関連する「属人化」です。退職手続は入社手続と異なり発生頻度が読めず、担当者の記憶と経験に依存しがちです。誰が・いつまでに・何をするかが文書化されていない企業では、後述する法定手続の期限徒過や、アカウント停止漏れといったリスクが構造的に発生します。

4. 退職時の管理不備は日本でも現実のリスク──IPA調査より

「退職者由来のリスク」は海外だけの話ではありません。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」では、営業秘密の漏えいルートとして「中途退職者」による漏えいが36.3%と最多(前回調査28.6%から増加)となりました。

さらに、2025年8月に公表された後続調査「企業における営業秘密管理に関する実態調査2024」では、過去5年以内に営業秘密の漏えい事例・事象を認識している企業の割合が前回の5.2%から35.5%へ大きく増加しています。漏えいルートの首位は外部からのサイバー攻撃(36.6%)に移りましたが、現職従業員等によるルール不徹底(32.6%)や金銭目的等の動機による漏えい(31.5%)など、内部起因の漏えいも依然として上位を占めており、IPAはサイバー対策と内部不正防止の両面での対策の必要性を指摘しています。

退職者が営業秘密を持ち出せば、不正競争防止法上の営業秘密侵害(同法2条1項4号以下)として民事・刑事の問題に発展し得ますが、その前提として会社側に「秘密として管理されていた」といえる管理実態(秘密管理性)が求められます。退職時にアカウントを放置し、秘密保持誓約書も取得していない状態では、いざというとき法的保護を受けにくくなる──オフボーディングの整備は、この意味でも守りの要となります。

5. 日本の退職実務には「期限付きの法定義務」が多い

日本企業のオフボーディングを設計するうえで土台となるのが、退職に伴う法定手続です。主なものを整理します。

手続・義務 期限 根拠
健康保険・厚生年金保険の被保険者資格喪失届 退職日等から5日以内 健康保険法施行規則29条、厚生年金保険法施行規則22条
雇用保険被保険者資格喪失届(離職証明書の添付) 退職日の翌日から10日以内 雇用保険法施行規則7条
源泉徴収票の交付 退職の日以後1か月以内 所得税法226条
退職時等の証明書(使用期間・業務の種類・賃金・退職の事由等)の交付 労働者の請求後、遅滞なく 労働基準法22条
賃金の支払・積立金等の金品の返還 権利者の請求から7日以内 労働基準法23条
住民税の異動届(特別徴収に係る給与所得者異動届出書) 異動日の属する月の翌月10日まで 地方税法321条の5、市町村条例

※上記は代表例です。このほか、健康保険証(マイナ保険証移行後は資格確認書等)の回収、退職金規程に基づく退職金の支払、財形・企業型DC等の手続、身元保証や社宅の精算など、企業ごとに固有の手続が加わります。

6. 中小企業がまず取り組むべき「オフボーディングの設計」

海外型のオフボーディングSaaSをそのまま導入できる中小企業は多くありません。しかし、SaaSが自動化している内容の本質は「プロセスの設計と標準化」であり、これはツールがなくても着手できます。当法人が推奨する整備の視点は次のとおりです。

✅ 退職プロセス整備チェックポイント

1. 退職手続チェックリストの整備──法定手続(前掲表)と社内手続(貸与品回収・アカウント停止・引継ぎ)を1枚に統合し、「誰が・いつまでに」を明記する。

2. 情報システムと人事の連携ルール化──退職日確定と同時にIT担当へ通知が飛ぶ運用(メール・各種クラウド・共有フォルダ・入退室権限の停止日を事前に確定)を定める。

3. 秘密保持誓約書・競業避止の整理──退職時の秘密保持誓約書の取得を標準フローに組み込む。競業避止義務は、期間・地域・代償措置等の合理性がなければ公序良俗違反(民法90条)として無効と判断され得るため、内容の精査が必要。

4. 就業規則・関連規程との整合──退職手続条項(貸与品返還・引継義務等)、情報管理規程、退職金規程の記載が実運用と一致しているかを点検する。

5. 退職代行・ユニオン等からの連絡への初動手順──窓口の一本化、本人意思の確認方法、回答期限の管理など、イレギュラー対応の型を用意しておく。

7. 当法人の視点──「関係を終わらせる技術」は経営課題になる

元記事は、企業がこれまで「採用の技術」に投資してきた一方、いま静かに「関係を終わらせる技術」の重要性が問われ始めていると結んでいます。人材の流動化・業務委託の増加・リモートワークの定着が進む以上、この指摘は日本にも当てはまると考えられます。

退職プロセスの不備は、法定手続の期限徒過、情報漏えい、離職理由をめぐる紛争、そして「辞め方の悪さ」による採用市場での評判低下と、複数のリスクに直結します。逆にいえば、退職者に対しても誠実で整ったプロセスを提供できる企業は、在籍者からの信頼と採用力の面でも優位に立てます。ツールの導入はその先の話であり、まずは自社の退職プロセスを棚卸しし、文書化することから始めてはいかがでしょうか。

退職プロセスの整備・就業規則の点検は当法人にご相談ください

当法人では、労務手続代行・監査就業規則作成・改訂を通じて、退職時の法定手続から情報管理・誓約書の整備まで、貴社の退職プロセスの設計を支援しています。

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根拠法令・主な出典

・労働契約法16条(解雇権濫用法理)/労働基準法22条・23条/健康保険法施行規則29条/厚生年金保険法施行規則22条/雇用保険法施行規則7条/所得税法226条/不正競争防止法2条1項/民法90条

・元記事:岡徳之(Livit)「退職代行の次は『辞めさせるDX』へ──海外で進む『オフボーディングSaaS』と日本が取り残される理由」Yahoo!ニュース(2026年7月8日配信)

・IPA「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」報告書(2021年3月公表)

・IPA「企業における営業秘密管理に関する実態調査2024」報告書(2025年8月公表)

【免責事項】本記事は、公開時点の法令・公表資料・報道等に基づく一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。元記事で紹介されている海外調査の数値には当法人で一次出典を確認できていないものが含まれます。実際の対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

WRITTEN BY
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)