| 労務トピックス
骨太の方針2026原案で示された人事労務の重要3ポイント 「投資と経済成長」への大転換は、賃金・労働時間・人材戦略をどう動かすか 2026年7月12日|社会保険労務士法人T&M Nagoya |
おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。
2026年6月30日、首相官邸で開催された経済財政諮問会議において、「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針2026)」の原案が示されました。高市政権のもとで初めてまとめられる骨太方針であり、政府は与党との調整を経て7月中旬の閣議決定を目指すとしています。
今回の原案は、従来の「分配・地方創生」重視から「投資と経済成長」へ大きく舵を切ったことが最大の特徴です。人手不足(労働供給制約)が極まる中、企業が生き残るための「人的資本投資」「労働生産性向上」「柔軟な働き方の選択肢拡大」が強く打ち出されています。
本記事では、中小企業の経営者・人事担当者の皆様にとって特に重要な人事労務関連の3つの論点――@最低賃金1,500円目標、A労働時間法制改革、B労働市場改革――を、原案の記載に即して解説します。
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【ご注意】本記事で解説する内容は、2026年6月30日時点の「原案」に基づくものです。原案には調整中を意味する(P)の記載も多く見られ、7月中旬に予定される閣議決定までに文言が修正される可能性があります。確定版が公表され次第、必要に応じて情報を更新します。 |
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目次 1. 骨太の方針2026原案の全体像──「投資と成長」への転換 2. ポイント@:最低賃金「遅くとも2030年代前半に全国平均1,500円」 3. ポイントA:労働時間法制改革──夏以降、労働政策審議会で議論へ 4. ポイントB:労働市場改革と円滑な労働移動 5. 今後のスケジュール 6. 企業がいま着手すべき実務対応チェックリスト 7. よくあるご質問(FAQ) |
「骨太の方針」とは、政府が毎年夏に閣議決定する経済財政政策の基本方針で、翌年度の予算編成や各省庁の政策の方向性を決める最上位の文書です。ここに書かれた内容は、その後の法改正や制度見直しの「出発点」となるため、人事労務の実務にも中期的に大きな影響を及ぼします。
今回の原案は、「責任ある積極財政」の考え方のもと、AI・半導体など17の戦略分野への官民投資(2040年度までに累計370兆円超を想定)を成長戦略の中核に据えています。人事労務の観点では、原案が一貫して「労働供給制約社会」――つまり働き手の絶対数が足りない社会――を前提に組み立てられている点が重要です。賃上げを「単なる分配ではなく、人材を惹き付け、企業の行動変容を促進する供給力強化そのもの」と位置づけており、賃金・労働時間・労働移動の3分野で政策が連動して動く構図になっています。
注目の最低賃金について、原案では次のように記載されました。すなわち、「2020年代に全国平均1,500円という高い目標(骨太方針2025)の達成に向け、官民でたゆまぬ努力を継続し、労働生産性の継続的な向上を図ることで、遅くとも2030年代前半できる限り早期に全国平均1,500円を達成する」というものです。
あわせて賃上げ全般については、「2029年度までの間で、日本経済全体で、実質賃金で年1%程度の上昇」、すなわち物価上昇を年1%程度上回る賃金上昇を「賃上げのノルム(社会通念)」として日本に定着させるという方針が確認されています。
| 項目 | 骨太方針2025(改定前) | 骨太方針2026原案(改定後) |
|---|---|---|
| 達成時期 | 「2020年代に」全国平均1,500円 | 「遅くとも2030年代前半できる限り早期に」全国平均1,500円 |
| 達成の手段 | たゆまぬ努力を継続(引上げペース重視) | 労働生産性の継続的な向上を明示(中堅・中小企業の「稼ぐ力」支援を複数年度で継続) |
| 審議の位置づけ | 政府目標が審議に強く影響 | 法定3要素のデータに基づき、公労使三者構成の最低賃金審議会で「実態を踏まえた審議決定」を明記。地域間格差の是正(最高額に対する最低額の比率引上げ)も掲げる |
実現時期は「2020年代」から「遅くとも2030年代前半」へと若干先送りされた形ですが、1,500円という目標自体は再確認されました。また、政府が単に賃上げを強いるのではなく、中堅・中小企業の「稼ぐ力(生産性向上)」への支援を複数年度にわたって継続する姿勢が示されている点も特徴です。
仮に現在の全国加重平均1,121円(令和7年度)から1,500円に到達するとすれば、今後も年数十円規模の引上げが続くことを前提に経営計画を立てる必要があります。ベースアップに伴う人件費の上昇を見越し、付加価値の低い業務の削減、IT・AI投資による業務効率化を進めることが急務です。
あわせて、いわゆる「年収の壁」対策を含め、短時間労働者が就業調整をせずに働ける環境づくりや、賃金制度の見直し・同一労働同一賃金の徹底(改正ガイドラインが令和8年10月1日に施行予定)を、いまから計画的かつ戦略的に進めていく必要があるでしょう。最低賃金の引上げは、正社員との賃金差の圧縮を通じて賃金カーブ全体の見直しを迫るものであり、単年の「時給改定」の問題にとどまりません。
話題の労働時間法制に関して、原案本文の記載は「心身の健康維持と従業者の選択を前提に、柔軟で多様な働き方を実現するため、労働時間法制等に係る政策対応について、夏以降の労働政策審議会において議論を行う」という簡潔な一文にとどまっています。
ただし、この一文には「日本成長戦略」から抜粋した注記が付されており、そこでは具体的な検討対象として次の項目が挙げられています。
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● 裁量労働制:健康確保・長時間労働防止・適切な処遇確保などの濫用防止措置を前提に、対象の在り方の見直しを検討 ● 変形労働時間制:他律的な要因に十分対応できていない現場の実態や、労働者の生活時間・予見可能性の確保にも留意しつつ検討 ● 連続勤務規制・勤務間インターバル制度の法的位置付け ● 「つながらない権利」の在り方 ● 副業・兼業に当たっての健康確保 ● テレワークの活用促進 |
また、骨太原案の提示に先立つ2026年6月29日には規制改革推進会議の答申が決定されており、そこでも1年単位の変形労働時間制および裁量労働制の見直しを労働政策審議会で検討するよう求める内容が盛り込まれたと報じられています。規制緩和の方向と、連続勤務規制・勤務間インターバルといった健康確保強化の方向が、セットで審議される構図です。
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【当法人の見立て】骨太原案自体は上記の検討項目を示すにとどまり、改正の中身までは書かれていません。もっとも、これまでの労働基準関係法制研究会の報告書(2025年1月公表)や労働政策審議会・関係会議での議論を踏まえると、今後の審議では次のような論点が俎上に載ると考えられます。 ・裁量労働制の対象業務の拡大 ・変形労働時間制の手続・運用の柔軟化 ・フレックスタイム制における「コアデイ」(出勤日単位の指定)の導入 ・特例措置対象事業場(週44時間)の特例の廃止 ・副業・兼業時の割増賃金に係る労働時間通算ルールの見直し(廃止) 改正のタイミングについては、夏以降に労働政策審議会での議論が始まることから、審議の取りまとめ・法案提出を経て、2028年度前後の施行を見据えた動きになる可能性があると当法人は見ています。あくまで現時点の見立てであり、今後の審議次第で内容・時期とも変わり得る点にご留意ください。 |
これらの論点の中でも、副業・兼業に係る労働時間通算ルールの見直しは、実現すれば企業の副業受入れの実務負担を大きく軽減し、労働契約による副業・兼業の増加のきっかけになると思われます。一方で、通算ルールが見直されても健康確保の責任がなくなるわけではなく、むしろ骨太原案は「副業・兼業に当たっての健康確保」を検討項目として明記しています。副業許可制度・健康管理体制の整備は、規制の行方にかかわらず必要です。
また、連続勤務規制や勤務間インターバル制度が法制化されれば、シフト制職場や交替制勤務の現場では勤務シフトの組み方そのものの見直しが必要になります。規制緩和のメニューばかりに目を向けず、健康確保強化のメニューへの備えも並行して進めることをお勧めします。
労働力の供給制約に対応するため、原案では「人材力の強化・人材総活躍」が独立の柱として立てられています。教育政策・産業政策と雇用政策を連携させた一気通貫の人材育成、産学官連携によるリ・スキリング機会の拡充、デジタル技術等を活用して現在よりも高い賃金を得る「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」の育成などが掲げられました。
とりわけ注目されるのが、「労働力供給制約下での雇用保険制度における対応の在り方について、2026年内を目途に結論が得られるよう検討する」という記載です。雇用保険制度を「生活・雇用の安定」というセーフティネットの役割を維持しつつ、働き手の早期再就職やキャリアアップを後押しする仕組みへとシフトさせる方向の議論が想定されます。また、原案はAI活用と人材育成・確保・流動化を一体で進めるとしており、成長分野への円滑な労働移動を後押しする政策パッケージが今後具体化していく見込みです。
労働市場の流動性が高まるということは、企業にとって「優秀な人材が流出しやすくなる一方で、必要なスキルを持つ人材を外部から獲得しやすくなる」ことを意味します。従業員のリスキリング(学び直し)支援を社内制度として構築するとともに、エンゲージメントを高める人事施策を講じなければ、競合他社に人材を奪われるリスクが高まります。
経営戦略と人材戦略を連動させる「人的資本経営」の実践が、大企業だけでなく中堅・中小企業にも強く求められる時代に入ったといえます。賃金制度・評価制度・教育体系を「人材を惹き付け、定着させる仕組み」として一体で見直すことが、これからの人事労務の中心課題になるでしょう。
| 時期 | 予定される動き |
|---|---|
| 2026年7月中旬(目標) | 骨太の方針2026の閣議決定(与党調整を経て確定) |
| 2026年夏以降 | 労働政策審議会で労働時間法制等の議論開始 |
| 2026年内(目途) | 雇用保険制度における対応の在り方について結論 |
| 2027年度以降 | 審議の取りまとめを経て労働関係法令の改正法案の国会提出・成立(時期は未確定。当法人は2028年度前後の施行を見据えた動きになると見ています) |
※上表のうち閣議決定時期・労政審での議論開始・雇用保険の結論時期は原案および政府発表に基づくものであり、それ以外のスケジュールは当法人の見立てを含みます。
今回の原案には保留中を意味する(P)の記載が多く見られ、今後の調整・とりまとめが注目されますが、本記事で取り上げた3つの論点はほぼ確定的といえる内容です。関係する項目については、いまから徐々に社内での議論を開始することをお勧めします。
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■ 賃金分野 □ 最低賃金の中期的な引上げを織り込んだ人件費シミュレーションの実施 □ パート・有期社員を含む賃金制度の総点検(同一労働同一賃金・「年収の壁」対応) □ 価格転嫁・省力化投資による原資確保の検討 ■ 労働時間分野 □ 自社の労働時間制度(変形労働時間制・フレックス・裁量労働制等)の運用実態の棚卸し □ 勤務間インターバル・連続勤務日数の現状把握(法制化に備えたシフト設計の点検) □ 副業・兼業の許可基準と健康管理体制の整備 ■ 人材分野 □ リスキリング支援制度(教育体系・費用補助・資格取得支援等)の設計 □ エンゲージメント向上策と退職リスクの高いポジションの把握 |
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Q1. 骨太の方針2026原案は、いつ正式決定されるのですか? A. 2026年6月30日の経済財政諮問会議で原案が示され、政府は与党との調整を経て7月中旬の閣議決定を目指すとしています。原案には調整中を意味する(P)の記載も残っており、閣議決定までに一部の文言が修正される可能性があります。 |
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Q2. 最低賃金1,500円の目標は先送りされたのですか? A. 骨太方針2025では「2020年代に」全国平均1,500円とされていましたが、今回の原案では「遅くとも2030年代前半できる限り早期に」という表現に改められました。実現時期は若干後ろ倒しになった形ですが、1,500円という目標水準自体は維持・再確認されています。企業としては、引き続き中期的な最低賃金の上昇を前提とした準備が必要です。 |
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Q3. 労働時間法制はいつ、どのように変わるのですか? A. 原案では「夏以降の労働政策審議会において議論を行う」とされており、現時点で改正内容・時期は確定していません。検討対象として、裁量労働制の対象の在り方、変形労働時間制、連続勤務規制や勤務間インターバル制度の法的位置付け、「つながらない権利」、副業・兼業の健康確保、テレワークの活用促進などが挙げられています。審議の進み方次第ですが、当法人は2028年度前後の施行を見据えた動きになる可能性があると見ています。 |
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Q4. 副業・兼業の労働時間通算ルールは廃止されるのですか? A. 骨太原案自体には通算ルールの廃止という記載はありません。ただし、これまでの労働基準関係法制研究会等では割増賃金に係る通算の見直しが議論されており、今後の労働政策審議会の重要論点になると考えられます。仮に見直されても、副業・兼業者の健康確保への配慮は引き続き(むしろ一層)求められる見込みです。 |
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Q5. 中小企業がまず着手すべきことは何ですか? A. 3点をお勧めします。第一に、最低賃金の中期的な引上げを織り込んだ人件費シミュレーションと賃金制度の総点検。第二に、自社の労働時間制度(変形制・フレックス・裁量労働制・副業対応)の運用実態の棚卸し。第三に、リスキリング支援やエンゲージメント向上策など人材の定着・獲得に向けた制度づくりです。いずれも法改正を待たずに始められる準備です。 |
骨太の方針2026原案は、賃金(最低賃金1,500円)・労働時間(法制改革の議論開始)・労働移動(雇用保険見直し・リスキリング)という人事労務の3大テーマを、「労働供給制約社会」という共通の前提のもとで連動させて動かそうとするものです。個々の法改正はこれから審議が始まる段階ですが、政策の大きな方向性は本原案でほぼ固まったといえます。
当法人では、賃金制度の見直し、労働時間制度の設計・運用適正化、就業規則の改訂など、今回の政策動向を踏まえた実務対応を経営者の皆様と伴走しながらサポートしています。「自社の制度が今後の改正に耐えられるか点検したい」「最低賃金の引上げを見据えた賃金設計を相談したい」等のご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
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AUTHOR 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 名古屋市中区丸の内を拠点に、中小企業の労務管理・IPO労務監査・労働紛争の予防と解決支援に取り組んでいます。 |
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【出典・参考資料】 ・内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026(原案)」(令和8年6月30日 経済財政諮問会議 資料1) ・内閣府「令和8年第10回 経済財政諮問会議 会議資料」 ・首相官邸「経済財政諮問会議」(令和8年6月30日 総理の一日) ※本記事は2026年6月30日公表の原案および同年7月時点の公表情報に基づき作成しています。本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案への法的助言を構成するものではありません。具体的な対応については当法人までご相談ください。 |