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作成日:2026/07/05
実質賃金が4か月連続プラスに ― 令和8年4月+1.9%が示す「賃上げ局面の折り返し点」

労務トピックス|2026年7月

実質賃金が4か月連続プラスに ― 令和8年4月+1.9%が示す「賃上げ局面の折り返し点」

ようやく戻った家計の購買力。しかし専門家は「秋以降の再下振れリスク」を警告しています。社労士は、この節目をどう読み、顧問先にどう伝えるべきか。

【本記事の信頼度:約85%】 実質賃金+1.9%・名目賃金+3.5%・4か月連続プラスという数値と公表日(2026年6月5日)は、厚生労働省の統計および民間シンクタンクのレポートで確認済みです。一方、「秋以降の再下振れリスク」は民間機関の見通し(予測)であり、確定した事実ではありません。将来予測の部分は本文中で明確に区別しています。

1. ようやく「実質」でプラスが続いた

顧問先を訪問すると、この2〜3年ずっと重かった話題があります。「賃上げしているのに、社員の生活はちっとも楽になっていない」——名目の賃金は上がっても物価がそれ以上に上がり、実質賃金がマイナスであり続けたからです。

その潮目が、はっきりと変わりつつあります。厚生労働省の毎月勤労統計調査(令和8年4月分速報、2026年6月5日公表)によれば、物価変動を加味した実質賃金は前年同月比+1.9%となり、4か月連続でプラスを記録しました。名目である現金給与総額は前年同月比+3.5%の31万2,425円で、これは52か月連続で前年を上回る伸びです。

つまり、「賃上げの効果が、物価上昇を差し引いてもなお家計の購買力を押し上げる」という、当たり前でありながら久しく実現していなかった状態が、令和8年1月分以降ようやく数か月続いているのです。

2. 数字を正確に押さえる

毎月勤労統計と民間シンクタンク(第一生命経済研究所)のレポートから、令和8年4月分の主な指標を整理します。数値は前年同月比です。

指標 本系列 共通事業所ベース
実質賃金 +1.9% +1.6%
現金給与総額(名目) +3.5% +3.1%
所定内給与 +3.3% +2.8%
パートタイム労働者の所定内給与 +3.8%

※「本系列」は調査対象事業所の入替え等の影響を受けやすく、月次の実勢把握には、前年と当月の両方で回答した事業所に限定した「共通事業所ベース」が適するとされます。数値は速報値です。

プラスは「両側からの改善」で成り立っている

実質賃金は令和8年1月分以降4か月連続でプラス圏を推移しています。この改善を支えたのは、@名目賃金の上昇(2025年春季労使交渉による賃上げと最低賃金の大幅引上げの波及)だけではありません。A物価上昇率の鈍化も大きく寄与しています。実質化に用いる物価(持家の帰属家賃を除く総合)は前年同月比+1.5%まで鈍化し、名目賃金の伸びを下回りました。エネルギー価格の落ち着きや政府の補助・減税策が物価側の下押し要因として働いたと説明されています。

ポイントは、「賃金が伸びた」だけでなく「物価の伸びが鈍った」という“両側からの改善”で今回のプラスが成り立っている点です。ここを見誤ると、先行きを楽観しすぎることになります。

【補足】確報での小幅修正について
本記事は速報値(2026年6月5日公表)に基づいています。その後公表された確報では、就業形態計の現金給与総額が+3.6%、実質賃金が+2.0%へと小幅に上方修正されています。いずれも「4か月連続プラス」という基調に変わりはありませんが、顧問先への説明時は速報・確報のどちらの数値かを明示すると誤解を避けられます。

3. 専門家が示す「秋以降のリスク」

▼ ここからは確定した統計ではなく、民間シンクタンクによる見通し(予測)です。

第一生命経済研究所は、当面(5月分など)は実質賃金がプラス圏を維持するとみつつも、秋以降については下振れ(マイナス圏への逆戻りを含む)リスクを指摘しています。その主な理由として挙げられているのが、次の2点です。

@ 食品値上げの広がり(夏場以降の値上げに警戒感)
A 電気・ガス代の上昇(政府は7〜9月使用分の支援を決定済みだが、資源価格上昇の波及で本格的な上昇は秋〜冬にかけてとみられる。支援が切れるタイミングに値上がりが重なる懸念)

今回のプラスが「物価の鈍化」に大きく支えられている以上、その前提が崩れれば、名目賃金の伸びが同じでも実質はマイナスに逆戻りしかねない——という論理です。

【当職の注記】 これはあくまで一民間機関の予測であり、確定した事実ではありません。実際の物価・賃金の推移は、今後のエネルギー政策(秋以降の補助の運営)、為替、2026年春闘の反映状況、最低賃金改定額などに左右されます。「秋に必ずマイナスになる」と断定はできません。この点は正直に「予測にとどまる」と申し添えます。

4. なぜ社労士がこの数字を追うべきか

賃金統計は「マクロ経済の話」に見えて、実は顧問先との対話の質を左右する重要な武器になります。

@ 賃上げの“納得感”を言語化できる

経営者からは「これだけ上げているのに社員が感謝しない」という声をよく聞きます。実質賃金がようやくプラスに転じたという事実は、「ここまでは物価に追いつくための賃上げだった。“実感”はこれからだ」という説明を可能にします。社員向けの説明資料にも活用できます。

A 秋以降のリスクを織り込んだ賃金・賞与設計を促せる

秋以降に物価が再上昇する可能性を踏まえれば、冬賞与や次年度の賃金改定を“物価連動”の視点で前もって議論しておく意義があります。一時金(インフレ手当的な賞与上乗せ)で機動的に対応するのか、ベースアップで固定費として抱えるのか——この設計相談こそ、社労士の出番です。

B 最低賃金の大幅改定と地続きである

令和8年度の最低賃金は、2026年6月26日に目安をめぐる議論が始まり、7月下旬の目安答申に向けて審議が本格化します。ここで注意したいのが、政府目標の“位置づけ”が変化している点です。

「2020年代に全国平均1,500円」という目標は、もともと石破前政権が岸田政権下の目標を前倒しして掲げたものでした。しかし高市政権はこの目標の見直しに言及し、達成時期を「2030年代前半までに」へ後ろ倒しする方向と報じられています(2026年6月時点)。もっとも、目標の後退が「引き上げ鈍化」を意味するとは限りません。日弁連や労働組合など別経路からの引上げ圧力はむしろ強く、実質賃金の改善は、引上げを後押しする材料としても、原資を負担する中小企業の負担感の材料としても、双方向に使われます。社労士は両面を冷静に見る必要があります。

5. 実務上のアクション

顧問先と共有・実行すべきことを整理します。

1. 賃金の“実質”の視点を経営者と共有する:名目の昇給額だけでなく、物価を差し引いた購買力で社員の受け止めが決まることを説明する。
2. 秋以降の物価上振れシナリオを賞与設計に織り込む:固定費化を避けたい場合は一時金での機動的対応を選択肢に。
3. 最低賃金改定(7月下旬答申・秋の発効)に備えた原資試算を前倒しで行う。最低賃金近傍の労働者が多い業種は特に影響が大きい。
4. 賃金改定の根拠を記録に残す:物価・世間相場・自社業績のどれを根拠に改定したかを議事録化しておくと、後日の説明責任と不利益変更リスクの両面で有効。

6. まとめ

令和8年4月の実質賃金+1.9%・4か月連続プラスは、久々に届いた明るい数字です。しかしそれは「賃金の伸び」と「物価の鈍化」という二つの追い風がそろって初めて成り立ったもので、秋以降に物価が再上昇すれば足元をすくわれることを、専門家は警告しています。

当法人は、この“折り返し点”の意味を正確に顧問先にお伝えし、楽観にも悲観にも偏らない賃金戦略の設計を支えることが、社労士の役割だと考えます。経営者が孤独に決断しなくて済むよう、判断材料を整えてご一緒に歩んでまいります。

賃金・賞与設計、最低賃金対応のご相談は当法人へ

賃金体系の見直し、賞与制度の設計、不利益変更リスクの点検まで、経営者に伴走して最善の解を導きます。

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【出典】

・厚生労働省「毎月勤労統計調査(全国調査・地方調査)結果の概要」
 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/30-1a.html
・第一生命経済研究所(新家義貴)「実質賃金は改善続くも、秋以降に下振れリスク(26年4月毎月勤労統計)」
 https://www.dlri.co.jp/report/macro/617777.html

【免責事項】

本記事は2026年7月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的・経営判断上の助言を構成するものではありません。統計数値は速報値であり、確報で改訂される場合があります。将来見通しに関する記述は民間機関の予測であって、当法人の確定的見解ではありません。具体的な事案については、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。

この記事を書いた人

三重 英則(みえ ひでのり)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員
「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を理念に、人事労務の実務支援に取り組んでいます。