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📌 本記事の要点 ・高市首相が2025年10月21日、上野賢一郎厚労相に「労働時間規制の緩和の検討」を指示 |
ここ十数年、日本の労働政策の基調は一貫して「労働時間の規制強化」でした。2019年の働き方改革関連法による時間外労働の上限規制、勤務間インターバルの努力義務化、年次有給休暇の取得義務化――。長時間労働を是正し、過労死を防ぐという方向に、社会全体が舵を切ってきたはずでした。
ところが2025年10月に発足した高市早苗政権のもとで、その潮目が大きく変わろうとしています。高市首相は「労働時間規制の緩和」を成長戦略の柱に据える方針を打ち出し、長らく封印されてきたホワイトカラー・エグゼンプション(一定のホワイトカラー労働者を労働時間規制の適用から外す制度)の議論が、再び表舞台に上がりつつあります。
一方で、過労死遺族からは「絶対にしないでほしい」という強い反対の声が上がり、この方針は大きな波紋を呼んでいます。本稿では、当法人の視点から、(1) 何が起きているのか、(2) 厚労省の従来の改正論議との関係、(3) ホワイトカラー・エグゼンプション再浮上の背景、(4) 懸念と論点、(5) 企業と社労士が今から備えるべきことを整理します。
高市早苗首相は2025年10月21日の内閣発足にあたり、上野賢一郎厚生労働大臣に対して、「心身の健康維持と従業者の選択を前提にした労働時間規制の緩和の検討」を指示しました。狙いは、働きたい人が残業できる時間を延ばし、賃金を増やす選択肢を広げるとともに、企業の競争力を高めることにあるとされます。
厚生労働省は、労働基準関係法制研究会の報告書(2025年1月公表)をもとに労働政策審議会で進めてきた労働基準法改正案について、2026年通常国会への提出を見送ることを2025年12月26日の厚労相会見で表明しました。理由として、高市政権が立ち上げた日本成長戦略会議での検討を踏まえる必要がある、とされています。
議論の方向性が180度転換した点が重要です。厚労省が積み上げてきた改正論議と、高市政権が示した方向性は、次のとおり真逆の関係にあります。
| 厚労省 労働基準関係法制研究会報告書 (2025年1月)― 規制「強化」 |
高市政権・日本成長戦略会議 (2025年10月〜)― 規制「緩和」 |
|---|---|
| 14日以上連続勤務の禁止(連続勤務13日上限) | 時間外労働上限規制の柔軟化を検討 |
| 勤務間インターバル原則11時間の義務化 | ホワイトカラー・エグゼンプションの再検討 |
| 法定休日の事前特定義務 | 裁量労働制の適用拡大も検討対象 |
| 「つながらない権利」のガイドライン策定 | 「働きたい改革」=働く意思のある人の選択肢拡大 |
| 週44時間特例の廃止 | 「成果で評価」する処遇制度への転換促進 |
積み上げてきた規制強化の改正がいったん棚上げされ、緩和方向の議論が前面に出る――これが現在の構図です。なお、厚労省は「労基法改正の議論自体は継続中」としており、規制強化案が完全に消えたわけではない点には留意が必要です。
ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)は、成果で評価すべきホワイトカラー労働者について、労働時間ではなく成果で処遇するために労働時間規制(残業代・休憩・割増賃金など)の適用を外す制度です。日本では過去に導入が試みられましたが、「残業代ゼロ法案」「過労死を助長する」との強い反発を受け、実質的に前進しませんでした。2019年に導入された高度プロフェッショナル制度は、対象を年収1,075万円以上の高度専門業務(金融商品開発、コンサルタント、研究開発等)に厳しく限定したため、適用者はごく少数にとどまっています。
それが今、再び議論されるのは、以下のような環境変化があるためです。
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・AIの急速な普及により、時間ではなく成果で測るべき仕事が増えた |
「働いた時間」ではなく「生み出した価値」で評価する制度設計へ――この問題意識自体は、多くの経営者の実感とも合致するものです。
高市首相の「労働時間規制の緩和を検討」という指示に対し、過労死遺族からは「絶対にしないでほしい」という切実な反対の声が上がりました。長時間労働による過労死・過労自殺がいまだ後を絶たないなかで、規制を緩めれば歯止めが失われるのではないか、という懸念です。労働政策の根幹に関わる、極めて重い指摘です。
現行の時間外労働上限規制(原則月45時間・年360時間、特例でも月100時間未満・複数月平均80時間以内)は、過労死認定の目安(発症前1か月100時間超、または2〜6か月平均80時間超)のぎりぎり手前に設定されています。すなわち、上限を引き上げることは過労死リスクの上昇と直結し得るというのが、遺族・労働組合側の根本的な懸念です。
緩和論は「本人の選択を前提に」という枕詞を伴います。しかし、職場の力関係のなかで、労働者が「規制を外す働き方」を真に自由な意思で選べるのか、という根本的な問いがあります。形式的に同意を取っても、実質的には会社の意向に従わざるを得ない――そうした構造的問題への手当てがなければ、「選択」は名ばかりになりかねません。
仮に規制を緩和するとしても、勤務間インターバルの確保、健康診断の強化、医師面接指導、労働時間の客観的把握といった健康確保措置とセットでなければ、過労リスクは制御できません。「緩和」と「健康確保」をいかにパッケージで設計するかが、今後の最大の論点になります。
当法人は、「規制強化はよい、緩和は悪い」という単純な二元論ではなく、現場の実態に即して、労働者の健康と企業の持続的成長の双方を守る制度設計を支える立場にあります。今回の政策転換を前に、当法人が経営者の皆様にお伝えしたい視点を整理します。
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✓ チェックポイント ― 経営者が押さえるべき4つの視点 視点1:制度がどう転んでも「労働時間の客観的把握」は揺るがない 規制が強化されようと緩和されようと、労働時間を正確に把握し、健康リスクを管理するという使用者の責務は変わりません。むしろ緩和が議論される局面でこそ、客観的な労働時間管理(タイムカード、PCログ等)と長時間労働者への医師面接の徹底が、企業を守る生命線になります。 視点2:拙速な「制度の先取り」を戒める 「WEが導入されるなら、うちも残業代を払わなくてよくなる」といった誤った期待は危険です。現行法は何も変わっていません。高度プロフェッショナル制度や裁量労働制を、要件を満たさないまま適用すれば、未払い残業代という重大なリスクを抱えます。確定していない制度を先取りせず、現行法の正しい運用を徹底することが、企業を守る最善の道です。 視点3:「選択できる働き方」の土台づくりを支援する 緩和論の本質は「画一から多様へ」という働き方の選択肢の拡大にあります。仮に制度が変わらなくても、フレックスタイム、テレワーク、時間単位年休、勤務間インターバルの自主導入など、現行法の枠内で実現できる柔軟な働き方は数多くあります。健康を守りながら多様な働き方を可能にする土台づくりは、今すぐ着手できます。 視点4:過労死防止という原点を忘れない 労働時間規制は、過労死という痛ましい犠牲の歴史の上に築かれてきました。どのような制度改正がなされようとも、「人の命と健康を守る」という労務管理の原点を企業に伝え続けることが、当法人の変わらぬ使命です。 |
| 領域 | 具体的なアクション |
|---|---|
| 労働時間管理 | 客観的な労働時間把握の体制を再点検する(緩和議論があっても把握義務は不変) |
| 健康確保 | 長時間労働者への医師面接、勤務間インターバルの自主導入を検討する |
| 制度理解 | 高度プロフェッショナル制度・裁量労働制の要件を正しく理解し、安易な適用を避ける |
| 情報収集 | 日本成長戦略会議・労働政策審議会の議論の動向を継続的にフォローする |
| 多様な働き方 | 現行法の枠内でフレックス・テレワーク・時間単位年休など選択肢を整備する |
「労働時間規制の緩和」と「ホワイトカラー・エグゼンプションの再浮上」は、日本の働き方改革が次の段階に入ったことを示しています。生産性向上・賃上げという経営課題と、過労死防止・健康確保という労働者保護――この二つをどう両立させるかが、これからの労働政策最大のテーマとなります。
制度の行方はまだ不透明ですが、確かなことが一つあります。どんな制度になっても、人の健康と命を守るという原点は変わらないということです。当法人は、この転換期にあっても、経営者の皆様とともに歩み、健全で持続可能な職場づくりをご支援してまいります。
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経営者と共に歩く社会保険労務士法人T&M Nagoya |
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📎 根拠法令・参考資料 ・労働基準法第32条・第36条(時間外労働の上限規制)、第41条の2(高度プロフェッショナル制度) ※本記事は2026年5月21日時点で公表されている情報・報道に基づくものであり、政策の方向性は流動的です。最新の政府・厚生労働省の公表資料を併せてご確認ください。個別の労務問題への対応は事案ごとに判断が異なるため、専門家にご相談ください。 |
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AUTHOR 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員 名古屋を拠点に、中小企業から上場準備企業まで幅広く労務顧問・労務監査を提供。IPO労務監査・M&A労務デューデリジェンス・休職/復職制度設計を得意とし、経営者と共に歩む伴走者として、健全で持続可能な職場づくりを支援している。 |