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パワハラ防止法 中小企業義務化から4年
「いじめ・嫌がらせ」13年連続最多が示す、形式から実効へ転換すべき5つの急所
2026年5月20日 | 社会保険労務士法人T&M Nagoya
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📌 本記事の要点
厚生労働省が2025年6月25日に公表した令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況によれば、民事上の個別労働関係紛争における相談で「いじめ・嫌がらせ」が54,987件と13年連続で最多を占めた。パワハラ防止法が大企業に施行されてから6年、中小企業に全面適用されてから4年が経過した今、相談件数は依然として高止まりしている。本記事では、最新統計の構造的読み解きと、当法人が顧問先企業に提供すべき5つの実務的論点を整理する。
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2020年6月1日の改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)大企業施行から6年、2022年4月1日の中小企業全面適用から4年が経過した。当法人では、施行直後から顧問先企業の規程整備・相談窓口設計・管理職研修の支援を継続的に行ってきたが、施行から相当の年月を経た現在、最新の公的統計が示すメッセージを冷静に読み解き、次のフェーズの労務管理に進むことが求められる。
厚生労働省は2025年6月25日、「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」を公表した。この統計は、労働裁判より前段階の労使紛争の実情を映す重要指標であり、当法人が顧問先の労務管理を設計する際にも基礎資料として活用している。
令和6年度の総合労働相談件数は120万1,881件で、5年連続120万件超の高止まりである。このうち、民事上の個別労働関係紛争に係る相談内容の上位は以下のとおりであり、「いじめ・嫌がらせ」が依然として最多を占めている。
| 順位 |
相談内容 |
件数 |
前年度比 |
| 1位 |
いじめ・嫌がらせ |
54,987件 |
▲8.5% |
| 2位 |
自己都合退職 |
41,502件 |
▲2.3% |
| 3位 |
解雇 |
32,059件 |
▲2.7% |
| 4位 |
労働条件の引き下げ |
30,833件 |
+2.0% |
| 5位 |
退職勧奨 |
25,604件 |
+1.5% |
※出典:厚生労働省「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(2025年6月25日公表)。内訳は複数回答方式。
この統計から読み取れる3つの構造的傾向は以下のとおりである。第一に、いじめ・嫌がらせ相談は13年連続で最多であり、パワハラ防止法施行後も件数の減少にはつながっていない。第二に、自己都合退職・解雇・いじめ嫌がらせは前年度比でいずれも減少した一方、労働条件の引き下げ・退職勧奨は増加しており、賃金・雇用調整局面の緊張が反映されている。第三に、紛争調整委員会によるあっせん申請では「解雇」が792件で最多となり、相談段階と申請段階で構図が異なる点も重要である。
施行から年月を経てもいじめ・嫌がらせ相談が高止まりする構造的要因として、当法人では次の5つを整理して顧問先に説明している。
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相談高止まりの5つの構造的要因
@ 概念浸透による「声を上げる文化」の定着 従来「厳しい指導」として処理されていた言動が、現在はパワハラとして認識され相談に至る。これは法律の成果でもあり、相談件数の減少だけを成功指標とすることは誤りである。
A 中小企業の対応の遅れ 中小企業義務化から4年経過したが、規程整備・複数相談窓口・定期研修の3点で対応が遅れる企業が一定数存在する。
B グレーゾーン事案の増加 典型6類型に該当しない「業務指導か行き過ぎか」の事案が増加し、相談窓口担当者の判断バラつきが二次トラブルを生んでいる。
C リモート・チャット環境下の新類型 カメラ常時オン強要、即時応答要求、グループチャットでの圧迫など、従来研修では十分にカバーされない類型が顕在化している。
D カスハラ・SOGIハラとの複合化 顧客起因のストレス、性的指向・性自認に関する侮辱的言動など、他のハラスメント類型との複合的事案が増加している。
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3. 2026年10月施行のカスハラ義務化との関係
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本サイトでも繰り返し解説しているとおり、改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号、2025年6月11日公布)により、カスタマーハラスメント対策および求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が、事業主の雇用管理上の措置義務として位置づけられ、2026年10月1日に施行される。2026年2月26日には厚生労働大臣告示として両指針も公布されており、企業は施行までに具体的措置を準備する必要がある。
この法改正は、これまで個別に整備してきたパワハラ対策・セクハラ対策・マタハラ対策・ケアハラ対策に、カスハラ・就活セクハラを加えて統合的に運用することを企業に求めるものである。当法人では、これを単なる規程追加で済ませず、ハラスメント防止体制全体を一体的に再設計する好機と捉えるべきと考える。
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✓ 統合的ハラスメント防止体制 5つの設計ポイント
@就業規則の懲戒事由にパワハラ6類型・SOGIハラ・アウティング・カスハラを統合的に明示する A相談窓口を「ハラスメント相談窓口」として一本化し、複数窓口(社内+外部)で運用する B管理職研修と一般職研修を分離し、毎年テーマを変えて継続実施する C事案発生時の対応フロー(受付・事実確認・関係者保護・処分検討・再発防止)を文書化する D被害者・加害者・周囲の3層対応を前提に、メンタルケアと労災対応の準備を整える
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4. 中小企業のためのパワハラ対策 6つの実務急所
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当法人が顧問先企業に対して継続的に助言してきた経験から、中小企業がパワハラ防止体制を「形式」から「実効」に進化させるための実務上の急所を6点に整理する。
@ 就業規則・服務規律の6類型明文化 「ハラスメントを禁止する」という抽象的規定だけでは、実際の懲戒処分時にその合理性を主張する根拠として弱い。身体的攻撃・精神的攻撃・人間関係からの切り離し・過大な要求・過小な要求・個の侵害という6類型を明示的に列挙したい。
A 相談窓口の実効性確保 形式的な設置だけでは不十分である。複数窓口(社内・外部)の設置、担当者への定期研修、相談者保護(不利益取扱い禁止)の周知徹底の3点が必要である。特に中小企業では「経営者と相談担当者の距離が近い」「相談したことが伝わるおそれがある」との不安があり、外部相談窓口の活用が事実上必須となる。
B 管理職向けグレーゾーン研修 「典型的パワハラはしない」という基礎研修を超えて、「業務指導とパワハラの境界をどう判断するか」「相談を受けた初動対応をどうするか」というグレーゾーン対応に焦点を当てた管理職研修が、いま最も求められている領域である。
C チャットツール運用ルールの整備 Teams・Slack等の運用ルールに、夜間休日メッセージ送信の自粛、即時応答強要の抑制、グループチャット参加メンバーの明示など、「気づかぬうちのパワハラ」を防止するルールを組み込みたい。
D 事案対応フローの標準化 受付→事実確認→関係者ヒアリング→事実認定→処分検討→再発防止までの対応フローを文書化する。とりわけ事実確認のヒアリング技法・記録方法は、後の懲戒処分の適法性を左右するため、外部専門家のサポートが望ましい。
E 経営者の率先垂範 最も根源的なパワハラ予防策は、経営者自身がハラスメント防止の象徴となることである。経営者の言動は職場文化を形成し、現場管理職の行動様式を規定する。当法人では、経営者へのコーチングや1on1を通じて、経営者としてのコミュニケーション設計を共に考える支援を行っている。
パワハラ防止法施行から相当の年月が経過した現在、社労士に求められる役割は施行直後とは大きく異なる。施行直後は「規程整備」「窓口設置」「基礎研修」が中心であったが、現在はグレーゾーン事案への助言、相談対応プロセスの監修、事案発生時の事実確認・処分判断のサポート、経営者・管理職へのコーチング、紛争予防型の人事制度設計へと、求められる関与の深さが進化している。
社労士は「相談を受けて回答する専門家」から「組織と人の関係性を設計する専門家」へと進化することが求められる。これは当法人が掲げる経営理念「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を、ハラスメント対策の領域で具体化する道筋でもある。
いじめ・嫌がらせ相談13年連続最多という統計は、一見すれば法律が機能していないという悲観的なメッセージにも見える。しかし統計の裏側には、声を上げる文化が育ち、専門的な相談体制が整備されてきたという肯定的側面もある。
当法人が顧問先企業に伝えるべきは、「相談件数を減らす」ことではなく「深刻化させない仕組みを作る」ことである。早期に相談・対応がなされ、軽微なうちに改善される職場こそが、健全な職場と言える。ハラスメントが発生したときに「適切に対応できる組織」であることが、全ての企業が目指すべき到達点であろう。
2026年10月のカスハラ義務化施行を控えた今、自社のハラスメント対策を点検し、形式から実効へ、対応から予防へ、社内完結から専門家連携へと進化させること――それが、これからの労務管理の核心である。
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ハラスメント防止体制の総点検・カスハラ義務化対応をサポートします
就業規則改定・相談窓口設計・管理職研修・事案対応支援まで、 当法人が伴走型でサポートいたします。
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【根拠法令・参考資料】
・労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律 第30条の2〜6 ・個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成13年法律第112号) ・労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号) ・厚生労働省「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(2025年6月25日公表) ・厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)
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【免責事項】 本記事は2026年5月15日時点の公表情報に基づき作成しています。最新の統計・指針内容は、必ず厚生労働省ウェブサイトで原典をご確認ください。個別の事案については、必ず社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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【執筆者】
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員
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