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高齢法 経過措置終了から1年
「65歳まで全員雇用」完全義務化と名古屋自動車学校事件差戻し控訴審を踏まえた中小企業の処遇設計
2026年5月19日 | 社会保険労務士法人T&M Nagoya
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📌 本記事の要点
2025年4月1日、高年齢者雇用安定法に基づく「65歳までの雇用確保措置」の経過措置が完全に終了し、希望者全員を65歳まで雇用することが文字どおり全企業の法的義務となった。施行から1年が経過した2026年5月、定年後再雇用者の処遇については、名古屋自動車学校事件差戻し控訴審判決(名古屋高裁2026年2月26日)が、定年時の55%・57%を下回る基本給を不合理と判断した。本記事では、経過措置終了の意義、施行後1年の実務動向、差戻し控訴審判決の含意、そして中小企業が今すぐ取り組むべき実務急所を整理する。
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2025年4月1日、日本の高齢者雇用法制において、ひとつの大きな節目を迎えた。それは、高年齢者雇用安定法(以下「高齢法」)9条に基づく「65歳までの雇用確保措置」の経過措置が完全に終了し、希望者全員を65歳まで雇用することが、文字どおり全企業の法的義務となったことである。施行から1年が経過した今、当法人の顧問先企業の現状を踏まえながら、改正の意義と中小企業の実務急所を整理する。
高齢法9条は、定年を65歳未満と定める事業主に対し、@65歳までの定年引上げ、A65歳までの継続雇用制度の導入、B定年の廃止のいずれかの措置を講じることを義務づけている。平成24年(2012年)の改正で、継続雇用制度の対象者を労使協定で限定できる仕組みが原則廃止されたが、改正時点で既に対象者基準を運用していた企業の経過的措置として、老齢厚生年金の支給開始年齢に合わせて段階的に限定対象を縮小する仕組みが設けられていた。
経過措置は、以下のスケジュールで段階的に縮小されてきた。
| 期間 |
対象者基準で限定できる年齢 |
| 2013年4月〜2016年3月 |
61歳以上 |
| 2016年4月〜2019年3月 |
62歳以上 |
| 2019年4月〜2022年3月 |
63歳以上 |
| 2022年4月〜2025年3月 |
64歳以上 |
| 2025年4月1日以降 |
経過措置終了 ― 全員65歳まで |
2025年4月1日以降、対象者基準による限定の仕組みは完全に消滅した。これにより、就業規則上の解雇事由・退職事由(健康上勤務に堪えない場合の普通解雇事由など)に該当しない限り、希望者は65歳まで雇用しなければならない。継続雇用拒否は、対象者基準ではなく、解雇権濫用法理(労働契約法16条)の厳格な審査を受ける性質のものとなった点が重要である。
経過措置の終了により、企業実務において何が変わったかを比較表で整理する。
| 論点 |
改正前(2025年3月まで) |
改正後(2025年4月以降) |
| 対象者の限定 |
64歳以上について労使協定で限定可 |
限定不可(希望者全員) |
| 継続雇用拒否の根拠 |
対象者基準の不該当 |
就業規則の解雇・退職事由のみ |
| 労使協定の効力 |
有効(経過措置内) |
失効(書面整理が必要) |
| 高年齢雇用継続給付の給付率 |
最大15% |
最大10%(縮小) |
| 70歳までの就業確保措置 |
努力義務 |
努力義務(変更なし) |
※高年齢雇用継続給付の縮小は、2025年4月以降に60歳に到達する者から適用される。
厚生労働省「令和7年高年齢者雇用状況等報告」によれば、65歳までの雇用確保措置を実施済みの企業はほぼ100%に達するとされている。しかし、当法人が顧問先企業の労務監査を実施する中で見受けられる課題は、形式的な対応の裏にある実態面での運用課題である。中小企業に多い「3つの落とし穴」として整理する。
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@ 就業規則の改定漏れ 経過措置終了に伴い、就業規則中の「対象者基準による限定」規定を削除・改定する必要があるが、過去に労使協定を締結した際の文言がそのまま残っている例が散見される。
A 労使協定の失効処理未対応 対象者基準に関する労使協定は2025年4月1日に効力を失っているが、書面整理や失効確認の議事録を残している企業は少数派である。労基署からの指導や紛争時の証拠としても、適切な失効処理が望まれる。
B 60歳以降の処遇設計の硬直化 多くの企業が60歳定年時に基本給を大幅減額する処遇を維持しているが、後述する名古屋自動車学校事件差戻し控訴審判決を踏まえると、合理性の検証が急務である。
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4. 名古屋自動車学校事件 差戻し控訴審判決の重要性
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経過措置終了とあわせて押さえておきたいのが、定年後再雇用者の労働条件をめぐる司法判断である。本件の経過は次のとおりである。
| 審級・判決日 |
判断内容 |
第一審 名古屋地裁 令和2年10月28日 |
基本給が定年時の60%を下回る部分を旧労契法20条違反として違法 |
控訴審 名古屋高裁 令和4年3月25日 |
第一審を維持(60%基準) |
上告審 最高裁第一小法廷 令和5年7月20日 |
基本給・賞与の性質目的・労使交渉経緯の検討が不十分として破棄差戻し |
差戻し控訴審 名古屋高裁 2026年2月26日 |
定年時の55%・57%を下回る部分を違法と判断、計約336万円の賠償を命令 |
差戻し控訴審判決の特徴は次の3点である。第一に、正職員と嘱託職員の基本給がいずれも教習指導員としての職務に対する給与の性質を大きな割合で占めると認定したうえで、定年時の55%・57%を下回る部分を違法とした。第二に、業務内容が定年前と変わらない点を重視している。第三に、労使交渉での学校側の対応を「誠実さを欠き、具体的な協議を経ることができなかった」と批判している。
最高裁差戻し判決により「基本給の格差は60%が一律の基準」とは言えなくなったが、差戻し控訴審が55%・57%という具体的な水準で違法を認定したことは、企業実務に重要な示唆を与える。当法人としては、定年後再雇用の基本給を定年時の60%程度に設定する慣行については、職務内容との関係で個別具体的に合理性を検証することが必要と考える。
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✓ 差戻し控訴審から読み取るべき実務的示唆
@基本給の性質(職務給か年功給か)を明確に整理し、文書化する A職務内容に変更がある場合は、その変更内容を客観的記録に残す B労使交渉では、賃金設計の根拠と協議経緯を議事録に残す C定年後の基本給水準が定年時の60%を下回る場合は、その合理性を文書化する D高年齢雇用継続給付・在職老齢年金等の総収入は、不合理性判断において補完的位置づけにとどまる
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経過措置終了と差戻し控訴審判決を一体的に読み解くと、企業に対して二重の規律が課されていることがわかる。すなわち、@雇用そのものは65歳まで確保せよ(高齢法)、A60歳以降の労働条件も合理性を確保せよ(パートタイム・有期雇用労働法)――この2軸が交差する領域で、中小企業の処遇設計の見直しが急務となっている。
@ 就業規則の総点検 就業規則中の「継続雇用の対象者基準」に関する規定を削除し、「希望者全員を65歳まで継続雇用する」と明確に規定し直す。当法人では顧問先の就業規則を総点検する機会としている。
A 労使協定の失効処理 2025年4月1日に効力を失った「継続雇用の対象者基準に関する労使協定」について、書面整理を行い、その旨を確認する議事録を残す。
B 60歳以降の処遇設計の合理性検証 名古屋自動車学校事件差戻し控訴審を踏まえ、基本給・諸手当・賞与の性質と目的を整理し、定年時水準との差の合理性を文書化する。
C 解雇・退職事由の整理 就業規則上の解雇事由・退職事由(健康上勤務に堪えない、勤務態度の重大な問題等)の該当性を判断する手続的フローを整備する。継続雇用拒否は解雇権濫用法理の厳格審査を受ける点に注意が必要である。
D 高年齢雇用継続給付縮小への対応 2025年4月以降に60歳到達する者は、給付率が最大15%から最大10%に縮小されている。手取り収入の減少を踏まえた処遇設計の見直しが必要である。
E 60歳到達時の面談プロセスの整備 希望者全員を雇用する義務があるからこそ、60歳到達前の面談を通じた意向確認・職務内容・勤務時間・処遇の合意形成プロセスが重要である。一方的な処遇通告ではなく、双方の合意に基づく契約締結プロセスを設計したい。
2021年4月から施行されている「70歳までの就業確保措置」(高齢法10条の2)は現時点では努力義務にとどまるが、政府は将来的な義務化を視野に入れていると指摘されている。第11次高年齢者等職業安定対策基本方針(2026-2029年度)では、70歳までの就業確保措置の実施率向上が目標として掲げられている。
中小企業としては、65歳までの完全義務化に対応しつつ、70歳までの就業確保措置を見据えた中長期的な処遇設計を構築することが望まれる。努力義務段階で先進的に取り組むことで、65歳超雇用推進助成金の活用や、人材確保上の競争優位にもつながる可能性がある。
2025年4月1日の経過措置終了によって、「65歳まで全員雇用」は法的義務として完全に確立した。施行から1年を経過した2026年5月、社労士の役割は、形式的な制度対応の段階を超えて、「高齢者を戦力として活用する人事戦略」の策定支援へと進化しつつある。
労働力人口が減少する中で、60歳・65歳・70歳というステージごとに、本人の意欲・健康・能力を踏まえた処遇設計を行うことが、企業の持続可能性を左右する。経過措置終了は終着点ではなく、「真のシニア活用人事」への出発点として位置づけるべきであろう。当法人が掲げる「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」という理念のもと、顧問先企業の経営者と共に、これからのシニア活用の道筋を一緒に考えていきたい。
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高齢者雇用・処遇設計の見直しをサポートします
就業規則改定・労使協定整理・処遇設計の合理性検証まで、 当法人が伴走型でサポートいたします。
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【根拠法令・参考資料】
・高年齢者等の雇用の安定等に関する法律 第9条、第10条、第10条の2 ・労働契約法 第16条 ・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律 第8条 ・雇用保険法 第61条(高年齢雇用継続給付) ・名古屋自動車学校事件 最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決 ・名古屋自動車学校事件 差戻し控訴審 名古屋高裁2026年2月26日判決 ・厚生労働省「令和7年高年齢者雇用状況等報告」 ・厚生労働省「第11次高年齢者等職業安定対策基本方針」
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【免責事項】 本記事は2026年5月15日時点の公表情報に基づき作成しています。最新の法令・指針・助成金制度の詳細は、必ず厚生労働省・労働局・JEED等のウェブサイトをご確認ください。個別の事案については、必ず社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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【執筆者】
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員
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