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📌 本記事の要点
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高市早苗内閣は、2026年2月20日の第221回国会施政方針演説において、裁量労働制の見直しに着手することを明らかにしました。これに先立つ2025年11月4日、政府は日本成長戦略本部を設置し、2026年1月22日にその下部組織として「労働市場改革分科会」を新設しています。同分科会は3月11日に初会合を開催し、5月頃の議論取りまとめを目指す方針が示されました。
並行して、厚生労働省の労働政策審議会(労働条件分科会)でも議論が行われています。3月13日の第207回会合では、3月5日に公表された「働き方改革関連法施行後5年の総点検」調査結果をもとに議論が行われましたが、労使の主張は隔たりが大きく、合意形成の見通しは立っていません。さらに4月17日には、企業における裁量労働制の運用実態に関する大規模調査を実施することが決定されました。
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■ 裁量労働制見直し議論のタイムライン
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3月13日の労働条件分科会では、経済界と労働界の主張は真っ向から対立しました。経団連の鈴木重也労働法制本部長は、ホワイトカラーの創造性発揮の観点から裁量労働制の拡充の必要性を訴え、過半数労働組合がある企業では労使合意により対象業務を拡大できる仕組みを提案しました。一方、連合の冨高裕子副事務局長は、2024年改正の施行実態に関するデータがない中で拡充議論を行うことは時期尚早であると強く反論しています。
▼ 現行制度と経済界が求める拡充の方向性(労使主張の整理)
| 論点 | 現行ルール | 経済界が求める拡充の方向性 |
| 対象業務(専門業務型) | 研究開発、情報処理システムの分析・設計、取材・編集、デザイナー、弁護士・公認会計士等の士業、M&A業務(2024年4月追加)など20業務に限定 | 対象業務の範囲拡大を要望。「国際競争力の観点からは現行は限定的すぎる」とする企業ヒアリング意見を背景としている。 |
| 企画業務型の手続 | 労使委員会の5分の4以上の多数決議+労基署届出+本人同意が必要 | 過半数労働組合のある企業に限定し、労使合意で対象業務を拡大できる仕組みの新設を提案(経団連案) |
| 健康・福祉確保措置 | 2024年4月改正により、専門業務型でも連続した年次有給休暇取得など健康確保措置が強化された | 健康確保策の前提のもとで対象業務の拡大は可能との立場(経団連)。労働側は2024年改正の実態検証が先決と主張。 |
| 本人同意 | 専門業務型・企画業務型のいずれも、適用には本人同意が必要。不同意を理由とする不利益取扱いは禁止。 | 現行の本人同意要件は維持される方向性。労使双方とも個別同意の重要性は認めている。 |
※上記は2026年5月時点で報じられている労使の主張を整理したものであり、確定した法改正内容ではありません。
なお、日本弁護士連合会は2026年4月20日に会長声明を公表し、労働基準法令の根幹をなす労働時間規制について、官邸主導の分科会ではなく公労使三者構成の労政審で慎重な議論を行うべきこと、規制強化を含めた検討も必要であることを主張しています。労働者の生命及び健康に直接関わる労働時間規制の見直しには、立場の異なる関係者が熟議を重ねるプロセスが不可欠であるという指摘です。
議論の前提として、現行の裁量労働制を整理しておきます。裁量労働制とは、業務の遂行方法や時間配分等を労働者の裁量に委ねることを前提に、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ労使で合意した「みなし労働時間」を働いたものとして賃金を支払う制度です(労働基準法38条の3、38条の4)。
2024年4月施行の改正では、専門業務型に「銀行・証券会社における顧客のM&A業務」が追加されたほか、本人同意・同意撤回の手続が新たに義務付けられました。また、専門業務型にも企画業務型と同様の健康・福祉確保措置の強化(勤務間インターバルや深夜業回数制限など)が求められるようになりました。労働者側はこの改正の検証が不十分な段階での更なる拡充には反対の姿勢です。
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■ 2024年4月施行 裁量労働制改正の主なポイント
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厚労省が3月5日に公表した「働き方改革関連法施行後5年の総点検」の調査結果によれば、労働者3,000人への調査において、自身の労働時間について「このままでよい」と回答した者が59.5%を占めました。「減らしたい・やや減らしたい」が合計約30%であったのに対し、「増やしたい・やや増やしたい」は合計10.5%にとどまっています。さらに、労働時間を増やしたいと回答した層のうち58.1%が所定労働時間週35時間以下の短時間労働者であり、収入増加を目的とする層が中心であることがうかがえます。
また、厚労省の就労条件総合調査(2025年)によれば、実際に裁量労働制で働く労働者の割合は、専門業務型が約1.1%、企画業務型が約0.3%にとどまります。経済界が制度の必要性を主張する一方で、実際の利用は限定的であるという実態が浮かび上がります。労政審では、2024年改正の影響も含めた新たな実態調査の実施が決定されており、これが今後の議論の重要な判断材料となる見込みです。
制度改正の方向性が確定するまでには時間を要するため、企業実務としては「改正待ち」ではなく、現行制度の運用適正化を先行して進めることが合理的と考えられます。当法人としては、特に以下の三点について、企業が点検しておくべきと考えます。
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✓ 既に裁量労働制を導入している企業のチェックポイント
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特に、裁量労働制は「残業代を抑制するための制度」として誤解・誤用されるケースが報告されています。みなし労働時間と実労働時間の乖離が大きい場合、裁量労働制の適用そのものが否定され、過去に遡って割増賃金の支払義務が発生するリスクがあります。制度改正の動向にかかわらず、適正運用の徹底は喫緊の課題です。
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■ 新規導入を検討する企業へ─当法人の視点 経済界の主張する拡充が実現するかは不透明であり、現時点で具体的な制度設計を見越した準備を行うことは早計です。むしろ、現行制度の枠組みでも自社の業務実態に適合する形で導入できないかを丁寧に検討することが先決と考えられます。裁量労働制は「形式的な要件さえ整えれば導入できる制度」ではなく、業務の性質上、真に裁量が認められる業務に限って初めて適用が可能となる制度です。安易な導入はかえって法的リスクを高めることになりかねません。 |
労働市場改革分科会は5月頃の取りまとめを目指しており、その結果は夏に取りまとめられる「日本成長戦略」および「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に盛り込まれる見込みです。ただし、具体的な法改正の議論は労政審労働条件分科会で年末までに結論を得る方向であり、施行は早くても2027年以降になるものとみられます。
労使の隔たりが大きく、また2024年改正の影響検証も今後の実態調査を待つ状況であることから、経済界の主張通りの大幅な拡充が早期に実現する可能性は必ずしも高くないと考えられます。一方で、何らかの形での制度見直しは進む可能性があるため、今後の労政審の議論動向を注視しつつ、自社における裁量労働制の運用適正化を着実に進めることが、最も実効性のある備えとなります。
当法人では、裁量労働制をはじめとする労働時間制度の設計・運用について、経営者の皆様の課題に応じた個別のご相談を承っております。「制度は導入しているが運用に不安がある」「今後の改正動向を踏まえた制度設計を検討したい」「労基署対応の準備を進めたい」等のご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
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裁量労働制の運用・制度設計のご相談 経営者と共に歩き、最善の解を導き出す。
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【主な根拠法令・参照資料】 労働基準法38条の3(専門業務型裁量労働制)、同法38条の4(企画業務型裁量労働制)、労働基準法施行規則24条の2の2・24条の2の3、労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令(令和5年厚生労働省令第39号)、労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針(令和5年厚生労働省告示第115号)、労働安全衛生法66条の8の3。 【免責事項】 本記事は2026年5月時点で公表されている情報に基づき作成しています。労働市場改革分科会および労政審労働条件分科会における議論は流動的であり、最終的な制度改正の内容・時期は本記事の内容と異なる可能性があります。個別具体的な労務管理判断にあたっては、最新の情報を確認のうえ、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めいたします。 |
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【出典・参考文献】
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