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作成日:2026/05/11
「退職理由の半分は嘘」 ──経営心理士が読み解く、 社員が本音を語れない3つの心理

KEIEI-SHINRI COLUMN

「退職理由の半分は嘘」
──経営心理士が読み解く、
社員が本音を語れない3つの心理

ゴールデンウィークが明け、心身ともに重さを感じやすい季節が到来しました。連休は休息の時間であると同時に、自身の働き方を静かに見つめ直す時間でもあります。多くの社員にとって、この時期は「辞める/辞めない」という意思決定が、心の奥底でひそかに進行する季節でもあるのです。

そんな中、ある調査結果が目を引きました。日本人事経営研究所が2025年に転職経験者100人と経営者・人事担当者100人を対象に行った調査によれば、転職経験者の54%が「退職する本当の理由を会社に伝えなかった」と回答。建前として最も多かったのは「家庭の事情」(38.9%)、しかし本音のトップは「職場環境」(39.0%)と「給与や待遇への不満」(38.0%)でした。さらに経営者・人事担当者の2割が「社員の退職理由がわからない」と答えています。

この数字を、特定社会保険労務士であると同時に「経営心理士」として日々経営者の方々に伴走する立場から読み解くと、そこには組織と人の心の間にある、深い構造的な「ねじれ」が見えてきます。

CHAPTER 1

なぜ社員は「家庭の事情」という嘘を選ぶのか

経営心理士の視点から、社員が本音を語らない背景を分析すると、そこには大きく3つの心理メカニズムが働いていると考えられます。

@ 認知的不協和の回避

人は自分の中で「会社への不満」と「お世話になった恩」が同時に存在すると、強い心の不快感(不協和)を覚えます。この不快感を和らげるため、無意識のうちに「家庭の事情だから仕方ない」という、誰も傷つけない物語を選ぶのです。これは社員のずるさではなく、心が自分を守るための自然な働きと言えます。

A 「言っても無駄」という学習性無力感

過去に意見を伝えても改善されなかった、あるいは伝えた人が冷遇された──そうした体験や同僚の姿を見て、社員の中には「この組織では本音を伝えても変わらない」という学習が静かに蓄積していきます。退職を決めた瞬間こそ、最も貴重なフィードバックが眠っているのに、その扉は既に固く閉じられているのです。

B 退職後の人間関係への配慮

業界が狭ければ狭いほど、社員は退職後にどこで誰と再会するかわかりません。本音を語って気まずさを残すよりも、「家庭の事情」という社会的に受容されやすい理由で穏便に去ることが、自己防衛上の最適解となるのです。心理学的には「印象管理」と呼ばれる行動です。

CHAPTER 2

経営者が「わからない」と感じる構造

一方で、経営者・人事担当者の2割が「退職理由がわからない」と答えている事実は、社員側だけの問題ではなく、組織の側にも本音が届かない構造的なフィルターが存在していることを示唆しています。

第一に、権力勾配(パワーディスタンス)。役職・年齢・採用主などの非対称性が大きいほど、社員は本音を上に向けて発信しづらくなります。第二に、確証バイアス。経営者は無意識のうちに「うちの会社はそこまで悪くないはずだ」という前提から情報を解釈してしまい、ネガティブな兆候を過小評価しがちです。第三に、組織の防衛機制。中間管理職が退職者の不満を上に伝えることで自分の評価が下がることを恐れ、情報をマイルドに加工して報告してしまう──いわゆる「ぬるい伝言ゲーム」が起きやすい構造です。

これらが重なった結果、経営者の手元に届く頃には「家庭の事情で円満退職」というラベルだけが残り、本来であれば組織変革の燃料となるはずの「生の声」は消えてしまっているのです。

CHAPTER 3

「本音が出る組織」を支える成功循環モデル

経営心理学の領域には、MITのダニエル・キム氏が提唱した「組織の成功循環モデル」という考え方があります。これは組織の状態を、次の4つの「質」の循環として捉えるものです。

@関係の質 A思考の質 B行動の質
信頼・尊重・本音 主体的な発想 自発的な挑戦

そして「行動の質」が高まると最終的に「結果の質」が向上し、それがさらに「関係の質」を強化するという好循環が生まれます。逆に、業績(結果)だけを直接追い求めると、社員は責められることを恐れて萎縮し、関係の質が悪化、本音は消え、退職時にすら真実が語られない組織になっていきます。

ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した「心理的安全性」──すなわち「対人関係上のリスクを取っても大丈夫だと感じられる組織風土」──も、まさにこの「関係の質」の中核を成す概念です。心理的安全性が確保されていない組織では、社員は最後の最後まで「本音を語るリスク」を取りません。

つまり、退職時に本音が聞けないという現象は、退職時点の問題ではなく、日常の関係の質がそのまま現れた結果と捉えるべきなのです。

CHAPTER 4

経営者の孤独と、第三者の専門家ができること

ここで、もう一つ大切な視点を加えなければなりません。それは経営者自身もまた、本音を語る場を持ちにくいという事実です。

社員の不満や離職に向き合うことは、経営者にとって自らの経営判断や人格そのものを問われるような重圧を伴います。「自分のマネジメントが悪かったのではないか」「もっと給与を払えたのではないか」──そうした自問自答を、社内の誰にも吐露できないまま抱え込んでいる経営者は、決して少なくありません。

経営者が孤独に陥ると、判断の精度は静かに下がります。そしてその影響は、巡り巡って社員の関係の質をさらに損ねていく──組織のすれ違いは、トップの孤独から始まることが少なくないのです。

だからこそ私は、専門家として耳障りのよい言葉だけを並べることはいたしません。
時に耳の痛い「本音」をお伝えし、経営者ご自身が最善の判断を下せる環境を整えることを、信条としております。
徹底的なやさしさの中にある、本当の厳しさ。

特定社会保険労務士としての法的・実務的な専門性に加え、経営心理士として「人と組織の心の動き」を読み解く視点を持つこと。この両輪があってこそ、退職という結果に至る前段階で、組織の小さな違和感を捉え、関係の質を立て直していくことが可能になると考えております。

退職時の対応や手続きという「点の仕事」だけでは、同じ理由で次の優秀な社員が静かに去っていく負の連鎖は止まりません。重要なのは、日常から本音を引き出せる関係性を共に築き、問題の根から解決を図っていく「線の仕事」──伴走です。

理由のわからない退職が続いている。組織の空気がどこか以前と違う。社員との対話が表面的になっている気がする──。

そう感じられたとき、それは数字には表れない、組織の最も大切な「関係の質」が静かに揺らいでいるサインかもしれません。一人で抱え込まれる前に、ぜひ第三者の視点を取り入れてみてください。

「あの人に相談すれば何とかなる」──
そう思っていただける存在として、これからも経営者の皆様と共に歩き続けてまいります。

執筆/社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表 三重 英則

特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員

年間相談件数350件以上、紛争解決経験20年以上

名古屋市中区丸の内2-14-4 エグゼ丸の内206号

誠 ・ Think more ・ 伴走