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COLUMN|物流労務 / 2024年問題 / 倉庫労務管理 物流「2024年問題」の現在地 ドライバー960時間規制の先で起きている、倉庫拠点の労務構造変化と荷主・物流事業者の責任 社会保険労務士法人T&M Nagoya|代表社員・特定社会保険労務士 三重英則 |
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【本コラムの問題提起の出発点となった記事】 市川範記(物流ライター)「『トラックを休ませた代償がこれですか?』 残業960時間規制で露呈した、物流が止まる“もう一つの現場”」 媒体:Merkmal(株式会社メディア・ヴァーグ)/2026年5月8日配信/carview!(Yahoo!ニュース/LINEヤフー株式会社)にも転載 |
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📌 本コラムの要点
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2024年4月、トラック運転者を含む自動車運転業務に対して、年960時間という時間外労働の上限規制が適用されました。同時に、厚生労働大臣告示である「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(改善基準告示)も改正され、1か月の拘束時間は原則284時間以内(労使協定により年6か月まで310時間まで延長可、年間総拘束時間3,300時間以内、協定があれば3,400時間まで)、休息期間は継続11時間以上を基本(9時間を下限)と、ドライバーを「長く拘束しない」ためのルールが多重に張り巡らされました。
適用から2年。Merkmalの記事は、この改革の「光」と「影」を整理しています。光の部分は、ドライバーの拘束時間が現実に短くなったこと。影の部分は、削られた時間の重みが、倉庫・物流拠点という別の「現場」へと押し出されている、という構造変化です。
当法人がこの論点に注目するのは、これが単なる物流業界論ではなく、「法改正は守れたが、現場の負担は別の場所に移った」という、働き方改革の構造的副作用がはっきりと見える事例だからです。中小の荷主企業、物流事業者、倉庫運営者にとって、自社のどこが新たなボトルネックになっているのかを点検する好機といえます。
物流に関わる労働者は、「ハンドルを握る人」と「ハンドル以外の業務を担う人」とで、適用される労働時間ルールが大きく異なります。この差を意識せずに人員配置を組むと、知らぬ間に36協定違反が積み重なるおそれがあります。
| 区分 | トラック運転者(ドライバー) | 倉庫作業員・荷役・事務(一般労働者) |
|---|---|---|
| 時間外労働の年間上限 (特別条項) |
年960時間 ※臨時的特別な事情がある場合 |
年720時間 (労基法36条6項) |
| 月の上限 | 月45時間(原則)/ 特別条項あれば月の上限規制は適用なし ※ただし改善基準告示で拘束月284時間(協定で310時間) |
月45時間(原則) 特別条項でも月100時間未満(休日労働含む)/ 2〜6か月平均80時間以内 |
| 勤務間インターバル等の特則 | 改善基準告示により休息期間継続11時間基本/9時間下限、1日拘束原則13時間(最大15時間)等 | 勤務間インターバル制度は努力義務(労働時間等設定改善法2条) |
| 月60時間超の割増賃金率 | 50%以上 (中小企業も2023年4月から適用済み) |
50%以上 (中小企業も2023年4月から適用済み) |
この表が示すように、倉庫作業員に「ドライバーで吸収できなくなった時間」を肩代わりさせるという発想は、そもそも法的にも持続可能ではありません。一般労働者の年720時間・月100時間未満という上限は、ドライバーの960時間より厳しく、また「2〜6か月平均80時間以内」という複数月の縛りもあるためです。
2024年通常国会で成立し、段階的に施行されている改正物流効率化法(流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律の改正)および改正貨物自動車運送事業法は、荷主・物流事業者・一般消費者に対し、物流の適正化・生産性向上に向けた努力義務を課しています。一定規模以上の荷主には中長期計画の作成や定期報告も義務化されており、勧告・命令の対象にもなり得ます。
これは、「荷物を出す側」が、運ぶ側の労働環境にも責任を負う方向に法政策が動いている、ということを意味します。長時間の荷待ち、無理な納期設定、頻繁な仕様変更による倉庫内仕分けの混乱は、もはや「取引の自由」だけでは正当化されません。荷主自身の労務管理リスクとして再認識すべき領域です。
Merkmalの記事は、物流の重心が「移動効率」から「拠点での処理能力」へ移ったと指摘しています。当法人が労務管理の観点から補足するなら、これは次の三つの圧力が同時にかかっている状況だといえます。
第一に、ドライバーが拘束時間内に走り切れる距離が短くなったことで、リレー型の中継拠点や在庫を集積するハブ倉庫の役割が拡大しました。荷物を時間どおりに「捌く力」が、配送ネットワーク全体の品質を決めるようになっています。
第二に、EC市場の拡大により、多品種・小口・短納期の出荷が日常化し、仕分け・梱包・検品といった「人の手と判断」に依存する工程が量・複雑性ともに増しています。AGVやAMR等の自動化機器の導入も進みますが、急な仕様変更や荷量変動への柔軟性は、今もって現場のスタッフが担っているのが実情です。
第三に、倉庫の物理的供給は不動産デベロッパーの大規模投資により増えていますが、そこで働く人手は地域の労働市場に依存します。建物が増えるほど、人材獲得競争は激化し、最低賃金や時給の上昇圧力も高まります。これは、倉庫運営者にとっても、倉庫を使う荷主にとっても、人件費上昇という形で確実に跳ね返ってくる構造です。
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✔ いま中小事業者が点検すべきチェックポイント 【物流事業者・倉庫事業者向け】
【荷主・発注者向け】
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当法人がこれまで物流・運輸の現場と接してきた経験からいえば、規制への形式的対応だけでは、人材は残りません。賃金、勤務間インターバル、シフト設計、そして「自分が運んでいる/仕分けている荷物が誰かの生活を支えている」という業務の意味づけまでを含めて、人事制度全体を再設計する局面に来ています。
特に中小事業者にとって、ドライバー960時間規制と改善基準告示の遵守は、もはや「ゴール」ではなく「最低ライン」です。倉庫拠点を含むサプライチェーン全体の労務管理を、荷主・物流事業者・倉庫事業者が共通の課題として議論できる体制づくりが、これからの物流の競争力を分けることになるでしょう。
「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を掲げる当法人としては、就業規則・36協定の見直し、運送・倉庫業向けの労務監査、改正物流効率化法を踏まえた荷主側の対応支援まで、現場の実態に即した伴走支援を行ってまいります。
36協定の設計・改善基準告示への対応・荷主としての対応もご相談ください |
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【根拠法令・参考資料】 ・労働基準法36条(時間外労働の上限規制)/同附則(自動車運転業務の特例:年960時間) ・労働基準法37条1項ただし書(月60時間超の時間外労働に対する50%以上の割増賃金率) ・自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示/令和4年厚生労働省告示第367号、令和6年4月1日適用) ・流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律(改正物流効率化法) ・貨物自動車運送事業法(荷主に対する措置を含む2024年改正部分) ・労働時間等の設定の改善に関する特別措置法2条(勤務間インターバル制度の努力義務) ・厚生労働省ポータル「自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト」 【免責事項】 本コラムは執筆時点(2026年5月)の法令・告示・公表資料に基づく一般的な情報提供であり、個別の労使紛争・行政指導・契約トラブル等の具体的判断を保証するものではありません。実際の対応にあたっては、貴社の就業規則・労働契約・運送契約・取引慣行等の個別事情を踏まえ、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。本コラムで言及したMerkmalの記事の引用は、論評・批評の参考とすることを目的とした最小限のものであり、評価および結論はすべて当法人の責任において記載しています。 |
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AUTHOR|執筆者 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員 経営理念:顧客のために |