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作成日:2026/05/08
副業・兼業の労働時間通算ルール、見直し議論の現在地 「自社労働時間のみで残業代計算」案の行方と中小企業の備え
労務トピックス 副業・兼業

副業・兼業の労働時間通算ルール、見直し議論の現在地
「自社労働時間のみで残業代計算」案の行方と中小企業の備え

2026年5月4日 | 社会保険労務士法人T&M Nagoya
📌 本記事のポイント
現行の労基法第38条第1項では、副業先の労働時間と通算して割増賃金を支払う必要があり、企業の副業解禁の障害となっている。
労働基準関係法制研究会報告書(2025年1月公表)は、割増賃金算定における通算を廃止し、健康確保のための把握は維持する方向性を提言。
2025年12月、上野賢一郎厚労相が2026年通常国会への労基法改正法案の提出見送りを表明。施行は早くとも2027年以降の見通し。
改正後も安全配慮義務は残るため、月総労働時間の把握・健康確保ルールの整備が中小企業の最大の課題となる。

はじめに ― 副業時代の最大の論点

「副業を解禁したいが、労働時間の通算が煩雑で踏み切れない」――。中小企業の経営者から、当法人がこの相談を受ける機会は年々増えています。働き方改革・人手不足・人的資本経営の文脈で、副業・兼業の解禁は経営課題の一つとなっていますが、現行の労働時間通算ルールが、実務的に企業の副業解禁を阻んでいるのが実情です。

現行ルール(労働基準法第38条第1項)では、「事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」とされています。すなわち、副業先で働いた時間も合算して法定労働時間を計算し、合算後の超過分について後から契約した使用者が割増賃金を支払う必要があります。

これは1947年の労基法制定以来維持されてきたルールです。しかし、副業・兼業が政府の推進方針となった現在、このルールは実務上の障害となっており、見直し議論が進んでいます。本日は、議論の現在地を整理し、企業として何を備えるべきかを解説します。

1. 現行ルールの問題点 ― なぜ副業解禁が進まないのか

(1) 「自社+他社の合算」が法定労働時間を超えると割増賃金

現行ルールでは、A社(本業)で1日6時間、B社(副業)で1日3時間働く労働者がいる場合、合計9時間で法定労働時間(8時間)を1時間超過することになります。後から契約したB社が、超過1時間分の割増賃金を支払うのが原則です。

問題は、B社がA社での労働時間を把握しなければ計算できない点です。労働者の自己申告に依存する把握は、申告漏れ・申告誤りのリスクが高く、A社が労働時間を開示しない場合の対応も難しい運用となります。

(2) 中小企業の事務負担

副業を希望する従業員が増えても、中小企業の総務担当者には毎月の労働時間通算を正確に把握・計算する余力がないのが現実です。結果として「副業は禁止」とせざるを得ない企業が多数を占めています。

📊 副業を認めない企業はおよそ4割超
2025年に実施された大企業向けの民間調査(Mirai-Works調べ/対象500名)では、正社員の副業・兼業を「禁止している」企業は44.8%、「認めている」企業は55.2%という結果が示されています。副業を認めない企業の課題として「労働時間の適切な把握」「健康管理・メンタルヘルス管理」「情報セキュリティの確保」が上位を占めており、労働時間管理の煩雑さが副業解禁の主要な障害となっていることが伺えます。

2. 改正議論の現在地 ― 「割増賃金通算は廃止」が方向性

(1) 議論の経緯

厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」が2024年1月から12月まで計16回にわたって議論し、2025年1月8日に報告書を公表。同報告書を起点として、労働政策審議会・労働条件分科会で具体的な制度設計が検討されてきました。

研究会報告書が示した方向性は明確です。割増賃金の支払いについては労働時間を通算しないという抜本的見直しを提言しています。各企業は自社の労働時間のみを基準として、1日8時間・週40時間を超える労働に対して割増賃金を支払えばよいことになり、企業は他社の労働時間を日々把握する必要がなくなります。

(2) 改正案の骨子

▼ 想定される改正内容
@ 割増賃金算定における労働時間通算の廃止
各使用者は自社で従業員が働いた時間のみで残業代を計算する
A 健康確保のための労働時間把握は維持
月単位での総労働時間の把握(自己申告ベース)、長時間労働者への医師面接指導、安全配慮義務の前提としての把握は継続
B 就業規則・労使協議事項としての位置づけ
副業・兼業の許可基準・健康管理ルール等を就業規則に整備する方向

(3) 改正前後の比較

項目 改正前(現行) 改正後(想定)
割増賃金算定 本業+副業の労働時間を通算し、合算後の法定外労働に割増賃金支払い義務(後契約使用者) 各使用者は自社の労働時間のみで割増賃金を計算(通算不要)
他社労働時間の把握 日次・月次で他社労働時間を把握し通算管理する必要 日々の通算管理は不要。月単位の総労働時間把握(健康管理目的)に簡素化
健康確保措置 通算労働時間に基づく長時間労働対策・面接指導 月単位の総労働時間把握+面接指導は継続。安全配慮義務も継続
企業の事務負担 他社情報の収集・管理コスト大、未払割増賃金リスク高 事務負担大幅軽減、健康管理に重点シフト

3. 法案提出スケジュールの最新動向

改正議論には大きな転機がありました。2025年10月に就任した高市早苗首相が、厚生労働大臣らに「心身の健康維持と従業者の選択を前提にした労働時間規制の緩和」の検討を指示。これを受けて、2025年12月23日/26日、上野賢一郎厚生労働大臣が2026年通常国会への労基法改正法案の提出見送りを表明しました。

📅 副業・兼業ルール見直しのタイムライン
2024年1月〜12月 労働基準関係法制研究会で計16回の議論
2025年1月8日 研究会報告書公表(割増賃金算定の通算廃止を提言)
2025年1月〜 労働政策審議会・労働条件分科会で具体案を継続議論
2025年10月 高市内閣発足。労働時間規制の緩和検討を指示
2025年12月 2026年通常国会への提出見送り表明(厚労相会見)
2027年通常国会(見込) 労基法改正法案の再提出(政権動向次第で変動の可能性)
2027〜2028年(見込) 施行(順次)

見送りはあくまで「提出時期の延期」であり、改正議論そのものは継続中です。規制強化(労働者保護)と規制緩和(柔軟な働き方推進)のバランスをどう取るかという、より根本的な調整に入った局面と捉えるのが現実的でしょう。

4. 改正案のメリットと懸念点

(1) メリット

✓ 企業側のメリット
他社労働時間の把握が不要に。管理コストが大幅減
自社時間のみで割増賃金計算でき、未払賃金リスク低減
副業容認に踏み切る企業の増加が見込まれる

(2) 懸念点 ― 健康確保の難しさ

労働時間通算が廃止されれば、A社・B社ともに自社の労働時間しか把握しなくなります。結果として、労働者がA社・B社で合計月100時間超働いていても、どちらの企業も「自社では法定内」として認識する事態が生じうるという懸念があります。

最高裁判例(電通事件・平成12年)以来確立された使用者の安全配慮義務は、改正後も残ると解されます。月単位の総労働時間把握が義務付けられても、それを実効的に運用しなければ、安全配慮義務違反責任を問われるリスクは残るのです。

5. 中小企業の実務対応 ― 改正前後で何をすべきか

(1) 改正前(〜2027年想定):現行ルール下での整備

✓ 現行ルール下で副業を容認する場合に必要な整備
就業規則の副業・兼業条項の整備(許可制 or 届出制、許可基準の明確化)
副業・兼業届出書の様式整備(勤務先・業務内容・勤務時間・健康状態確認欄)
労働時間自己申告ルールの整備(月次申告 or 都度申告)
割増賃金計算プロセスの整備(他社労働時間を踏まえた計算手順)

(2) 改正に先んじた健康確保ルールの整備

改正後の最大の課題は「健康確保」です。当法人としては、改正に先んじて次の運用を顧問先企業に提案しています。

▼ 推奨する健康確保運用
@ 月次健康チェック:副業従事者に対し、自社労働時間(自動集計)・他社労働時間(自己申告)・月総労働時間・健康状態(睡眠時間・体調等)を毎月確認
A 産業医・面接指導の活用:月総労働時間が80時間を超えた従業員に面接指導。50人未満事業場でも地域産業保健センターを活用
B 安全配慮義務リスクの可視化:副業従業員リストを作成し月総労働時間の推移をモニタリング。長時間労働の兆候があれば副業の自粛要請等の対応を行う

6. 副業解禁の人事戦略 ― 「禁止」から「設計」へ

副業・兼業の労働時間通算ルール見直しは、企業の副業対応を「禁止 vs 容認」の二項対立から、「どのように設計するか」という戦略的議論へとシフトさせます。当法人として、企業に提案すべき副業設計の論点は次のとおりです。

副業ターゲットの明確化:全社員一律解禁か、職種別・等級別の段階解禁か。競業他社・取引先での副業の扱い
副業の質の管理:スキル形成・キャリア開発につながる副業を奨励。単なる収入補填型副業(過労リスク高)の抑制
副業を活かした人事制度:副業経験を人事評価に反映。副業から得たスキルの社内還元の仕組み
健康確保のための運用:月総労働時間把握、長時間労働者への面接指導、副業による労働時間短縮要請の運用

おわりに ― 「働く時間」を企業の枠を超えて考える時代

労働時間通算の廃止が実現すれば、戦後の労働基準法体系における重要な転換点となります。「働く時間は、ひとつの企業の枠の中で完結する」という前提が崩れ、「複数の企業をまたいで働く労働者の健康と権利をどう守るか」という、より根本的な問いが浮かび上がります。

提出見送りで「まだ先の話」と捉えるのではなく、施行が先延ばしになった今こそ、就業規則の改訂、勤怠管理体制の見直し、健康管理ルールの先行整備に取り組む好機です。経営者の皆様におかれては、副業を「リスク」ではなく「従業員のキャリア資産形成と企業の人材確保戦略の交点」として前向きに捉え、健全な副業文化の構築を進めていただきたく存じます。

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根拠法令・参考資料

【根拠法令・指針】
●労働基準法第38条第1項(労働時間の通算)
●労働安全衛生法第66条の8(医師による面接指導)
●厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定/令和2年9月・令和4年7月改定)

【参考判例】
●電通事件・最二小判平成12年3月24日(使用者の安全配慮義務)

【参考資料】
●厚生労働省「労働基準関係法制研究会報告書」(令和7年1月8日公表)
●厚生労働省「副業・兼業」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html
●日本経済新聞「労働基準法の改正案、26年国会提出見送り 成長戦略会議踏まえ検討」(2025年12月26日)
【免責事項】本記事は2026年5月4日時点の情報に基づき作成しております。記事内で紹介している法改正の方向性や内容は現時点での提言・検討段階のものであり、今後の国会審議・政権動向等を経て変更される可能性があります。具体的な実務対応にあたっては、最新の公式情報を確認のうえ、当法人または専門家にご相談ください。
執筆
監修
三重 英則 / Mie Hidenori
社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員
特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員
〔IPO労務監査/M&A労務デューデリジェンス/副業・兼業制度設計支援/就業規則整備〕
所在地:愛知県名古屋市中区/https://www.mh5.jp/