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作成日:2026/05/04
「荷待ちは減ったのに、手取りも減った」 ―ドライバー6割が直面する矛盾と 運送業経営者がいま直視すべき賃金構造
運送業・労務管理 賃金制度設計
「荷待ちは減ったのに、手取りも減った」
―ドライバー6割が直面する矛盾と
運送業経営者がいま直視すべき賃金構造
2026.04.30|社会保険労務士法人T&M Nagoya
2026年4月15日、物流DX企業の株式会社Hacobuが発表した「2026年トラックドライバー実態調査」は、運送業界が抱える構造的矛盾を数字で突きつけました。

荷待ち時間は確かに短くなった。半数を超えるドライバーがそう実感しています。にもかかわらず、賃金が上がった実感のないドライバーは6割超、収入が「変わらない・下がった」と答えた人も6割を超えました。さらに矛盾するのは、それでも「ドライバーを続けたい」と答えた人もまた6割を超えるという事実です。

この調査結果が示しているのは、運送業界の賃金が長らく「残業代」に過度に依存してきたという重い現実です。本稿では、Yahoo!ニュース掲載のMerkmal記事「『手取りが減っても、辞められません』6割のドライバーが直面する、『荷待ち改善』『収入減』が同時に進む物流現場の矛盾」(2026年4月30日配信)をきっかけに、社会保険労務士の立場から、運送業経営者がいま取り組むべき賃金制度の見直しについて解説します。
📌 この記事のポイント
・2024年4月から自動車運転者にも年960時間の時間外労働上限が適用され、2026年4月には改正物流効率化法が全面施行されました
・荷待ち改善の進展と引き換えに、残業代に依存していた賃金構造の脆弱性が表面化しています
・経営者にとっての本質課題は「労働時間の短縮」ではなく、「労働時間が減っても手取りが下がらない賃金制度の再設計」です
・固定給・歩合給・諸手当の配分見直し、適正運賃の収受、付帯作業対価の確保が三位一体で進められなければ、人材の流出は避けられません
▼ ドライバーの労働環境と収入構造の変化(2024年問題前後)
項目 2024年4月施行前(従来) 2024年4月以降の現状
時間外労働の上限 罰則付き上限規制の適用除外 年960時間の上限規制(労基法36条6項4号)
拘束時間(1日) 原則13時間/最大16時間 原則13時間/最大15時間(14時間超は週2回まで)
休息期間 継続8時間以上 継続11時間を基本・9時間下限
荷待ち時間 長時間化が常態(1運行平均1時間34分) 過半数が改善実感(最多は30分〜1時間:45.1%)
残業代の収入比重 基本給を抑え、残業代で生活費を補填する構造 残業減=手取り減に直結(収入減理由39%が「残業減」)
荷主側の責務 努力義務中心 2026年4月〜改正物流効率化法で「特定荷主」に物流統括管理者選任義務
1. 調査が突きつけた「3つの6割」が意味するもの
Hacobuが2026年3月19日〜24日に全国のトラックドライバー1,516名を対象に実施した「2026年トラックドライバー実態調査」の結果は、運送業界の現場感を端的に示すものでした。

まず注目すべきは、調査結果から浮かび上がる「3つの6割」です。
📊 Hacobu「2026年トラックドライバー実態調査」より

@ 6割超が「賃上げ実感なし」
収入の変化について「変わらない」44%、「少し下がった」15.2%、「下がった」6.5%の合計が65.7%に達した

A 6割超が「荷待ち時間の改善を実感」
「やや短くなった」42.5%、「大幅に短くなった」12.8%を合わせ過半数。最頻値は「30分〜1時間」(45.1%)

B 6割超が「ドライバーを続けたい」
「続けたい」31.9%、「できれば続けたい」33.5%の合計が65.4%。回答者の中心は50代(39.5%)、ドライバー歴10年以上のベテラン(68.3%)
この3つの数字を並べると、業界の「現状維持の危うさ」が浮かび上がります。労働環境は確かに改善されている。それでも収入は伸びない。それでもベテランは現場に残る――この構図は、働き手の忍耐と熟練の蓄積によって辛うじて維持されている均衡であって、決して「業界が安定している」ことの証ではありません。

経営者の立場で重要なのは、「3つ目の6割」を額面どおりに受け取らないことです。継続意向の高さは、現場への満足ではなく、「他業種への転用が利きにくい技能」「年齢的な再就職のハードル」「身体への負荷軽減との引き換え」といった消極的な選択の積み重ねでしかありません。この均衡が崩れる兆しは、すでに採用市場の冷え込みとして表れています。
2. なぜ「労働時間短縮」が「収入減」に直結するのか――賃金構造の問題
Hacobu調査において、収入が減った理由として上位に挙がったのは「仕事量(件数・距離)の減少」(44.9%)と「残業・時間外労働が減った」(39%)でした。

この調査結果は、運送業界の賃金構造が抱える病理を端的に示しています。すなわち、基本給を抑え、長時間の時間外労働で発生する割増賃金(残業代)によって生活賃金を確保するという構造が、業界全体に深く根付いていたという事実です。
⚙ 運送業界に多い「残業代依存型」賃金体系の典型例

基本給:月17万円(最低賃金水準+α)
+ 各種手当(無事故手当・皆勤手当・運行手当など):月3〜5万円
時間外手当(月60〜80時間分):月8〜12万円
= 額面月収:月28〜34万円

この構造では、時間外労働が月20時間減少しただけで、月収が3〜4万円目減りする計算になります。年間ベースでは40〜50万円もの減収となり、生活設計を根本から揺るがす規模です。
この賃金構造は、長らく荷主側からの運賃転嫁が進まないなかで、運送事業者が生き残るための「苦肉の策」として広く採用されてきました。基本給を低く抑えることで、社会保険料の事業主負担、賞与算定基礎、退職金原資などの固定費を圧縮し、人件費全体を「業務量に連動する変動費」に近づけてきたわけです。

しかし、2024年4月の自動車運転者への時間外労働の上限規制(年960時間)の適用と、改善基準告示の改正(拘束時間の上限引下げ・休息期間の延長)により、この構造は維持不可能になりました。長時間労働を前提とした賃金設計は、もはや法令遵守の観点からも、人材確保の観点からも成り立ちません。
3. 「待機場所がない」――形を変えて潜伏する新たな負担
同調査で「仕事で負担に感じること」のトップに躍り出たのは、意外にも「待機場所を見つけるのが困難」(61.7%)でした。次いで「給与が労働に見合わない」(53.8%)、「付帯作業(荷下ろし・積み込み等)」(41.1%)が続きます。

これは何を意味するのでしょうか。荷主の敷地内から待機車両が「掃き出された」結果、ドライバーは公道や近隣のサービスエリア、コンビニ駐車場などで待機を強いられているという現実です。荷主側の「敷地内荷待ちゼロ」は数値上達成されても、負担は形を変えて公道に滲み出しているのです。
✅ 経営者が確認すべき「見えにくい労働時間」のチェックポイント

□ 配送先到着前の「事前待機」を労働時間として把握・賃金計算に反映しているか
□ 公道・PA・コンビニ等での待機時間がデジタコ・GPSデータと整合しているか
□ 付帯作業(荷下ろし・荷積み・検品・棚入れ等)の時間が運賃と区別して請求できているか
□ 「拘束時間」と「労働時間」の区別をドライバー自身に正しく説明できているか
□ 改善基準告示の新基準(連続運転4時間以内、休息期間継続11時間基本)の遵守体制があるか
4. 改正物流効率化法(2026年4月全面施行)――運送事業者にとっての追い風
2024年5月15日に公布された改正物流効率化法(流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律の一部改正)は、2026年4月1日に全面施行されました。この改正は、運送事業者にとって適正運賃交渉の強力な追い風となります。

従来、荷待ち・荷役の長時間化は「運送事業者側の問題」として処理されがちでしたが、改正法では一定規模以上の「特定荷主」「特定倉庫業者」「特定貨物自動車運送事業者」に対し、物流統括管理者の選任、中長期計画の作成・提出、定期報告などが義務付けられました。さらに国土交通省は、これらの義務違反に対する勧告・公表・命令・罰金(100万円以下)の段階的措置も整備しました。

これにより、荷主側にも「運送事業者と対等に協議する義務」が法的に明確化されました。運送事業者は、これまで遠慮して言い出せなかった「荷待ち時間料」「付帯作業料」「燃料サーチャージ」「標準的運賃」の収受を、法令を背景に堂々と交渉できるようになったのです。
📋 改正物流効率化法(2026年4月全面施行)の要点

荷主・運送事業者・倉庫業者すべてに「努力義務」を課す(積込み・取卸しに要する時間の短縮、荷待ち時間の短縮、運送・荷役等の効率化)
一定規模以上の事業者(特定事業者)には判断基準に沿った取組み、中長期計画作成(年1回)、定期報告(年1回)が義務化
・特定事業者は「物流統括管理者(CLO)」を選任しなければならない
・国土交通大臣等による勧告・公表・命令・100万円以下の罰金の段階的措置
・併せて改正貨物自動車運送事業法により、運送契約締結時の書面交付義務(2025年4月施行済み)、実運送体制管理簿の作成義務も導入
5. 運送業経営者が今取り組むべき「3つの労務戦略」
では、社会保険労務士の立場から、運送業経営者がいま着手すべき具体策を3点に絞って提示します。
戦略@:残業代依存からの脱却――「労働時間が減っても手取りが下がらない」賃金体系への移行
最低賃金水準まで引き下げられた基本給を「適正水準」まで戻す作業が必要です。具体的には、基本給と諸手当(職務手当・運行手当・無事故手当・資格手当など)の構成を見直し、「時間に依存しない収入の柱」を明確化することです。

長距離輸送のドライバーには、運行距離・運行回数に応じた歩合給を組み込む選択肢もあります。ただし、歩合給の導入には労基法27条の保障給(労働者の責に帰すべからざる事由による休業時の保障)の設定、最低賃金法との整合性、就業規則の不利益変更にあたらないための丁寧な労使協議が不可欠です。

また、「歩合給に残業代を含める」「固定残業代として処理する」といった方式は、最高裁判例(国際自動車事件・最二小判平29.2.28、最一小判令2.3.30)により厳格な要件が課されています。設計を誤れば多額の未払残業代請求を招くため、専門家の助言を受けながら制度設計を進めることが必要です。
戦略A:適正運賃の収受――改正法を背景にした荷主交渉の本格化
国土交通省の「標準的な運賃」は2024年3月に8%引き上げられ、荷待ち時間料・荷役作業料・燃料サーチャージ等の個別品目化も進みました。改正貨物自動車運送事業法に基づく書面交付義務(2025年4月施行)により、運送契約の内容(運賃・料金、付帯業務の有無と対価等)を契約書面に明示することも義務化されています。

経営者は、標準的運賃と現行運賃の差額を「具体的な金額」として可視化し、荷主に対して書面で値上げ交渉を申し入れる体制を整える必要があります。交渉の場で「ドライバーの平均年収」「賃上げの必要額」「燃料費高騰の影響額」を客観データで示すことで、独占禁止法・下請法・物流特殊指定の枠組みを背景にした建設的な交渉が可能になります。
戦略B:労働時間管理の精緻化――デジタコ・GPSデータと給与計算の連動
改善基準告示の改正により、運送事業者には拘束時間・運転時間・休息期間の正確な管理が義務付けられています。同時に、ドライバーから「待機時間が労働時間に算入されていない」という申告は、未払残業代請求や労基署申告の引き金となります。

デジタルタコグラフ(デジタコ)やGPSデータ、運行管理システムから得られる客観データを給与計算と直接連動させる仕組みを構築することで、労使双方が納得できる賃金支払いが実現します。「待機時間」「附帯作業時間」「実運転時間」をそれぞれ区分して把握し、必要に応じて手当として明示的に評価する設計が、ドライバーの納得感と離職防止につながります。

なお、改正労基法により未払賃金請求の消滅時効が3年(当分の間)に延長されています(労基法115条、令和2年4月施行)。仮に賃金体系の不備があった場合、過去3年分の未払残業代を請求されるリスクが顕在化することにも留意が必要です。
6. 当法人からの提言――「効率化神話」を超えて、分配の議論へ
Hacobu調査が突きつけたのは、「効率化さえ進めば全てが解決する」という業界の楽観論の限界です。荷待ちが減っても、収入が減っては意味がない――この単純な事実から目を背け続けてきたツケが、今、人材流出と採用難という形で運送業界に重くのしかかっています。

経営者の皆様に問いたいのは、「効率化によって生み出された時間と利益は、誰の手に渡ったのか」という一点です。荷主側のコスト削減に充てられたのか、消費者の利便性として消費されたのか。少なくとも、それを生み出したドライバーの懐に十分には還元されていないという事実が、調査結果から明らかになりました。

改正物流効率化法は、この「分配の偏り」を是正するための法的インフラを整えました。残された課題は、運送事業者自身が「適正な分配を求める交渉」と「内部の賃金体系の再設計」に着手するかどうかです。

当法人の経営理念である「顧客のために」、そしてミッションである「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」――これらは、運送業の経営者の皆様にとって、いまこそ実質的な意味を持ちます。賃金制度は、単なる数式の組み替えではありません。会社の経営思想と、ドライバー一人ひとりの人生に対する敬意の表明です。

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📰 本記事の出典

・Yahoo!ニュース掲載:Merkmal「『手取りが減っても、辞められません』 6割のドライバーが直面する、『荷待ち改善』『収入減』が同時に進む物流現場の矛盾」(猫柳蓮著、2026年4月30日配信)
・株式会社Hacobu「2026年トラックドライバー実態調査」(2026年4月15日発表、有効回答数1,516名)
⚖ 根拠法令・参考資料

・労働基準法第36条(時間外及び休日の労働)、第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)、第27条(出来高払制の保障給)、第115条(時効)
・自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示/2024年4月改正適用)
・流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律(改正物流効率化法/2024年5月15日公布、2026年4月1日全面施行)
・貨物自動車運送事業法(2024年改正、2025年4月一部施行)
・最高裁第二小法廷判決平成29年2月28日(国際自動車事件)、最高裁第一小法廷判決令和2年3月30日(国際自動車(差戻審)事件)
・国土交通省「標準的な運賃」(2024年3月改定)
【免責事項】本記事は、執筆時点の情報に基づき一般的な情報提供を目的として作成したものであり、特定の事案に対する法的助言を行うものではありません。個別の労務問題については、貴社の状況を踏まえて当法人もしくは弁護士等の専門家にご相談いただくことを推奨いたします。法令・通達は今後改正される可能性があります。
✒ 執筆者
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議 賛助会員
「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」をミッションに、運送業をはじめとする中小企業の労務課題に伴走支援を提供。賃金制度設計・就業規則整備・労務トラブル対応に豊富な実績を有する。