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労務トピックス
3年連続5%超の賃上げ時代へ
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2026年4月3日、日本労働組合総連合会(連合)は、2026年春季生活闘争(春闘)の第3回回答集計結果を公表しました。全体の賃上げ率は加重平均で5.09%、中小組合(300人未満)でも5.00%と、3年連続で5%超の高水準を維持する結果となっています。
「賃上げは大企業の話」というイメージは、もはや過去のものとなりました。本稿では、最新の集計結果を踏まえ、中小企業の経営者・人事担当者が今から取り組むべき賃金戦略を、社会保険労務士の視点から整理します。
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📌 本記事の要点 @ 連合第3回集計(2026年4月3日)で全体5.09%・中小5.00%。3年連続で5%超を維持 A 大手と中小の賃上げ率の差は0.09ポイントまで縮小 B 最低賃金は2025年度1,121円、政府は2029年までに1,500円を目標 C 賃上げ促進税制は令和8年度改正で見直し。中小企業向けは継続するが控除率変更予定 D 「賃上げしない」という選択肢が事実上存在しない経営環境へ |
| ▼ 連合 2026春闘 回答集計結果(前年比較) | ||
| 区分 | 2025年同時期 | 2026年第3回(4/3公表) |
| 全体 賃上げ率(加重平均) | 5.42% | 5.09% |
| 全体 賃上げ額(加重平均) | 1万7,358円 | 1万6,892円 |
| 中小組合(300人未満) 賃上げ率 | 5.00% | 5.00% |
| 中小組合 賃上げ額 | 1万3,360円 | 1万3,960円 |
| 大手と中小の差 | 0.42ポイント | 0.09ポイント |
※ 出典:連合「2026春季生活闘争 第3回回答集計結果」(2026年4月3日公表)。前年同時期の数値は連合の同時期集計に基づきます。
最も注目すべきは、大手と中小の賃上げ率の差が0.42ポイント(前年同時期)から0.09ポイントまで縮小したことです。中小組合の賃上げ額は前年同時期から600円増の1万3,960円となっており、絶対額でも改善が見られます。これは、中小企業が大企業に追随する形で賃上げを行わざるを得ない経営環境が定着しつつあることを示しています。
業種別に見ても、自動車・電機の大手で満額回答が相次ぎ、小売・サービス業も人手不足を背景に5%超を確保しています。業種を問わず5%が「最低ライン」となりつつあることが、今春闘の最大の特徴と言えるでしょう。
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💡 経営側も賃上げに前向き 2026年は経営側の賃上げに対する積極姿勢も目立ちました。経団連は2026年版「経営労働政策特別委員会報告」において、ベースアップを賃金交渉のスタンダードと位置付け、積極的な検討と実行を呼びかけています。政労使三者の共通認識が形成されつつある段階です。 |
2022年以降の物価上昇により実質賃金がマイナス基調で推移したことに対し、政府・連合は「物価上昇を上回る賃上げ」を強く要請してきました。連合は2026年春闘でも、賃上げ要求基準を5%以上と設定しています。
2025年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1,121円となり、前年(1,055円)から66円引き上げられました。これは目安制度導入以降、最大の引き上げ額です。政府は2020年代中(2029年度まで)に全国加重平均1,500円の達成を掲げており、目標達成までは年率約7〜8%(年間約100円)の引き上げが必要となります。最低賃金の急速な上昇は、当然ながら一般賃金の引き上げ圧力にも直結します。
日銀短観の雇用人員判断DI(全規模全産業)は2026年3月調査で38ポイントの不足超と歴史的水準にあります。特に若年人口の減少が継続しており、人材を確保・定着させるには競合企業に負けない賃金水準が必須となっています。
これまで中小企業の賃上げを妨げてきた最大の要因は「価格転嫁の困難さ」でした。しかし、2026年1月施行の中小受託取引適正化法(取適法)や、独占禁止法・下請代金支払遅延等防止法の運用強化、業界全体での価格転嫁の進展により、中小企業も賃上げ原資を確保できる環境が整いつつあります。
東京商工リサーチが2026年2月に公表した調査によれば、2026年度の賃上げ実施予定企業は83.6%と、5年連続で80%台を維持する見込みです。一方で、賃上げ率の構成には変化が見られます。
賃上げ率「5%以上」の構成比は35.5%(2025年度実績39.6%から低下)、中小企業の「6%以上」は7.2%(同15.2%から低下)と、いずれも前年度から低下しています。賃上げの最多レンジも「5%台」から「3%台」へと重心が下がっており、「賃上げ疲れ」の兆候も見え始めています。
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✓ それでも経常赤字でも賃上げする中小企業 注目すべきは、経常赤字の中小企業ですら賃上げを実施せざるを得ない状況にあることです。日本商工会議所の調査では、2025年度に「業績改善が伴わない防衛的賃上げ」を行った中小企業は60.1%に達しています。 背景には、@ 採用難への対応 A 離職防止 B 最低賃金引上げへの対応という、「賃上げしないという選択肢が事実上存在しない」現実があります。 |
賃上げを行う企業にとって最大の支援策が賃上げ促進税制ですが、2025年12月19日に公表された「令和8年度税制改正大綱」により、大幅な見直しが行われる予定です。中小企業の経営者・人事担当者は、この改正内容を必ず押さえておく必要があります。
| ▼ 賃上げ促進税制(中小企業向け)の現行制度と改正後 | ||
| 要件 | 現行(令和6年度改正後) | 改正後(令和8年度大綱) |
| 通常要件 (給与1.5%以上増加) |
控除率15% | 控除率15%(維持) |
| 上乗せ@ (給与2.5%以上増加) |
+15%(合計30%) | +15%(合計30%)(維持) |
| 上乗せA (教育訓練費5%以上増加) |
+10%(合計40%) | 廃止予定 (時期は大綱で未明示) |
| 上乗せB (子育て両立・女性活躍の認定) |
+5%(合計45%) | +5%(維持) |
| 最大控除率 | 最大45% | 最大35%(見込み) |
※ 大企業向けは2026年3月31日に廃止、中堅企業向けは賃上げ要件4%以上に引き上げのうえ2027年3月31日に廃止予定。中小企業向けは制度自体は継続しますが、教育訓練費上乗せ措置(10%)の廃止により、最大控除率は実質的に45%→35%へ低下する見込みです(廃止時期は改正法令で確定)。
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💡 赤字でも使える!5年間の繰越控除 中小企業向けには、当期の法人税額から控除しきれなかった金額を翌年度以降5年間繰り越して控除できる仕組みが設けられています。これにより、赤字や法人税が少額の中小企業でも、将来の黒字化を見越した先行的な賃上げ投資が可能となっています。 |
賃上げ実施の前にまず行うべきは賃金体系の総点検です。具体的には、@ 基本給の構造(属人給・職能給・職務給の比率)/A 諸手当の妥当性/B 賞与の算定基礎/C 昇給ルール/D 同一労働同一賃金への対応の5点を確認します。「全員一律○%アップ」という単純な対応は、長期的には賃金体系の歪みを生みます。戦略的な賃金原資配分が不可欠です。
なお、2026年10月施行のパートタイム・有期雇用労働法ガイドライン改正により、同一労働同一賃金の判断基準が明確化されており、賃金体系の見直しと併せて整備すべき領域です。
最低賃金が年率7〜8%で上昇する状況では、最低賃金近傍の労働者の賃金体系を再設計する必要があります。例えば、現在の最低賃金1,121円(全国加重平均)に対し、入社初任給1,200円・5年勤続で1,250円という賃金体系がある場合、5年後には最低賃金の上昇によって勤続による昇給が無意味化する事態となりかねません。入社時賃金と最低賃金との適切な差額確保、勤続による合理的昇給ルートの設計、スキル・職務に応じた賃金加算ルールの整備が急務となります。
賃上げ原資の確保には、適切な価格転嫁が不可欠です。社労士単独の領域ではありませんが、経営者と共に、顧客・取引先との価格交渉、業界相場・競合価格の調査、自社の付加価値分析、原価計算の精緻化を検討する必要があります。中小企業庁が公表している「価格交渉ハンドブック」や、2026年1月施行の中小受託取引適正化法(取適法)の活用も有効です。
前述のとおり、令和8年度税制改正で大企業向けが廃止され、中堅企業向けも要件が引き上げられる中、中小企業向け制度は継続される予定です。賃上げ計画と税制活用は一体で検討すべきであり、顧問税理士との連携が不可欠です。教育訓練費の上乗せ措置(10%)が廃止される前に活用しきるという視点も重要となるでしょう。
賃上げを持続可能にするには、生産性向上が不可欠です。社労士の視点から支援できる領域は次のとおりです。
@ 業務の標準化・マニュアル化(属人化の解消)/A DX推進・IT投資(IT導入補助金等の活用)/B 教育訓練の体系化(人材開発支援助成金の活用)/C 配置・配転の最適化/D 多様な働き方の導入によるエンゲージメント向上/E 健康経営の推進
特に人材開発支援助成金は活用しやすい制度であり、最低賃金引上げに対応する設備投資には業務改善助成金(最大600万円)も活用可能です。
賃上げ要請が継続する中、多くの中小企業経営者が「これ以上は無理」「賃上げ疲れだ」と感じておられます。当法人としては、経営者の心理的負担に寄り添いながら、次の4つの視点をお伝えしたいと考えます。
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✓ 視点1:賃上げは「コスト」ではなく「人的資本への投資」 採用コスト削減・教育コスト削減・生産性向上・ブランド価値向上を踏まえれば、賃上げは投資と評価できます。 ✓ 視点2:助成金・税制を最大限活用する 賃上げ促進税制、人材開発支援助成金、業務改善助成金など、賃上げと生産性向上を進める企業を国が強力に支援しています。 ✓ 視点3:価格転嫁は「権利」である 下請取引における不適切な価格据置きは法令違反となり得ます。価格転嫁を遠慮する時代は終わりました。 ✓ 視点4:社労士は「伴走者」である 賃上げの「数字」を作るのではなく、賃上げ後の経営の持続可能性、従業員のモチベーション、企業の競争力を共に考え抜き、長期的に勝ち残れる賃金戦略を共に築き上げることが、当法人の役割と考えます。 |
経団連、経済同友会、商工会議所のいずれも、賃上げ継続に向けた合意形成を進めています。経団連の筒井義信会長は2026年1月の労使フォーラムで、ベースアップを賃金交渉のスタンダードにする方針を明確に打ち出しました。「5%超の賃上げ」基調は当面続くと見るのが妥当です。
中小企業も、これを前提とした経営戦略・賃金戦略を構築する必要があります。「賃上げは経営判断、人事制度設計は社労士の専門領域」――この棲み分けを尊重しつつ、両者が連動してこそ、企業は人材を確保し、成長し続けることができます。当法人は、賃上げ時代を共に乗り越える伴走者として、貴社の経営をご支援してまいります。
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賃金体系の見直し・賃上げ戦略のご相談を承ります 「賃上げ原資をどう確保するか」「賃金体系をどう再設計するか」 |
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▼ 根拠法令・参考資料 ・連合「2026春季生活闘争 第3回回答集計結果」(2026年4月3日公表) ・連合「2026春季生活闘争 第1回回答集計結果」(2026年3月23日公表) ・厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金額改定の目安について」 ・与党「令和8年度税制改正大綱」(2025年12月19日公表) ・中小企業庁「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」 ・厚生労働省「人材開発支援助成金」「業務改善助成金」 ・東京商工リサーチ「2026年度の『賃上げ』 実施予定は83.6%」(2026年2月20日公表) ・経団連「2026年版 経営労働政策特別委員会報告」 |
※ 本記事は2026年4月29日時点の公表情報に基づき作成しています。賃上げ促進税制の改正内容は「令和8年度税制改正大綱」段階のものであり、最終的な制度内容は改正法令の成立により確定します。個別具体的な制度適用の判断は、必ず最新の公的資料および顧問税理士・社会保険労務士へのご確認をお願いいたします。
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― 執筆 ― 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員 特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員 |