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📌 この記事の要点
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「パワハラ」と聞くと、多くの方が「上司から部下へ」の構図を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、実際の現場では「部下から上司」「後輩から先輩」へのハラスメント――いわゆる「逆パワハラ」も決して珍しくありません。2026年4月、大阪府吹田市が部下から上司へのパワハラ行為を理由に職員を懲戒処分とした事案が報じられ、改めてこの問題に注目が集まっています。本記事では、当該事案を題材に、逆パワハラの法的論点と、経営者・人事担当者が今すぐ取り組むべき対応策を解説します。
大阪府吹田市は2026年4月20日、市民室主査の職員(47歳)に対し、減給10分の1(3か月)の懲戒処分を行ったと発表しました。報道された処分理由の概要は次のとおりです。
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■ 処分対象となった行為(報道による事実関係)
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注目すべきは、行為者が部下の立場であったにもかかわらず、市が「業務遂行上必要な知識・経験を有することによる優越的な立場」を認定し、パワハラ行為と判断した点です。さらに、当時の管理監督者であった上司の上司にあたる職員2名も処分対象となっており、組織として「逆パワハラを放置した管理責任」が問われた点も重要です。
職場におけるパワーハラスメントは、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下「労働施策総合推進法」)第30条の2第1項により、次の3要件を満たすものと定義されています。
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✓ 職場におけるパワーハラスメントの3要件
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この3要件のうち、逆パワハラの成立を左右するのが@の「優越的な関係」の解釈です。令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「パワハラ指針」)では、「優越的な関係を背景とした」言動について、行為を受ける労働者が行為者に対し「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」と定義した上で、次の例を示しています。
| 類型 | 具体例 | 想定される場面 |
|---|---|---|
| 職務上の地位 | 職務上の地位が上位の者による言動 | 上司から部下への暴言、過大な要求等 |
| 業務知識・経験 | 同僚又は部下による言動で、業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その者の協力を得なければ業務の円滑な遂行が困難なもの | 本件の吹田市事案/専門スキル保有者から異動直後の上司への言動 |
| 集団による圧力 | 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難なもの | 複数の部下が結託して上司を孤立させる場合等 |
本件は、まさに2つ目の「業務知識・経験」の類型に該当する典型例といえます。異動から半年程度の上司は、当該部署の実務知識において部下より劣後する状況にあり、業務遂行において部下の協力を得る必要が高い立場でした。このような関係性のもとで大声での詰問・威圧行為が日常的に繰り返された結果、上司の就業環境が害されたと判断されたものと考えられます。
本件のような逆パワハラ事案では、企業(使用者)の対応として次の争点が問題となります。
| No. | 争点 | 判断要素 | 適用根拠 |
|---|---|---|---|
| @ | パワハラ該当性 | 3要件(優越的関係・業務必要性逸脱・就業環境侵害)の充足 | 労働施策総合推進法30条の2/パワハラ指針 |
| A | 懲戒処分の有効性 | 客観的合理性・社会通念上の相当性/処分量定の適正 | 労働契約法15条(民間企業の場合)/地方公務員法29条(公務員の場合) |
| B | 使用者の安全配慮義務 | 被害者上司に対する就業環境配慮義務の履行状況 | 労働契約法5条/民法415条 |
| C | 管理監督者の責任 | パワハラ行為の認知後の対応の適否/放置の有無 | 労働施策総合推進法30条の2/パワハラ指針(事業主の措置義務) |
| D | 事業主の措置義務違反 | 相談窓口・研修・調査体制の整備状況 | 労働施策総合推進法30条の2第1項/パワハラ指針 |
仮に民間企業で同種事案が発生し、加害者である部下が懲戒処分を争った場合、各争点の見通しは概ね次のとおりと考えられます。
| 争点 | 使用者側 見通し |
理由 |
|---|---|---|
| パワハラ該当性の認定 | ○ やや有利 | 業務知識の偏在+大声・威圧行為の常態化により、3要件を充足しやすい |
| 減給処分の有効性 | ○ やや有利 | 減給は懲戒処分として比較的軽度。労基法91条の制限内(1回平均賃金1日分の半額・総額1賃金支払期間の10分の1)であれば相当性は認められやすい |
| 出勤停止以上の重処分 | △ 五分五分 | 前歴・反省・被害程度等の総合考慮が必要。事前の注意指導の有無が分水嶺となる |
| 被害者上司からの 損害賠償請求 |
▲ やや不利 | 使用者責任(民法715条)・安全配慮義務違反(労契法5条)の双方が問題。放置していた場合、企業の責任は重い |
逆パワハラが組織で見過ごされやすい背景には、次のような構造的な要因があります。
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■ 逆パワハラが顕在化しにくい4つの要因
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本件で当時の管理監督者2名も処分されたことは、まさに「上司が部下からのハラスメントを訴えにくい組織風土」に対し、組織として対応責任が問われたことを示しています。「上司は部下を指導するもの」という固定観念に依存した管理運営は、逆パワハラの温床となり得ます。
| 時期 | 取組内容 | 具体的アクション |
|---|---|---|
| 短期 (1〜3か月) |
相談体制の点検・周知 | @相談窓口が「上司からの相談」も受け付ける旨を明示/A相談者の秘密保持・不利益取扱禁止を再周知/B外部相談窓口の設置検討 |
| 中期 (3〜6か月) |
就業規則・研修の見直し | @就業規則のパワハラ規定に「逆パワハラ」「同僚間ハラスメント」を明記/A全従業員向け研修に逆パワハラ事例を追加/B管理職向け研修で「相談を受けた際の対応」を訓練 |
| 長期 (6か月以降) |
組織風土の醸成 | @属人化した業務知識の組織的共有(マニュアル整備・引継ぎ強化)/A異動時の業務移行サポート体制/B定期的な職場環境サーベイの実施 |
パワハラ指針は、事業主に対し、職場におけるパワーハラスメントを防止するため、次の措置を講じることを義務付けています。逆パワハラ対応もこれらの措置の中に位置付けられます。
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✓ 事業主が講じなければならない雇用管理上の措置(パワハラ指針)
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本件は、地方公共団体における処分事案ではありますが、民間企業にとっても極めて示唆に富む事例です。当法人として、特に次の3点を経営者・人事担当者の皆様にお伝えしたいと考えます。
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■ 当法人からの3つの提言 提言1:「パワハラ=上司から部下」という固定観念を捨てる 経営者自身がまず「優越的関係」の幅広い意味を正確に理解することが、組織全体の認識転換の出発点となります。役員・管理職向けの研修において、本件のような逆パワハラ事例を必ず取り上げてください。 提言2:業務知識の属人化を解消し、「優越的関係」を生まない組織を作る 特定個人に業務知識が集中すると、その個人が「業務知識による優越的立場」を持ちやすくなります。マニュアル整備・引継ぎプロセスの標準化・複数担当制の導入等により、業務知識を組織で共有する仕組みを構築することが、ハラスメント予防の本質的な対策となります。 提言3:管理職が安心して相談できる体制を整える 「管理職だから」という理由で相談を躊躇させない仕組みが必要です。本件で管理監督者も処分された事実は、組織として上司の声を拾わなかった責任が問われたことを意味します。外部相談窓口の活用、上司同士のピアサポート体制等、多層的な相談ルートを準備しましょう。 |
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✓ 今すぐ確認すべきチェックリスト
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パワハラ防止法が定める「優越的な関係」は、職位の上下関係に限られません。業務上必要な知識や経験の保有、集団による圧力など、職場には様々な「優越」が存在します。今回の吹田市の事案は、この点を改めて社会に知らしめるものとなりました。
経営者・人事担当者の皆様には、「パワハラ=上司から部下」という固定観念を見直し、すべての従業員が安心して働ける職場環境を整備していただきたいと考えます。当法人は、就業規則の整備、ハラスメント研修の実施、相談窓口の運用支援等を通じて、貴社の労務管理体制構築に伴走いたします。
「うちの組織では大丈夫」と思われている経営者の方こそ、一度立ち止まって自社の体制を点検していただきたいと思います。問題が顕在化してからでは、被害は甚大です。予防こそが最大の対策であることを、本件は改めて私たちに教えてくれています。
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■ 根拠法令
■ 参考文献・出典
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【免責事項】 本記事は、執筆時点における公開情報及び一般的な法令解釈に基づき作成したものであり、個別具体的な事案への法的助言を行うものではありません。実際の対応にあたっては、必ず弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。本記事の内容に基づき行われた判断・行為について、当法人は一切の責任を負いかねます。また、引用した報道内容は各報道機関の発表に基づくものであり、事案の最終的な評価は今後の動向により変動する可能性があります。 |
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AUTHOR 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員 特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議 賛助会員 |