2026年4月24日 政権交代で揺らぐ「最低賃金1,500円目標」──それでも続く引き上げ圧力に、中小企業はどう備えるか2026年度最低賃金審議の最新動向と企業に求められる賃金戦略 |
2026年2月27日、厚生労働省において第72回中央最低賃金審議会が開催され、2026年度の地域別最低賃金の改定に向けた審議が正式にスタートしました。
一方、2025年10月に発足した高市早苗内閣は、石破前政権が掲げた「2020年代中に全国加重平均1,500円」という目標について、具体的な金額・時期への言及を避ける姿勢を示しており、政府目標そのものに不透明感が広がっています。
しかし、ここで企業経営者が油断してはなりません。日弁連は2026年4月8日に会長声明を発出し、時給1,700円〜1,900円を必要生計費として主張。労働組合・弁護士会からの引き上げ圧力はむしろ強まっています。「政府目標の後退=引き上げ鈍化」ではなく、別経路からの圧力が高水準の引き上げを牽引し続けるのが、2026年度審議の実相です。本記事では、2026年4月時点の最新情勢を踏まえ、企業が取るべき賃金戦略を当法人の視点から解説します。
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📌 本記事の要点
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2025年度(令和7年度)の地域別最低賃金は、全47都道府県で初めて時給1,000円を超え、全国加重平均は時給1,121円となりました。前年度比66円の引き上げは、目安制度が始まった1978年度以降で過去最大の引き上げ幅です。
| 地域 | 最低賃金(時給) |
|---|---|
| 東京都(最高) | 1,226円 |
| 神奈川県 | 1,225円 |
| 全国加重平均 | 1,121円 |
| 最低県(高知・宮崎・沖縄) | 1,023円 |
| 最高・最低の差 | 203円 |
この203円という格差は、フルタイム労働者(週40時間・年52週)に換算すると年間約42万円の賃金差を意味します。なお前年度の格差(212円)から若干縮小していますが、地方から都市部への若者流出の経済的要因の一つとして、労働側からは根強い問題提起がなされています。
2025年度で特に注目すべきは、都道府県によって発効日が大幅にずれ込んだという事態です。2025年10月初旬に発効したのはわずか13都府県のみ、6県が越年発効(2026年に入ってから発効)となり、秋田県に至っては発効日が2026年3月31日と、約半年後ろ倒しされました。引き上げ幅が過去最大となったことに伴う企業側の準備期間確保要請が背景にあります。
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💡 実務ポイント 自社の事業所がある都道府県の発効日を必ず確認してください。年をまたいで発効する地域では、2025年度改定額の適用が2026年にずれ込むため、給与規程や労働条件通知書の更新タイミング、賃金台帳への反映時期に注意が必要です。 |
最低賃金「2020年代中に1,500円」という目標は、2024年10月に発足した石破前政権において、それまで岸田政権下で「2030年代半ばまで」とされていた目標を大幅に前倒しする形で掲げられたものです。この目標達成には、2025年度から2029年度まで年平均約7.3%の高率の引き上げを続ける必要があり、経済界からは実現可能性への強い懸念が示されていました。
2025年10月21日、高市早苗氏が第104代内閣総理大臣に就任し、自民党と日本維新の会による連立政権が発足しました。この政権交代により、最低賃金目標の位置づけが大きく変化しています。
2025年11月14日の参議院本会議において、高市首相は石破前政権の1,500円目標について、具体的な金額・時期の明言を避け、「結果的にこれまで示された目標よりも高くなる可能性も、外的な要因でそれが難しい場合もある」「いま金額を申し上げると中小企業や小規模事業者に丸投げすることになり、無責任だ」と答弁しました。野党からは「事実上の撤回」との指摘が出ており、日弁連声明も「新たに発足した内閣ではこの目標を継承することに慎重な姿勢を示している」と明記しています。
| 項目 | 石破政権(〜2025年10月) | 高市政権(2025年10月〜) |
|---|---|---|
| 目標額 | 全国加重平均1,500円 | 具体額の明言を回避 |
| 達成時期 | 2020年代中(最遅2029年度) | 具体時期の明言を回避 |
| 基本姿勢 | 賃上げこそ成長戦略の要 | 経済動向を踏まえ具体的に検討 |
| 中小企業への配慮 | 重点支援策とセットで推進 | 数値目標による負担回避を強調 |
政府目標が不透明になったからといって、中小企業経営者が「今後の引き上げは鈍化する」と安易に判断するのは危険です。なぜなら、政府目標以外の経路から、より強い引き上げ圧力が複数働いているからです。
日本弁護士連合会は2026年4月8日、「最低賃金額の大幅な引上げ及び地域間格差の是正等を求める会長声明」を発出しました。この声明では、政府目標の1,500円すら「十分ではない」との立場から、より高い水準を求めています。
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✔ 日弁連声明の主なポイント
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連合は2026年春闘方針において、企業内最低賃金協定を1,300円以上とし、35歳最低月給25万7,000円、30歳最低月給24万5,000円を求める方針を示しています。経団連との会談でも、物価の伸びを超す高い水準の賃上げを目指す方向で労使は一致しており、春闘での賃上げ水準が最低賃金審議に強い影響を与える構造は継続しています。
消費者物価指数(コアCPI)は依然として2%前後の上昇が続いており、生活防衛の観点からの引き上げ要請は根強く残っています。地方における有効求人倍率1.5倍超の人手不足も相まって、「政府目標が不明確でも現場では賃上げせざるを得ない」という構造的圧力が働いています。
2022年10月に採択されたEU最低賃金指令では、適正水準の参照値として「賃金中央値の60%、または平均賃金の50%」が示されています。第72回中央最低賃金審議会では、この国際基準の考え方が中長期的視点として議論の俎上に載せられました。日本に当てはめた場合の試算は計算方法により幅がありますが、現行水準を大きく上回る金額(各種試算で時給1,600円超)が導かれるケースが多く、今後の議論を方向づける基準として無視できない存在です。
2025年度の発効日分散(13都府県のみが10月初旬発効、6県が越年発効、秋田県は2026年3月31日)を受け、企業の給与計算実務の混乱を防ぐため、全国的に10月1日付近に統一する方向での検討が進められています。日弁連声明もこの点を強く支持しており、2026年度は従来型の10月一斉発効に戻る可能性があります。
2023年度改定から既にA〜Dの4ランクからA〜Cの3ランクに移行されていますが、2025年度改定では「隣県より低くしたくない」「全国最下位を避けたい」といった競争意識が目安を大きく上回る引き上げを各地方で生じさせました。審議会では、この過度な順位意識を解消するためのランク区分の更なる見直しが議論されています。中長期的には、3ランクのさらなる統合、または全国一律最低賃金制度も視野に入っています。
高市政権は「中小企業への配慮」を強調しており、具体的な支援策の充実は従来以上に重要な政治テーマとなる見込みです。
主な論点は、業務改善助成金の拡充、社会保険料事業主負担の軽減(日弁連も強く要望)、公正な取引慣行の確保(中小企業が価格転嫁できる環境整備)などです。
政府目標が不透明でも、実勢の引き上げ圧力は強く、中長期的に最低賃金が高水準で推移することは変わりません。当法人がお勧めする対応戦略は次のとおりです。
最低賃金の引き上げが続くと「賃金の圧縮」(最低ライン付近に多数の従業員が集中する現象)が発生しやすくなります。この結果、最低賃金が上がるたびに全従業員に一律対応が必要となり、毎年の人件費計画が不安定化します。
この機会に、評価・貢献度・職責に連動した賃金体系に転換し、最低賃金の変動に振り回されない構造を作ることが重要です。新卒初任給、等級別賃金テーブル、諸手当の見直しを一体的に行う必要があります。
人件費率の上昇を吸収する最も本質的な対応は、生産性の向上です。IT・DXツールの導入、業務プロセスの標準化・マニュアル化、省力化機械・設備への投資などを、業務改善助成金と組み合わせて計画的に進めることが重要です。
| 制度名 | 概要 |
|---|---|
| 業務改善助成金 | 最低賃金引き上げを行う中小企業の生産性向上設備投資への助成 |
| キャリアアップ助成金 | 非正規従業員の処遇改善・正社員転換への助成 |
| 人材確保等支援助成金 | 雇用管理制度の改善・人材確保を支援 |
中小企業が最低賃金引き上げに伴うコスト増を吸収するには、取引先への適正な価格転嫁が不可欠です。「パートナーシップ構築宣言」等の取組を活用し、取引慣行の改善を進めることが、人件費の持続的負担能力を担保する上で重要です。
最低賃金水準の上昇により、パートタイム・アルバイト労働者の採用競争は激化の一途をたどっています。「最低賃金さえ支払えばよい」という姿勢では人材確保が困難になる局面が目前に迫っており、処遇・職場環境・柔軟な働き方など総合的な魅力を高める採用戦略が求められます。
2026年度最低賃金審議は、政権交代による政府目標の不透明化と、それを上回る外部圧力(日弁連・労組・EU基準・物価上昇・人手不足)という二層構造の中で進行しています。「引き上げは鈍化するだろう」という楽観論に立つのは危険であり、中小企業は「高水準の引き上げが続く前提で備える」ことが経営の現実解です。
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📋 当法人がご支援できること
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| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 2026年度審議開始 | 2026年2月27日(第72回中央最低賃金審議会) |
| 2025年度全国加重平均 | 1,121円(前年度比+66円、過去最大) |
| 政府目標の状況 | 石破前政権の「2020年代1,500円」目標 → 高市政権では明言回避 |
| 日弁連主張 | 必要生計費は時給1,700〜1,900円/全国一律最低賃金制度の実現 |
| 主な論点 | 発効日統一化/ランク区分見直し/中小企業支援策 |
| 企業の対応方針 | 高水準の引き上げ継続を前提とした中長期賃金戦略の構築 |
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【根拠法令・参考資料】 ・最低賃金法(昭和34年法律第137号) |
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【出典・参考記事】 ・厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金 答申状況」 |
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【免責事項】本記事は2026年4月24日時点で入手可能な公表情報に基づき作成しています。最低賃金審議の動向、政府方針、関連法令は今後変更される可能性があります。個別事案への適用については、当法人にご相談いただくか、各種一次情報をご確認ください。 |
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執筆者 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員 特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員 |