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2026年4月施行|高年齢労働者の労災防止が「努力義務」に――企業が押さえるべき5つの対策ポイント
社会保険労務士法人T&M Nagoya
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2025年5月に成立した改正労働安全衛生法により、2026年4月1日から、高年齢労働者(おおむね60歳以上)に対する労働災害防止措置が、すべての事業者の「努力義務」となります。これまで厚生労働省が「エイジフレンドリーガイドライン」として自主的な取組を促していたものが、法律に根拠を持つ「指針」へと格上げされる形です。本記事では、企業が取り組むべき5つのポイントと実務上の留意点を解説します。
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< 目次 >
1. なぜ今、高年齢労働者の労災防止が法制化されたのか 2. 改正の概要――何がどう変わるのか 3. 指針が求める「5つの措置」 4.「努力義務」でも軽視できない理由 5. 活用できる支援制度 6. まとめ――施行日をゴールではなく「スタート」に
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1. なぜ今、高年齢労働者の労災防止が法制化されたのか
少子高齢化に伴い、日本の労働市場における高年齢者の存在感は年々高まっています。令和6年の労働力調査によると、雇用者全体に占める60歳以上の割合は約19%に達しました。定年後の再雇用や継続雇用が一般化する中、60歳以上の労働者は企業にとって不可欠な戦力です。
一方で、高年齢労働者の労働災害は深刻な状況にあります。厚生労働省の統計によると、休業4日以上の死傷者に占める60歳以上の割合は約30%にのぼり、増加傾向が続いています。
特に注目すべきは、加齢に伴う災害リスクの増大です。60歳以上の労働災害発生率(死傷度数率)を30代と比較すると、男性で約2倍、女性で約5倍となっています。「墜落・転落」や「転倒による骨折」は60歳以上で特に顕著であり、年齢が上がるほど休業期間も長期化する傾向にあります。
こうした現実を踏まえ、これまでガイドラインとして事業者の自主的取組に委ねていた対策を、法律上の「努力義務」として位置づけ、企業の取組をさらに推進する必要があると判断されたわけです。
2. 改正の概要――何がどう変わるのか
| 項目 |
内容 |
| 施行日 |
2026年(令和8年)4月1日 |
| 根拠条文 |
改正労働安全衛生法 第62条の2 |
| 対象 |
業種・規模を問わず、すべての事業者(中小企業を含む) |
| 義務の性質 |
「努力義務」(直接的な罰則はなし) |
| 措置の内容 |
高年齢労働者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置 |
| 指針 |
「高年齢者の労働災害防止のための指針」(令和8年2月10日公示、同年4月1日適用) |
改正法では、事業者に対し、高年齢労働者の労災防止のために必要な措置を講ずるよう努めることが求められます。そして、その具体的な内容は、厚生労働大臣が公表する「指針」に示されます。この指針は、従来の「エイジフレンドリーガイドライン」の内容をおおむね踏襲しつつ、法的根拠を持つものとして格上げされたものです。
3. 指針が求める「5つの措置」
指針では、事業者が取り組むべき事項として大きく5つの柱が示されています。以下、それぞれの概要と実務的なポイントを解説します。
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まず求められるのは、経営トップ自らが高年齢労働者の安全衛生対策に取り組む方針を明確にし、対策の担当者・組織を指定して体制を整えることです。
その上で、高年齢労働者の身体機能の低下に起因する災害リスクについて、災害事例やヒヤリハット事例をもとにリスクアセスメントを実施し、対策の優先順位を決定します。年間推進計画を策定して、PDCAサイクルで継続的に改善を図ることが望ましいとされています。
【実務のポイント】安全衛生委員会の議題に「高年齢者対策」を加える。相談窓口の設置や、風通しのよい職場風土づくりも有効です。
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加齢に伴う身体機能の変化を踏まえ、ハード面・ソフト面の両方から職場環境を改善します。
<ハード面>
・転倒防止のための段差解消、滑りにくい床材の採用、手すりの設置 ・視力低下に配慮した照度の確保、表示の大きさ・色の見直し ・暑熱対策(スポットクーラー、こまめな水分補給の時間確保) ・重量物取扱いの軽減(補助機器・台車の導入)
<ソフト面>
・ゆとりのある作業スピードの設定 ・勤務形態の工夫(短時間勤務・シフト調整など) ・無理のない作業量への配慮
【実務のポイント】まずは現場を歩いて「60歳以上の目線」で危険箇所を点検してみましょう。小さな改善の積み重ねが効果的です。
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定期健康診断の確実な実施に加え、体力チェック(体力測定やロコモ度テストなど)の導入が推奨されています。事業者と労働者の双方が、その労働者の健康・体力の状況を客観的に把握することが重要です。
高齢になるほど身体機能の個人差は大きくなります。「60歳以上」と一括りにするのではなく、一人ひとりの状態を正確に知ることが出発点になります。
【実務のポイント】健康診断結果の活用に加え、転倒リスク評価セルフチェック票(厚生労働省公表)等も参考になります。
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ポイントBで把握した個々の状況に基づき、安全と健康の面で適合する業務へのマッチングを行います。具体的には以下のような対応が考えられます。
・高所作業や重筋作業からの配置転換 ・ワークシェアリング(複数人での作業分担)の導入 ・治療と就業の両立支援 ・フレイルやロコモティブシンドローム予防のための健康づくり活動 ・運動する時間や場所の確保、トレーニング機器の設置
【実務のポイント】「配慮」が「排除」にならないよう注意が必要です。本人の希望や能力を尊重しながら、対話を通じて適切な業務を見つけていくことが大切です。
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高年齢労働者本人だけでなく、管理監督者や同僚も対象に、加齢に伴う身体機能の変化とそれに対応するための知識を共有します。
教育の方法としては、写真・図・映像などの視覚的教材の活用、VR(仮想現実)やKYT(危険予知トレーニング)の実施が有効とされています。特に、定年後の再雇用等で未経験の業務に就く場合には、より丁寧な教育訓練が求められます。
【実務のポイント】「ベテランだから大丈夫」という思い込みが最も危険です。経験豊富な方ほど、自身の身体変化への自覚が薄れがちな点に留意しましょう。
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4.「努力義務」でも軽視できない理由
「努力義務だから罰則がない」「やらなくても問題ない」と考えるのは危険です。以下の3つの観点から、実質的には「義務」と同等に捉えて対応すべきです。
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@ 安全配慮義務違反のリスク 万一、対策を講じていない状態で高年齢労働者が被災した場合、民事上の安全配慮義務違反(労働契約法第5条)を問われる可能性があります。「国が指針で対策を求めていたにもかかわらず放置した」という事実は、裁判において企業側に不利に働く要素となり得ます。
A 行政指導・監督の強化 厚生労働省は第14次労働災害防止計画において、2027年までに高年齢従業員への対策に取り組む事業者を50%以上にする目標を掲げています。今後、労働基準監督署による指導が強化される可能性は十分にあります。
B 人材確保・定着への影響 高年齢者が安心して働ける職場環境は、採用力やエンゲージメントの向上に直結します。対策を講じないことは、貴重な人材の流出リスクにもつながります。
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5. 活用できる支援制度
高年齢労働者の安全衛生対策を進めるにあたっては、国の支援制度を積極的に活用することをお勧めします。
| 支援制度 |
概要 |
| エイジフレンドリー補助金 |
中小企業事業者が行う高年齢労働者の安全衛生対策や健康保持増進の取組に対して補助(上限100万円) |
| 個別コンサルティング |
労働災害防止団体等による中小企業への専門家派遣・助言 |
| エイジアクション100 |
中央労働災害防止協会が提供する自主点検チェックリスト(100項目) |
| 地域産業保健センター |
50人未満の小規模事業場向けに産業保健サービスを無料提供 |
なお、エイジフレンドリー補助金は毎年度の募集となり、申請期間や要件が変わる場合があります。最新情報は厚生労働省のホームページでご確認ください。
6. まとめ――施行日をゴールではなく「スタート」に
2026年4月の法改正は、高年齢労働者の安全対策を「やった方がよいこと」から「やるべきこと」へと位置づけを変える重要な転換点です。
しかし、法改正を単なる義務と捉えるのではなく、「すべての世代が安全に働ける職場づくり」の契機とすることが大切です。高年齢者に配慮した環境整備は、結果として若年層を含むすべての労働者にとっても働きやすい職場の実現につながります。
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企業が今すぐ着手すべき3つのステップ
Step 1 自社の高年齢労働者の人数・業務内容・過去の災害実績を把握する Step 2 現場の危険箇所を洗い出し、優先順位をつけて改善計画を策定する Step 3 方針を社内に周知し、安全衛生教育と体力チェックの体制を整備する
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【主な参考情報】厚生労働省「高年齢者の労働災害防止のための指針」(令和8年2月10日公示)/厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」/厚生労働省「令和6年度 労働災害発生状況について」/改正労働安全衛生法(令和7年法律第33号)
※本記事は法改正の概要をお伝えするものであり、個別の法的助言を構成するものではありません。具体的な対応にあたっては専門家にご相談ください。
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