| 裁判例解説 |
共有フォルダに「置いてあった」就業規則は周知といえるか 職務手当の残業代性が否定された「S税理士事務所事件」と、周知を証明する準備 |
| 2026年10月21日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士) |
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おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。
「就業規則は社内のサーバーに入れてあるから、社員はいつでも見られる」。就業規則の電子化が進むなかで、こうした説明をする会社は珍しくありません。では、社員の側が「そんなファイルはなかった」と言ったとき、会社は何をもって反論できるでしょうか。
税理士事務所を退職した従業員の残業代請求が争われたS税理士事務所事件で、東京地裁(令和6年12月10日判決)は、事務所が「職務手当は就業規則により時間外勤務手当の代わりとして支給している」と主張したのに対し、就業規則の周知を認めず、職務手当の全額を割増賃金の計算の基礎に含めました。周知を否定する事情の1つとして、代理人弁護士からの2度の書面による開示請求を事務所が拒んだことが挙げられています。基本給に含めていた40時間分の固定残業代も、所定労働時間が1日7時間であったために判別できないとされました。事務所は控訴しましたが、東京高裁(令和7年7月3日判決)は控訴を棄却し、判決は確定しています。本記事では、この事件を手がかりに、就業規則を「周知していた」と後から証明できる状態をどう作るか、固定残業代をどう設計すべきかを考えます。
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| 📌 この記事でわかること |
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✓ S税理士事務所事件で、東京地裁は、職務手当を時間外労働の対価とする合意の成立を否定し、就業規則の周知も否定して、職務手当の全額を割増賃金の計算の基礎に含めたこと。東京高裁も控訴を棄却し、判決は確定したこと
✓ 周知を否定する事情として、共有フォルダに規則のデータはなかったとする元従業員の陳述書、雇用契約書に就業規則への言及がなく「労働基準法等の関連法規による」とあったこと、代理人の2度の開示請求を拒んだこと、36協定を結ばずに法定労働時間を超えて働かせていたなど労務管理に重大な不備があったこと、の4点などの事情が挙げられたこと
✓ 基本給に含むとされた40時間分の固定残業代は、所定労働時間が1日7時間であるため、40時間のうち法内残業と法外残業が何時間ずつか特定できず、判別できないとして基本給の全額が計算の基礎に算入されたこと。事務所が訴訟で示した充当の計算式も、説明も合意もないとして退けられたこと
✓ 一審判決はなお書きで、仮に就業規則どおりの賃金体系であったとしても、基本給の40時間分と職務手当の19時間から25時間分が併存し、割増率も時間数で変わるのに、どちらに時間を充当するかの定めがない以上、判別は不可能とも述べていること
✓ 未払残業代403万4,164円と確定遅延損害金(合計597万3,603円)、付加金253万2,856円の支払が命じられたこと
「ファイルはあった」と言えることと、「社員が見られた」と示せることは違います。固定残業代も、「何時間分」と書くだけでは足りません。
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| 1 事案の概要 |
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本記事は、労働判例1354号(2026年8月1日・15日合併号)に掲載された判決文、すなわち控訴審の東京高裁令和7年7月3日判決(令和7年(ネ)第840号、同号141頁)と、一審の東京地裁令和6年12月10日判決(令和4年(ワ)第17241号、同号148頁)に基づいています。掲載誌には控訴棄却、確定と表示されています。被告は個人事業主の税理士事務所であり、本記事では「S税理士事務所事件」と呼びます。
判決が認定した事実関係は次のとおりです。
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| 項目 |
判決が認定した内容 |
| 当事者 |
被告は税理士業務を営む個人事業主。原告は平成29年9月29日付けで試用期間雇用契約書を作成し、期間の定めのない労働契約に基づいて税理士補助業務等に従事し、令和3年7月20日に退職した。退職後に未払残業代と付加金を請求 |
| 求人広告 |
月給を25万円から35万円とし、試用期間6か月は月給22万円以上とする記載があった。月給に時間外労働の対価が含まれる旨の記載はなかった |
| 労働時間 |
1日の所定労働時間は7時間、休憩は1時間。土曜、日曜、祝日、年末年始が休日 |
| 契約書 |
基本給を月給22万円とし、基本給にはあらかじめ40時間分の固定残業代が含まれる旨の記載。なお、判決が認定した令和元年8月分から令和3年7月分までの賃金では、基本給23万円が支払われていた |
| 就業規則 |
26条2項:基本給は40時間の時間外労働の時間外勤務手当を含む。28条:職務手当は、3万円は19時間、3万5,000円は22時間、4万円は25時間の時間外労働があったものとみなして時間外勤務手当の代わりに支給し、実際の時間外労働が20時間未満でも支給する。29条:割増率は月45時間以下25%、45時間超60時間以下35%、60時間超50% |
| 職務手当の支給 |
令和元年8月分と9月分は3万円、同年10月分から令和2年8月分は3万5,000円、同年9月分から令和3年7月分は4万円 |
| 36協定 |
締結しておらず、適法に時間外労働を命じられない状態だった |
| 事務所の主張 |
就業規則のデータはサーバー内の共有フォルダの総務フォルダに保存しており、原告はいつでも見ることができたから周知されていた |
| 退職後の経過 |
原告から委任を受けた弁護士が、令和3年8月31日付けと同年10月15日付けの書面で就業規則等の資料の開示を求めたが、事務所は応じなかった |
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| 2 裁判所の判断 |
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一審の東京地裁の判断は次のとおりです。東京高裁はこれを引用し、補充の判断を加えて控訴を棄却しました。
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判決の骨子
1 労働契約の内容は契約書で決まる。求人票等に記載された労働条件は、一般的には、これと異なる明示又は黙示の合意のない限り労働契約の内容となるとしつつ、本件の求人広告は月給に幅をもたせ、面接等を踏まえて具体的な条件を決めることを前提としており、原告は契約書の内容を確認して署名押印しているから、契約書による異なる明示の合意で契約が成立したとした。
2 基本給の40時間分は判別できない。基本給に40時間分の時間外労働の対価を含む合意自体は成立しているが、40時間のうち法内残業と法外残業の時間数は明らかでなく、かえって各月の労働日数や稼働状況によって異なり得るとした(例として、ある月の10労働日だけ各11時間働けば、法内残業は10時間、法外残業は30時間になると指摘)。事務所は、法定8時間で計算した月平均労働時間と所定7時間で計算した月平均所定労働時間との差を法内残業として先に充当する計算式(令和元年なら法内20.25時間、法外19.75時間とし、基本給23万円のうち通常の賃金部分17万4,636円、固定残業代部分5万5,363円)を主張したが、そのような決め方の合意も説明もなく、法令上の根拠も見いだし難いとして退け、基本給の全額を計算の基礎に算入した。
3 なお書き:賃金体系全体でも判別は不可能。仮に就業規則どおりの賃金体系だったとしても、基本給の40時間分に加えて職務手当も時間外労働の対価とされ、職務手当は金額に応じて19時間から25時間分とされ、割増率も時間数によって変わるのに、時間外労働の時間数を基本給の40時間分と職務手当の想定する時間のどちらに充当するのかを定めた規定がないから、判別は不可能というほかないとした。
4 職務手当を残業代とする合意はない。契約書に職務手当の記載がなく、労働条件は就業規則による旨の記載もないこと、面接時のメモ等からも職務手当について説明したり就業規則を示したりした形跡がうかがわれないこと、職務手当という名称からは時間外勤務の対価であることが直ちにうかがわれず、かえって通常の労働時間も含めた職務遂行全般の対価とみることも可能であることから、合意を否定した。
5 就業規則の周知を否定。原告の陳述書に在籍当時の共有フォルダに規則のデータはなかったとの記載があること、契約書に就業規則への言及がなく、末尾に「以上のほか、労働基準法等の関連法規による。」旨の記載があるなど規則の存在が念頭に置かれていないこと、代理人弁護士の2回の書面による開示請求を拒絶したこと、36協定を締結しないまま法定労働時間を超えて労働させるなど労務管理に重大な不備があり、労働関係法令の理解が不十分であったことから、「被告が本件就業規則を周知していたとは認められ」ないとした。職務手当も全額が計算の基礎に算入された。
6 実労働時間は業務日報で認定。業務日報の信用性を認め、一般論として残業を禁止する旨を申し渡していたことを考慮しても、日報に記載された業務の遂行は少なくとも黙示の業務命令に基づくとした。
結論:未払残業代403万4,164円と確定遅延損害金の合計597万3,603円(ほかに年14.6%の遅延損害金)、付加金253万2,856円の支払を命令。訴訟費用は1000分の999を事務所の負担とした。控訴審も、原告が事務所の計算式で通常の賃金部分を算出できることや、法内残業と法外残業の決め方を認識し受け入れていたことを裏付ける証拠はないとして、判別可能性の要件を満たす固定残業代の合意は成立していないとした。
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| 3 2つの「周知」――労働基準法106条と労働契約法7条 |
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就業規則の「周知」には、法律上2つの意味があります。この区別を押さえると、本件の判断の意味がはっきりします。
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労働基準法106条1項 |
労働契約法7条 |
| 性格 |
使用者の公法上の義務。違反は30万円以下の罰金の対象(労働基準法120条1号) |
就業規則が労働契約の内容になるための要件 |
| 求められること |
厚生労働省令で定める方法による周知(労働基準法施行規則52条の2)。�@常時各作業場の見やすい場所へ掲示し又は備え付ける、�A書面を交付する、�B電子計算機に備えられたファイル等に記録し、各作業場に労働者が記録の内容を常時確認できる機器を設置する |
合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていたこと。一般に、労働者が知ろうと思えばいつでも知り得る状態に置くことをいうと解されています |
| 欠けた場合 |
罰則の対象になるほか、労働基準監督署の是正指導の対象になる |
就業規則の定めが労働契約の内容にならない。本件では職務手当を残業代とする定めが効力を持たなかった |
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最高裁も、フジ興産事件(最高裁第二小法廷平成15年10月10日判決)で、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要すると述べています(同判決は、周知の有無を確認しないまま懲戒解雇を有効とした原判決を破棄し、審理を高裁に差し戻したものです)。
本件の事務所は、共有フォルダへの保存という方法を主張しました。これは、施行規則52条の2の3つ目の方法(電子的な記録と、常時確認できる機器)に当たり得るものです。方法としては成り立つのです。問題は、その状態が在籍中に実際にあったことを、事務所が証明できなかったことにあります。事務所側も陳述書と本人尋問で共有フォルダに保存していたと述べましたが、原告の「データはなかった」という陳述に対し、社員に所在を知らせた通知や、入社時に閲覧方法を説明した記録といった客観的な資料で反論できなければ、裁判所は他の事情から判断するほかありません。そして他の事情は、雇用契約書の記載も、開示請求への対応も、労務管理の全体も、周知していなかった方向を指していました。
類似の判断として、賃金規程を本店の総務部に置いていただけでは周知したとはいえないとされた裁判例(PMKメディカルラボ事件・東京地裁平成30年4月18日判決)が、弁護士JPニュースで紹介されています。規則が社内のどこかに「ある」ことと、社員が「見られる」状態にあることは、別の問題として扱われています。
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| 4 開示請求を拒むことの意味――法的義務と訴訟での評価 |
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ここで冷静に整理しておきたいのは、退職者やその代理人に就業規則を開示する義務が、法律に直接定められているわけではないという点です。労働基準法106条が定めるのは、在籍する労働者への周知です。その意味で、「退職者に見せる義務はない」という経営者の感覚は、条文の上では間違いとは言い切れません。
しかし、訴訟での評価は別の次元の話です。本件で事務所は、職務手当を残業代とする根拠を就業規則28条に求めていました。自らの主張の根拠となる規則を、開示を求められた段階では見せず、訴訟になってから主張の根拠として持ち出すという対応は、裁判所に「在籍中も見せていなかったのではないか」という疑いを抱かせる事情になり得ます。一審も控訴審も、開示の拒絶を周知否定の事情として明示しました。判決はその理由までは述べていませんが、周知していたのであれば開示を拒む理由は乏しいと考えられるからです。
加えて、就業規則は、訴訟になれば会社自身の主張を支えるために提出することになる書類です。いずれ提出するものを交渉の段階で出し渋ることは、時間稼ぎにもならず、会社の説明の信用を削るだけだと考えられます。開示に応じることで、請求の根拠の検討が早まり、交渉による解決の余地が広がることのほうが、会社にとっての利益は大きいと考えられます。
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| 5 固定残業代の設計――「何時間分」だけでは判別できない |
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本件は、周知とは別に、固定残業代の設計の不備も問われました。最高裁は、ある手当が時間外労働等の対価として支払われるものかどうかは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきとしています(日本ケミカル事件・最高裁第一小法廷平成30年7月19日判決)。また、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要であり、その判断では手当の名称や算定方法だけでなく、賃金体系全体における位置付けにも留意すべきとしています(国際自動車事件・最高裁第一小法廷令和2年3月30日判決)。本件の一審判決も、これらの判断枠組みに沿って判断しています。
基本給の40時間分で判断を分けたのは、所定労働時間が1日7時間であったことです。所定労働時間が7時間の職場では、7時間を超えて8時間までの1時間は法内残業で、労働基準法37条の割増賃金の支払義務はありません。8時間を超える部分が法外残業で、割増賃金が必要です。「40時間分」とだけ定めると、そのうち何時間が法内残業で何時間が法外残業なのかは、月ごとの働き方で変わります。契約書の記載は「40時間分」で、固定残業代の金額は特定されていないため、基本給のうち固定残業代が何円なのかを1つに定めることができません。事務所は訴訟で充当の計算式を示しましたが、判決は、契約の時点で説明も合意もない計算方法を後から持ち出しても、判別可能性は満たされないとしました。
さらに注目すべきは、一審判決のなお書き(括弧書き)です。基本給の40時間分と職務手当の19時間から25時間分という2本の固定残業代が並び、しかも就業規則上の割増率が月の時間外労働の時間数で25%、35%、50%と変わるのに、時間外労働をどちらの固定残業代に先に充てるかを定めた規定がない。判決は、就業規則が周知されていない点をひとまず措き、仮に就業規則どおりの賃金体系であったとしても、この状態では判別は不可能だとしています。判決の結論を直接支える理由ではないなお書きですが、割増率の異なる時間外労働を複数の固定残業代でまとめて受ける設計の危うさを、裁判所が具体的に指摘した点で、実務上の意味は大きいと考えます。
なお、36協定を締結しないまま法定労働時間を超えて労働させることは、それ自体が労働基準法32条違反であり、6か月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金の対象です(同法119条1号)。本件で裁判所は、36協定がないことを固定残業代の有効性の判断には用いず、労働関係法令への理解が不十分であったことを示す事情として、周知の判断に反映させました。1つの不備が、別の論点での会社の信用まで損なう。労務管理の全体が見られているということです。
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| 6 実務への示唆――周知と固定残業代を「証明できる」状態にする4つの点検 |
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いずれも本件の事実関係を離れて、一般的な実務として整理したものです。
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点検1 自社の周知の方法を、施行規則52条の2のどれで行っているか言えるか
掲示・備付け、書面の交付、電子的な記録と常時確認できる機器のどれで周知しているのかを、まず特定してください。電子的な方法による場合は、社員が実際にアクセスできる権限設定になっているか、パソコンを使わない社員にも確認手段があるかを確かめます。そのうえで、入社時に就業規則の所在と閲覧方法を説明し、確認書に署名をもらう、改定時には全社員に通知して記録を残す、改定履歴を版ごとに管理する、といった記録を残します。紛争になってから周知を証明する手段は、周知したときに残した記録しかありません。
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点検2 雇用契約書・労働条件通知書と就業規則をつないでいるか
雇用契約書や労働条件通知書に「本書に定めのない事項は就業規則による」と明記し、就業規則の存在を契約書の上でも示してください。本件では、契約書の末尾が「労働基準法等の関連法規による」となっていたことが、就業規則の存在が念頭に置かれていなかった事情とされました。就業規則で手当の性格を定めていても、契約書にその手当の記載がなければ、合意の成立そのものが否定されることがあります。
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点検3 固定残業代を「金額」「対象」「充当の順序」で定めているか
固定残業代は、基本給に組み込む場合も手当とする場合も、金額を円で明記し、法定時間外労働に対するものであることを特定してください。所定労働時間が1日8時間又は週40時間を下回る会社では、法内残業を対象に含めるのか、含めるならその時間数と単価をどう定めるのかを契約の時点で決めておく必要があります。固定残業代を2本以上設ける場合や、時間数に応じて割増率が変わる場合は、どの時間をどの固定残業代に先に充てるかの順序も定め、入社時に説明して記録を残します。1本にまとめ、金額で定めるのが最も分かりやすい設計です。
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点検4 開示請求が届いたときの初動を決めているか
退職者やその代理人から就業規則の開示を求められたときの対応を、あらかじめ決めておいてください。原則として速やかに開示し、その前に、請求の対象期間に適用されていた版はどれか、その版が在籍中どのように周知されていたかを確認します。開示を拒んでも会社の立場が強くなることはなく、本件のように周知を否定する事情として評価されるおそれがあります。請求の内容に紛争性があれば、早い段階で専門家に相談することが、結果として会社の負担を抑えます。
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| 7 当法人の視点 |
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就業規則を整備するとき、当法人が中身と同じ重さで確認したいのは、「この規則を、社員はどこで、どうやって見られますか」という点です。そして固定残業代については、「契約書と賃金規程だけを見て、固定残業代が何円かを答えられますか」という点です。どちらも、答えられなければ紛争の場面で会社を守れません。
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当法人の見解
本件の教訓は、開示請求を拒んではいけないということにとどまりません。より根本的には、周知も固定残業代も、「した」ことではなく「証明できる」ことが問われるということです。事務所は、共有フォルダに規則を置いていたと述べ、固定残業代についても計算式を示しました。しかし、在籍中に周知していたことを示す記録も、契約の時点で計算方法を説明し合意したことを示す記録もなかったため、いずれも認められませんでした。
反対の見方もあります。使用者側からは、退職者に就業規則を開示する法律上の義務はない、開示すれば請求の材料を与えるだけだ、という主張があり得ます。また、所定労働時間が7時間の会社でも、月平均の法内残業時間を差し引く計算は合理的であり、それで判別できるはずだという主張もあり得ます。当法人も、開示義務が条文に直接定められていないことや、事務所の計算式に一定の合理性があること自体は否定しません。しかし判決は、会社が訴訟で計算式を示しても、契約の時点でその決め方が説明され合意されていなければ(控訴審の表現では、労働者が認識し受け入れていなければ)判別可能性は満たされないとし、一審は、そのような計算方法自体の法令上の根拠も見いだし難いとしました。合理的な計算かどうかではなく、契約の時点で共有されていたかが問われると受け止めるべきだと考えます。ただし、本件は最高裁の判断ではなく、個別の事実関係を積み重ねた事例判断です。
簡易な確かめ方を2つ挙げます。1つは、最近入社した社員に「就業規則はどこで見られますか」と尋ねることです。もう1つは、自社の雇用契約書と賃金規程だけを第三者に渡し、固定残業代が何円か、計算なしで答えられるか試すことです。どちらかで答えが詰まるなら、本件と同じ危険を抱えている可能性があります。
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| まとめ |
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S税理士事務所事件(東京地裁令和6年12月10日判決、東京高裁令和7年7月3日判決で確定)では、税理士事務所の元従業員の残業代請求で、職務手当を時間外労働の対価とする合意の成立が否定され、共有フォルダに規則はなかったとの陳述、契約書に就業規則への言及がないこと、代理人の2度の開示請求を拒んだこと、36協定の不締結など労務管理の不備を総合して、就業規則の周知も否定されました。基本給に含む40時間分の固定残業代も、所定労働時間が7時間で法内残業と法外残業を特定できないとして判別できないとされ、基本給と職務手当の全額が計算の基礎に算入されました。未払残業代403万4,164円と確定遅延損害金の合計597万3,603円、付加金253万2,856円の支払が命じられ、控訴審でも維持されて確定しています。
当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。就業規則と固定残業代が会社を守るのは、中身が整っているときではなく、社員と共有したことを記録で示せるときです。周知の方法と記録の整備、契約書と規則の接続、固定残業代の設計まで、経営者と一緒に点検してまいります。就業規則の整備については就業規則作成・改定支援、賃金の支払状況の点検については給与監査顧問のページもご覧ください。
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| この記事を書いた人 |
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三重 英則(HIDENORI MIE)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)
法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。
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