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作成日:2026/10/14
【裁判例】「業務上の必要性はあった」のに配転命令は権利濫用 医師の配転を「自主退職させる目的」と認定し、日本赤十字社に約216万円の賠償を命じた2026年9月28日判決
裁判例解説
「業務上の必要性はあった」のに配転命令は権利濫用
医師の配転を「自主退職させる目的」と認定し、日本赤十字社に約216万円の賠償を命じた2026年9月28日判決
2026年10月14日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士)

おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。

配転命令の効力が争われると、会社がまず説明するのは「業務上の必要性」です。そして多くの人事担当者は、必要性さえ説明できれば配転はまず有効だと考えています。2026年9月28日に報じられた判決は、その考え方に修正を迫るものです。

報道によれば、裁判所は、医師が上司の指導に従わないなどしていたことから異動には業務上の必要性があったと認めました。それでも、他の診療科でも勤務の継続は困難だという前提で異動を命じていたことから、実態は自主退職させる目的だったとして、配転命令を権利の濫用と判断し、病院を経営する日本赤十字社に約216万円の支払を命じました。本記事では、報道で確認できた事実に限って判決を整理し、「必要性」と「目的」が別の物差しであることの実務上の意味を考えます。

📌 この記事でわかること

✓ 松江赤十字病院の脳神経外科に勤務していた医師が、退職に追い込む目的の配転は違法だとして約477万円の賠償を求めた訴訟で、裁判所(古市文孝裁判官)は2026年9月28日、約216万円の支払を命じたと報じられていること

✓ 判決は業務上の必要性を認めながら、他の診療科でも勤務継続は困難だとの前提で異動を命じていた点から、実態は自主退職させる目的だったと判断したとされること

✓ 配転によって患者の診察や治療に関わらなくなったことが、医師に「不利益を負わせるもの」と評価されたこと

✓ 東亜ペイント事件が示した「業務上の必要性があっても、不当な動機・目的によるときは権利の濫用になる」という類型が、正面から認められた例と位置づけられること

✓ 判決原文は未確認で、損害の内訳、確定の有無、松山地裁に係属した経緯は確認できていないこと

異動先で働き続けてもらうつもりのない配転は、配転ではなく退職への誘導と評価され得ます。

1 本記事の情報源と限界

本判決は、本記事の執筆時点で判決原文を確認できていません。本記事は次の2系統の報道に基づいて構成しています。

第1は、2026年9月28日に共同通信が配信し、東京新聞、中日新聞、デイリースポーツなどが掲載した記事です。原告が松江赤十字病院(松江市)の脳神経外科に勤務していた医師であること、日本赤十字社に約477万円の賠償を求めたこと、裁判所が約216万円の支払を命じたこと、裁判官名、業務上の必要性を認めつつ、他の診療科でも勤務継続は困難だとの前提で異動を命じていたことから実態は自主退職させる目的だったと指摘したこと、患者の診察や治療に関わらなくなることを不利益と評価したことは、この配信記事で確認できます。

第2は、読売新聞オンラインの配信記事です。見出しで、脳神経外科副部長から診療副部長への配転であったこと、配転後は診察ができずデータ整理の業務に変わったこと、医師が退職したこと、医師と上司との間に対立があったことが示されています。配転の時期(2021年4月)、退職の時期(同年9月末)、病院側の主張の内容は、同記事の本文に依拠しており、当法人は本文を直接確認できていません。

確認できていない事項

1 判決原文と事件番号。原告の氏名、年齢、勤続年数は報じられておらず、本記事でも記載しません。

2 裁判所名の経緯。各報道は裁判所を「松山地裁」としています。病院は島根県松江市にありますが、松山地裁に訴えが係属した経緯は確認できていません。本記事では報道どおり「松山地裁」と記載します。

3 約216万円の内訳。慰謝料のみか、逸失利益や弁護士費用を含むか、退職そのものを損害と評価したかは不明です。

4 上司との対立の具体的な内容と、裁判所が目的を認定するうえで重視した証拠。

5 控訴の有無と確定の有無。本判決は地方裁判所の第一審判決であり、上級審で判断が変わる可能性があります。

2 事案の概要
項目 報道で確認できる内容
原告 松江赤十字病院(松江市)の脳神経外科に勤務していた男性医師(脳神経外科副部長)
被告 病院を経営する日本赤十字社
配転 2021年4月、病院付の診療副部長へ配置転換。配転後は脳神経外科での診察や手術から外れ、研究データを整理する業務に従事(読売新聞の報道による)
退職 2021年9月末に退職(同上)
病院側の主張 上司との感情的な対立があり、チーム医療に支障が生じていた。配転は、同科での勤務継続が難しく、新たな勤務先を確保するまでの措置だった(同上)
請求 退職に追い込む目的で配置転換を命じたのは違法だとして、約477万円の損害賠償
判決 2026年9月28日、報道上「松山地裁」(古市文孝裁判官)。約216万円の支払を命じる
3 裁判所の判断(報道に基づく)

報道によれば、裁判所の判断は次の3段で構成されています。

報じられている判決の骨子

1 業務上の必要性。医師が上司の指導に従わないなどしていたことから、異動には業務上の必要性があったと認めた。

2 目的の認定。病院は他の診療科でも勤務継続は困難だとの前提で異動を命じており、実態は自主退職させる目的だったと指摘した。

3 不利益と結論。配転により医師は患者の診察や治療に関わらなくなり、不利益を負わせるものであるとし、命令は自主退職という不当な目的でなされたもので、権利の濫用として許されないと判断した。

注目したいのは、裁判所が病院側の言い分を頭から否定したわけではないことです。上司の指導に従わないなどの事情があり、異動の必要性はあった。そこまでは認めています。そのうえで、異動を命じた時点で、病院が「他の診療科でも続かない」と考えていたことを、目的を判断する決め手として扱っています。

4 「必要性はあった」のに違法――東亜ペイント事件の判断枠組みとの関係

配転命令の効力は、東亜ペイント事件(最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決)の枠組みで判断されます。就業規則等に配転の根拠があり、職種や勤務地の限定がなければ、会社は配転を命じることができます。ただし、配転命令権は無制約に行使できるものではなく、次のいずれかに当たる特段の事情があるときは、権利の濫用になるとされています。現在は、労働契約法3条5項が権利濫用の禁止を定めています。

権利濫用となる場合 本判決の報道から読み取れる評価
業務上の必要性が存しない場合 必要性は認められた
必要性があっても、他の不当な動機・目的をもってなされたとき 自主退職させる目的と認定
労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるとき 診察や治療に関わらなくなることを不利益と評価。この類型に独立して当たると判断したかは報道からは不明

この枠組みで見落とされやすいのは、2番目の類型が「業務上の必要性が存する場合であっても」と書かれていることです。必要性と目的は、それぞれ独立した物差しです。必要性を説明できても、目的が不当であれば配転命令は倒れます。本判決は、まさにその構造が正面から適用された例と位置づけられます。

動機や目的は会社の内心の問題であり、通常は直接の証拠がありません。そのため裁判所は、客観的な事情を積み重ねて目的を推認することになります。本件で報じられている事情を並べると、配転後に本来の業務である診療から外れたこと、異動先の他の診療科でも勤務継続は困難という前提があったこと、病院自身が配転を新たな勤務先を確保するまでの措置と説明していたこと、配転から約半年で退職に至ったことが挙げられます。もっとも、判決原文を確認できていないため、裁判所がどの事情をどの程度重視したかは分かりません。

当法人の読みとしては、「新たな勤務先を確保するまでの措置」という病院側の説明は、配転の必要性を示すための主張であったと同時に、院内で働き続けてもらうことを想定していなかったことを示す事情としても受け取られ得るものです。会社が善意で用意した説明が、目的の認定では逆方向に働くことがある点は、実務上強く意識しておく必要があると考えます。

5 専門業務から外すことの「不利益」

一般に、労働者には「働かせろ」と求める権利(就労請求権)は原則として認められず、会社が賃金を支払っている限り、仕事をさせないこと自体が直ちに違法になるわけではないと解されてきました。賃金が下がらない配転であれば不利益は小さい、という感覚もここから来ています。

しかし本判決は、配転によって患者の診察や治療に関わらなくなったことを、医師に不利益を負わせるものと評価しました。報道からは賃金の変動の有無は分かりませんが、少なくとも専門職からその専門業務を取り上げることが、それ自体として不利益に数えられたことになります。これは医師に限らず、技術者、研究職、資格職など、現場を離れると技能の維持が難しくなる職種一般に通じる視点です。

また、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや、仕事を与えないことは、職場におけるパワーハラスメント防止のための指針(令和2年厚生労働省告示第5号)が「過小な要求」の類型として挙げているものです。本件がパワーハラスメントとしても争われたかは報道からは分かりませんが、本来業務から外して周辺業務だけを担わせる人事は、配転命令の権利濫用と、パワーハラスメントによる不法行為の両面から違法と評価され得ることを意識しておくべきです。

6 実務への示唆――問題のある社員を配転する前の点検

以下は、本件の事実関係を離れて、一般的な実務として整理したものです。

点検1 異動先で何をしてもらうかが、具体的に決まっているか

配転の検討資料に「上司との対立によりチーム運営に支障」と必要性だけを書いて終わっていないでしょうか。異動先の業務内容、その業務が本人の能力・経験・職種に見合っているか、異動後の評価と処遇をどうするかまで書けて、初めて配転の説明になります。異動先の業務を具体的に書けないなら、その配転は目的を疑われる配転です。

点検2 「どうせ異動先でも続かない」という前提が、社内の記録に残っていないか

本判決では、他の診療科でも勤務継続は困難という前提が、目的認定の決め手になったと報じられています。会議記録やメールに「次の部署でも無理だろう」「いずれ辞めるだろう」といった記載があれば、それはそのまま不当な目的の証拠になり得ます。異動先で続かないと本当に考えるなら、それは配転で解決する問題ではありません。

点検3 一時的な配置には、期間と業務内容と次の選択肢を示しているか

やむを得ず一時的に配置を換える場合は、いつまでか、何をするのか、その後に原職復帰・他部署配置・処遇の見直しのどれを検討するのかを書面で示し、本人と協議した記録を残してください。期限も出口もない「つなぎ」の配置は、退職までの待機と受け取られるおそれがあります。

点検4 問題行動への対応を、配転で迂回していないか

指示に従わない、協調性を欠くといった問題が本当の課題であれば、問題行動の記録、書面による注意・指導、改善がなければ懲戒処分の検討、本人の自由な意思決定を妨げない方法での退職勧奨、最終的な手段としての普通解雇の検討という順序で、正面から向き合うべきです。退職勧奨も、回数、時間、同席者、発言内容によっては違法と評価されるため、慎重な設計が必要です。配転でこの過程を飛ばすと、本件のように配転そのものが違法とされ、賠償責任を負うことになりかねません。

あわせて、就業規則の配転条項の有無と内容、そして職種限定の合意がないかを確認してください。2024年4月以降、労働条件通知書には「就業場所・業務の変更の範囲」の明示が必要になっています。変更の範囲を狭く書いている社員については、そもそも配転を命じる権限があるかから確認する必要があります。

7 当法人の視点

問題のある社員を別部署に移したいという相談を受けたとき、当法人がまず確認したいのは、「移した先で、その社員に何をしてほしいのか」という点です。この問いに具体的に答えられるなら、配転は人材の再配置として説明できます。答えに詰まるなら、その配転の本当の目的は別のところにあるのではないかと、一度立ち止まる必要があります。

当法人の見解

当法人は、本判決の実務上の意義を、「業務上の必要性」を説明できることと、配転が適法であることとは別だと示した点に見ています。人間関係の対立を解消するための異動は、多くの職場で日常的に行われており、それ自体は正当な人事です。違いを生むのは、異動先で働き続けることを会社が想定しているかどうかです。想定しているなら、異動先の業務と処遇を具体的に示せるはずであり、想定していないなら、それは退職への誘導と評価されるおそれがあります。

反対の見方もあります。使用者側からは、対立する当事者を引き離すことはチーム医療や職場の安全のために必要であり、受入れ先の確保が難しい専門職について一時的に周辺業務を担わせることは避けられない、という主張があり得ます。当法人もこの考え方に一定の合理性があることは否定しません。ただ、受入れ先が見つからないこと自体は、本人を周辺業務に置き続けてよい理由にはなりません。受入れ先がないなら、その事実を本人に率直に伝え、処遇や今後について協議することが、遠回りに見えて紛争を小さくする道だと考えます。本判決は第一審判決であり、上級審の判断や判決原文の確認によって評価が変わり得ることも付け加えておきます。

簡易な確かめ方を1つ挙げます。過去3年間に行った配転のうち、本人の問題行動や人間関係を理由とするものを抜き出し、それぞれについて異動先の業務内容、異動後の評価、異動後1年以内の退職の有無を一覧にしてみてください。異動後まもなく退職した社員が続いている部署や、異動先の業務を説明できない配転があれば、そこが紛争の芽になり得ます。

まとめ

松江赤十字病院の脳神経外科に勤務していた医師が日本赤十字社を訴えた訴訟で、裁判所(報道上は松山地裁)は2026年9月28日、配転命令を権利の濫用と判断し、約216万円の支払を命じたと報じられています(請求額は約477万円)。裁判所は、医師が上司の指導に従わないなどしていたことから業務上の必要性は認めつつ、他の診療科でも勤務継続は困難という前提で異動を命じていたことから、実態は自主退職させる目的だったと判断しました。判決原文、損害の内訳、確定の有無は確認できていないため、本記事は報道に基づく整理であることを重ねてお断りします。

当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。問題のある社員への対応は、配転で遠ざけるのではなく、正面から向き合う手順を踏むことが、結局は会社を守ります。指導の記録の残し方から、配転の検討、懲戒や退職勧奨の手順設計まで、経営者と一緒に考えてまいります。紛争の予防と対応については労働紛争解決支援、配転条項や懲戒規定の整備については就業規則作成・改定支援のページもご覧ください。

その配転、異動先での仕事を説明できますか

問題社員への対応手順、配転の検討、懲戒・退職勧奨の進め方まで、
社会保険労務士法人T&M Nagoya がご相談をお受けします。

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【根拠法令】

労働契約法3条5項(権利濫用の禁止)/民法709条(不法行為)/労働施策総合推進法30条の2(職場におけるパワーハラスメントの防止措置)、事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)/労働基準法15条1項、同法施行規則5条1項(労働条件の明示)

【参考判例】

本件:2026年(令和8年)9月28日判決(報道上「松山地裁」、古市文孝裁判官)。当法人は判決原文を確認できていません。事件番号、損害の内訳、控訴の有無と確定の有無、松山地裁に係属した経緯は不明です。/東亜ペイント事件(最高裁判所第二小法廷昭和61年7月14日判決)

【出典・参考資料】

東京新聞デジタル「配転不当、日赤に賠償命令 元勤務医『自主退職目的』」(共同通信配信、2026年9月28日) https://www.tokyo-np.co.jp/article/518275/デイリースポーツ online「配転不当、日赤に賠償命令」(共同通信配信、2026年9月28日) https://www.daily.co.jp/society/national/2026/09/28/0020870278.shtml/Yahoo!ニュース(読売新聞オンライン配信)「『脳神経外科副部長』を『診療副部長』に配転、診察できずデータ整理業務に変わった医師は退職…医師は上司と対立あり『自主退職目的で不当な命令』日赤に賠償判決」 https://news.yahoo.co.jp/articles/65fdd2133cb6336b79ace172c31e39a444948d94

【免責事項】

本記事は2026年10月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。本記事で取り上げた判決は、判決原文ではなく報道に基づいて構成しており、配転・退職の時期と病院側の主張は読売新聞の報道のみに依拠しています。当事者の心情や経緯について、報道にない事実を補ってはいません。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。当法人は、就業規則の配転条項と懲戒規定の整備、指導記録の作成支援、配転と退職勧奨の手順設計を担い、配転の効力や損害賠償が争われる局面では提携する弁護士と連携して対応いたします。

この記事を書いた人

三重 英則(HIDENORI MIE)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)

特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)

法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。