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作成日:2026/10/02
【裁判例】労働組合の街宣・チラシ・ウェブ記事・SNS投稿をめぐる名誉毀損訴訟で、学校法人の1,100万円の請求に対し20万円のみを認めた東京地裁 令和7年5月28日判決
裁判例解説
「ブラック企業」発言は適法、裏付けのない発言だけが違法
労働組合の街宣・チラシ・ウェブ記事・SNS投稿をめぐる名誉毀損訴訟で、学校法人の1,100万円の請求に対し20万円のみを認めた東京地裁 令和7年5月28日判決
2026年10月2日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士)

おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。

合同労組(ユニオン)から団体交渉の申入れが届き、交渉が行き詰まると、次に始まるのが街頭宣伝活動、いわゆる街宣です。会社の事務所前で拡声器が使われ、通行人にチラシが配られ、いまはそこにウェブサイトやSNSでの発信が重なります。経営者から「うちをブラック企業と言われた。名誉毀損ではないのか、止められないのか」と問われたとき、どこまでが正当な組合活動で、どこからが不法行為なのかを、根拠をもって説明できるかどうかが問われます。

今回取り上げるのは、通信制高等学校を運営する学校法人が、労働組合の街宣での発言、チラシ、ウェブサイトの記事、SNS投稿の合計8つの表現を名誉毀損に当たるとして、損害賠償1,100万円と記事・投稿の削除を求めた事件です。東京地方裁判所は令和7年5月28日、8つの表現のうち街宣での発言1つだけを違法と認め、損害額を20万円とし、削除請求は認めませんでした。「ブラック企業」「サービス残業」「過労死のリスク」といった強い言葉を含む発言は、正当な組合活動として違法性が阻却されています。

なぜ「ブラック企業」は適法で、たった1つの発言だけが違法とされたのか。その分かれ目に、会社が組合の言論にどう向き合うべきかの答えがあります。なお、当法人は判決文の原文を確認できておらず、本記事は労働新聞社の労働判例欄(令和8年9月28日付第3562号14面、ウェブ掲載2026年9月17日、解説は石井妙子弁護士)の記載に基づいて解説します。

📌 この記事でわかること

✓ 通信制高校を運営する学校法人が、労働組合の街宣での発言4つ、チラシ、ウェブ記事2つ、SNS投稿の計8つの表現を名誉毀損として1,100万円の賠償と削除を求めた事件で、東京地裁は街宣での発言1つだけを違法と認め、損害額を20万円とし、削除請求を棄却したこと

✓ 社会的評価の低下は「一般人の普通の注意と受け取り方」を基準に判断し、摘示された事実の真実性、真実と信じる相当な理由、発言の目的や態様など一切の事情を総合して、正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内なら違法性が阻却されるという枠組みが用いられたこと

✓ 「ブラック企業」「サービス残業」「過労死のリスク」という強い表現も、労働基準監督署の是正勧告を受けた事実と月約91時間の時間外労働の事実があり、団体交渉が膠着し会社側からも憶測に基づく批判を受ける中で対抗としてされた側面があるとして、適法とされたこと

✓ 違法とされたのは、人事部長がしていない発言を管理職の発言として摘示し、組合が特段の裏付けをとっていなかった1つの発言だけであり、1回限りで持続しないことから損害額は20万円にとどまったこと

✓ 会社にとって最も確実な街宣対策は、組合の言論を法的に封じることではなく、是正勧告や長時間労働といった「指摘されたら反論できない事実」を紛争化の前になくしておくことであること

組合の言論を止められるかどうかは、表現の強さではなく、指摘された事実に裏付けがあるかどうかで決まります。

1 事案の概要

本件は、通信制の高等学校を運営する学校法人(以下「学校法人」)が、労働組合(以下「組合」)の行った宣伝活動における発言、通行人に配布したチラシの記載、ウェブサイト上の2つの記事、SNSの投稿が、いずれも学校法人の名誉を毀損するものであるとして、組合に対し、不法行為に基づき、社会的評価の低下に伴う無形損害1,000万円など合計1,100万円と遅延損害金の支払いを求めるとともに、ウェブサイト記事の一部とSNS投稿の削除を求めた事案です。労働新聞社の労働判例欄の記載に基づき、判明している範囲で整理します。

項目 内容
原告 通信制の高等学校を運営する学校法人(法人名は非公表)
被告 労働組合(組合名は非公表。労働新聞社の見出しでは「ユニオン」と表記)
背景 学校法人は労働基準監督署の是正勧告を受けており、教員に一時的とはいえ月約91時間の時間外労働があった。長時間労働等の労働条件改善に関する団体交渉が膠着し、学校法人からも組合に対し憶測に基づく批判がされていた(いずれも判決の認定として労働新聞社が紹介しているもの)
組合の表現行為 学校法人の事務所前の路上で拡声器を用いた宣伝活動における発言4つ(�@〜�C)、通行人に配布したチラシの記載(�D)、ウェブサイト上の2つの記事(�E�F)、SNSへの投稿(�G)の合計8つ
学校法人の請求 無形損害1,000万円など合計1,100万円と遅延損害金の支払い、ウェブサイト記事の一部とSNS投稿の削除
結論 東京地方裁判所令和7年5月28日判決。街宣での発言�Cのみを違法と認め、損害額を20万円と認定して請求を一部認容。ウェブサイト記事とSNS投稿はいずれも違法性が認められないとして削除請求を棄却

本記事で確認できていない事項を、先に挙げておきます。事件番号、当事者の名称、団体交渉に至った経緯の詳細、宣伝活動の回数や日時、各表現の全文、遅延損害金の起算日と利率、そして控訴の有無と確定の有無は、いずれも確認できていません。8つの表現の内容は、労働新聞社が判決から抜粋して紹介した範囲での要約です。

2 争点と判断枠組み ― 組合の言論はどこまで保護されるか

本件の争点は、8つの表現のそれぞれについて、学校法人の社会的評価を低下させるものかどうか、低下させるとしても正当な組合活動として違法性が阻却されるかどうか、そして違法性のない表現について削除請求が認められるかどうかです。

労働組合の言論は、一定の範囲で法的な保護を受けます。労働組合法1条2項は、団体交渉その他の正当な組合の行為について刑法35条(正当行為)を適用する旨を定め、同法8条は、正当な争議行為によって使用者が損害を受けても組合や組合員に賠償を請求できないと定めています。街宣やSNSによる情報宣伝活動は争議行為そのものではありませんが、裁判例では、正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内にあるかどうかという枠組みで、不法行為の成否が判断されてきました。

東京地裁もこの枠組みに立ちました。労働新聞社の記載によれば、裁判所は、組合の発言等が学校法人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは一般人の普通の注意と受け取り方を基準として判断すべきとし(最高裁第二小法廷昭和31年7月20日判決を引用)、発言等が名誉を毀損する違法な行為であるとしても、次の事情を総合考慮して、正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内のものである場合には違法性が阻却されるとしました。

1 摘示された事実が真実であるか否か
組合が街宣やチラシ、投稿で指摘した事実が、客観的に真実であったかどうか。

2 真実と信じることについて相当な理由が存在するか否か
仮に真実と証明できなくても、発言の時点で組合がそれを真実と信じるに足りる裏付けを持っていたかどうか。

3 発言等の目的および態様等の一切の事情
労働条件の維持改善という組合活動の目的に照らして、発言の内容、場所、方法、そこに至る労使の経緯を含めて相当な範囲にとどまっているかどうか。

この枠組み自体は、労働組合の情宣活動に関する従前からの判断枠組みであり、本判決の価値は、8つの表現への当てはめの仕方にあります。

名誉毀損の一般法理として、社会的評価の低下を一般の読者の普通の注意と読み方で判断すること(最高裁昭和31年7月20日判決)、公共の利害に関する事実について公益目的で摘示した場合に、真実性または真実と信じる相当な理由があれば不法行為が成立しないこと(最高裁昭和41年6月23日判決)、意見や論評については前提事実の真実性と論評の域を逸脱していないことが問われること(最高裁平成9年9月9日判決)は確立しています。本判決は、この一般法理に「正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内か」という組合活動特有の視点を重ねて、表現ごとに判断しています。

3 東京地裁の判断 ― 8つの表現の当てはめ

裁判所は8つの表現を1つずつ検討しました。労働新聞社の記載から読み取れる範囲で、各表現の内容と裁判所の判断を整理します。表現の内容は当法人による要約であり、判決の原文どおりではありません。

媒体 表現の内容(要約) 判断 理由
街宣での発言�@〜�B 労基署の行政指導に対して学校は法律違反に真摯に向き合う姿勢が全くない。教員は休憩0の計算で91時間の残業をしていた(�@)。長時間労働、不払い、サービス残業が行われており、過労死のリスクを抱えながら教育を行わせている(�A)。学校法人は残念ながら「ブラック企業」である(�B) 違法性なし 摘示された事実は概ね真実であり、意見の部分も意見としての域を逸脱していない。その他の部分も、誇張は否定できないが、労基署の是正勧告を受けたこと、一時的とはいえ月約91時間の時間外労働があったことに加え、団体交渉が膠着し学校法人からも憶測に基づく批判を受ける中で対抗するためにされた側面もあるとして、正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内
街宣での発言�C 管理職は、中途採用の教員はまともなことを言うから採用したくないと言っている。管理職によれば、新卒の教員を「洗脳」して子どもを物のように左から右へ流していくのが教育だと思わせたいのが学校法人だ 違法 管理職が、子どもを物のように扱うのが教育であるとの認識の下、新卒者は洗脳しやすいという教育に携わる者としてあるまじき考えの持ち主だという印象を与え、社会的評価を低下させる。人事部長はそのような趣旨の発言をしておらず、組合は特段の裏付けをとっていないため、真実性も真実相当性も認められない。社会的評価を低下させる度合いは強く、強い表現で発言する必要性もなく、正当な組合活動の範囲内とは認められない
チラシ�D 150人担任制が基本で、1人1人に合った教育どころか生徒と話す時間も十分に取れない。担任数の軽減を訴えてきたが、担任生徒数は増加が決まった。教員の負担が増え、教育の質も低下するため反対する 違法性なし 重要部分が真実である上、表現としても不適切とはいえず、意見としての域を逸脱したものとはいえない
ウェブサイト記事�E�F 非正規雇用教員の中には、正規雇用になりたいならこれをやれなどと「ニンジン」をぶら下げられ、長時間労働やパワハラ、セクハラに耐えている教員もたくさんいる 違法性なし 教育業界全体に広がっている問題を一般論として指摘したものにすぎず、学校法人の社会的評価を低下させるものとはいえない
SNS投稿�G 正規雇用を「ニンジン」のようにぶら下げて期待を持たせた上で都合よく切り捨てるやり方は「教員の使い捨て」にほかならない 違法性なし 「(労働者の)使い捨て」との表現は、非正規雇用制度の批判としてしばしば用いられることがある表現であり、社会的評価を不法行為が成立する程度に低下させるものとはいえない

結論として裁判所は、発言�Cのみが違法に学校法人の社会的評価を低下させるものと認められるとしたうえで、それが1回限りのものであり、表現行為がその後も持続するものではないこと、その他本件に現れた一切の事情を総合して、学校法人が被った損害額を20万円と認定しました。ウェブサイトの記事とSNS投稿はいずれも違法性が認められないため、削除請求は認められませんでした。

1,100万円の請求に対して認容は20万円です。金額だけを見れば学校法人の敗訴に近い結果ですが、本判決が示したのは金額の問題ではありません。「ブラック企業」と公道で拡声器を使って言われても、それが違法とならない条件が現に存在するということです。

4 なぜ「ブラック企業」は適法で、「洗脳」発言だけが違法だったのか

8つの表現の中で、一般人の受け取り方として最も強い印象を与えるのは、おそらく「ブラック企業」「過労死のリスク」を含む発言�@〜�Bでしょう。ところが裁判所が違法としたのは、より地味に聞こえる発言�Cでした。この違いは、表現の強さではなく、摘示された事実に裏付けがあったかどうかから生じています。

発言�@〜�Bには、労働基準監督署の是正勧告を受けたという事実と、一時的とはいえ月約91時間の時間外労働があったという事実が背後にありました。裁判所は、摘示された事実は概ね真実であり、意見の部分も意見としての域を逸脱していないとしたうえで、誇張された部分があることは否定できないその他の部分についても、この2つの事実を挙げて、正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内と判断しています。「ブラック企業」という言葉を含む発言�@〜�Bの全体が、事実の上に置かれた批判として許容されたということです。さらに裁判所は、団体交渉が膠着し、学校法人の側からも憶測に基づく批判を受ける中で、それに対抗するためにされたという側面も否定できないと述べています。会社側の対応の仕方が、組合の強い表現を正当化する方向の事情として考慮されたということです。

これに対して発言�Cは、管理職が「洗脳」「子どもを物のように」という趣旨の発言をしたという、特定の人物の特定の発言を事実として摘示するものでした。人事部長はそのような発言をしておらず、組合は特段の裏付けをとっていなかった。これでは真実性も真実相当性も認められません。加えて裁判所は、社会的評価を低下させる度合いが強く、強い表現で発言をすべき必要性もなかったと述べており、目的と態様の面でも正当性が否定されています。

チラシ�D、ウェブ記事�E�F、SNS投稿�Gは、それぞれ理由付けが異なります。チラシは重要部分が真実で意見の域を出ていない。ウェブ記事は業界一般の問題を述べたもので、そもそも学校法人の社会的評価を低下させない。SNS投稿の「使い捨て」は非正規雇用制度の批判としてしばしば用いられる表現で、不法行為が成立する程度には評価を低下させない。媒体がSNSだから緩やかに扱われたのではなく、表現の内容が特定の事実の摘示に至っていなかったから違法性が否定されたと読むべきです。

観点 発言�@〜�B(「ブラック企業」等、違法性なし) 発言�C(「洗脳」等、違法)
摘示した事実 労基署の是正勧告、月約91時間の時間外労働、サービス残業など、学校法人の労務管理の状態 管理職(人事部長)が特定の発言をしたという事実
裏付け 是正勧告と91時間の時間外労働は事実。誇張はあるが核となる事実が存在し「概ね真実」 人事部長はその趣旨の発言をしておらず、組合は特段の裏付けをとっていない。真実性も真実相当性もなし
意見部分の評価 「ブラック企業」は事実に基づく意見として、意見の域を逸脱していない 社会的評価を低下させる度合いが強く、強い表現で発言する必要性もない
労使の経緯 団体交渉が膠着し、学校法人からも憶測に基づく批判を受ける中での対抗という側面が考慮された 経緯を考慮しても正当な組合活動の範囲内とは認められない

この整理から導かれる実務上の含意は明快です。組合が「是正勧告を受けた」「91時間の残業があった」と言い、それが事実であれば、そこに「ブラック企業」という評価を重ねても止められない。逆に、誰かが言ってもいない発言を事実として名指しで摘示すれば、裏付けの有無が問われ、なければ違法になる。本判決は、具体的事実を摘示するなら裏付けを持て、事実に基づく評価は広く許されるという名誉毀損法理の基本的な線引きを、労働組合の活動場面にそのまま適用したものと理解できます。

5 会社が備えるべきこと

本判決から会社が引き出すべき教訓は、街宣を訴えて止める方法ではありません。1,100万円を請求して20万円しか認められず、削除も認められなかったという結果が、その方法の限界を示しています。会社が動かせるのは、指摘される中身と、紛争が始まったあとの記録と対応です。

備え1 街宣が始まってから調べるのでは遅い

本件で「ブラック企業」発言を適法にしたのは、労働基準監督署の是正勧告と月約91時間の時間外労働という事実でした。未払残業代、36協定の未締結、健康診断の未実施、有期契約の更新手続の不備。こうした「指摘されたら反論できない事実」を抱えたまま街宣に至れば、組合の発言には裏付けがあることになり、どれほど強い言葉で言われても法的に打つ手がありません。紛争が顕在化する前の労務監査こそが、最良の街宣対策です。とりわけ生徒や保護者、利用者が「選ぶ」立場にある教育・医療・福祉の分野では、街宣の経済的な打撃が事業に直結するため、点検の優先度は高いと考えられます。

備え2 会社側の「憶測に基づく批判」は組合の言論を正当化する

本判決で見落とせないのは、裁判所が、学校法人の側からも組合に対して憶測に基づく批判がされていたことを、組合の強い表現を許容する方向の事情として考慮した点です。組合との対立が深まると、会社が社内向けの説明や組合宛ての文書で、組合や組合員個人について根拠のない批判をしてしまうことがあります。それは会社が名誉毀損の加害者になる危険を生むだけでなく、組合の側の言論の相当性を裏から支える材料になります。会社側の発信は、確認できた事実と根拠に限定し、公表前に弁護士の確認を経ることが必要です。一般人の普通の注意と受け取り方という基準は、会社側の表現にも同じように働きます。

備え3 記録は「表現単位」で残す

本判決は、8つの表現を1つずつ検討し、そのうち1つだけを違法と判断しました。訴訟になった場合、どの発言が、いつ、どこで、どのような文言でなされたかを表現単位で特定できなければ、請求は組み立てられません。本件で唯一違法とされた発言�Cは、人事部長がしていない発言を組合が摘示したものであり、裁判所が「人事部長はそのような趣旨の発言をしていない」と認定できたことが結論を分けています。街宣が始まった時点から、日時・場所・継続時間の記録、公道上の公開された活動であることを前提とした適法な範囲での録音・録画、配布されたチラシの原本の保管、URLと投稿日時が写る形でのウェブ記事・SNS投稿のスクリーンショット、そして組合が摘示した発言を実際にはしていないことを示す面談記録や議事録を、感情を交えず淡々と積み上げることが、後日の法的措置の前提になります。

備え4 ウェブ記事とSNSは「止まらない」前提で考える

本件で削除請求が棄却されたことは、実務的に重い意味を持ちます。「使い捨て」のような類型的な批判表現や、業界一般の問題を述べた記事は、裁判所を通じては消せないということです。だとすれば、「訴えて消す」ことに期待するのではなく、紛争そのものを早期に収束させ、発信が続く状況を終わらせる方向で動くのが現実的です。団体交渉で解決できる論点は交渉で解決し、解決内容と併せて情宣活動の終了を合意に盛り込むことが、投稿を消すための最も確実な方法になります。

備え5 経営者個人への攻撃は法人への批判と分けて考える

本件の街宣は学校法人の事務所前の路上で行われ、原告も法人でした。しかし街宣の現場では、代表者個人の氏名や自宅周辺が対象になることがあります。裁判例は、法人に対する批判と、個人の私生活の領域への侵入を区別してきました。旭ダイヤモンド工業事件では、解雇の有効性が確定した後も会社本店と代表者の自宅周辺で街宣が続けられ、東京地裁平成16年11月29日判決は、組合活動であっても経営者の私生活の領域には及ばないとして、拡声器の使用等の差止めと損害賠償を認め、控訴審の東京高裁平成17年6月29日判決もこれを認めています。また、出版社とその経営者が組合を訴えた街頭宣伝活動禁止等請求事件では、東京地裁平成21年2月20日判決が、ビラの記載が事実であったとしても、経営者の自宅周辺での活動は労働組合活動であることを理由に正当化されず、相当性の範囲を著しく超えるとして、自宅マンション付近の半径150メートル以内での面会強要・ビラ配布等の差止めと、経営者への80万円の慰謝料を認めました。個人の住居の平穏を侵す活動は、内容の真実性にかかわらず差止めの対象になり得るという点は、経営者に伝えておく価値があります。

備え6 街宣への不満と団体交渉応諾義務を切り離す

街宣に腹を立てた経営者が「もう交渉しない」と言い出す場面は珍しくありません。しかし、正当な理由のない団体交渉の拒否は労働組合法7条2号の不当労働行為であり、労働委員会の救済命令の対象になります。本件でも、団体交渉の膠着が組合の街宣に至る経緯として認定されています。街宣が違法かどうかと、団体交渉に応じる義務があるかどうかは、別の問題です。街宣を理由に交渉を打ち切れば、組合に新たな攻撃材料を与えるだけでなく、不当労働行為の救済申立てという別の紛争を抱えることになります。

6 当法人の視点

本判決を読んで当法人が最も重要だと考えるのは、裁判所が「ブラック企業」という言葉そのものではなく、その言葉の背後にある事実の有無を見た点です。組合の街宣に対して会社が取り得る法的措置は損害賠償請求と差止め請求ですが、いずれも組合の発言が裏付けを欠くことを会社の側が主張立証していく構造になります。組合の指摘が正しければ、会社は法廷で勝てないだけでなく、是正勧告を受けた事実や長時間労働の事実を公の場で確認させる結果になります。本件の学校法人が得たものは20万円であり、失ったものは、判決という公的な記録の中に自らの労務管理の状態が認定されたことです。

なお、本判決の当てはめには異論もあります。労働新聞社の解説では、判決が教員の平均残業時間を令和2年度は月25時間42分、3年度は14時間41分と認定し、健康を害する程度の長時間労働といえるかに疑義が残るとしていたこと、宣伝活動の時点で賃金不払いは認められなかったことから、組合の発言を「概ね真実」とした判断は強引ではないかという批判が示されています。この批判には理由があると当法人も考えますが、実務の側から見れば、是正勧告と91時間という2つの事実がある限り、裁判所が組合の側に立つ余地は残るという現実のほうが重要です。会社がその余地をなくす方法は、事実をなくすことしかありません。

もう1つは、認容額が20万円にとどまった理由です。裁判所は、違法とされた発言が1回限りで持続しないことを損害額の算定で考慮しました。反復継続する街宣であれば損害額は変わり得ますが、本件のように単発の発言を捉えて訴訟を起こしても、費用と時間に見合う結果は得にくいと考えられます。訴訟は、組合が裏付けのない事実を反復して摘示し、記録がそろっている場合に、弁護士と費用対効果を検討したうえで選ぶ手段であって、街宣が始まった直後に取る手段ではありません。

当法人の見解

街宣やSNS投稿への対応を経営者から相談されたとき、当法人が最初に確認するのは、組合が指摘している事実に裏付けがあるかどうかです。裏付けがあるなら、法的措置ではなく是正と交渉が答えになります。裏付けがないなら、表現単位の記録と、摘示された事実が存在しないことを示す証拠を積み上げたうえで、損害賠償や差止めの可否を弁護士と検討する段階に進みます。この順序を逆にして、中身の点検をせずに法的措置から入ることが、最も高くつく失敗です。

本判決の実務上の結論は、逆説的です。組合の言論を法的に封じるより、指摘される中身をなくしておくほうが、はるかに確実な防御になる。街宣対策の本体は、紛争が起きる前の労務コンプライアンスの点検と、紛争が起きたあとの会社側の発信の節度にあります。

まとめ

東京地裁令和7年5月28日判決は、労働組合の街宣での発言4つ、チラシ、ウェブ記事2つ、SNS投稿の計8つの表現をめぐる名誉毀損訴訟で、社会的評価の低下を一般人の普通の注意と受け取り方を基準に判断し、真実性、真実相当性、目的および態様等の一切の事情を総合考慮して正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内なら違法性が阻却されるという枠組みのもと、労基署の是正勧告と月約91時間の時間外労働という事実を背景とする「ブラック企業」等の発言を適法とし、人事部長がしていない発言を裏付けなく摘示した1つの発言だけを違法として、1,100万円の請求に対し20万円を認容し、削除請求を棄却しました。当法人は判決文の原文を確認できておらず、控訴の有無と確定の有無は確認できていません。

当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。組合から指摘されたら反論できない事実が自社に残っていないかという観点から、紛争が顕在化する前の労務点検と、団体交渉・情宣活動への備えを一緒に進めてまいります。

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【根拠法令】

労働組合法1条2項(正当な組合活動に対する刑法35条の適用)、7条2号(正当な理由のない団体交渉の拒否の禁止)、8条(正当な争議行為による損害についての賠償請求の否定)/民法709条(不法行為による損害賠償)、710条(財産以外の損害の賠償)、723条(名誉毀損における原状回復)/刑法35条(正当行為)

【参考判例】

東京地方裁判所令和7年5月28日判決(損害賠償等請求事件。本記事で取り上げた事案。労働新聞社の労働判例欄(令和8年9月28日付第3562号14面、ウェブ掲載2026年9月17日、解説は石井妙子弁護士)の記載に基づくものであり、当法人は判決文の原文を確認できていません。事件番号、当事者の名称、控訴の有無および確定状況は未確認です)/旭ダイヤモンド工業事件・東京地方裁判所平成16年11月29日判決(労働判例887号52頁)および東京高等裁判所平成17年6月29日判決(解雇の有効性が確定した後も会社本店と代表者の自宅周辺で続けられた街宣活動について、差止めと損害賠償を認めた事案)/東京地方裁判所平成21年2月20日判決(街頭宣伝活動禁止等請求事件、判例時報2058号147頁。経営者の自宅周辺での組合活動について、ビラの記載が事実であっても相当性の範囲を著しく超えるとして差止めと慰謝料を認めた事案)/最高裁判所第二小法廷昭和31年7月20日判決(社会的評価の低下は一般の読者の普通の注意と読み方を基準に判断する)/最高裁判所昭和41年6月23日判決(真実性・真実相当性による不法行為の不成立)/最高裁判所平成9年9月9日判決(事実の摘示と意見ないし論評の区別と、論評についての違法性阻却の要件)

【免責事項】

本記事は2026年9月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。本記事の事案の記述は労働新聞社の労働判例欄の記載に依拠しており、判決文の原文は確認できていません。8つの表現の内容は労働新聞社が判決から抜粋して紹介した範囲での当法人による要約であり、判決の原文どおりではありません。発言�@〜�Bと発言�Cで結論が分かれた理由についての整理は、労働新聞社の記載から読み取れる範囲での当法人の推論を含みます。本判決は1審であり、控訴の有無および確定状況は未確認です。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。街宣やSNS投稿に対する損害賠償請求・差止め請求・削除請求の検討と実行は弁護士に委任すべき事項です。当法人は、組合から指摘され得る労務上の問題の事前点検、団体交渉に向けた資料整備と記録体制の設計、就業規則・労使協定の整備を担い、法的措置や交渉代理が必要な局面では提携する弁護士と連携して対応いたします。

この記事を書いた人

三重 英則(HIDENORI MIE)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)

特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)

法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。