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作成日:2026/09/30
【裁判例】発達障害を打ち明けた翌日に幹部へメール、1週間後に解雇 情報共有と解雇の双方を「人格権侵害」とし、解雇撤回後のシフト不提示にも賃金支払を命じた東京高裁 令和8年6月25日判決(原審・横浜地裁
裁判例解説
発達障害を打ち明けた翌日に幹部へメール、1週間後に解雇
情報共有と解雇の双方を「人格権侵害」とし、解雇撤回後のシフト不提示にも賃金支払を命じた東京高裁 令和8年6月25日判決(原審・横浜地裁 令和8年1月29日判決)
2026年9月30日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士)

おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。

「従業員から、自分に障害があると打ち明けられた。まず誰に相談すればよいか」。経営者や現場責任者にとって、これは珍しい場面ではありません。採用時には何も聞いていなかった障害を、勤務開始から何年も経ってから知らされることもあります。

今回取り上げる事件は、まさにその場面で会社が動き方を誤った事案です。横浜市内で障害者向けの訪問介護事業を営む会社の代表者は、ヘルパーから発達障害があることを打ち明けられた翌日に、その事実を幹部職員4名にメールで伝え、約1週間後に「採用時アンケートへの虚偽申告」を理由に解雇を通知しました。横浜地裁は、解雇とメールによる情報共有の双方を人格権侵害と認めて慰謝料計80万円の支払いを命じ、東京高裁はこれを維持したうえで、解雇撤回後にシフトを提示しなかった期間の賃金を加え、約106万円(報道により約105万円とも)の支払いを命じています。

認容額は決して大きくありません。しかしこの事件では、解雇の前に起きた「共有」という行為が、解雇とは別の独立した不法行為として認定されました。打ち明けられた情報をどう扱うか。この一点で会社が敗れたという事実は、業種を問わず、すべての顧問先に関わります。

📌 この記事でわかること

✓ 発達障害を打ち明けられた翌日に幹部4名へメールで共有した行為を、横浜地裁は「解雇の意思決定の過程とはいえない」として人格権侵害と認め、慰謝料30万円を命じたこと(東京高裁も維持)

✓ 「採用時アンケートへの虚偽申告」という解雇理由について、他の従業員の不実申告は解雇理由とされてこなかったこと、約3年間問題の指摘がなかったこと、障害を知った翌日に解雇を決めていたことから、真の理由は障害であると認定され、慰謝料50万円が命じられたこと

✓ 東京高裁は、解雇撤回後に本人がシフト希望を出したのに会社がシフトを提示しなかった2か月分について「使用者の責めに帰すべき」として賃金の支払いを加え、認容額を約106万円(報道により約105万円とも)としたこと

✓ 合理的配慮指針は、採用後に障害を把握した事業主に対し、遅滞なく支障の有無を確認して話し合う手続を求めており、告知の場面は「虚偽申告の発覚」ではなく「合理的配慮の起点」であること

✓ 報道によれば原告側は上告の方針であり、本判決は確定していないこと

障害を打ち明けられたとき、会社が最初にすべきことは誰かに伝えることではなく、本人に「誰に、どこまで伝えてよいか」を確認することです。

1 事案の概要

本件は、横浜市内で障害者向けの訪問介護(障害福祉サービス)を提供する会社に2018年からヘルパーとして勤務していた40代の男性が、発達障害(自閉スペクトラム症)があることを代表者に伝えた直後に幹部職員へ情報を共有され、さらに解雇されたとして、慰謝料と未払賃金の支払いを求めた事案です。会社名は報道で公表されておらず、定着した事件名もないため、本記事では便宜上「発達障害の告知直後の解雇・アウティング事件」と呼びます。東京新聞、朝日新聞、共同通信、弁護士ドットコムニュース、弁護士JPニュース(判決文に基づく解説記事を含む)、および原告を支援した当事者団体の声明に基づき、経過を整理します。

時期 出来事
2018年 男性が会社にヘルパー(重度訪問介護)として採用され、勤務を開始。採用時のアンケートには「得病・障害等について」の設問があり、介護という仕事の性質上あらかじめ把握しておきたい旨と、障害があれば即不採用というわけではない旨の説明が添えられていた。男性は業務と無関係と考え、発達障害を記載しなかった(弁護士JPニュースの判決解説による)。報道によれば、勤務は週3日・1日8時間のシフト制で、その後約3年間、会社から就労状況について具体的な問題の指摘はなかった
2021年8月 男性は勤務時間について代表者と面談し、体力的に月160時間の勤務は難しいと述べる中で、自身に発達障害があることを初めて伝えた
告知の翌日 代表者は、幹部職員(サービス提供責任者)4名に対し、前日の面談の概要とともに男性が発達障害であることをメールで伝え、虚偽の申告が明確になったので即時解雇を考えている旨を記載した
告知の約1週間後 会社は、登録ホームヘルパーは虚偽の報告又は申告をしてはならない旨の就業規則の規定に基づき、採用時アンケートへの不実記載を理由として解雇を通知(報道により告知の8日後、解雇日は同年9月末とされる)
2021年11月 男性が加入した労働組合との団体交渉を経て、会社が解雇を撤回(共同通信によれば謝罪の上での撤回。解雇期間中の賃金は支払われている)
撤回後 報道によれば、会社は代表者の下でヘルパーとして働くよう求め、原告側は安全配慮に欠けるとしてこれに応じず、男性は2022年2月以降就労していない。男性がシフト希望を出しても、会社はシフトを提示しなかった
2022年11月 男性が、慰謝料等計300万円(解雇について約200万円、アウティング2件について各50万円)と未払賃金(月約13万円)の支払いを求めて横浜地裁に提訴(令和4年(ワ)第4166号)
2026年1月29日 横浜地裁(高木勝己裁判長)が、解雇を差別的で人格権を侵害する違法なものと認めて慰謝料50万円、アウティングについて慰謝料30万円、計80万円の支払いを命令。解雇撤回後の賃金請求は棄却。原告側が控訴(会社側の控訴の有無は報道からは確認できていない)
2026年6月25日 東京高裁第4民事部(古田孝夫裁判長、令和8年(ネ)第1000号)が一審判決を変更し、解雇撤回後の2か月分の賃金を加えて約106万円(朝日新聞は約105万円と報道)の支払いを命令。報道によれば原告側は上告の方針

本記事の執筆時点(2026年9月11日)で、一審判決および控訴審判決の原文は裁判所ウェブサイトの裁判例検索に掲載を確認できず、当法人は判決文の原文を確認できていません。したがって、控訴審の認容額のうち慰謝料と賃金の内訳、2件主張されたアウティングのうち慰謝料30万円の対象とならなかった1件に関する判断の内容、原告が障害者手帳を所持していたか(弁護士JPニュースは精神障害者保健福祉手帳の交付を受けていると報じていますが、単一の報道です)、および会社の労働者数は確認できていません。本記事は報道に依拠して解説します。

また、東京新聞によれば原告側は上告する方針であり、本判決は確定していません。控訴審で一審判決が変更されているため、一審の80万円という金額も最終的なものではありません。

2 争点 ― 時系列に沿った3つの局面

本件で押さえておきたいのは、解雇そのものは会社が団体交渉を経て自ら撤回しているため、従業員としての地位の確認ではなく、損害賠償と賃金の支払いが争点になっていることです。争点は、時系列に沿って3つの局面に分けると見通しがよくなります。

第1の局面は、代表者が本人の同意なく幹部職員4名に発達障害の事実をメールで伝えたこと、いわゆるアウティングです。会社は、解雇を決める意思決定の過程として必要な情報共有だったと主張しました。これが不法行為(民法709条、710条)を構成するかが問われます。

第2の局面は、告知の約1週間後に行われた解雇です。会社は、採用時アンケートへの不実記載が就業規則の「虚偽の報告又は申告」に当たることが解雇理由であり、発達障害を理由に解雇したのではないと主張しました。表向きの理由が真の理由といえるか、それとも障害を理由とする差別的な取扱いかが問われます。障害者雇用促進法35条は、事業主が労働者の障害を理由として待遇について不当な差別的取扱いをすることを禁じており、同法に基づく障害者差別禁止指針(平成27年厚生労働省告示第116号)は解雇を差別禁止の対象となる待遇の1つに挙げています。なお、判決がこれらの規定に言及したかどうかは報道からは確認できず、報道が伝える判決の枠組みは、人格権侵害を理由とする不法行為の成否です。

第3の局面は、解雇撤回後の賃金です。会社は解雇を撤回しましたが、本人がシフト希望を出しても会社はシフトを提示せず、本人は就労できませんでした。労働者が労務を提供する意思を示したのに使用者がこれを受け入れなかった場合、民法536条2項により、使用者の責めに帰すべき事由による履行不能として賃金請求権が残ります。一審はこの請求を退け、控訴審はその一部を認めました。

3 横浜地裁の判断(一審・令和8年1月29日判決)

(1)幹部職員へのメールは「意思決定の過程」ではない

弁護士JPニュースの判決解説によれば、会社側は、幹部職員4名はサービス提供責任者であり本人の業務に関わる者であるから、解雇の意思決定過程として伝える必要があったと反論しました。裁判所はこれを退けています。根拠として挙げられたのは、代表者が4名に送ったメールにすでに即時解雇の意向が書かれていたこと、4名のうち1名が法廷で、解雇は代表者が決めることであり自分たちが協議したことはないと供述したことです。この事実関係のもとでは、障害の開示は意思決定の過程とはいえないと判断されました。

さらに裁判所は、仮に解雇の方針をサービス提供責任者に伝える必要があったとしても、その理由として本人が発達障害者であることまで伝える必要があったとは考え難いと述べ、この開示を人格権を侵害する違法なものとして慰謝料30万円を認めました。「伝える必要」と「障害名まで伝える必要」を切り分けている点が、この判断の核心です。

(2)解雇の真の理由は障害である

解雇について裁判所は、まず3つの事実を認定しました。第1に、採用時に料理ができると申告しながら実際にはできなかった従業員など、不実申告をした者は少なからずいたが、それを理由に解雇した例はなかったこと。第2に、本人は約3年間勤務しており、その間、会社は就労状況について具体的な問題を指摘していなかったこと。第3に、代表者は発達障害を知った翌日には解雇を決めていたことです。

これらの経緯からすれば、解雇の理由は本人が発達障害者であることとしか考えられないと裁判所は判断し、本件解雇は発達障害者であることを理由とする差別的なものであり、人格権を侵害する違法なものとして不法行為を構成するとしました。慰謝料は50万円です。報道によれば、団体交渉を経て3か月余りで解雇が撤回され、解雇期間中の賃金も支払われていることが、金額の算定で考慮されています。

(3)解雇撤回後の賃金請求は棄却

一審は、解雇撤回後に就労できなかった期間の賃金請求を認めませんでした。棄却の理由は、当法人が確認できた報道からは分かりません。

4 東京高裁の判断(控訴審・令和8年6月25日判決)

東京高裁は、解雇を障害を理由とした差別的で違法なものとし、アウティングを人格権侵害として違法とした一審の判断を、いずれも維持しました。

朝日新聞によれば、控訴審で会社側は、合理的配慮の観点から他の職員に情報共有することを本人も黙認していたと主張しました。これに対し高裁は、代表者はすぐに解雇を考えたのであり、本人が黙認していたとはいえないと判断しています。合理的配慮のための共有であれば本人の了解が推認される余地はあるものの、共有の直後に解雇へ動いた事実が、その主張の前提を崩したと読むことができます。

高裁が一審と結論を変えたのは賃金です。解雇撤回後に本人がシフト希望を出していたのに会社がシフトを提示しなかったことについて、高裁はこれを「使用者の責めに帰すべき」ものと認め、シフト希望を出していた2か月分の賃金の支払いを命じました。認容額は一審の80万円から約25万円ないし26万円増え、東京新聞は約106万円、朝日新聞は約105万円と報じています。

この増額分については、報道からは法的構成が分かりません。ただ、原告が請求していた賃金が月約13万円であったこと(弁護士JPニュース)と、増額分が2か月で約25万円ないし26万円であることを突き合わせると、認められたのは労働基準法26条の休業手当(平均賃金の6割)ではなく、民法536条2項による賃金全額に近い金額であったと推測されます。これは報道された数値からの当法人の推論であり、判決文で確認したものではありません。

もう1つ注目すべきは、賃金が認められたのが「シフト希望を出していた2か月分」に限られている点です。本人は2022年2月以降就労していませんが、高裁が賃金を認めたのはその全期間ではありません。労働者側が労務提供の意思を具体的に示した期間について使用者の受領拒絶を認めた、という構造だと考えられます。この点も判決文で確認できていない推論です。

5 実務への示唆 ― 顧問先と確認したい5つの点検

本件で会社が負った責任は、アウティング、解雇、撤回後の賃金という3つの独立した責任です。それぞれの入口で会社が何をすべきだったかを、顧問先の実務に引き直します。

点検1 打ち明けられた瞬間を「合理的配慮の起点」として扱う手順があるか

障害者雇用促進法36条の3は、事業主に対し、雇用する障害者について、能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するための合理的配慮を義務づけています。同法36条の5第1項に基づく合理的配慮指針(平成27年厚生労働省告示第117号)は、雇入れ時までに労働者が障害者であることを把握できなかった場合、把握した際に遅滞なく職場において支障となっている事情の有無を確認し、必要な措置について本人と話し合い、講ずる措置の内容と理由を本人に説明する手続を定めています。

本件の告知は、月160時間の勤務は体力的に難しいという労働時間の相談の中で行われました。本人が合理的配慮を求めたかどうかは報道からは確認できませんが、指針の手続に照らせば、この面談こそが支障の有無を確認する起点でした。会社はその翌日に解雇を決めています。介護の現場で従業員の心身の状態を把握しておきたいという使用者側の動機は否定されるものではありません。しかし把握の目的は安全に業務を続けるためであって、把握した事実を解雇に結びつけることではありません。

労働者の側から見れば、障害を打ち明けることは不利益を恐れて躊躇する行為です。同指針が、事業主が必要な注意を払っても障害を知り得なかった場合には合理的配慮の義務違反を問われないとしていることの裏返しとして、労働者に障害を申告する義務はありません。打ち明けた翌日に解雇が決まったという時系列は、労働者側から見れば動機の推認に十分であり、裁判所もそう判断しました。

点検2 社内共有の範囲を「誰に、何のために、どこまで」で本人と決めているか

障害に関する情報は、個人情報保護法2条3項および同法施行令2条1号により要配慮個人情報に当たります。同じ会社の中で共有する行為は第三者提供には当たりませんが、利用目的の範囲内での取扱い(同法17条、18条)と、取り扱う従業者の限定を含む安全管理措置(同法23条、24条)の規律は及びます。加えて、職場のパワーハラスメント指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、労働者の病歴などの機微な個人情報を本人の了解を得ずに他の労働者に暴露することを「個の侵害」の例として挙げ、機微な個人情報を暴露することのないよう労働者に周知・啓発する措置を事業主に求めています。

本件で裁判所が示した基準は明快です。解雇の方針を伝える必要があったとしても、その理由として障害名まで伝える必要はなかった。つまり、共有の可否は「伝える相手に、その情報を知る業務上の必要があるか」で決まり、必要があるとしても必要な範囲の情報に限られるということです。合理的配慮を実施するためにシフト担当者や直属の上司に一定の情報が届く必要があるとしても、届けるべきは診断名ではなく、どのような場面で何が難しいかという業務上の情報で足りることがほとんどです。

実務では、申出を受けた者がその場では誰にも伝えないこと、共有の必要性を誰に何のためにという形で本人に説明して同意を得ること、共有する情報を配慮の実施に必要な範囲に限ること、同意の内容と共有範囲を記録に残すことの4点を、一次対応者の手順として文書化しておくことをお勧めします。本件のように控訴審で「本人も黙認していた」と主張する事態になったとき、会社を守るのは同意の記録です。

点検3 採用時の健康・障害に関する質問と「虚偽申告」条項の運用が一貫しているか

職業安定法5条の5は、求人者が求職者の個人情報を収集する範囲を業務の目的の達成に必要な範囲内に限定しています。障害者雇用促進法34条は募集・採用における障害者に対する差別を禁じ、個人情報保護法20条2項は要配慮個人情報の取得に原則として本人の同意を求めています。厚生労働省の「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」も、利用目的の達成に必要のない情報の取得を禁忌事項に挙げ、障害者である旨の申告を拒んだことを理由とする解雇その他の不利益な取扱いをしてはならないとしています。同ガイドラインは障害者雇用状況の報告等のための把握・確認を対象とするものですが、そこに示された考え方は採用時の質問設計にもそのまま当てはまります。

本件のアンケートは、病気や障害の種類・症状を具体的に書くよう求める包括的なものでした。介護という職務の性質上、業務の遂行や安全確保に直接関係する事項を尋ねる必要性は認められるとしても、その範囲を超えて障害の有無を一律に尋ね、記載がなかったことを「虚偽申告」として解雇に結びつける運用は、本件の結論が示すとおり成り立ちません。経歴詐称を理由とする解雇が認められるのは、詐称された事項が重要な経歴に関わり、労働力の評価や企業秩序に影響する場合に限られるというのが裁判例の一般的な考え方であり、業務と無関係な障害の不記載は、これに当たりにくいと考えられます。

さらに本件で決定的だったのは運用の一貫性です。料理ができると申告して実際にはできなかった従業員は解雇されていないのに、障害を告知した従業員だけが「虚偽申告」で解雇された。この不均衡が、真の理由は障害であるという推認を支えました。就業規則の虚偽申告条項は、適用の一貫性がなければ解雇理由として機能しません。採用時の質問項目が職務関連性の範囲に収まっているか、未記載や不正確な記載をどう扱ってきたかを、この機会に点検してください。

点検4 解雇を撤回した後、実際に就労させるところまで手続を組んでいるか

解雇の撤回は、労働契約が続いていることを会社が認める行為です。撤回した以上、元の労働条件で実際に就労させるところまでが撤回の内容であり、シフト制の職場でシフトを提示しないことは、労務の受領拒絶と評価されます。本件の高裁は、本人がシフト希望を出していた期間について、まさにその評価をしました。民法536条2項のもとでは、使用者の責めに帰すべき事由で就労できなかった期間の賃金は全額請求できるのが原則であり、労働基準法26条の休業手当(6割)にとどまりません。

当ブログで先日取り上げたティーエッセンス事件(東京地裁令和7年10月30日判決)も、体調不良で欠勤した従業員をシフトから外した対応をシフト決定権限の濫用とし、民法536条2項により賃金の支払いを命じたものでした。介護、小売、飲食など、シフト制を採る事業では、「シフトを入れない」という日常的な運用が賃金債務を生む局面があることを、本件と併せて押さえておく必要があります。

なお、本件では撤回後の就労場所や上司をめぐって双方の主張が対立し、復職が実現していません。復職条件の調整は、この段階に至れば紛争性のある交渉であり、弁護士法72条の関係で当法人が代理することはできません。当法人が支援できるのは、撤回の意思表示の方法、復職時の労働条件の整理、シフト提示と本人の希望の記録の残し方といった手続の設計までであり、条件交渉そのものは弁護士に委ねるべき領域です。

点検5 相談窓口とプライバシー保護を規程と周知に落とし込んでいるか

障害者雇用促進法36条の4は、事業主に対し、障害者からの相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備を義務づけています。合理的配慮指針第5は、相談窓口をあらかじめ定めて周知すること、相談者のプライバシーを保護するために必要な措置を講じてその旨を労働者に周知すること、合理的配慮に関して相談したことを理由として解雇その他の不利益な取扱いを行ってはならない旨を定めて周知・啓発することを求めています。

中小企業では、代表者が窓口を兼ねることが多く、本件のように代表者自身が情報の共有と解雇を決めたとき、これを止める仕組みがありません。だからこそ、就業規則や個人情報取扱規程に、障害や病気に関する申出を受けた際の一次対応者、共有の際の本人同意、共有範囲の限定、不利益取扱いの禁止を明文で置いておくことに意味があります。規程は代表者自身を縛る道具でもあります。

6 当法人の視点

本判決を読んで当法人が最も重要だと考えるのは、会社が負った3つの責任が、それぞれ独立に成立していることです。会社は解雇を撤回し、解雇期間中の賃金も支払いました。それは慰謝料の額を下げる事情にはなりましたが、解雇の違法性を消すことはできず、解雇の前日に行われた情報共有の違法性には何の影響も与えず、撤回後にシフトを提示しなかったことによる賃金債務を止めることもできませんでした。解雇を撤回すれば元に戻る、という感覚は、本件では3回裏切られています。

もう1点は、裁判所の推認の構造です。会社は最後まで「虚偽申告が理由だ」と主張しましたが、裁判所は、他の従業員への適用の不在、3年間の問題の不存在、告知翌日の解雇決定という3つの客観的事実から真の理由を導きました。これは解雇に限らず、配転、雇止め、懲戒、退職勧奨のあらゆる場面で使われる推認の型です。表向きの理由が通用するかどうかは、その理由をこれまで他の従業員にどう適用してきたか、そして問題の発覚と処分の間にどれだけの時間と手続があったかで決まります。時系列が「告知、翌日に共有と解雇の意向、1週間後に解雇」であれば、どのような理由を書面に書いても、裁判所はその書面を信用しません。

当法人の見解

障害を打ち明けられた瞬間は、会社にとって「虚偽申告の発覚」ではなく「合理的配慮の起点」です。この位置づけを誤ると、その後のすべての行為が違法の方向へ流れます。本件の代表者が翌日に幹部へメールを送った動機が、悪意であったのか、介護の安全を案じた善意であったのかは、判決文を確認できていない以上、当法人には分かりません。しかし裁判所の判断は、動機の善悪ではなく、その相手にその情報を伝える必要が業務上あったかという一点で下されています。

だからこそ、会社が最初にすべきことは、誰かに伝えることではなく、本人に「誰に、どこまで伝えてよいか」を聞くことです。その順序を守れば、情報共有は合理的配慮の一部として正当化され、守らなければ、共有それ自体が解雇とは別の不法行為になります。そして解雇を撤回しても、実際に就労させるまで賃金債務は残ります。本件で会社が失ったのは、従業員の心身の状態を把握する正当な関心ではなく、把握した情報を扱う順序でした。

まとめ

横浜地裁令和8年1月29日判決は、発達障害を打ち明けたヘルパーに対する解雇を、他の従業員への虚偽申告条項の適用の不在、約3年間の問題の不存在、告知翌日の解雇決定から障害を理由とする差別的なものと認めて慰謝料50万円を、告知翌日に幹部職員4名へ障害の事実をメールで伝えた行為を人格権侵害として慰謝料30万円を命じました。東京高裁令和8年6月25日判決はこれを維持し、解雇撤回後にシフト希望が出ていたのに会社がシフトを提示しなかった2か月分の賃金を「使用者の責めに帰すべき」ものとして加え、約106万円(報道により約105万円とも)の支払いを命じています。報道によれば原告側は上告の方針であり、本判決は確定していません。

当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。障害や病気の申出を受けたときの初動、社内共有の範囲と本人同意の運用、採用時の質問項目、そしてシフト制職場での就労拒絶のリスクを、規程と手順の両面から一緒に点検してまいります。

従業員から障害や病気を打ち明けられたときの対応に不安はありませんか

申出を受けた際の一次対応の手順、社内共有の範囲と同意の取り方、採用時の質問項目と就業規則の点検、合理的配慮の相談体制の整備まで、
社会保険労務士法人T&M Nagoya がご相談をお受けします。

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【根拠法令・指針】

民法709条(不法行為による損害賠償)、710条(財産以外の損害の賠償)、536条2項(債権者の責めに帰すべき事由による履行不能)/労働基準法26条(休業手当)/労働契約法16条(解雇)/障害者の雇用の促進等に関する法律34条(募集及び採用における差別の禁止)、35条(採用後の差別の禁止)、36条の3(雇用する障害者に対する合理的配慮)、36条の4(相談体制の整備等)、36条の5第1項(指針)/障害者に対する差別の禁止に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針(平成27年厚生労働省告示第116号)/雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針(合理的配慮指針、平成27年厚生労働省告示第117号)第3、第5/事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)/個人情報の保護に関する法律2条3項、17条、18条、20条2項、23条、24条、27条2項ただし書、同法施行令2条1号/職業安定法5条の5(求職者等の個人情報の取扱い)/障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律13条(雇用分野における障害を理由とする差別の解消のための措置は障害者雇用促進法の定めによる)/厚生労働省「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」

【参考判例】

横浜地方裁判所令和8年1月29日判決(令和4年(ワ)第4166号 損害賠償等請求事件)および東京高等裁判所第4民事部令和8年6月25日判決(令和8年(ネ)第1000号 損害賠償等請求控訴事件)。本記事で取り上げた事案。東京新聞、朝日新聞、共同通信、弁護士ドットコムニュース、弁護士JPニュース(弁護士による判決文に基づく解説記事を含む)および一般社団法人精神障害当事者会ポルケの声明に基づくものであり、当法人は判決文の原文を確認できていません。報道によれば原告側は上告の方針であり、未確定です。控訴審の認容額は東京新聞が約106万円、朝日新聞が約105万円と報じており、報道の間に差があります/ティーエッセンス事件・東京地方裁判所令和7年10月30日判決(シフト制の従業員に対する就労拒絶と民法536条2項による賃金請求。当ブログで解説済み)

【免責事項】

本記事は2026年9月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。本記事は報道により確認できた範囲の事実に基づいており、判決文の原文は確認できていません。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。当法人は、障害や病気の申出を受けた際の対応手順の設計、社内共有と本人同意の運用ルールの整備、採用時の質問項目と就業規則の点検、合理的配慮の相談体制の整備の支援を担い、解雇撤回後の復職条件の交渉、損害賠償請求への対応、訴訟対応が必要な局面では提携する弁護士と連携して対応いたします。

この記事を書いた人

三重 英則(HIDENORI MIE)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)

特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)

法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。