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作成日:2026/10/08
【blog】「就業規則は実態を反映」81%、「ルール外の働き方がある」62% 規則と実態の齟齬に潜む法的リスク、齟齬に気づく仕組み、そして「柔軟に取り込むか、是正するか」(SmartHR調べ)
労務トピックス
「就業規則は実態を反映」81%、「ルール外の働き方がある」62%
規則と実態の齟齬に潜む法的リスク、齟齬に気づく仕組み、そして「柔軟に取り込むか、是正するか」(SmartHR調べ)
2026年10月8日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士)

おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。

株式会社SmartHRが2026年8月13日に公表した「就業規則と働き方の実態に関する調査」は、人事・労務・総務部門の管理職・担当者249名に、就業規則と現場の働き方のずれを尋ねたものです。結論は、81%が「自社の就業規則は働き方の実態を反映している」と答える一方で、62%が「就業規則に明記されていない、あるいは禁止されているのに慣例的に行われている働き方がある」と答えたというものでした。

本記事では、この調査を引用条件に従って紹介したうえで、経営者と人事担当者が本当に知りたい3つのことに絞って書きます。第1に、規則と実態の齟齬にはどのような法的リスクが潜んでいるのか。第2に、齟齬を放置しないために、会社はどのようにアンテナを張ればよいのか。第3に、齟齬が見つかったとき、会社は柔軟に取り込むべきか、是正すべきか、その姿勢をどう決めるのか。調査の数値は第1章にまとめ、第2章以降はこの3つの問いに充てます。

📌 この記事でわかること

✓ 人事・労務・総務部門の81%が就業規則は実態を反映していると答える一方、62%が規則にない、又は規則を超える慣例的な働き方を挙げたこと。両者は同じ回答者の回答であり、齟齬の正体は「規程がない」ことではなく「規程はあるが運用が超えている」ことであること

✓ 齟齬に潜む法的リスクは3つの層に分かれること。法令違反が規程の陰に隠れる層(上限を超える残業の事後承認・付け替え21%、副業の黙認21%)、規程より緩い運用が労働条件として固まる層(規則を超えるリモートワーク22%、規則にない場所での勤務18%)、そして許可制の形骸化と周知の欠如によって規程そのものが効力を失う層であること

✓ 会社が齟齬に気づけない理由は調査自体が示しており、管理職の39%が人事部門を通さず判断し、最新の就業規則をすぐに確認できない職場が約2割あること。自己申告に頼らず、勤怠・給与データの異常、管理職の判断事例の集約、年1回の定点棚卸しの3つのアンテナを組み合わせる必要があること

✓ 「柔軟に取り込むか、是正するか」は二択ではなく、法令適合性、安全・情報管理・公平性、経営判断の3つの分岐を順に通して、取り込む・例外として明文化する・是正するの3つに分けること。法令に反する運用に柔軟性の余地はなく、緩い運用を是正するときは不利益変更の作法が要ること

緩い運用は法的に無効にならず、時間とともに労働条件として固まります。会社にとって最大のリスクは、柔軟か是正かを決めないまま過ごす期間そのものです。

出典と引用について

本記事の調査数値は、株式会社SmartHRが2026年8月13日に公表したプレスリリース「【就業規則と働き方の実態調査】人事の81%が「就業規則は実態を反映」と回答、一方で約6割の職場に"ルール外の働き方"」からの引用です(SmartHR調べ( https://smarthr.jp/release/20260813 ))。リリースに掲載されていない選択肢別の内訳、就業規則の閲覧環境、更新プロセスの課題に関する数値は、同社が2026年9月3日にSmartHR Mag.で公開した同調査の調査レポート「リモートや副業など「就業規則にない働き方」の実態を62%が認識」から引用しました。

調査の概要は次のとおりです。調査名は「就業規則と働き方の実態に関する調査」、調査期間は2026年6月23日から25日、調査方法はインターネット調査、有効回答は従業員数51名以上の企業に勤務する人事・労務・総務部門の管理職又は担当者249名です(設問により回答者数が異なります)。構成比は小数点以下を四捨五入しているため、内訳の合計が全体と一致しない場合があります。

引用した数値はいずれも人事・労務・総務部門の側から見た認識であり、従業員側の認識や、規則外の働き方の実際の発生件数を示すものではありません。第2章以降の法的な評価と提案は、調査には含まれない当法人の見解です。

1 調査が示していること――齟齬の正体は「規程がない」ではなく「規程を超えている」

調査の主要な結果を1つの表にまとめます。第2章以降で参照するため、設問と回答者の属性も併記します。

設問(回答者) 主な結果
働き方の実態は就業規則にどの程度反映・明文化されているか(249名・単一回答) 完全に反映されている40%、概ね反映されている41%(合計81%)/実態に即していない箇所が複数ある12%、数年以上更新がない4%/わからない4%
規則に明記されていない、又は禁止されているが慣例的に行われている働き方はあるか(249名・複数回答) 1つ以上ある62%、ない37%、答えたくない1%。内訳は、規則で定められた頻度や対象を超えたリモートワーク22%、定められた上限を超える残業の事後承認・付け替え21%、規則上の条件を満たさないが事実上認められている副業21%、規則にない場所(サテライトオフィス等)での勤務18%、その他6%
規則では判断が難しい働き方の相談を受けたときの対応(管理職135名) 常に人事部に相談する53%/相談せず過去の慣習や自分の基準で許可33%、規則上は認められないが内密に許可6%(合計39%)/規則どおりに却下6%/保留・放置2%
最新の就業規則をいつでもすぐ確認できるか 社内外どこからでも確認できる31%/社内イントラネットのみ44%/総務・人事に問い合わせが必要16%/どこにあるか、どれが最新版か分からない5%
就業規則を最新に保つうえで工数がかかる・困難なプロセス(複数回答) 法改正の理解・解釈35%/全従業員への周知・説明会31%/役員・経営層との意思決定28%/実態に合わせた条文案の作成26%/同意・受領確認の個別回収22%/ノンデスクワーカーへの情報伝達22%

81%と62%は同じ249名の回答ですから、「就業規則は実態を反映している」と答えた人の多くが、同時に「規則外の働き方がある」とも答えていることになります。矛盾ではありません。最初の設問は「反映・明文化されているか」という規程の側の評価を、2つ目は「規則にない、又は規則を超える運用があるか」という現場の側の申告を聞いているからです。

重要なのは内訳の文言です。4つの類型はいずれも「規則で定められた頻度や対象を超えた」「定められた上限を超える」「規則上の条件を満たさないが」「規則にない場所での」と、規程の存在を前提に、それを超えている運用を聞いています。副業制度もリモートワーク制度も規程にはある、しかし現場ではその条件や頻度を超えて運用されている。これが調査が描く職場の姿であり、規程がない場合とは法的リスクの性質がまったく違います。次章で見ていきます。

3つ目の設問について1点注意があります。回答した管理職135名は店舗や工場の現場管理職ではなく、人事・労務・総務部門に所属する管理職です。規則を所管する側の管理職ですら4割が独自に判断しているとすれば、規則を所管しない現場の管理職ではさらに高いと推測するのが自然ですが、この点は調査からは分かりません。選択肢の文言はプレスリリース、その掲載グラフ、SmartHR Mag.で少しずつ異なるため、表は3つを突き合わせて表記しています。

2 齟齬に潜む法的リスク――3つの層で読む

規則と実態の齟齬を「ルール違反」と一括りにすると、リスクの重さを見誤ります。当法人は、齟齬を3つの層に分けて評価しています。第1の層は、法令違反が規程の陰に隠れている状態。第2の層は、規程より従業員に有利な運用が、法的には有効なまま労働条件として固まっていく状態。第3の層は、齟齬の存在によって規程そのものが効力を失う状態です。調査の4類型と関連する結果を、この3層に当てはめると次のようになります。

リスクの層 調査で現れている齟齬 何が起きるか
第1層 法令違反が規程の陰に隠れる 上限を超える残業の事後承認・付け替え21%/条件を満たさない副業の黙認21%/勤務場所を問わない労働時間把握の欠落 36協定違反・割増賃金の不払い(罰則と3年分の請求)、労働時間通算義務の不履行、労災認定時の不利益。規程が整っているという認識が発見を遅らせる
第2層 緩い運用が労働条件として固まる 規則の頻度・対象を超えるリモートワーク22%/規則にない場所での勤務18%/副業の黙認21% 労使慣行・黙示の合意として労働契約の内容になり、規則どおりに戻すことが不利益変更になる。放置は現状維持ではなく緩い条件の確定
第3層 規程そのものが効力を失う 管理職の39%が人事を通さず許可、6%は内密に許可/最新版を問い合わせないと見られない16%、最新版が分からない5% 許可制の形骸化による懲戒権の濫用、周知の欠如による労働契約規律効の喪失、判断が記録されないことによる立証の不利

第1層 法令違反が規程の陰に隠れる

この層で最も重いのが、上限を超える残業の事後承認・付け替え21%です。就業規則が残業を事前承認制にしていても、上司が事後に承認した残業は労働時間であり、承認の先後は賃金の支払義務に影響しません。問題は「定められた上限を超える」残業を承認している点にあります。上限が36協定の限度時間であれば、月45時間・年360時間(労働基準法36条4項)を超える時間外労働には特別条項が必要で、特別条項があっても月100時間未満、2か月から6か月の平均で80時間以内、月45時間を超えるのは年6回までという絶対的な上限があります(同条5項・6項)。この上限を超えた残業は事後に承認しても違反が消えるわけではなく、6か月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金の対象です(同法119条1号)。

付け替え、すなわち実際に働いた日や月と別の日や月に残業時間を記録し直すことは、さらに重い問題です。労働時間を客観的な方法で把握する義務(労働安全衛生法66条の8の3、厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」平成29年1月20日)と、賃金台帳に労働時間数・時間外労働時間数を記載する義務(労働基準法108条、同法施行規則54条)に反し、月60時間超の50%割増(2023年4月から中小企業にも適用)や深夜・休日の割増の計算を狂わせます。賃金請求権の消滅時効は当分の間3年ですから(同法115条、附則143条3項)、3年分の差額と、裁判所が命じ得る同額の付加金(同法114条)が現実の請求リスクになります。記録の改変は、労働基準監督署の調査でも訴訟でも会社の故意と評価されやすい類型です。

副業の黙認21%も、この層に片足を置いています。労働基準法38条1項は事業場を異にする場合も労働時間を通算すると定めており、他社で雇用される副業では、自社と副業先の労働時間を通算して法定労働時間を超える部分に割増賃金が生じ、原則として後から契約した側が負担します(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」平成30年1月策定、令和4年7月改定)。届出なしで黙認している状態では副業先の労働時間を知りようがなく、通算の義務を果たせません。2020年9月からは、複数の会社で働く労働者(複数事業労働者)について給付基礎日額を合算し、複数の就業先の負荷を総合して業務上外を判断する労災の仕組みも動いています。会社が副業を把握していなければ、労災が起きたときに本人が不利益を受け、会社の安全配慮の前提も欠けます。

この層の特徴は、規程が整っているという認識が、発見を遅らせることです。81%が「反映している」と答えている職場では、36協定も副業規程もリモートワーク規程も存在します。存在するからこそ「うちは大丈夫だ」という前提が生まれ、運用がその規程を超えていることが見過ごされます。

第2層 緩い運用が労働条件として固まる

規則を超えるリモートワーク、規則にない場所での勤務、副業の黙認に共通するのは、運用が規程より従業員に有利な方向に広がっていることです。この方向の齟齬は、それ自体は違法ではありません。労働契約法12条は、就業規則の基準に達しない労働条件を無効とし就業規則の基準によると定めていますが、これは就業規則を最低基準とする規定であり、就業規則より有利な運用を無効にする条文は存在しません。だからこそ放置されやすく、放置された運用は時間とともに労働契約の内容になっていきます。

法的な経路は2つあります。1つは労使慣行です。就業規則に書かれていない取扱いでも、事実たる慣習(民法92条)として労働契約の内容になることがあり、裁判例はその成立を、同種の取扱いが長期間反復継続していること、労使双方がそれを明示的に排除していないこと、労使双方、特に労働条件を決定する権限を持つ使用者側の者が規範として認識していることの3点で判断しています(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件・大阪高等裁判所平成5年6月25日判決)。60年以上支給された手当についても規範意識が認められないとして成立を否定した近年の裁判例があり(中日新聞社(錬成費不支給)事件・東京高等裁判所令和6年3月13日判決)、継続の長さだけでは決まりません。現場管理職の許可だけでは第3の要件を満たしにくい面がありますが、人事部門が運用を知りながら是正せずに放置していれば、「明示的に排除していない」という第2の要件を満たすだけでなく、規範意識の認定も使用者側に不利な方向へ傾きます。もう1つの経路は、個々の従業員との黙示の合意です。労使慣行の成立が否定されても、採用時に「この部署はリモート中心」と説明していた従業員や、上司の許可を得て数年間その働き方を続けてきた従業員については、個別に労働条件の合意が認められる余地が残ります。

この層のリスクが現実になるのは、会社が運用を規則どおりに戻そうとした瞬間です。労働条件として固まった運用を戻すことは、労働契約法10条の不利益変更として合理性を問われます。労働者側の視点に立てば当然のことで、従業員は運用を前提に保育や介護の手配、住まい、副業収入を組んでおり、労働者側の代理人はその運用実績を「労働条件」として主張します。放置は現状維持ではなく、緩い条件の確定です。戻すコストは、放置した期間に比例して上がります。

派生する問題も見落とせません。在宅日数が増えれば通勤手当の支給根拠と社会保険の報酬の扱いが実態と合わなくなり、在宅勤務の費用を労働者に負担させるなら就業規則に定める必要があります(労働基準法89条5号)。就業の場所とその変更の範囲は労働条件通知書の明示事項ですから(同法15条1項、同法施行規則5条1項1号の3)、運用が変われば通知書の記載も実態から外れます。

第3層 規程そのものが効力を失う

第3の層は、齟齬の存在が規程の効力を削る状態です。経路は3つあります。第1に、許可制の形骸化です。管理職の39%が人事を通さずに許可し、6%は規則上認められないものを内密に許可しています。他の従業員の副業や規則外のリモートを黙認しておきながら、特定の従業員だけを不許可にしたり懲戒したりすれば、平等取扱いを欠くものとして懲戒権の濫用(労働契約法15条)が争われます。規程上の許可制は、運用が伴って初めて統制の道具になります。形骸化した許可制は、認める場合の管理も、禁じる場合の統制も失った状態です。

第2に、周知の欠如です。就業規則の周知は法律上の義務(労働基準法106条、同法施行規則52条の2)であると同時に、就業規則が効力を持つための要件です。労働契約法7条は、合理的な労働条件を定めた就業規則を周知させていた場合にその内容が労働契約の内容になると定め、同法10条は変更の場合も周知を要件にしています。最高裁判所は、周知の手続を経ていない就業規則の懲戒規定に基づく懲戒解雇を無効としました(フジ興産事件・最高裁判所第二小法廷平成15年10月10日判決)。就業規則は労働基準監督署に届け出たから効力を持つのではなく、従業員に周知したから効力を持ちます。調査では、規則を所管する部門の人ですら「問い合わせが必要」16%、「どれが最新版か分からない」5%と答えており、一般の従業員から見た到達度はこれより低いと考えるのが自然です。最も多い「イントラネットのみ」44%も、会社支給のパソコンを持たない店舗や工場の従業員にとっては、施行規則が求める「各作業場に常時確認できる機器」に当たりません。周知されていない規定は労働契約の内容になっておらず、その規定を根拠に懲戒も労働条件の変更もできないことになります。

第3に、判断が記録されないことです。「人事を通さない」ことの本当の問題は判断の質ではなく、誰に、何を、どの条件で、いつまで認めたのかが残らないことにあります。記録がなければ、後に「認めていた」「認めていない」の水掛け論になり、労働者側が運用実績を主張する場面では会社が不利です。この3つの経路は、上場審査やM&Aの労務デューデリジェンスで確認される項目でもあります。確認されるのは規程の有無ではなく、規程と運用が一致しているか、一致していない部分を会社が把握し処理を決めているかです。

3 齟齬に気づく仕組み――アンテナの張り方

なぜ会社は齟齬に気づけないのか。答えは調査の中にあります。81%が「反映している」と信じ、管理職の39%は判断を人事に上げず、約2割の職場では最新の規則がすぐには見られません。つまり、齟齬の情報は現場に留まり、人事には自己申告でしか届かず、届いたとしても照合すべき規程が手元にありません。自己申告に頼るアンテナは、この構造の中では機能しません。当法人は、性質の異なる3つのアンテナを組み合わせることを勧めています。

アンテナ1 数字で見る――勤怠・給与データの異常は齟齬の痕跡

第1層の齟齬は、誰も申告しなくてもデータに痕跡を残します。残業の付け替えと事後承認は、残業申請の承認日が打刻日から大きく離れていること、締日直前に承認が集中すること、特定の部署の残業時間が上限(例えば月45時間)のすぐ下に張り付いていること、法定休日の出勤の振替が翌月にずれ込んでいることとして現れます。客観的な把握義務の観点からは、打刻とパソコンのログや入退館記録との乖離を定期的に照合することが、そのまま付け替えの検知になります。

第2層の齟齬も数字に出ます。通勤手当を定期代で支給しているのに入退館記録上の出社日数が月に数日しかない部署は、規則を超えるリモートワークが常態化している部署です。副業については、給与担当者が住民税の特別徴収税額の通知から給与以外の所得の存在に気づくことがあります。ただし、これを副業の調査に用いることは本人のプライバシーとの関係で慎重を要し、気づいた場合は個別に問い詰めるのではなく、届出制度を整えたうえで全員に届出を求める契機として使うべきです。

これらの照合は、給与計算の担当者が月次で行える範囲のものです。重要なのは、異常を見つけたときの報告先と、報告された異常が「現場の柔軟な対応」なのか「第1層の法令違反」なのかを判定する人を、あらかじめ決めておくことです。

アンテナ2 声で聞く――管理職の「迷った判断」を責めずに集める

39%の管理職が人事を通さない理由は、調査では分かりません。しかし実務上、管理職が判断を人事に上げない最大の理由は「上げると却下される」「上げると自分の部署の運用が問題にされる」という見通しです。SmartHRのリリースは「判断に迷うケースを人事部門へ集約し、ルールやFAQへ反映する仕組み」を提言しており、当法人も同じ方向ですが、集約の仕組みは設計を誤ると機能しません。

設計の要点は2つです。第1に、「相談」と「許可の判断」を切り離すことです。人事への相談を許可申請と同じ扱いにすれば、管理職は相談しなくなります。相談は記録のためであり、その場で認めるか否かを決めるものではないと位置づけ、集まった事例を四半期ごとに整理して回答をFAQ化します。第2に、部署ごとの棚卸しを行うときは、責めない姿勢を先に示すことです。挙がった運用が直ちに禁止されるという見通しがあれば、現場は申告しません。第4章の「取り込む・例外として明文化する・是正する」の3分類を先に示し、取り込む選択肢が実際にあることを伝えたうえで聞くのが現実的です。

労働者側の声も無視できません。退職時の面談、内部通報窓口、ハラスメント相談窓口には、「隣の部署は認められているのに自分の部署は認められない」という不公平感が持ち込まれます。これは第3層の許可制の形骸化を、従業員の側から告げるアンテナです。窓口担当者が、個別の苦情処理として終わらせず、規程と運用の齟齬の情報として人事に回す経路を作っておくことが必要です。

アンテナ3 定点で見る――法改正と運用のずれを年1回同じ場で点検する

更新の障壁の最多は「法改正の理解・解釈」35%でした。2026年10月には、カスタマーハラスメント対策と就活セクシュアルハラスメント対策の措置義務化、パートタイム・有期雇用労働法の改正が重なって施行され、いずれも規程の見直しを伴います。改正が集中する年は、法改正対応だけで更新の工数が尽き、運用のずれの吸い上げが後回しになります。当法人が勧めるのは、法改正の反映と運用の棚卸しを、年1回同じ場で行うことです。法改正対応のために規程を開く機会を、運用との照合の機会に兼ねるのが、工数の面でも現実的です。

定点で照合すべき対象は、就業規則本体だけではありません。労働条件通知書に記載した就業の場所とその変更の範囲、36協定の対象業務と上限時間、副業規程の届出要件、テレワーク規程の対象者と頻度、通勤手当と在宅勤務手当の支給要件を、部署ごとの運用実績と突き合わせます。アンテナ1で拾った数字と、アンテナ2で集めた事例を、この定点で1つの表にまとめ、第4章の判断にかけます。

外部の目を入れることも、定点の1つです。労務監査は、規程の有無ではなく規程と運用の一致を確認するものであり、上場準備企業やM&Aの場面では必須の工程です。そうした場面でなくても、年1回程度、第三者に運用を見てもらうことは、自社の81%という自己評価を外から検証する機会になります。

4 企業の姿勢――柔軟に取り込むか、是正するか

SmartHRの考察は、ローカルルールを「企業の働き方が変化していることの兆し」であり「組織のルールをより良くするためのフィードバック」と位置づけ、現場の判断を否定せず吸い上げることを提言しています。当法人はこの見方に半分同意し、半分は補足が必要だと考えます。同意するのは、リモートワーク、勤務場所、副業についてです。補足が必要なのは、残業の事後承認・付け替え21%をこれと同列に「兆し」と呼ぶべきではないという点です。第2章で見たとおり、4類型のうち1つはフィードバックではなく事故です。

「柔軟に取り込むか、是正するか」は、当法人の考えでは二択ではありません。3つの分岐を順に通すことで、齟齬は「取り込む」「例外として明文化する」「是正する」の3つに分かれます。

分岐 問い 結論
分岐1 法令適合性 その運用は法令に反していないか。36協定の上限、割増賃金、労働時間の把握、労働時間の通算、安全衛生 反していれば是正一択。柔軟性の余地はない。猶予期間も置かず、過去分の精算を検討する
分岐2 安全・情報管理・公平性 従業員の安全と健康、情報管理の要請を満たせるか。他の部署・他の従業員との差を説明できるか 満たせなければ是正。満たせるなら分岐3へ
分岐3 経営判断 全社の制度として広げる価値があるか。それとも特定の部署・職種・期間に限るべきか 広げるなら「取り込む」。限るなら「例外として明文化する」

「取り込む」ときの作法――対象・条件・手続・記録を決め、全社に等しく適用する

取り込むと決めた運用は、就業規則又は付属規程に、対象者、条件、申請と承認の手続、記録の保管場所まで書きます。許可制や申請制にするなら、申請様式と承認者を決めなければ、第3層の「人事を通さない判断」が再び生まれます。就業場所の変更の範囲を広げるなら労働条件通知書の記載も見直し、就業規則の変更には意見聴取(労働基準法90条)と届出(同法89条)を行います。

取り込むときに最も注意すべきは公平性です。ある部署の運用を全社に取り込めば、それまで規則どおりに働いていた他の部署の従業員にも同じ権利が生じます。取り込みは制度の拡張であり、その拡張に耐えられる業務設計と人員配置があるかを、経営判断として先に確認する必要があります。

「例外として明文化する」ときの作法――「今回は特別に」を制度に変える

管理職の6%が「今回は特別に」と内密に許可しています。特別扱いそのものが悪いのではなく、それが記録されず、期限がなく、他の従業員に説明できない形で行われていることが問題です。例外として明文化するとは、対象者又は対象部署、条件、期限、見直しの時期を書いた例外規程を置き、その範囲内であれば管理職が判断できるようにすることです。育児・介護、傷病からの復帰、特定の職種の業務特性など、例外を認める理由を規程に書いておけば、他の従業員への説明も成り立ちます。期限と見直し条項を必ず置くのは、例外が第2層の経路で恒久的な労働条件に転化することを防ぐためです。

「是正する」ときの作法――法令違反は即時、緩い運用は不利益変更として

是正には2種類あります。分岐1で是正と決まったもの、すなわち法令違反は、直ちに止めます。残業の付け替えであれば、記録を実態に戻し、過去分の割増賃金の差額を精算します。ここに猶予はありませんが、精算の範囲と方法の判断には専門家の関与が必要です。

分岐2・3で是正と決まったもの、すなわち緩い運用を規則どおりに戻す場合は、まったく別の作法が要ります。第2層で見たとおり、長く続いた運用は従業員にとって労働条件であり、戻すことは不利益変更です。変更の必要性、不利益の程度、経過措置、説明の内容が合理性の判断要素になります(労働契約法10条)。一律に「規則どおりに戻す」と通告することは、法的にも危険であり、現実にも通りません。猶予期間、代替措置、個別事情への配慮を設け、なぜ規則がそうなっているのかを説明することが、変更を通す条件です。

労働者側の視点も置いておきます。従業員から見れば、会社が長年黙認してきた働き方を突然禁じることは、ルール違反の是正ではなく約束の反故です。是正の理由が「規則にそう書いてあるから」だけであれば、従業員は納得せず、紛争化したときに会社の主張は弱くなります。是正を選ぶなら、規則がなぜその内容なのかを会社が説明できることが前提です。説明できないなら、その規則のほうを見直すべきかもしれません。

実施主体を整理しておきます。3つの分岐の判断と、取り込む・例外・是正の決定は会社自身が行うものです。当法人が支援できるのは、アンテナの設計、法的な分類の助言、規程と例外規程の条文案の作成、意見聴取・届出・周知の手続設計、従業員説明資料の作成です。付け替えが判明して過去分の精算や労働基準監督署への対応が必要な場合、また是正をめぐって従業員との間で紛争になっている場合は、弁護士と連携して進めます。

5 当法人の視点――最大のリスクは「決めない期間」

柔軟に取り込むか、是正するか。当法人は、この問いに一般的な正解はないと考えています。取り込む会社も、是正する会社も、どちらも正しくあり得ます。しかし、どちらも決めない会社は、法的には最も不利な位置に立ちます。

理由は第2層で述べた非対称にあります。就業規則より厳しい運用は労働契約法12条で無効になり得ますが、就業規則より緩い運用は無効にならず、時間とともに労働条件として固まります。そして固まった条件を戻すには、労働契約法10条の不利益変更の手続が要ります。つまりローカルルールは緩む方向にしか育たず、会社が判断を先送りする期間が長いほど、選択肢は「取り込む」しか残らなくなります。決めない期間は中立ではなく、会社の選択肢を一方向に削り続ける期間です。

当法人の見解

企業の姿勢として当法人が勧めるのは、次の4つです。第1に、法令適合性を最初の分岐に置き、そこで是正と決まったものに柔軟性の議論を持ち込まないこと。第2に、それ以外の齟齬については、取り込むにせよ是正するにせよ、発見から判断までの期間を短くし、判断の結果を規程に書くこと。第3に、現場の判断を責めないこと。責めれば齟齬は隠れ、アンテナは機能しなくなります。第4に、一度取り込んだ運用は全社に等しく適用し、例外は期限と理由を書いて置くこと。

81%という自己評価は、規程の明文化についての人事部門の自信を示すものであって、規程と運用の一致を示すものではありません。62%の回答者は、少なくとも齟齬を把握してはいます。把握できていることは、この調査が示す最も希望のある数字です。問題は、把握したものをどう処理するかが決まっていないことにあります。

SmartHRの提言する「継続的にアップデートする仕組み」を法的に言い換えれば、緩んだ運用が労働条件として固まる前に、取り込むか、例外として書くか、是正するかを決める仕組みです。これは規程の問題であると同時に、経営判断の速度の問題だと当法人は考えます。

まとめ

SmartHRの調査では、人事・労務・総務部門の81%が就業規則は実態を反映していると答える一方、62%が規則にない、又は規則を超える慣例的な働き方を挙げました。齟齬の正体は「規程がない」ことではなく「規程はあるが運用が超えている」ことです。その法的リスクは、法令違反が規程の陰に隠れる層(残業の付け替え21%、副業の黙認21%)、緩い運用が労働条件として固まる層(規則を超えるリモートワーク22%、規則にない場所での勤務18%)、許可制の形骸化と周知の欠如によって規程が効力を失う層の3つに分かれます。齟齬に気づくには、自己申告に頼らず、勤怠・給与データの異常、管理職の判断事例の集約、年1回の定点棚卸しを組み合わせます。見つかった齟齬は、法令適合性、安全・情報管理・公平性、経営判断の3つの分岐を順に通して、取り込む・例外として明文化する・是正するに分け、法令違反は即時に、緩い運用の是正は不利益変更の作法で進めます。

当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。アンテナの設計から、取り込む・例外・是正の判断、条文化、周知の設計までを、経営者と一緒に進めてまいります。

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勤怠・給与データの照合設計、管理職の判断事例の集約、リモートワーク・副業規程と例外規程の整備、是正時の手続設計まで、
社会保険労務士法人T&M Nagoya がご相談をお受けします。

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【根拠法令】

労働基準法15条1項(労働条件の明示)、36条4項から6項(時間外・休日労働の上限)、37条(割増賃金)、38条1項(労働時間の通算)、89条(就業規則の作成・変更・届出)、90条(意見聴取)、106条(周知義務)、108条(賃金台帳)、114条(付加金)、115条・附則143条3項(賃金請求権の消滅時効)、119条1号・120条1号(罰則)/労働基準法施行規則5条1項1号の3(就業の場所及びその変更の範囲の明示)、52条の2(周知の方法)、54条(賃金台帳の記載事項)/労働契約法7条(就業規則の労働契約規律効)、9条・10条(就業規則による労働条件の変更)、12条(就業規則違反の労働契約)、15条(懲戒権の濫用)/労働安全衛生法66条の8の3(労働時間の状況の把握)/民法92条(任意規定と異なる慣習)/労働者災害補償保険法(複数事業労働者に関する規定、2020年9月1日施行)/厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定、令和4年7月改定)、「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(令和3年3月25日)

【参考判例】

商大八戸ノ里ドライビングスクール事件・大阪高等裁判所平成5年6月25日判決(労使慣行の成立要件を示した事案)/中日新聞社(錬成費不支給)事件・東京高等裁判所令和6年3月13日判決(60年以上支給された手当について労使慣行の成立を否定した事案)/フジ興産事件・最高裁判所第二小法廷平成15年10月10日判決(周知手続を経ていない就業規則の懲戒規定に基づく懲戒解雇を無効とした事案)

【出典・引用】

SmartHR調べ( https://smarthr.jp/release/20260813 )「【就業規則と働き方の実態調査】人事の81%が「就業規則は実態を反映」と回答、一方で約6割の職場に"ルール外の働き方"」(株式会社SmartHR、2026年8月13日公表)/SmartHR Mag.「リモートや副業など「就業規則にない働き方」の実態を62%が認識|就業規則と働き方の実態に関する調査レポート」(SmartHR Mag.編集部、2026年9月3日公開)https://mag.smarthr.jp/hr/labor/chosa-report-shugyokisoku/

【免責事項】

本記事は2026年9月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。引用した調査数値は、従業員数51名以上の企業に勤務する人事・労務・総務部門の管理職・担当者249名を対象とするインターネット調査の結果であり、人事部門側の認識を示すものです。従業員側の認識や、規則外の働き方の実際の発生件数を示すものではなく、業種・企業規模による差も考慮されていません。管理職の39%は同部門の管理職135名の回答に基づく数値です。選択肢の文言はプレスリリース、SmartHR Mag.の調査レポート、リリース掲載のグラフの間で表記に差があり、本記事では3つを突き合わせて表記しています。第2章以降の法的リスクの分類、アンテナの設計、3つの分岐は当法人の見解と提案であり、調査の内容ではありません。引用した裁判例は、判決文の全文ではなく判例解説等に基づいて要旨を記載しています。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。当法人は、齟齬を検知する仕組みの設計、就業規則・リモートワーク規程・副業規程・例外規程の作成と改定、意見聴取・届出・周知の手続設計、従業員説明資料の作成支援を担い、未払賃金の精算や労働基準監督署への対応、労使慣行の成否や労働条件変更の効力をめぐる交渉・訴訟対応が必要な局面では提携する弁護士と連携して対応いたします。

この記事を書いた人

三重 英則(HIDENORI MIE)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)

特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)

法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。