| 裁判例解説 |
工場長の管理監督者性を否定し労基署の労災支給決定を取り消し 東京地裁 令和8年8月20日判決 |
| 2026年9月7日|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重 英則(特定社会保険労務士) |
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おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。
「名ばかり管理職」の問題は、これまでもっぱら未払割増賃金の請求という形で表れてきました。ところが今回取り上げる東京地裁の判決は、まったく別の場面で管理監督者性が争われたものです。舞台は労災保険の給付額、より正確には給付基礎日額の算定でした。
労働者を管理監督者として扱い、割増賃金を支払ってこなかった。その扱いが誤りであった場合、影響は会社と本人の間の賃金債権にとどまりません。遺族が受け取る労災年金の額まで低く算定されてしまうという帰結を、この判決ははっきりと示しました。裁判所は労働基準監督署長の支給決定処分を取り消しています。
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| 📌 この記事でわかること |
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✓ 東京地裁が、販売店の工場長について管理監督者性を否定し、労基署長による遺族補償年金等の支給決定処分を取り消したこと
✓ 裁判所が重視したのは権限の内容であり、経営方針の決定過程への関与、部門全体の指揮監督権限、人事管理権限の3点で否定されたこと
✓ 年収が900万円近くあっても、相応の待遇だけでは管理監督者性は基礎づけられないと判断されたこと
✓ 給付基礎日額は現実に支払われた賃金だけでなく、使用者に支払義務のある賃金も考慮して算定すべきとされたこと
✓ 役職名や職位の階級で管理監督者を線引きしている運用が、労災の場面でどのようなリスクとなって現れるか
管理監督者の範囲設定は、残業代の問題であると同時に、労災補償の水準を左右する問題でもあります。
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| 1 何が争われたのか ― 会社を被告としない訴訟 |
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まず訴訟の構図を押さえておきます。この裁判の被告は国であり、勤務先の会社ではありません。遺族が求めたのは、八王子労働基準監督署長がした労災保険給付の支給決定処分の取消しです。
労災保険給付の額は、給付基礎日額を基礎に決まります。給付基礎日額は、労働者災害補償保険法8条1項により、原則として労働基準法12条の平均賃金に相当する額とされています。平均賃金は、算定事由の発生した日以前3か月間にその労働者に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除して算定します。
本件の労働者は、会社から管理監督者として扱われ、時間外・休日労働の割増賃金を支払われていませんでした。労基署長はその実際に支払われた賃金だけを基礎に給付基礎日額を2万3794円と算定し、遺族補償年金と葬祭料の支給決定をしました。遺族はこの算定が違法であるとして、東京労働者災害補償保険審査官に審査請求をしましたが棄却されたため、処分の取消しを求めて提訴しました。
つまり争点は、給付額が正しいかどうかであり、その前提としてこの労働者が労働基準法41条2号の管理監督者に当たるかが問われた、という構造です。
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| 2 事案の経過 |
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労働者は、日産東京販売株式会社(東京都品川区、宗形愼一郎代表取締役社長)が運営するルノーの特約販売店であるルノー稲城で、工場長を務めていました。報道されている経過は次のとおりです。
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| 時期 |
出来事 |
| 平成30年5月 |
サービス部門の責任者である工場長に就任。業務内容は車両の修理・整備のほか、店長の補佐、部品の在庫管理、整備にかかる売上管理など |
| 令和2年12月上旬頃 |
気分(感情)障害を発病 |
| 令和2年12月5日 |
自殺 |
| 令和4年11月30日 |
遺族が、自殺の原因は長時間労働や顧客・部下とのトラブルであるとして、八王子労働基準監督署に労災請求 |
| 令和5年8月10日 |
労基署長が業務起因性を認め、直前3か月間に支払われた賃金を基に給付基礎日額を2万3794円と算定して、遺族補償年金と葬祭料の支給決定処分 |
| その後 |
遺族が東京労働者災害補償保険審査官に審査請求。棄却されたため提訴 |
| 令和8年8月20日 |
東京地方裁判所(堂園幹一郎裁判長)が遺族の請求を認め、支給決定処分を取り消す判決 |
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店舗の体制は、店長をトップとして、営業部門2人、サービス部門2人、サポートスタッフ1人の合計6人でした。会社は課長級以上の役職を管理監督者として扱う運用をとっており、次長の役職にあったこの労働者も管理監督者として扱われていました。歩合給を含めた年収は900万円近くありました。
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| 3 東京地裁が管理監督者性を否定した理由 |
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報道によれば、東京地裁は管理監督者該当性の検討にあたって権限の内容を重視し、次の3点から該当性を否定しました。
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1 経営方針の決定過程に関与していない 労働者は、社長や役員、部長などが集まる工場長会議に出席していました。しかし会議では施策の進捗状況の確認がされていたにとどまると指摘され、経営方針の決定過程に関与していたとはいえないと判断されています。
2 部門全体の指揮監督権限がない 営業部門の従業員に業務調整を指示することはあったものの、あくまでも2人で構成されるサービス部門の責任者であったと評価され、営業部門全体の指揮監督権限を有していたとはいえないとされました。
3 重要な人事管理権限がない 部下1人の人事考課の一次評価はしていましたが、最終決定権はなく、採用権限も付与されていませんでした。ここから、重要な人事管理権限を持っていなかったと判断されています。
そのうえで裁判所は、歩合給を含めると年収が900万円近くあり、相応の給与が支給されていた事実を考慮しても、なお管理監督者に当たるとは認められないとしました。
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管理監督者性は、従来から、経営者と一体的な立場にあるかどうかを、職務内容と責任・権限、勤務態様、待遇の3つの側面から実態に即して判断するという枠組みで扱われてきました。多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について(平成20年9月9日基発第0909001号)が示す判断要素も、この枠組みに沿ったものです。
本件で目を引くのは、待遇面が相当程度充実していても、権限面の不足を補えないという結論が明示されている点です。年収900万円近くという水準は、中小企業の実務感覚からすればかなり高い部類に入ります。それでも管理監督者性が否定されたという事実は、待遇を厚くすることで管理監督者性を確保しようとする発想が通用しないことを示していると考えられます。
なお、店舗の全従業員が6人という規模でありながら、社内では課長級以上を一律に管理監督者としていた点も見逃せません。職位の階級による一律の線引きは、実態を伴わない限り機能しないということです。
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| 4 「支払われていない割増賃金」も給付基礎日額に反映される |
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この判決のもう一つの核心が、給付基礎日額の算定方法に関する判断です。
裁判所は、管理監督者に当たらないにもかかわらず割増賃金を含まない賃金を前提に給付基礎日額を決定しており、違法な取扱いがされている以上、全体として取消しを免れないと強調しました。そして、現実に支払われた賃金だけでなく、使用者に支払義務のある賃金も当然考慮すべきとしています。
労働基準法12条の平均賃金は「支払われた賃金の総額」を基礎とすると規定されているため、文言だけを追えば、実際に支払われた額だけを見ればよいようにも読めます。しかし本判決は、使用者が支払うべきであったのに支払っていない割増賃金についても算入の対象になるという立場を明らかにしました。
実務的な意味は小さくありません。管理監督者として扱われていた労働者が労災に遭った場合、その扱いが誤りであれば、給付基礎日額そのものが低く算定され、遺族補償年金や休業補償給付の額が長期にわたって不足することになります。年金給付は一時金と異なり支給が継続しますから、差額の累積は相当な規模になり得ます。
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| 5 名ばかり管理職のリスクは未払残業代では終わらない |
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管理監督者の範囲設定を誤ったときに会社が負うリスクを整理すると、次のように広がりを持っています。
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| 場面 |
生じる帰結 |
| 未払割増賃金 |
時間外・休日労働の割増賃金の遡及支払(労働基準法37条)。付加金(同法114条)や遅延損害金の負担もあり得る |
| 深夜割増賃金 |
管理監督者に当たる場合であっても深夜割増賃金の支払義務は免れない(ことぶき事件・最高裁第二小法廷平成21年12月18日判決) |
| 労働時間の把握 |
管理監督者にも労働安全衛生法66条の8の3による労働時間の状況の把握義務が及び、面接指導の対象になり得る |
| 労災保険給付 |
本判決が示したとおり、給付基礎日額の算定が違法とされ、支給決定処分が取り消される |
| 安全配慮義務 |
管理監督者として扱い労働時間管理から外していたこと自体が、長時間労働の放置を基礎づける事情として評価される可能性がある |
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管理監督者に当たらないと判断されたとき、会社は割増賃金を払えば終わりだと考えがちですが、実際にはそうではありません。労働時間管理から外していたという事実そのものが、健康確保措置の不備や安全配慮義務の履行状況を評価する場面で不利に働きます。本件のように過労自殺が問題となる事案では、この点が決定的な意味を持つ場面もあると考えられます。
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| 6 企業が点検すべきこと |
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この判決を自社に引きつけて読むなら、確認すべきは次の点です。
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点検1 役職の階級で管理監督者を決めていないか
「課長以上」「マネージャー職以上」といった職位による一律の線引きは、本件で問題となった運用そのものです。対象者を1人ずつ、権限の実態に即して洗い直す必要があります。
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点検2 会議への出席を権限の根拠にしていないか
経営会議や幹部会議に出席していることは、それ自体では権限を基礎づけません。本判決も、会議の内容が進捗確認にとどまることを重視しました。議事録から、当該者が何を決めているのかを説明できるかどうかが分かれ目になります。
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点検3 人事権が形だけになっていないか
一次評価だけを担当し、最終決定権も採用権限もない状態は、本判決で明確に否定されました。採用・配置・評価確定のいずれについて実質的な決定に関与しているかを、書面と運用の両面で確認します。
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点検4 待遇の厚さで正当化していないか
年収900万円近い水準でも管理監督者性は認められませんでした。手当の増額や年収水準は、権限の不足を埋め合わせる材料にはならないと考えられます。
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点検5 管理監督者の労働時間を把握しているか
管理監督者であっても、深夜割増賃金と労働時間の状況の把握は必要です。記録がないこと自体がリスクであり、労災や安全配慮義務が問題となったときに会社側の説明を難しくします。
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| 7 当法人の視点 |
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管理監督者の範囲は、これまで「残業代を払うか払わないか」というコスト管理の論点として扱われてきました。本判決が示したのは、その判断が従業員が倒れたときの補償水準にまで及ぶという事実です。会社が管理監督者として扱ってきたことの帰結を、遺族が労災年金の減額という形で引き受けることになる。この構造を、経営者は知っておく必要があると考えます。
もう一点、この判決は労災の場面での管理監督者性の判断が、会社の関与しないところで進むことも示しています。本件の被告は国であり、会社は当事者ではありません。それでも判決の中では、会社の職制運用と権限付与の実態が正面から評価されています。会社が知らないうちに、自社の管理監督者運用が司法の判断対象になり得るということです。
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当法人の見解
管理監督者の見直しに着手すると、必ず「今まで残業代を払っていなかった者に払うと、過去分も請求されるのではないか」という懸念が出ます。しかし、放置した場合に生じる損失は、未払割増賃金だけにとどまりません。本判決が示したように、労災が起きたときには補償額の算定まで争われます。対応を先送りするほど、遡及の範囲も、社内の混乱も大きくなります。
実務としては、まず対象者を洗い出して権限の実態を整理し、管理監督者として維持する者については権限を実質化し、外す者については労働時間管理と手当設計を組み替える、という順序で進めることになると考えられます。職位の階級ではなく、権限の中身から設計し直すことが出発点です。
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| まとめ |
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東京地裁令和8年8月20日判決は、店舗の工場長について、経営方針の決定過程への関与、部門全体の指揮監督権限、重要な人事管理権限のいずれも認められないとして管理監督者性を否定し、割増賃金を含まない賃金を前提とした給付基礎日額の算定を違法として、労基署長の支給決定処分を取り消しました。年収900万円近い待遇があってもなお該当性は認められていません。
管理監督者の範囲設定は、賃金コストの問題であると同時に、従業員とその家族の生活を支える補償の水準に直結する問題です。当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。目先の人件費ではなく、有事に会社と従業員の双方を守れる制度になっているかという観点から、管理監督者の運用を一緒に点検してまいります。
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【根拠法令】
労働基準法12条(平均賃金)、37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)、41条2号(労働時間等に関する規定の適用除外)、114条(付加金の支払)/労働者災害補償保険法8条1項(給付基礎日額)、16条の3(遺族補償年金の額)/労働安全衛生法66条の8の3(労働時間の状況の把握)/多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について(平成20年9月9日付け基発第0909001号)
【参考判例】
東京地方裁判所令和8年8月20日判決(本記事で取り上げた事案。労働新聞社の報道および共同通信配信記事に基づくものであり、当法人は判決文原文を確認できていません。控訴の有無は確認できていません)/日本マクドナルド事件・東京地方裁判所平成20年1月28日判決(店長の管理監督者性を否定)/ことぶき事件・最高裁判所第二小法廷平成21年12月18日判決(管理監督者にも深夜割増賃金の支払義務が及ぶ)
【免責事項】
本記事は2026年9月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
なお、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は、弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争のあっせん代理等の法定の例外を除きます)。当法人は、就業規則および賃金制度の設計、管理監督者の範囲の点検、労働時間管理体制の整備、行政手続への対応支援を担い、交渉代理・訴訟対応が必要な局面では提携する弁護士と連携して対応いたします。
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| この記事を書いた人 |
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三重 英則(HIDE)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)
法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。
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