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作成日:2026/09/17
【裁判例】骨折した社員の「在宅勤務ならできます」 その賃金請求は、なぜ退けられたのか
裁判例解説
骨折した社員の「在宅勤務ならできます」
その賃金請求は、なぜ退けられたのか
トヨテック事件(東京地裁令和7年8月6日判決)に学ぶ、テレワーク時代の休職制度
2026年9月17日/社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士) 三重 英則
おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。

テレワークが当たり前の選択肢になったことで、労務の現場に新しい類型の相談が持ち込まれるようになりました。「足を骨折して通勤できません。ただ、在宅勤務なら働けます。休職ではなく在宅勤務にしてください」「会社が在宅を認めないのは会社の都合ですから、その間の賃金は支払われますよね」という申出です。

これは単なる復職可否の問題ではありません。労働者が「一部の形態でなら労務を提供できる」と申し出たとき、使用者はそれを受け入れる義務を負うのか。受け入れない場合に賃金支払義務は残るのかという、労働契約法理の根幹に触れる論点です。

本稿で取り上げるトヨテック事件の結論は請求棄却、すなわち労働者側の賃金請求は認められませんでした。もっとも、結論だけを持ち帰ると実務を誤ります。なぜ認められなかったのか、どこが分かれ目だったのかを読み解くことが本題です。
📌 この記事でわかること
✓ 「在宅勤務ならできる」という申出に会社が応じる義務はありません。ただしそれは、在宅勤務が規程に基づく制度として整備されている場合の話です。

✓ 賃金請求を退けた決め手は2つです。在宅勤務規程の要件を満たしていなかったこと、そして診断書に「通勤困難」と記載されていたことです。

✓ 片山組事件の枠組みの下では、在宅勤務は「配置される現実的可能性がある働き方」として主張される余地が広がっています。規程の不備は、その主張を通してしまう入口になります。

✓ 多くの在宅勤務規程は育児・介護を想定して作られており、私傷病による就労制限を想定していません。ここが本件の急所です。

✓ 診断書の様式を「就労可能/不可」の2択にしていると、会社は必要な事実を取れません。通勤手段別の可否と在宅勤務の可否まで尋ねる書式が要ります。
1.事案の概要 ― 骨折、復職、リモートワーク、そして再びの入院
確認できた事実経過は次のとおりです。
時期 出来事
令和元年11月18日 原告が左足第4中足骨骨折と診断される
令和2年1月31日まで 休職
令和2年2月12日 産業医の判断により復職
令和2年4月8日から リモートワーク(在宅勤務)に従事
令和2年6月1日 左足の手術のため入院
令和2年7月30日 退院
令和2年8月22日 傷病欠勤が40日に到達したため、会社が休職を命じる
この経過に凝縮されている3つの論点

1. この労働者は一度きちんと復職しています。産業医の判断を経て令和2年2月に復職し、4月からは実際に在宅勤務で就労していました。会社は在宅勤務という形での就労を、少なくとも一時期は現に受け入れていたことになります。

2. その後に手術・入院という事情変更がありました。6月1日の入院から7月30日の退院を経て、8月22日に傷病欠勤40日到達を理由とする休職命令が発せられています。会社の就業規則には、傷病欠勤が一定日数に達したときに休職を命じる旨の規定が置かれていたと考えられます。

3. 原告は休職の扱いを争い、未払賃金を請求しました。在宅勤務が可能だったのだから賃金を支払え、という構成です。

一度在宅勤務を認めた事実があること。これが労働者側にとって最も強い足がかりになります。
2.争点 ― 方向の異なる2つの主張
本件で立てられた争点は、確認できた限りで次の2点です。

第1に、令和2年12月7日時点で、原告が会社の在宅勤務規程の要件を満たしていたかという点です。これは、会社に在宅勤務制度が制度として存在していたことを前提とする争点です。制度がある以上、その適用要件を満たすかどうかが第1の関門になります。

第2に、出社の必要性および障害者に対する合理的配慮の観点から、会社は原告に自動車通勤を認めるべきだったかという点です。原告は、通勤手段として自動車通勤を認めてもらえれば出社できたという主張も展開したものと理解されます。その法的根拠としては、障害者の雇用の促進等に関する法律36条の3が定める、雇用する障害者である労働者に対する合理的配慮の提供義務が援用されたと考えられます。

この2本立ての争点構成は示唆的です。「在宅で働かせろ」と「出社できるようにしろ」は、方向が逆の主張だからです。原告としては、在宅勤務が認められないなら自動車通勤を認めるべきであり、そのいずれも認めない会社の対応こそが賃金不払の原因だ、と組み立てたものと考えられます。争議の場面ではしばしば見られる構成で、会社側はどちらか一方への反論だけでは足りません。
3.裁判所の判断 ― 「出社できる健康状態を欠く」
裁判所は原告の請求を棄却しました。確認できた判断の骨格は、在宅勤務規程の要件を満たしていなかったこと、および診断書では通勤困難とされており出社できる健康状態になかったこと、の2点です。裁判所は次のような2段構えで原告の主張を封じたことになります。
第1段 制度としての在宅勤務は、要件を満たさなければ請求できない

会社に在宅勤務規程がある以上、在宅勤務は「労働者が望めば当然に得られる働き方」ではなく、規程の定める要件を満たした者に認められる制度です。要件を満たさない以上、在宅勤務での就労を求める権利は認められません。
第2段 出社という本来の労務提供もできなかった

より重要なのは、診断書に「通勤困難」と記載されていたという点です。原告は自動車通勤を認めれば出社できたと主張したものと理解されますが、医学的資料が通勤困難と述べているのであれば、その主張は診断書と整合しません。

つまり原告は、在宅勤務の要件も満たさず、かといって出社もできない状態にあったと認定されたことになります。この状態では、賃金請求の前提となる「債務の本旨に従った労務の提供」があったとは評価できません。
なお、判決が自動車通勤と合理的配慮の争点をどのような理由で退けたのか、その論理の詳細は確認できていません。原告が障害者雇用促進法上の障害者に当たると認定されたかどうかも不明です。
4.背景にある判例法理 ― 片山組事件をどう読むか
本件を理解するには、確立した判断枠組みを押さえておく必要があります。片山組事件(最高裁第一小法廷平成10年4月9日判決・労働判例736号15頁)は、私傷病により従前の業務ができなくなった労働者の賃金請求について、次の判断枠組みを示したリーディングケースです。
その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。

(片山組事件・最高裁第一小法廷平成10年4月9日判決)
この法理があるため、実務では「本来の業務ができない、ゆえに直ちに賃金ゼロ」とはなりません。他に配置できる業務があるのに使用者が受け取らなければ、使用者の受領遅滞となり賃金支払義務が残るという構造です(民法536条2項参照)。

そこで問題になるのが、テレワークが普及した現在、在宅勤務は片山組事件のいう「配置される現実的可能性がある他の業務」に当たるのかという点です。かつて在宅で働くことは例外的な措置でしたが、今日では多くの企業が規程を整備し、現に運用しています。そうである以上、在宅勤務を現実的可能性のある働き方として主張する余地は確実に広がっています。本件の原告も令和2年4月から現にリモートワークに従事していたのですから、その主張には一定の説得力があったはずです。

それでも請求が棄却された理由は、規程の要件を満たしていなかったという点にあります。在宅勤務制度が存在する企業において、その適用の可否は第一次的に規程の解釈・適用の問題であり、規程が定める要件を離れて労働者が在宅勤務を求める権利までは認められない、という理解が背景にあると考えられます。
5.本稿で確認できていない事項
読者が判断を誤らないよう、確認できていない事項を明示します。

1. 判決原文 裁判所ウェブサイトの裁判例検索に本件の登載は確認できませんでした。理由中の判示を逐語で引用することはできていません。

2. 事件番号・請求金額 いずれも不明です。

3. 控訴の有無・確定状況 確認できていません。本判決が確定しているとは限りません。

4. 在宅勤務規程の具体的な要件 どの要件を欠いたのか(対象者の範囲、勤務場所、業務の性質、上長の承認等のいずれか)は確認できていません。

5. 原告が障害者雇用促進法上の障害者と認定されたか 不明です。合理的配慮が争点として挙げられている以上、原告がそう主張したことは確かですが、裁判所の認定内容は確認できていません。

6. 判決が片山組事件を引用したか 確認できていません。本稿4は本件を理解するための一般的な法理の説明であり、判決が実際にこの枠組みを用いたことを意味しません。

以上のとおりですので、本稿は「確認できた事実経過と結論から実務上の教訓を引き出す」という構成を採っています。判決の射程を厳密に論じるには、労働判例誌等への登載を待つ必要があります。
6.実務への示唆 ― 会社は何を整えておくべきか
(1) 在宅勤務規程を「制度」として整えておくことが、会社を守る

本件で会社を救ったのは、在宅勤務規程が存在し、その要件が明確だったことです。裁判所が「在宅勤務規程の要件を満たさない」と判断していることから、この点は確認できます。

逆に言えば、規程がないまま運用だけで在宅勤務を認めている会社は危ういということです。規程がなければ、以前は在宅を認めたのに今回は認めないのはおかしい、他の社員には認めている、といった不平等の主張に対抗する軸を持てません。
在宅勤務規程がある会社 運用だけで認めてきた会社
要件という共通の物差しで、認められない理由を説明できる 個別の判断が先例として蓄積し、拒否の理由を説明しにくい
労働者も、何を満たせば認められるかを事前に知ることができる 他の社員には認めた、という不平等の主張を招きやすい
私傷病時の取扱いを事前に定めておける 申出があってから判断基準を考えることになる
チェックポイント 自社の在宅勤務規程に、この3点は書かれていますか

1.在宅勤務の対象者の要件(勤続年数、職種、業務の性質など)
2.承認の手続(誰が、何を基準に判断するか)
3.私傷病時の取扱い

3点目が本件の急所です。
(2) 私傷病で出社できない社員の在宅勤務を、規程で明示的に扱う

多くの在宅勤務規程は、育児・介護・通勤負担の軽減といった場面を想定して作られており、私傷病による就労制限の場面を想定していません。ここに空白があると、社員から在宅ならできると言われたときに、会社は判断基準を持たないまま対応することになります。

規程に書き込むべき事項は、大きく3つです。私傷病により通常の勤務が困難な場合の在宅勤務は産業医の意見を踏まえて会社が可否を判断すること、在宅勤務を認める場合でも業務内容・労働時間・健康確保措置を個別に定めること、そして在宅勤務が困難と判断される場合は欠勤または休職の手続に移行することです。
(3) 診断書は「会社を守る資料」でもあり「会社を縛る資料」でもある

本件で決定的だったのは、診断書に「通勤困難」と記載されていたことです。この事実は両面の教訓を与えます。会社にとっては診断書の記載が主張を裏づける有力な証拠になりました。他方で、もし診断書に「在宅勤務であれば就労可能」と明記されていたら、結論は変わり得たと考えられます。

だからこそ、休職・復職の場面では診断書に何を書いてもらうかを設計することが重要です。「就労可能/不可」の2択では足りません。通勤の可否を公共交通機関と自動車のそれぞれについて尋ね、就労可能な業務の内容と時間、在宅勤務が可能かどうかと可能な場合の条件、見込まれる期間と再評価の時期まで尋ねる書式を用意すべきです。

これは労働者を追い込むための仕組みではありません。会社と労働者の双方が同じ事実を土台に話し合うための仕組みです。厚生労働省の「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」も、主治医・産業医・事業者の間で情報を共有し、就業上の措置を検討する手順を示しています。
(4) 「傷病欠勤◯日で休職」というカウント規定を点検する

本件では傷病欠勤40日到達が休職命令の引き金でした。自社の就業規則について、欠勤日数の通算期間(例えば6か月以内に通算して、といった定め)があるか、断続的な欠勤をどう扱うか、そして在宅勤務や短時間勤務での就労日を欠勤にカウントするのかしないのかを点検してください。

本件のように復職と再欠勤を挟む事案では、通算の定めがないと休職命令の根拠そのものが揺らぎます。また在宅勤務日の取扱いを定めていない規程は非常に多く、テレワーク時代には紛争の火種になります。
(5) 合理的配慮を「言われてから考える」体制にしない

原告は障害者雇用促進法上の合理的配慮を援用しました。結果として請求は退けられましたが、この類型の主張は今後増えると考えられます。

厚生労働省の合理的配慮指針は、合理的配慮を事業主と障害者との話合いを通じて、過重な負担にならない範囲で講ずるものと整理しています。重要なのは、申出があった時点で検討し、検討の経過を記録に残すことです。検討したが業務の性質上および安全確保の観点から困難と判断した、という記録があるかないかで、後日の評価は大きく変わります。
7.当法人の視点
本件から持ち帰るべきものは、次の一文に集約されると考えます。

在宅勤務は、規程があってはじめて「制度」になり、制度であってはじめて「要件を満たさないから認められない」と言えるようになる。

規程がなければ、会社は場当たりの判断を積み重ねることになり、その積み重ねが先例として労働者側の主張の根拠になります。逆に規程があれば、会社は要件という共通の物差しで説明でき、労働者もまた何を満たせば在宅勤務が認められるのかを知ることができます。ここで見落とされがちなのは、規程の整備が会社の防御手段であると同時に、労働者にとっての予測可能性でもあるという点です。双方が同じ物差しを共有していれば、そもそも争いになりません。

そして、私傷病と在宅勤務が交差する場面、すなわち「出社はできないが在宅ならできる」という申出について、あらかじめ判断枠組みを決めておくこと。これが、テレワークが定着した2026年の労務管理における、休職制度の新しい急所であると考えます。

自社の在宅勤務規程を開いて、こう問いかけてみてください。「骨折して通勤できない社員から在宅勤務を申し出られたら、この規程で答えを出せますか」。答えが出せないのであれば、それが今日から着手すべき改定項目です。

当法人は「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。規程の整備は、紛争が起きてからでは間に合いません。問題が起きる前に一緒に点検し、起きたときには最後まで伴走する。それが当法人の考える顧問の仕事です。なお、実際に紛争となった場合の交渉代理や訴訟対応は弁護士の業務領域ですので、当法人は平時の制度設計と初動の整理を担い、必要な段階で弁護士と連携する形をとっています。
在宅勤務規程・休職規定の点検をお考えの経営者の方へ
私傷病と在宅勤務が交差する場面の規程整備は、条文の追加だけでは足りません。
診断書の書式、産業医との連携、欠勤カウントの設計まで含めてご支援します。
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【根拠法令】
民法536条2項(債権者の責めに帰すべき事由による履行不能と反対給付)/労働契約法5条(使用者の安全配慮義務)/労働基準法89条(就業規則の作成及び届出の義務)/障害者の雇用の促進等に関する法律36条の2(募集及び採用における合理的配慮)、同法36条の3(雇用する障害者である労働者に対する合理的配慮)

【参考判例・行政指針】
片山組事件・最高裁第一小法廷平成10年4月9日判決(労働判例736号15頁) ※判示内容を確認済み
トヨテック事件・東京地方裁判所令和7年8月6日判決 ※事件名・裁判所・判決年月日・事実経過・争点・結論は労働専門紙の労働判例データベースの記載に基づきます。判決原文は裁判所ウェブサイトに登載されておらず、事件番号・請求金額・判決理由の詳細な論理構成は確認できていません。控訴の有無も確認できていないため、本判決が確定しているとは限りません。
厚生労働省「合理的配慮指針」(雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針・平成27年3月25日厚生労働省告示第117号)
厚生労働省「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」

【免責事項】
本記事は2026年9月時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。具体的な事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。本記事のうち、判決理由の背景にある法理および実務への示唆の部分は、確認できた事実を出発点とした当法人の分析であり、判決が実際に示した判断そのものではありません。
また、紛争性のある事案の交渉代理および訴訟代理は弁護士法72条により社会保険労務士の業務範囲外です(特定社会保険労務士による個別労働関係紛争の裁判外紛争解決手続の代理等、法令に定めのある場合を除きます)。就業規則・在宅勤務規程の整備、診断書様式の設計、産業医との連携体制の構築、休職・復職手続の運用は当法人がご支援できる範囲であり、訴訟・仮処分・損害賠償請求等の法的措置は弁護士にご依頼ください。
この記事を書いた人
三重 英則(HIDE)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員/SRP認証番号第160175号

法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。