トップ
事務所案内
お問合せ
労務コンテンツ一覧
サービス案内
人事労務ニュース
リーフレット
リンク先
IPO労務監査・改善
M&A労務監査
労働問題解決
就業規則作成・改定
給与監査顧問
給与計算代行
同一労働同一賃金対策
労務相談AI
裁判例紹介・ブログ
作成日:2026/09/11
【裁判例】「退職後5年・違約金2000万円」の誓約書は、なぜ「2年・1000万円」に切り縮められたのか (大阪高裁令和7年6月25日判決)
裁判例解説 競業避止義務

「退職後5年・違約金2000万円」の誓約書は、なぜ「2年・1000万円」に切り縮められたのか
(大阪高裁令和7年6月25日判決)

2026年9月11日|社会保険労務士法人T&M Nagoya

競業避止の誓約書について、「期間は長めに、違約金は高めに書いておけば抑止力になる」というご相談を受けることがあります。しかし競業避止特約は、書いた分だけ効くというものではありません。大阪高裁は令和7年6月25日、在職中および退職後5年間の競業を禁じ、違反した場合には2000万円を下限とする違約金を支払う旨の誓約書について、在職中を対象とする部分と退職後2年を超える部分を無効とし、違約金額も1000万円の限度でのみ有効としました(シーリス元従業員事件・労働判例1341号128頁)。

本判決が実務にとって重要なのは、金額と期間が切り縮められたという結論そのものよりも、その切り縮めの理由づけです。裁判所は労働基準法16条と民法90条という2つの規律を、在職中と退職後で使い分けました。そして、この誓約書が平時に予防目的で取得されたものではなく、すでに発覚した競業行為を踏まえて事後的に取得されたものであることを、有効性を肯定する方向の事情として重視しています。この事案の性格を見落とすと、判決の射程を大きく取り違えることになります。

📌 本記事の要点

誓約書のうち在職中の競業行為に対する違約金の定めは、労働基準法16条(賠償予定の禁止)により無効とされました。他方、退職後の競業行為に対する違約金の定めについては、同条は適用されないと判断されています。同じ1つの条項が、対象とする時期によって別々の規律に服したことになります。

退職後5年間という競業避止期間は、退職後2年間の限度で有効とされ、これを超える部分は公序良俗(民法90条)に反し無効とされました。違約金2000万円についても、その2分の1である1000万円を超える部分が無効とされています。

ただし本件の誓約書は、在職中の競業行為が発覚した後に取得されたものです。裁判所はこの経緯を理由に、義務違反行為を前提とせずに競業避止義務を定めた場合と同様には解せないと述べています。平時に全社員から取得するひな形の設計目安として、そのまま用いることはできません。

1. 事案の概要

原告は3社です。X1社は交通誘導警備業務等を行う会社、X2社およびX3社は道路舗装工事事業等を行う会社でした。被告Yは、平成30年10月1日にX1社に雇用され、統括営業部長として顧客や官公庁への営業活動および情報収集に従事するとともに、X2社に出向して総務部長を務め、顧客への営業活動、受注、契約の締結、外注先への発注を担当していました。X3社にも出向しています。退職時の給与は月額約36万円で、このほかに社宅、社用車および携帯電話の無償貸与を受けていました。

Yは在職中、X社らに知らせることなく、舗装工事業を目的に含むA社の取締役に就任し、A社の担当者としてX2社の下請業者として取引を行いました。さらに警備業を目的に含むB社を設立してその代表者となり、B社の担当者としてA社との間で交通誘導警備業務の取引を行っています。

X社らは令和3年10月頃にこれらの競業行為を把握し、同月18日、委任した弁護士の事務所にYを呼び出しました。その場でYにA社およびB社との関係を認めさせ、在職中および退職後5年間はX社らと実質的に競合関係に立つ事業者に就職せず、その役員に就任せず、自ら事業を営まないこと、これに違反した場合には違約金として2000万円を支払い、実損害がこれを超える場合には超過部分も賠償することを内容とする誓約書に署名させています。

Yは翌19日に退職を申し入れ、11月4日に退職しました。在籍期間は約3年1か月です。しかしYは退職後もA社の取締役を続けるなどして競業行為を継続したため、X社らは誓約書に基づく債務不履行を理由に、違約金2000万円等の支払いを求めて提訴しました。第一審の判断を経て、控訴審である大阪高裁が本判決を言い渡しています。

2. 誓約書の定めと、裁判所が有効と認めた範囲

本判決の構造を最も端的に示すのは、会社が定めた内容と、裁判所が有効と認めた範囲との対比です。

項目 誓約書の定め 裁判所が有効と認めた範囲
対象とする時期 在職中および退職後5年間 退職後2年間。在職中を対象とする部分は労働基準法16条により無効、退職後2年を超える部分は公序良俗に反し無効
禁止行為 実質的に競合関係に立つ事業者への就職、役員就任、自ら事業を営むこと。地域の限定なし 禁止行為の範囲自体は否定されていない
違約金 2000万円を下限とし、実損害が超える場合は超過部分も賠償 1000万円の限度で有効。これを超える部分は公序良俗に反し無効
代償措置 競業避止義務に対応する固有の代償措置の定めなし 月額約36万円の給与に加え社宅・社用車・携帯電話の無償貸与があったことから、代償措置を定めずに義務を課すことが不合理とはいえないとされた

結論として、Yに対して合計約1000万円の支払いが命じられています。なお本判決に対しては上告受理の申立てがされており、現時点で確定していません。

3. 判断の第1層 ― 労働基準法16条は在職中と退職後で結論が分かれた

労働基準法16条は、使用者が労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならないと定めています。本件の誓約書は在職中と退職後の双方を対象としていたため、この条項がどこまで及ぶかが正面から問われました。

裁判所は、在職中の競業行為を対象とする部分については、労働基準法16条により無効であるとしました。在職中の競業行為は、まさに存続中の労働契約における信義則上の義務(労働契約法3条4項参照)の不履行であり、その不履行についてあらかじめ違約金を定めることは同条が禁じるところだからです。

他方、退職後の競業行為を対象とする部分については、同条に反しないとされました。同条の趣旨は、違約金を請求されることを恐れて労働者が自由に退職できなくなるなど、労働者の自由意思が不当に束縛されることを防止する点にあります。これに対し、退職後の行為についての違約金の定めは、労働者の退職の自由を直ちに制限するものではありません。したがって退職後の部分は、労働基準法16条という強行法規による門前払いを免れ、民法90条による内容の相当性審査に進むことになります。

実務上の含意

「労働基準法16条があるから違約金は書けない」という理解も、「本判決で違約金は書けることになった」という理解も、いずれも不正確です。正確には、在職中の行為を対象とする違約金の定めは同条により無効となり、退職後の行為を対象とする定めは同条の適用を受けない代わりに、公序良俗による金額と期間の相当性審査を真正面から受けます。誓約書に「在職中及び退職後○年間」と一体で書くと、在職中の部分が無効になるだけでなく、条項全体の合理性に疑義を生じさせます。時期を分けて条項を書き分けることが、条項の生存可能性を高めます。

4. 判断の第2層 ― 期間は退職後2年の限度で有効

裁判所はまず、本件合意の合理性を肯定する前提を丁寧に置きました。Yの競業行為はX社らとの労働契約における信義則上の義務に違反するものであり、本件誓約書はそうしたYの義務違反行為を踏まえ、その防止などの観点から作成されたものである。したがって本件合意はX社らの正当な利益の保護を目的とする合理的なものといえ、義務違反行為を前提とせずに労働契約において競業避止義務を定めた場合と同様に解することはできない、という論理です。

そのうえで、Yの地位、情報へのアクセス権、代償措置の欠如等を総合考慮し、競業避止期間は退職後2年間とする限度において有効であり、これを超える部分は公序良俗に反し無効であるとしました。Yが積算方法や取引先情報といった営業秘密ないしこれに準ずる情報やノウハウを有していたことは否定できず、X社らにおける立場が低いものであったともいえない一方で、退職後5年という期間は約3年1か月という在職期間を踏まえると長期であることは否めない、2年の限度であれば不当に長期とはいえない、という評価です。

代償措置については、月額約36万円の給与のほか社宅および社用車の無償貸与を受けていたのであるから、代償措置を定めずに競業避止義務を課すことは不合理とはいえないと評価された旨が、複数の解説で紹介されています。他方で、期間の判断にあたっては代償措置の欠如が考慮要素として挙げられており、両者は矛盾するものではありません。競業避止義務に対応する固有の代償措置がなくても義務を課すこと自体は許されるが、その欠如は制限期間を短く画する方向に働く、という整理と考えられます。もっとも当法人において判決文の原文を確認したものではないため、この読み方は解説の記載に基づく理解である旨を申し添えます。

5. 判断の第3層 ― 違約金は1000万円の限度で有効

違約金についても、裁判所はまず高額な設定に合理性が認められる事情を挙げています。本件誓約書がYによる在職中の競業行為の発覚を踏まえてその防止などの観点から作成されたものであること、X社らの売上高および純利益額に照らしYの競業行為によって相当額の損害が発生する可能性があることからすると、違約金額を一定の高額に定めること自体には合理性があるというべきである、と述べました。

しかし他方で、本件の違約金規定は在職中および退職後5年間の競業行為を対象とするものであるところ、在職中および退職後2年を超える部分については労働基準法16条の規定および公序良俗に反し無効であると解される。これに加え、約3年1か月というYのX1社への在籍期間および月額約36万円という給与額を踏まえると、社宅、社用車および携帯電話の貸与を受けていたことを考慮しても、2000万円という違約金額は不当に高額であり、その2分の1である1000万円を超える部分については公序良俗に反し無効と解すべきである、としています。

この判示から読み取るべきは、違約金額の相当性が2つの軸で測られたという点です。1つは対象範囲の広狭であり、条項が無効部分を含む広い範囲を対象としていたことが減額方向に働いています。もう1つは当該労働者が現に受けていた処遇の水準であり、在籍期間と給与額が具体的に参照されました。年収がおよそ430万円強の水準にある従業員に対して、その4倍を超える違約金を課すことは、抑止として過大に過ぎると評価されたことになります。

✅ CHECK POINT ― 本判決の射程を誤らないために

本判決を「退職後2年・違約金1000万円までなら通る」という一般的な基準として読むことはできません。裁判所は、本件誓約書がすでに発覚した義務違反行為を踏まえて作成されたものであることを理由に、義務違反行為を前提とせずに競業避止義務を定めた場合と同様には解せないと明言しています。つまり本判決が示したのは、事後型の誓約書について有効性を比較的緩やかに認める枠組みであり、平時に予防目的で取得する誓約書に同じ基準が及ぶ保証はありません。

平時のひな形については、退職後1年から2年を上限とし、対象者を役職と職務内容で限定し、代償措置の位置づけを明示するという、従来からの設計原則がそのまま妥当します。むしろ本判決は、義務違反が現に発覚した局面で、事実を確認したうえで期間と金額を明記した合意を取得しておくことの実務的な価値を示した裁判例として位置づけるのが適切です。

6. 実務への示唆

第1に、誓約書の条項を在職中と退職後で書き分けることです。本件では1つの条項が両方の時期を対象としていたために、在職中部分が労働基準法16条により無効となり、それが違約金額の減額判断にも影響しました。在職中の競業行為については違約金ではなく懲戒事由および実損害の賠償として構成し、退職後の競業行為についてのみ違約金条項を置くという整理が、条項の生存可能性を高めます。

第2に、違約金額を当該労働者の処遇水準から積算することです。本判決は在籍期間と月額給与を明示的に参照して減額しました。全社員に同一金額を記載したひな形は、処遇水準の低い従業員について確実に問題となります。対象者の年収、在籍期間、想定される粗利の逸失規模を積算根拠として社内に記録しておくことが、後日の主張材料になります。

第3に、対象者を絞ることです。本件でYの一定期間の競業制限が認められた背景には、Yが統括営業部長および出向先の総務部長として営業、受注、契約の締結、外注先への発注という中核業務を担い、積算方法や取引先情報に接する地位にあったという事情があります。保護すべき企業の利益に接していない従業員に競業避止義務を課しても、有効性が認められる可能性は高くありません。役職と職務内容による層別設計が必要です。

第4に、代償措置の位置づけを文書化することです。本件では固有の代償措置がなくても、給与水準と社宅・社用車・携帯電話の無償貸与が処遇の厚さを示す事情として考慮されました。逆にいえば、処遇に見るべき厚みがない場合には評価が変わり得ます。新たな手当の創設が難しい場合でも、役職手当の一部が退職後の競業避止義務に対する対価としての性質を含む旨を賃金規程または個別合意に明記しておくだけで、主張の足場になります。

第5に、就業規則と誓約書の役割分担を整理することです。就業規則の服務規律に競業避止を定めても、それだけで退職後にまで当然に義務が及ぶとはいえません。退職時に個別の誓約書を取得する運用を併用し、就業規則の退職に関する条項に、退職に際して所定の誓約書を提出しなければならない旨を定めておくことで、提出を求める根拠が明確になります。

第6に、切り縮めによる救済を前提に設計しないことです。本判決は特約全体を無効とせず、相当な範囲まで縮減したうえで有効性を認めました。しかし、過大な条項を全部無効とした裁判例も存在します。裁判所が救ってくれることを織り込んで過大な条項を置くのは、実務上の賭けにすぎません。

7. 本記事における確認の程度と限界

記載の正確性について、確認の程度を明示します。裁判所名および判決年月日(大阪高裁令和7年6月25日)、掲載誌(労働判例1341号128頁)、事件名(シーリス元従業員事件)、判決の結論の骨格、ならびに当事者の属性、経緯および判示の要旨は、複数の法律事務所による判例解説の記載が一致していることを確認しています。判決文の要旨部分については、弁護士法人ASK川崎の解説が引用する原文の記載に依拠しました。

他方で、当法人において判決文の原文および労働判例の誌面を直接確認したものではありません。第一審の裁判所名、判決年月日および判断内容、差止請求の有無、認容額の内訳についても確認できていません。本判決に対しては上告受理の申立てがされており、現時点で確定していない点にもご留意ください。

本記事のうち、条項の書き分け、違約金額の積算、対象者の層別設計、代償措置の文書化に関する記述は、判決の判示そのものではなく、判示から当法人が導いた実務上の見解です。異なる評価もあり得ます。とりわけ、事後型の誓約書について有効性を緩やかに認める本判決の枠組みが、今後どこまで一般化されるかは未知数であり、平時のひな形設計を本判決に寄せて緩めることは推奨しません。

競業避止の誓約書と就業規則の整備は当法人にご相談ください

当法人では、就業規則作成・改訂および労働紛争解決の支援を通じて、競業避止条項の設計、対象者の層別化、退職時誓約書の整備をお手伝いしています。すでに競業行為が発覚している事案など、紛争性のある事案の交渉代理・訴訟代理は弁護士の業務範囲となるため、提携弁護士と連携して対応します。

お問い合わせはこちら

根拠法令・出典

労働基準法16条(賠償予定の禁止)、労働契約法3条4項(信義誠実の原則)、民法90条(公序良俗)、日本国憲法22条1項(職業選択の自由)

シーリス元従業員事件・大阪高裁令和7年6月25日判決・労働判例1341号128頁

弁護士法人ASK川崎「競業避止義務違反の元社員に違約金を請求できるか?【シーリス元従業員事件】」
https://ask-business-law.com/top/laborproblems/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%B9%E5%85%83%E5%BE%93%E6%A5%AD%E5%93%A1%E4%BA%8B%E4%BB%B6/

鈴悠法律事務所「Case656 誓約書による競業避止義務が認められたものの期間及び金額の一部が公序良俗に反し無効とされた事案」
https://suzukiyuta.jp/2026/03/10/case656/

弁護士法人一新総合法律事務所「競業避止義務違反に対する違約金が1000万円の範囲で有効とされた事例」
https://niigata-common.com/info/labor/como314

弁護士西川暢春「従業員の退職後の競業避止義務違反について1000万円の支払命令。大阪高裁の判断の理由とは?」
https://nishikawa-lawyer.com/1225/

本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、本判決は上告受理の申立てにより確定していません。実際の対応にあたっては、事案の具体的事情を踏まえたうえで、社会保険労務士または弁護士にご相談ください。

執筆者

三重 英則

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
経営心理士/経営法曹会議賛助会員/SRP認証番号 第160175号

労働紛争の解決支援、IPO労務監査、就業規則の作成・改訂を中心に、中小企業の経営者および人事担当者を支援しています。