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作成日:2026/08/25
【裁判例】2週間で2度の寝過ごし放送事故、しかも「事実と異なる事故報告書」―それでも普通解雇が無効とされた理由
労働裁判例解説 2026年8月25日
2週間で2度の寝過ごし放送事故、しかも「事実と異なる事故報告書」――それでも普通解雇が無効とされた理由 高知放送事件(最高裁第二小法廷 昭和52年1月31日判決・昭和49年(オ)第165号)に学ぶ「相当性」の作法
📌 本記事の要点 ・アナウンサーが2週間内に2度の寝過ごし放送事故を起こし、事実と異なる事故報告書まで提出した事案で、最高裁は普通解雇を無効とした原審の判断を維持しました(上告棄却)。
・最高裁は「普通解雇事由に該当すること」と「解雇が有効であること」を明確に切り分け、解雇が著しく不合理で社会通念上相当と是認できないときは解雇権の濫用として無効になると判示。この法理は現在の労働契約法16条に受け継がれています。
・あわせて最高裁は、懲戒事由がある場合でも普通解雇を選択でき、その場合は普通解雇の要件を備えていれば足りる(懲戒解雇の要件は不要)ことも判示しました。
・本記事は、裁判所ウェブサイト掲載の判決原文全文を直接確認して執筆しています。

【本記事の信頼度:95%】判決年月日・法廷・事件番号(昭和49年(オ)第165号)・上告棄却の結論・原審(高松高裁昭和48年12月19日判決・昭和48年(ネ)第80号)・事案の事実関係・判旨の文言・就業規則15条の条文・登載判例集(最高裁判所裁判集民事120号23頁)は、いずれも裁判所ウェブサイトの裁判例検索ページおよび判決全文PDFで直接確認しました。一審(高知地裁昭和48年3月27日判決)の判決年月日のみ、複数の独立した解説情報源の一致に基づいています(判決原文には原審としての高松高裁の情報のみ記載されているため)。

はじめに 「就業規則の解雇事由に当たる」だけでは、解雇はできない

顧問先からこういう相談を受けたことのある社労士は、決して少なくないはずです。「うちの就業規則には解雇事由が書いてあります。この社員は2回も同じミスをして会社に実害を出した。しかも報告書に嘘まで書いた。就業規則どおり解雇して問題ないですよね?」

条文だけを見れば、たしかに「該当」しています。しかし日本の解雇法制は、「就業規則の解雇事由に該当すること」と「解雇が有効であること」を、はっきり別の問題として扱います。前者は入口にすぎず、そのうえでなお「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が問われる――これが現在の労働契約法16条です。そして、その法理を最高裁が具体的な事案の中で示し、いまも実務の基準点であり続けているのが、本日取り上げる高知放送事件です。

この事件が今日的な意味を失っていないのは、事案が「情状酌量の余地が乏しい」ように見えるからです。寝過ごしによる放送事故が2週間のうちに2度。しかも2度目のあと、当該アナウンサーは上司への報告をせず、事実と異なる内容の事故報告書を提出しています。それでも最高裁は、会社の普通解雇を無効とした原審の判断を維持しました。「そこまでやって、なぜ解雇できないのか」――この問いに答えられるかどうかが、解雇相談における社労士の力量の分かれ目になります。

1 事案の概要――何が起きたのか(判決原文で確認した事実)【事実】
(1)当事者と職務

労働者側(被上告人)は、高知放送の編成局報道部勤務のアナウンサーです。早朝のラジオニュースの放送体制は、アナウンサーとファックス担当者が局内で宿直勤務に従事し、通常はファックス担当者が先に起きてアナウンサーを起こし、ニュース原稿を手交するという運用でした。この体制そのものが、後の判断で重要な意味を持ちます。

(2)第一事故

昭和42年(1967年)2月22日午後6時から翌23日午前10時までの間、当該アナウンサーはファックス担当放送記者と宿直勤務に従事しましたが、23日午前6時20分頃まで仮眠していたため、同日午前6時から10分間放送されるべき定時ラジオニュースを全く放送することができませんでした。このとき、ファックス担当者も寝過ごしており、定時にアナウンサーを起こしてニュース原稿を手交していませんでした。

(3)第二事故と、事故報告書

同年3月7日から翌8日にかけての宿直勤務でも、当該アナウンサーは寝過ごし、8日午前6時からの定時ラジオニュースを約5分間放送することができませんでした。このときのファックス担当者は第一事故とは別の者でしたが、やはり寝過ごしていました。問題は事故のあとの対応です。当該アナウンサーは第二事故について上司に事故報告をせず、同月14、15日頃にこれを知った部長から事故報告書の提出を求められ、事実と異なる事故報告書を提出しました。

(4)会社の処分――懲戒解雇相当としつつの普通解雇

会社は、これらの行為は就業規則所定の懲戒事由に該当するので懲戒解雇とすべきところ、再就職など将来を考慮して普通解雇に処しました。就業規則15条は普通解雇事由として「一、精神または身体の障害により業務に耐えられないとき。二、天災事変その他やむをえない事由のため事業の継続が不可能となったとき。三、その他、前各号に準ずる程度のやむをえない事由があるとき」を定めており、最高裁は当該行為が15条3号の普通解雇事由に該当すること自体は認めています。一方、同じ事故に関与した第二事故のファックス担当者はけん責処分に処せられたにすぎず、会社において従前放送事故を理由に解雇された事例はありませんでした。当該アナウンサーは、解雇は無効であるとして従業員としての地位確認等を求めて提訴しました。

2 争点

本件の争点は、突き詰めれば次の二点です。第一に、懲戒事由に該当する事実を理由として、懲戒解雇ではなく普通解雇を選択することは許されるのか。許されるとして、どの要件を満たせばよいのか。第二に、就業規則所定の普通解雇事由に形式的に該当する場合、使用者は当然に解雇できるのか。それとも、なお別途の制約が働くのか。

当時はまだ、解雇権濫用法理を明文化した条文は存在しませんでした。労働基準法には解雇予告(20条)等の規定はあっても、解雇の実体的制限を正面から定めた規定はなかったのです(現在の労働契約法16条の明文化は平成15年の労基法18条の2の新設、平成19年の労契法制定を経たものです)。本件は、権利濫用の一般法理を解雇の場面でどこまで具体化できるかが正面から問われた事案でした。【事実】

3 裁判所の判断――一審・二審・最高裁のすべてが解雇を無効と判断

一審(高知地方裁判所昭和48年3月27日判決とされます。判決年月日は複数の解説情報源の一致による)は労働者側の請求を認容して従業員たる地位を確認し、二審(高松高等裁判所昭和48年12月19日判決・昭和48年(ネ)第80号)も会社側の控訴を容れませんでした。会社の上告に対し、最高裁判所第二小法廷は昭和52年(1977年)1月31日、上告を棄却しました(裁判長裁判官・栗本一夫。裁判官全員一致)。【事実】

判示@:懲戒事由を理由とする普通解雇は、普通解雇の要件で足りる
就業規則所定の懲戒事由にあたる事実がある場合において、本人の再就職など将来を考慮して、懲戒解雇に処することなく、普通解雇に処することは、それがたとえ懲戒の目的を有するとしても、必ずしも許されないわけではない。そして、右のような場合に、普通解雇として解雇するには、普通解雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件まで要求されるものではない
出典:判決原文(裁判所ウェブサイト掲載PDF)【事実】

実務で見落とされがちですが、本判決の公式判示事項の一つ目はこの点です。懲戒解雇相当の事案をあえて普通解雇で処理するという、現在も広く行われている実務の適法性を最高裁が確認した判示として重要です。

判示A:普通解雇事由該当と解雇権行使の可否は別問題
普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になる
出典:判決原文(裁判所ウェブサイト掲載PDF)【事実】

ここが決定的です。最高裁は、「解雇事由への該当」と「解雇権の行使が許されるか」を明確に二段階に切り分けました。この規範は、日本食塩製造事件(最二小判昭和50年4月25日)で示された解雇権濫用法理と併せて、後に労働契約法16条として明文化されます。【事実】

4 なぜ「無効」だったのか――判決理由の分解【事実】

最高裁は、まず労働者側に不利な事情も率直に認定しています。第一・第二事故は「定時放送を使命とする上告会社の対外的信用を著しく失墜するもの」であり、2週間内に同一態様で2度の事故を起こしたことは「アナウンサーとしての責任感に欠け」、第二事故直後に率直に自己の非を認めなかった点も考慮すると「被上告人に非がないということはできない」としています。そのうえで、次の事情を挙げて総合考慮しました。

解雇を「苛酷」と評価する方向で考慮された事情(判決原文より) @ 事故はいずれも寝過ごしという過失行為によるもので、悪意ないし故意によるものではない
A 通常はファックス担当者が先に起きてアナウンサーを起こす運用だったが、第一・第二事故ともファックス担当者も寝過ごしており、事故発生につきアナウンサーのみを責めるのは酷
B 第一事故については直ちに謝罪し、第二事故については起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力した
C 放送の空白時間はいずれもさほど長時間とはいえない
D 会社は早朝のニュース放送の万全を期すべき何らの措置も講じていなかった
E 事実と異なる事故報告書の提出についても、一階通路ドアの開閉状況に誤解があり、短期間内に2度の事故を起こして気後れしていたことを考えると、強く責めることはできない
F これまで放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪くない
G 第二事故のファックス担当者はけん責処分にすぎない(処分の均衡)
H 会社において従前放送事故を理由に解雇された事例はなかった
I 第二事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明している

これらの事情のもとでは、解雇をもってのぞむことは「いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないと考えられる余地がある」として、解雇権の濫用として無効とした原審の判断を「結局、正当」と結論づけました。【事実】

【当法人の見解】注目すべきはEです。「事実と異なる事故報告書」という本来きわめて重い事情について、最高裁は無視したのではなく、誤解と気後れという具体的事情を認定したうえで「強く責めることはできない」と正面から評価しています。重い非違行為が一つあるからといって直ちに解雇有効とはならず、その行為に至った経緯・心理状態まで踏み込んで相当性が判断される――このことは、現在の懲戒・解雇実務でもそのまま妥当します。
5 実務への示唆――顧問先にどう伝えるか
✓ (1)「解雇事由に該当する」は、議論の出発点にすぎない【事実】 高知放送事件が示した二段階審査は、労働契約法16条「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」として明文化されています。顧問先が「就業規則に書いてあるから大丈夫」と言ったとき、社労士が最初に返すべき言葉は「該当するのは分かりました。では『相当性』はどう説明しますか」です。
✓ (2)「注意・指導・軽い処分」の履践が、解雇の適法性を支える【事実】 本件で考慮されたのは、過去に事故歴がなく、放送事故を理由とする解雇の前例もなかった、つまり改善の機会を与えたのに繰り返したという経過が存在しなかったことです。裏を返せば、実務が備えるべきは、@問題行動の都度の書面による注意・指導、A改善されなければけん責→減給→出勤停止と段階を踏む、B改善しない事実を記録として積み上げる、Cそのうえで最終手段として解雇を検討する、という積み上げです。これがない解雇は、事由に該当していても崩れます。
✓ (3)「他の従業員との処分の均衡」を必ず点検する【事実】 同じ事故に関与したファックス担当者はけん責、アナウンサーは解雇――この落差が相当性を失わせる方向で考慮されました。懲戒・解雇の相談を受けた際には、過去の同種事案の処分実績を必ず確認する運用を定着させるべきです。【当法人の見解】
✓ (4)「会社側は事故を防ぐ手を打っていたか」を問う【事実】 本件では、早朝放送の万全を期すべき措置を会社が何ら講じていなかったことが会社に不利に働きました。早朝・深夜業務に確実な起床・呼び出しの仕組みがあるか、ミスの再発防止策を講じたうえで再度の機会を与えたか、属人的な注意力に依存した業務設計になっていないか。「本人の不注意」で片づく事案は、実は多くありません。【当法人の見解】
✓ (5)虚偽報告は「別立てで」構成・立証を設計する【当法人の見解】 本件では、虚偽の事故報告書という重い事情がありながら、誤解・気後れという経緯まで踏み込んで評価された結果、解雇は無効とされました。実務的な教訓は、「重い事情があるから解雇できる」と直感的に飛びつかず、@就業規則上、虚偽報告が独立した懲戒事由として明記されているか、A虚偽であることを客観的に立証できるか、B弁明の機会を与えたか、を確認したうえで処分を設計することです。なお、懲戒事由該当の事実で普通解雇を選択する場合に普通解雇の要件で足りることは、本判決の判示@が根拠になります。
✓ (6)解雇は「最後の手段」であるという原則を共有する【事実】 本判決以降の裁判実務では、解雇の相当性判断において、より軽い手段の検討の形跡(配置転換、業務変更、指導による改善機会の付与等)が重視されています。雇用を維持したまま取りうる選択肢を検討したかどうかが、結論を分けます。
6 まとめ――約50年前の判決が、いまも最前線にある理由

高知放送事件の判決から、まもなく50年が経とうとしています。それでもこの判決が実務の基準点であり続けているのは、示した規範が「解雇事由への該当」と「解雇権行使の相当性」を切り分けたという、極めて構造的なものだったからです。そしてこの構造は、労働契約法16条として明文化された現在も、まったく変わっていません。

就業規則の解雇事由に該当することは、必要条件であって十分条件ではない。相当性は、過失か故意か、本人だけの責任か、会社は防止措置を講じたか、過去の処分歴・指導履歴、他者との処分の均衡といった具体的事情の総合判断で決まる。記録のない解雇は、ほぼ勝てない。顧問先が「今すぐ辞めさせたい」と言ってきたとき、社労士が果たすべき役割は、その感情を否定することではなく、「その解雇が3年後の法廷で立つかどうか」を一緒に検証することです。高知放送事件は、そのための最良の教材であり続けています。【当法人の見解】

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根拠法令・出典
・高知放送事件・最高裁判所第二小法廷昭和52年1月31日判決(昭和49年(オ)第165号・従業員地位確認等請求事件)最高裁判所裁判集民事120号23頁
・裁判所ウェブサイト「裁判例結果詳細」(事件番号・判示事項・裁判要旨・登載判例集を確認)
 https://www.courts.go.jp/hanrei/74499/detail2/index.html
・裁判所ウェブサイト掲載の判決全文PDF(判旨・認定事実・就業規則15条の条文を確認)
 https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-74499.pdf
・労働契約法16条(解雇)、労働基準法20条(解雇の予告)、民法627条
・日本食塩製造事件・最高裁第二小法廷昭和50年4月25日判決(解雇権濫用法理)
※一審(高知地方裁判所昭和48年3月27日判決)の判決年月日は、複数の判例解説情報源の一致により記載しています(判決原文には原審である高松高裁の情報のみ記載)。
※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別具体的な事案に対する法的助言ではありません。実際の解雇・懲戒処分の可否の判断にあたっては、必ず事案の詳細を踏まえ、社会保険労務士または弁護士にご相談ください。
※本記事の判旨・事実関係は、裁判所ウェブサイト掲載の判決原文に基づいています。引用にあたり、原文の旧字・歴史的表記の一部を現代表記に改めています。
WRITTEN BY
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)

法律事務所で約7年間、使用者側・労働者側双方の労働紛争を経験。年間350件以上の相談に対応し、20年以上にわたる紛争解決の実績を持つ。IPO労務監査、M&A労務デューデリジェンス、団体交渉対応など高難度案件を専門とし、「経営者と共に歩き続ける」伴走型の支援を提供している。